特集 腸内細菌最前線 〈巻頭インタビュー〉
明らかになる健康への影響! 腸内細菌の具体的な機序

構成/飯塚りえ  イラストレーション/小湊好治

腸内細菌が健康に影響を与えることは以前より知られていたが、一般的にはほとんどなじみがなかった。しかし解析技術の進歩によって、この10年間で具体的な機序が次々と解明されている。例えば、私たち自身が持つ遺伝的要素が強いとされてきた体型や体質、薬の効果などに腸内細菌が関与していることが分かってきた。また腸内細菌の代謝物であるポストバイオティクスや、菌同士の共生関係の研究も進んでいるという。いまや腸内細菌は、遺伝子に匹敵するほど注目を集めている。

医薬基盤・健康・栄養研究所ヘルス・メディカル微生物研究センター センター長

國澤 純(くにさわ・じゅん)

1996年、大阪大学薬学部卒業。2001年、薬学博士(大阪大学)。アメリカ・カリフォルニア大学バークレー校への留学後、2004年、東京大学医科学研究所助手、准教授などを経て2013年から医薬基盤研究所プロジェクトリーダー。2019年から現職。その他、東京大学や大阪大学、神戸大学、広島大学、早稲田大学の客員教授や招聘教授などを兼任。一般向け著書として『善玉酵素で腸内革命』(主婦と生活社)、『9000人を調べて分かった腸のすごい世界』(日経BP)。

腸内細菌の研究は、この10年で飛躍的に進歩しました。以前から、腸内細菌がヒトの健康にさまざまな影響を与えることは分かっていましたが、解析技術などが進歩したことで、具体的な機序が次々に明らかになっています。私たちが「遺伝子に決められた体質だ」と思っていたことも、実は腸内細菌によるものだった例がいくつもありました。

薬の効果にも腸内細菌が影響する

腸内細菌が肥満など体型に影響を与えるのではと推測されたのは、便移植の研究からでした。海外では、クロストリジオイデス・ディフィシル感染症の治療法として糞便移植が承認されているのですが、この治療を行うと、感染症は治るものの、肥満の方が提供した糞便を移植された患者も太ってしまう現象が報告されました。2006年にはアメリカ・ワシントン大学のジェフリー・ゴードン教授が肥満の方にはファーミキューテス門(現・バチロータ門)に属する菌が多いことを発見しました。

その後、研究はさらに進み、今度は“痩せ菌”としてアッカーマンシア菌が注目されるようになりました。この菌は、腸の粘膜層を成長させる働きが知られていましたが、続く研究によって、この菌が肥満の抑制にも関わることが分かったのです。ヨーロッパでは、低温殺菌したアッカーマンシア菌が、体重コントロールのための食用菌として承認されています。

また、薬の効果にも腸内細菌が影響することが知られています。パーキンソン病の治療薬「レボドパ」で広く知られるようになった現象です。この薬は、30年以上前から使用されている優れた飲み薬なのですが、人によって効果に大きな差があり、また同じ人でも、服用を続けるうちに効果が減ってくる例がありました。調べてみると、エンテロコッカス・フェカーリス菌とエガセラ・レンタ菌という2つの菌がレボドパを分解してしまい、薬の成分が体に吸収されていなかったのです。そこでこれらの菌による分解を抑える薬を一緒に服用することで、薬効が発揮されるようになりました。

腸内細菌によって運動能力までも変わるという報告もあります。マラソン大会で優秀な成績を収めたランナーの腸内細菌にはベイロネラ菌が多いというのです。さらにこの菌をネズミに投与すると、持久力が上がる結果も得られました。ある1種の腸内細菌が運動能力を左右するというわけです。

私たちも、日本各地の自治体などに協力いただき、累計で1万人規模のデータを収集し解析しています。その結果、日本人の腸内細菌について、いくつかの興味深い発見がありました。

