暮らしの科学 第42回 レジ袋の有料化で海のごみは減るのか?

文/茂木登志子  イラストレーション/木村智美

2020年7月1日からレジ袋(プラスチック製買い物袋)が有料になった。その背景には、地球規模で解決しなければならない課題となっている海洋マイクロプラスチックごみ問題がある。レジ袋と海のごみには、いったいどのような関係があるのだろうか? 今回は“プラスチック”をキーワードに、この関係をひもとくことにした。

〈今月のアドバイザー〉岩田忠久(いわた・ただひさ)。東京大学大学院農学生命科学研究科教授。1966年、広島県に生まれる。京都大学大学院農学研究科博士課程在学中に、フランス国立科学研究センター・植物高分子研究所に留学。理化学研究所を経て、2006年に東京大学に着任。2012年より現職。繊維学会賞、ドイツ イノベーション・アワード、高分子学会賞など国内外での受賞多数。

私たちの日常生活にすっかり溶け込んでいるレジ袋だが、どのように作られているのだろうか? 原料が石油だという知識はあるが、石油からレジ袋になるまでの過程はブラックボックス状態だ。

質問に答えてくれたのは、プラスチックの研究者として知られ、大人が読んでも楽しく学べる絵本『イチからつくる プラスチック』の編著者でもある東京大学教授の岩田忠久さんだ。

「プラスチックの原料は石油です。石油のもとである原油を精製すると、ガソリン、灯油、ナフサ、軽油、重油などになります。このうちのナフサに熱を加えると、エチレンやプロピレン、ベンゼンなどの気体や液体に分解されます。これらを組み合わせて重合させると、ポリエチレンやポリプロピレンといった素材ができあがります。これらを筒状のフィルムにして、袋状に加工したものがレジ袋です」

図1 原油からレジ袋などプラスチック製品ができるまで原油を精製すると、気体になる温度の違いによってガソリン、ナフサ、灯油、軽油などに分けられる。このうちのナフサから取り出した成分がプラスチック原料となる。レジ袋は、筒状のフィルムにしたプラスチックを袋状に加工して仕上げたものだ。

レジ袋が有料化された背景に「海洋マイクロプラスチックごみ問題」がある。岩田さんによると、一般にサイズが5㎜以下の微細なプラスチックをマイクロプラスチックというそうだ。環境中に流出すると紫外線によりもろくなり、波にもまれて砕ける。海にはすでに1億5000万tものマイクロプラスチックのごみが浮遊していて、2050年には重量が魚の重量を超えるという試算もあるという。

すでに海の生き物への影響も出ている。クジラやウミガメ、イルカ、海鳥などがエサと間違えて捕食すると、プラスチックは消化されないため胃の中に残り、エサが食べられなくなって死んでしまう。また、マイクロプラスチックは、海洋中のPCB等の有害化学物質を吸着する性質がある。天日干しの塩や魚介類の胃内容物から、こうした物質が見つかるようになり、食物連鎖を通じて、海洋生物や生態系だけでなくヒトにも影響を及ぼすことが懸念されるようになった。これが現在、地球規模で解決すべき課題となっている海洋マイクロプラスチックごみ問題だ。

レジ袋はプラスチック製品のごく一部だ。レジ袋を有料化して、使用量が削減されたとしても、海洋マイクロプラスチックごみ問題がすぐに解決するとは思えない。では、私たちが買い物時に入手し、ごみ袋として再利用することが多かったレジ袋の有料化と海洋マイクロプラスチックごみ問題には、どんな関係があるのだろうか?

「端的に言うと、直接的な関係はありません。プラスチック製品のごみを減らす、あるいはごみを正しく捨てることがいかに大事なのか、一般社会に広く知らしめるための“意識改革の象徴”でしょう。レジ袋有料化をきっかけとして、プラスチック製品についてもう少し知識を深め、賢く使って、地球環境に負荷をかけないように正しくごみ処理しましょうということです」

身の回りにあるプラスチック製品を探してみよう! カーテンや家電製品、リモコン類、パソコン、衣類など……びっくりするほどたくさん見つかるだろう。

有料化の一方で「環境に負荷をかけない素材のレジ袋なので、従来どおり、無料で提供します」という店もある。岩田さんによると、この場合の“環境にやさしい”レジ袋は、現状では2種類あるという。一つは、100%海洋生分解性という機能があるレジ袋。もう一つは、石油由来プラスチックに植物由来のバイオマスプラスチックを25%以上混ぜた原料で作られたレジ袋だ。ただし、“環境にやさしい”意味が、それぞれ異なるのだという。

有料化の対象外となるレジ袋有料化以降のレジ袋でも、有料化の対象外になるものがある。「厚さ0.05㎜以上の袋」「バイオマス素材の配合率が25%以上の袋」「海洋生分解性素材の配合率が100%の袋」の3種だ。

分解されて自然に返るレジ袋

「生分解とは、単にプラスチックがバラバラになることではなく、微生物の働きにより、分子レベルまで分解し、最終的には二酸化炭素(CO2)と水となって自然界へと循環していく性質をいいます。100%海洋生分解性のレジ袋は、仮にポイ捨てされて海洋中に流出しても、分解されて自然に返るので、環境に負荷をかけません。つまり、この種のレジ袋では、海洋での分解機能を指して“環境にやさしい”としているわけです」

バイオマスプラスチックは、サトウキビやトウモロコシなどの植物を出発原料として作られる。したがって、海洋分解性があるわけではありません。では、バイオマスプラスチック25%以上含有のレジ袋の場合は、どのように環境にやさしいのだろうか?

