〈シリーズ〉がんから身をまもる 
第6回 緩和ケア 
つらさは痛みだけではない! 「心の叫び」に耳を傾ける

構成/飯塚りえ  イラストレーション/小湊好治

緩和ケアの対象は身体的な苦痛にとどまらず、精神的、社会的・経済的な苦しみなど、人が感じるあらゆる「痛み」に及ぶ。当然、痛み止めだけで問題が解決することはほとんどなく、すべての苦痛に最も有効とされるのは、実は患者とのコミュニケーションなのだという。「つらさを分かってもらえる」「理解してもらえる」と感じることで苦痛が和らぐこともある。事実、痛みのが上がることが報告されている。緩和ケアは、患者が現実を受け入れることを見守る患者主体の医療といえよう。

高崎総合医療センター
疼痛緩和内科部長/院長補佐/患者サポートセンターがん相談支援センター長

田中俊行(たなか・としゆき)

1991年、群馬大学医学部卒業後、同大大学院医学系研究科臓器病態外科学講座(旧・外科学第二講座)入局。関連病院勤務後、同大医学部附属病院ICU勤務。1998年、アメリカ・Mayo Clinic留学。2002年、前橋赤十字病院消化器外科副部長。2005年、同院緩和ケア室室長。2014年、高崎総合医療センター外科部長(緩和医療科)などを経て、2020年から同院疼痛緩和内科部長。2021年から同院患者サポートセンターがん相談支援センター長。2022年から同院院長補佐。

病院でがんと診断されたとき、外科では、画像に写るがんという「物」がどの段階にあるのか、どうやって切除するか、あるいは小さくするかを最初に検討するでしょう。一方、緩和ケアの立場からは、がんという病気を抱えた人を見て、その人のつらさ、痛みがあるかどうか、あるならそれをどのように和らげるかを考えます。

経済的な苦痛にも対処する

緩和ケアが対象としているのは、「全人的苦痛」といって身体的苦痛、精神的苦痛、社会的・経済的苦痛、スピリチュアルな苦痛(スピリチュアルペイン)の4つです(図1)。精神的苦痛とスピリチュアルペインの区別が分かりにくいかもしれませんが、いってみれば、精神的苦痛は、うつ病など病気として治療ができるような状態と考えればいいでしょう。スピリチュアルペインは病気ではなく、例えば「生きていてもしょうがない」といった心の叫びとでもいえるものです。「人を見ている」とすれば当然といえるのですが、体の痛みだけでなく、経済的な苦痛にも対処するため、さまざまな職種のスタッフがチームをつくって、緩和ケアに携わっています。

図1 緩和ケアが対象とする4つの全人的苦痛緩和ケアは「人」を見るもので、さまざまな苦痛を対象としている。

私の所属する高崎総合医療センターでは、がんと診断された患者には「つらさの問診票」の記入を実施しています。体の症状について、「痛み」「息切れ・息苦しさ」「だるさ・つかれ」「発熱」「口・のどの渇き」「おなかの張り」など12項目の有無、気持ちについて、「不安がある」「気持ちの落ち込み」「眠れない」など5項目の有無を聞き、相談の希望を確認します。これを記入するだけで、緩和の専門チームだけでなく周囲の医療者は、「何かつらさがありますか」と声をかけることができます。どんな項目に印が付いているかを知って医療者が声をかけ、その場で解消してしまうことも少なくありません(図2)。

図2 折に触れて用いられる各種問診票薬の使用状況、今の気持ち、痛みについてなど、患者の様子を知るために折に触れ問診票を使う。

そのうえで、外来での限られた時間の中では対処しにくいつらさを抱えている患者については、主治医などから緩和ケアの専門医に依頼が入ります。

例えば痛みがある、という患者の診療を主治医から依頼されたとします。私たち疼痛緩和内科では、まず、先の問診票に加えて痛みの問診票に記入してもらいます。痛み止めの使用の有無や、現在の痛みの程度を「全く痛くない」から「今まで考えられる中で最高に痛い」の10段階で記してもらったり、どのような痛みなのか、「ズキズキ、鋭い」「焼けるような」などの表現を選択してもらったりするものです。

また、痛み止めに関しても説明します。医療用麻薬には「依存症になる」「死期を早める」「最後の薬」などという誤解がありますので、それらの誤解を解く説明をしたり、眠気や便秘といった副作用や、効果的な使い方を細かく説明したりします。