1つは、腸内細菌の個人差です。以前から、日本人の腸内細菌叢には、ビフィズス菌が多く、全体の10〜15%程度存在するとされてきました。ところが、実際には人によってビフィズス菌の量にはかなりのばらつきがありました(図1)。つまり日本人の誰もが多くのビフィズス菌を持っているわけではなく、突出して多く持っている人やほとんど持っていない人が一定割合いる中での平均値だったのです。

図1 日本人の腸内細菌におけるビフィズス菌日本人を対象にして行った調査では、被験者の腸内細菌叢におけるビフィズス菌は平均10%程度ではあったが、一人ひとりのビフィズス菌量には0から50%以上の人まで、かなりのばらつきがある。日本人はビフィズス菌が多いとされるのは、あくまでも平均値であり、日本人なら誰もが10%程度のビフィズス菌を持っているとは限らない。

2つ目に、日本人における“痩せ菌”です。日本人は他国と比較して肥満症が少なく、BMI値も低い傾向にあります。ところが、ヨーロッパの研究で痩せ菌として見つかったアッカーマンシア菌を1%以上持っている日本人は1割もおらず、そもそも日本人はこの菌をほとんど持っていないことが分かりました。日本人に多い痩せ型の体型は、アッカーマンシア菌によるものではないのです。

ブラウティア菌が多いほど糖尿病リスクは低い

日本人が代わりに持っていたのがブラウティア菌でした。日本人の腸内細菌叢の中では3番目か4番目に多い菌です。そしてこのブラウティア菌の量は肥満や糖尿病と逆相関する、つまりブラウティア菌が多い人ほど、肥満や2型糖尿病のリスクが低いことも分かりました。

ブラウティア菌は、実際には痩せるというよりも太りにくくする菌です。ネズミに油分を多く含むカロリーの高いエサを与えても、この菌を保有しているネズミの体重は、なかなか増えず、増えてもその割合はかなり低かったのです。

これは、この菌が産生するオルニチンやS-アデノシルメチオニン、アセチルコリンといった代謝産物によるものと考えられます。これらの代謝産物には、代謝を促進したり炎症を抑制したりといった作用があり、S-アデノシルメチオニンは、海外で「SAMe」としてダイエットサプリの位置づけで販売されています。

代謝産物だけでなく、ブラウティア菌は他の有用菌のエサともなっていました。アミロペクチンは、小腸で消化されない難消化性デンプンで、食物繊維と同様に腸内細菌のエサになりますが、ブラウティア菌は、アミロペクチンを自分の中に蓄積するので、他の有用菌のエサとなり、腸内環境を改善するのです。つまり、ブラウティア菌の作用が日本人の太りにくさを説明する一つの要因と考えられ、体型や体質が、遺伝子だけではなく、腸内細菌の影響を多分に受けていることが分かります。

菌が産生するオルニチンなどの代謝産物は「ポストバイオティクス」といいます。代表的なポストバイオティクスは、酢酸、酪酸、プロピオン酸といった短鎖脂肪酸です。腸内細菌の研究において重要なキーワードとなっています。

それがヒトの健康に有用だからですが、それだけでなく、ポストバイオティクスは菌同士の共生においても重要なプレイヤーです。私たちは「短鎖脂肪酸は食物繊維が腸内細菌に分解されて作られます」などと聞くと、どうしても、ある1種の腸内細菌が食物繊維を分解して、すぐに有用な短鎖脂肪酸ができると考えがちです。しかし、実際はそれほど単純ではありません。

腸に入った食物繊維やオリゴ糖は、最初に糖化菌によって糖に分解され、その糖を乳酸菌やビフィズス菌が乳酸、酢酸にし、さらに乳酸、酢酸を材料にして別の腸内細菌がプロピオン酸や酪酸を産生するというように、菌はリレーをしながら食品の形を少しずつ変えて、バトンとなるポストバイオティクスを作っています(図2)。

図2 菌のリレー食物繊維やオリゴ糖を多く摂っただけでは腸内細菌の環境を良くすることはできない。菌は、最初の材料となる食物に加え、他の菌が代謝するポストバイオティクスの力を得て、自身の代謝をつないでいく。