「地球温暖化に対して“環境にやさしい”ということです」

ごみの回収・処理については自治体によって異なるが、さまざまなプラスチック製品の原料として再利用されたり、ガス等の燃料としてリサイクルされたりしている。ただし、実際に出回っているプラスチック製品の半数は高熱焼却処理されている。そして、いわゆる“燃えるごみ”でもプラスチックごみでも、ものを燃やせば、二酸化炭素が排出され、地球温暖化の原因となる。

「バイオマスプラスチックを燃やすと、もちろん二酸化炭素が排出されます。しかし、バイオマスプラスチックの原料である植物は、成長する段階で光合成によって二酸化炭素を吸収し、酸素を放出しています。つまり、成長過程での光合成による二酸化炭素の吸収量とバイオマスプラスチック燃焼による二酸化炭素の排出量が相殺され、実質的にはプラスマイナスゼロ。これをカーボンニュートラルといいます」

地球上の二酸化炭素量を増大させることがない。したがって、石油原料100%のプラスチックと比べると、バイオマス25%以上含有レジ袋は、地球温暖化に関してはバイオマスの含有分だけ “環境にやさしい”というわけだ。

だが、バイオマスプラスチックには生分解性という機能はない。仮にポイ捨てされて環境中に流出すると、分解されないので、海洋マイクロプラスチックへの道をたどることになる。生分解性プラスチックとバイオマスプラスチックは、環境にやさしいプラスチックとしてひとくくりにされがちだ。消費者がバイオマスという原料と、生分解性という機能を混同し、バイオマスプラスチックも分解されると誤解することが懸念されている。

「生分解性プラスチックとバイオマスプラスチックは、まったく異なるコンセプトのプラスチックです。プラスチックを賢く使い、使用後に正しく処分するためには、環境中へ放出される可能性の高いものには生分解性という機能を、使い捨てで焼却処分を前提とするものにはバイオマスという素材を、適材適所で用いるべきなのです」

図2 環境にやさしいバイオプラスチックの循環図再生可能なバイオマスを出発原料とする「バイオマスプラスチック」に「生分解性」という機能を付加した、持続可能な循環型プラスチックの開発が期待されている。(図版提供:岩田忠久)

岩田さんが取り組んでいるのは、持続可能な循環型プラスチックの開発だ。

「バイオマス原料から生分解性のあるプラスチックを作る研究を行っています」

これまでバイオマス原料としてサトウキビやトウモロコシなどが用いられてきた。しかし、これらは大切な食料でもある。そこで、木材から抽出されるセルロース、エビやカニなどの甲殻類の殻から抽出されるキチン、微生物やミドリムシなどが合成するプルランやパラミロンなどからプラスチックを作る技術を開発した。さらに、糖や植物油などを原料として微生物が生合成するプラスチックも開発に成功している。生分解性を備えたその一部はすでに実用化され、農業用のマルチフィルム、植樹用のポット、釣り糸など、使用後に完全には回収できない分野ですでに使われているという。

循環型プラスチックの重要な機能とは

バイオマス原料から生分解性のあるプラスチック素材を作れるようになったら、次はその機能向上が課題になる。

「現在は“生分解開始スイッチ機能”の開発と、目的に応じた“生分解速度のコントロール”に取り組んでいます」

例えば漁網などに用いるプラスチックの場合、使っているときは丈夫で長持ちしてもらわないと困る。しかし、切れて海洋中に流出してしまったら、分解され、自然に返るのがベストだ。そのためには生分解性に加えてその開始スイッチ機能が必要だ。また使用目的や場所などに応じて、求める生分解スピードが調節できれば使い勝手がいい。

2019年9月には生分解性プラスチックやバイオマスプラスチック、石油合成汎用プラスチックからなるフィルムや繊維など74種類を、静岡県の初島沖約850mの海底に沈めた。2020年3月には、東京都の南鳥島周辺海域の5000m以上の深海底に生分解性プラスチックのサンプル沈めた。いずれも1~2年後に引き上げ、生分解性プラスチックが深さの異なる海底でどのように分解するか、どのような微生物が付着しているかなどを調べる実験だという。

写真 「江戸っ子1号365型」を利用した実験開始水深5000m以上の深海底における分解試験は世界初の試みだ。深海探査機(右)と海底に沈めた生分解性プラスチック(上)。(画像提供:海洋研究開発機構/岩田忠久)

バイオマス原料から、生分解開始スイッチ機能と生分解速度調節機能を併せ持つプラスチック素材が開発できれば、環境にやさしい再生可能な循環型プラスチック製品が期待できる。だが、実用化に向けて最終的に大きな課題になると予想されるのがコストだ。

「石油プラスチック製品は、すでに加工段階での装置や技術、流通段階における管理などが整備されています。バイオマス原料のプラスチックは、こうした既存のシステムをそのまま流用できます。しかし、生分解性を併せ持つバイオマスプラスチックは新しい素材なので、適切な加工技術・装置や流通管理を研究しなければなりません。こうしたコストを要するので、従来品よりも価格が高くなるでしょう」

例えばレジ袋の場合、サイズにもよるが、現状では1円玉がいくつかあれば1枚購入できる。だが、新素材は出発原料だけで、コストが3~5倍となる見込みだ。これに加工や流通のコストが加わると、さらに跳ね上がる。

「いくらなら、あるいは、いくらまでならレジ袋にお金を払いますか?」

う~ん、10円、20円……50円くらい!? 読者の皆さんはいかがだろうか? レジ袋有料化をきっかけに、プラスチックの一端を知り、地球環境保全とコストの関係まで考えることになった。確かに、岩田さんが指摘するように意識改革の象徴としての効果がある。環境にやさしいプラスチックが流通するまで、いたずらに時を浪費せず、プラスチックの賢い使い方と正しい捨て方(処分方法)を知り、徹底する。それが今できる最善策のようだ。

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ヘルシスト 264号

2020年11月10日発行
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