痛み止めだけでは問題の解決にならない

疼痛緩和内科での初診前には、患者のこれまでのカルテや画像、血液データ、すでに痛み止めを使っていればその効果などの記録をすべて確認しています。画像を確認すれば、「ここにがんがあればこの辺りが、この程度痛いだろう」と推測はできるのですが、しかし、すぐにその患者の痛みを取り除くために薬を処方するといったことはしません。これは痛み治療を含め、治療全般で患者の意向を聞き、患者自身に治療に参加してほしいからです。

少なくとも初診は、患者の話を聞くことに1〜2時間費やしています。患者が痛みをどのように受け止めているのか、患者の痛みはどこから来るのかなどを、話しながら探っていきます。痛みの治療に来た患者だとしても、「薬を使いたくない、我慢する」と言えば、理由を聞いたうえで、まずは受け止めます。

繰り返しになりますが、緩和ケアの基本は人を見ることです。それを実践するには、患者が痛いと言ったとき、単純に痛み止めを処方するのでは、問題の解決にならないことがあります。

緩和ケアという用語や、扱うつらさに痛みの対応が多いので、緩和ケアは、痛み止めを上手に使う処置を施して効果を上げる医療と思われるかもしれません。確かに痛み止めを適切に使うことは大切ですが、それは緩和ケアの中でもごく一部分です。私は、緩和ケアの基本は、コミュニケーションによって苦痛を和らげることにある、と考えています。

実際に、コミュニケーションを取ることで、患者の痛みの閾値が上がることは、いろいろな場所で論文としても報告されています。

私も臨床の現場では、しばしば経験しています。痛みがあるという入院中の患者の回診に行ったとき、ベッドサイドテーブルに釣りの本を見つけました。そこで「釣りをするんですか?」と、話しかけたら、そのまま1時間ほど、「病気になる前にはロシアまで行った」などと、楽しそうに話していました。痛みの話はほとんどせずに回診を終えましたが、その日はいつもよりぐっすりと眠れ、痛みもあまり感じなかったそうです。自分の好きなことを話して楽しくなり、気分が晴れ、痛みの閾値が上がる例です。

逆に、孤独であるとか、誰も話しに来てくれないといった状況になると、すぐに痛みの閾値が下がって痛みを感じやすくなってしまうことも知られています。コミュニケーションは、これほどまでに体調を左右するのです。

緩和ケアにおいては、コミュニケーションは治療の一つであることから、コミュニケーションの取り方にも工夫が必要です。

患者と同じ目線で話を聞く

私は、診療を行う際、コンピュータの画面を見ることはほとんどありません。正対せず、少し斜めの位置に座って話を聞きます。入院中の患者の回診では、ベッドサイドに椅子を置き、目線を患者と同じ高さにして、座って話を聞きます。私は治療の経過をチェックしに来たのではなく、「話を聞きに来た」と知ってもらうことが重要だからです。回診や診察時間の7割は、患者が話をしています。

そして痛みがあるからといって、「この薬を出します」ではなく、「薬の力を借りてでも少し気持ちを楽にしたいですか」と尋ね、「そうしたい」と患者が言えば、薬を処方するようにします。

がんの痛み止めは、胃薬のような「15歳以上は1回1錠」と決まっている市販薬とは考え方が全く違います。がんの種類、手術の種類、性別、体重、年齢、その他体調などで細かく用法が定められ、繰り返し使用することになります。ですから、最初に使った薬は効果があったか、量は適切だったか、副作用はなかったかなど、患者自身もしっかりと把握し、次の薬をより良く使ってもらいたいのです。それが自身の望む治療につながるはずです。

次に、会話は「いかがですか?」といった言葉で始めるように心がけています。「痛いですか?」のような、「はい」「いいえ」で答えられる言葉かけではなく、患者が最初に頭に浮かんだことを言えるような質問の形式を取ります。そのときに、患者が口に出すことは最もつらい、気になっている事柄であるということが多いようです。患者が話を始めればそのまま話を聞きます。しかし、寡黙な患者や、今は話す気分でなさそうだというときは、「また話しましょう」と言って診察を終えることもあります。決して無理に話を聞こうとせず、患者が話そうとする姿勢を尊重することも大切です。

また、高崎総合医療センターでは、術後疼痛・悪心嘔吐対策チームといって、がんに限らず手術を受けた患者の術後の回復を支援して、早く離床できるように、痛みや吐き気のコントロールをする取り組みをしています。手術によって、痛み、吐き気に対して使用する薬剤や回数、頻度などが決められていますので、それを抜粋したチェック表を作成し、適切に使用できているかを確認し、医師、看護師、薬剤師や栄養士、麻酔科医などがチームを組み、サポートしています。

術後1日目から、患者の痛みレベルを5段階で確認し、効果を評価したうえで、患者の意向を尊重しながら、痛みや吐き気のコントロールを行います。ここでも、吐き気がひどいようなら、今はこんな薬が出せるという提案をして相談しながら決めています。

この取り組みは、一般には緩和ケアには含まれていないかもしれませんが、高崎総合医療センターでは、緩和ケア=つらさに焦点を当てるという視点から、チームでこの取り組みを進めています。

緩和ケアは、患者だけでなく、家族のケアも対象です。私は、診察になるべく家族も参加してもらうようにしています。

というのは、患者、家族、それぞれの思いが伝わらず、余計な苦痛を抱えてしまうことがあるからです。例えば、患者の「食べられない」という訴えはよくあります。他方、家族は、「食べてくれない」と心配して「食べようよ」と励まして、患者が不機嫌になってしまうといったことが起きます。患者自身、食べなくてはいけないことはよく分かっているけれど、食べられないのでつらいのです。そこに家族から「食べよう」と言われると、さらにつらさが増えてしまいます。患者と家族が一緒に話をすることで、互いの思いを共有するようになります。

「つらい気持ちを分かってほしい」

緩和ケアの中でも、難しいとされるのが、スピリチュアルペインへの対応でしょう。例えば、患者が「生きていてもしょうがない」というような言葉を発するときがあります。そんなとき有用とされているのが、患者の立場に立って、気持ちに共感し、患者を理解しようとする「傾聴」です。

がんと診断されれば、動揺し、冷静ではいられなくなるものです。あるいは病状が進んでつらさが増したり、家族との関係で悩んだりと、つらさの原因は多様です。そんなとき、私たちはうっかり「そんなことを言わずに頑張って」といった声をかけがちです。しかし、緩和ケアの視点からは、不適切な言葉です。

私は、そのようなとき「生きていてもしょうがないと思うのですね」と、患者の言葉を反復するようにしています。それは患者からすれば、「このつらい気持ちを分かってほしい」という、まさに心の叫びなのです。まず、その気持ちを受け止めます。患者が「今のつらさを分かってもらえる」「自分を理解してもらった」と思えるようなコミュニケーションを心がけています。

こうした心の叫びに、治療薬はありません。「生きていてもしょうがない」という患者の言葉を医療者が反復すると、患者は、自分の発した言葉を客観的に聞くことになります。自分が発した言葉を改めて認識するのです。

こうした言葉が出る状況について、英国の医師、ロバート・トワイクロスは、希望と現実のギャップによる苦しみと示しました(図3)。

Twycross R: Oxford. Radcliffe Medical Press, 1995より改変して引用

図3 スピリチュアルペインを生む希望と現実自身が思い描いていた人生と、病気になったことによって思うように体が動かないといった現実とのギャップが苦痛となる。その苦痛がスピリチュアルペインを生む。

自身が思い描いていた人生と、病気になったことで苦痛があったり、できなくなってしまったことがあったりする人生とでは、希望と現実にギャップが生じています。このギャップがスピリチュアルペインとなるというのです。例えば、本当はみんなと一緒に旅行に行きたいけれど、動けなくて行けない現実が心を苦しめ、それが続くのです。

これは、誰かが治療できるものではなく、患者が現実を受け入れ、思いが変わるためのステップを見守ることしかできません。

ある疾患に対して標準的な治療計画をまとめた手順書のようなものは、多くの疾患の治療に用意されています。緩和ケアにも同様のものがありますが、現場ではその通りに進まないこともしばしばです。それは緩和ケアが、患者主体の医療だからです。スピリチュアルペインへの対応など、緩和ケアは、いわゆる「医療」に新しく加わった分野という印象を持たれるかもしれません。しかし、本来緩和ケアは、医療の中に盛り込まれるべき、ベースとなる分野です。「緩和ケア」と特別に枠組みをせずとも、自然に緩和ケアの対応がなされるようになれば、と考えています。

(図版提供:田中俊行)

この記事をシェアSHARE

  • facebook
  • line
  • mail

掲載号
THIS ISSUE

ヘルシスト 291号

2025年5月10日発行
隔月刊

特集
SPECIAL FEATURE

もっと見る