ですから、腸内の糖化菌が少ない人は、腸内細菌のエサといわれる食物繊維をいくら摂っても、糖が作られることはなく、むしろおなかの調子を悪くすることがあるかもしれません。あるいは、酢酸を作る代表的な菌であるビフィズス菌がほとんどいないような人にとっては、糖化菌が作った糖を使って酢酸を作ることが難しく、そこで菌のリレーが滞ってしまいます。すると酢酸を材料にする酪酸が作られなくなるかもしれません。

さらに、すべての菌が、すべての食物繊維や糖を分解できるわけではありません。先のブラウティア菌も、ある種の糖をそのまま代謝することができません。ある研究から、ビフィズス菌は糖をブラウティア菌の代謝しやすいものに分解していることが分かりました。この場合、ブラウティア菌を増やすには、リレーの前走者となるビフィズス菌と一緒に摂ることが効果的なのです。

ポストバイオティクスを菌同士でリレー

菌のリレーとそれに伴う数多のポストバイオティクスを探索し、機序を解明する中で、私たちは、2022年に「αKetoA(アルファケトA)」がアレルギー性皮膚炎の症状を抑える可能性があることを報告しています(図3)。

図3 αKetoAの皮膚の炎症抑制効果上は免疫細胞が過剰に集まって皮膚に炎症が起きている。下はαKetoAの投与によって、炎症が治まっている。

αKetoAの材料は、アマニ油やエゴマ油などに含まれるオメガ3脂肪酸の一つ、α-リノレン酸です。乳酸菌を含むある腸内細菌が、α-リノレン酸を代謝しαHYAへ、さらに別の菌がαKetoAに変換します。ここでも、菌のリレーが行われています。

便中のαKetoA量は、材料であるα-リノレン酸を摂れば基本的には増えるものの、人によってその量には100倍程度の差があります。摂取したα-リノレン酸の量が同じでも、αKetoAの量が少ないのは、α-リノレン酸からαHYAを作る菌か、もしくはαHYAからαKetoAを作る菌か、そのどちらかが少ないのだろうと想定できます。

腸内細菌には、ヒトとの共生関係に勝るとも劣らない、複雑な機構の上に成り立つ菌同士の共生関係があります。ですから、有用なポストバイオティクスが見つかったとしても、そのポストバイオティクスを産生する菌がいれば安心というわけではありません。Aという菌が働くには、パートナーとして働くBという菌の存在も必要なのです。

腸内細菌の共生関係を助け、その恩恵にあずかるために私たちができるのは、“良い菌”を摂ることです。これには発酵食品が便利です。乳酸菌などの有用菌を多く含む納豆やヨーグルトといった食品は多くの人に有効です。

また、やはり主要な菌のエサとなる食物繊維は欠かせません。私たちの解析では、ブラウティア菌が、肥満や糖尿病に対する予防効果を発揮するには、細菌叢中に6%以上必要ということが示されています。一方で、私たちの調査では多くの日本人がブラウティア菌を持っているものの、6%に満たない人も多く、やはり食物繊維が不足しています。そこで、食物繊維不足をはじめ、食のバランスを良くすることを意識してもらうことで、1年後には平均7.5%程度になりました。その後、追跡調査をしたところ、継続して高い値を維持している人と低い数値に戻ってしまった人がいました。つまり腸内細菌は私たちの食生活によって、増えたり、減ったりするので、一度増えたからといって安心せず、継続することが重要だということです。

食事によって腸内細菌の構成が変わることは、いろいろなデータからも明らかです。図4は、腸内細菌叢の構成を示したものですが、偏りがある食事をすれば、それをエサとする菌だけが増えることが予想されます。逆に、いろいろな食材を含む食事を摂ることで、それぞれをエサにする腸内細菌が増え、結果的に多様性も増してくるのです。

図4 食材による腸内細菌叢の違い右は、さまざまな腸内細菌がバランスよく存在する腸内細菌叢。左は、菌の種類が少なく、特定の腸内細菌が大部分を占めている。この要因として腸内細菌のエサとなる食事が影響していると予想される。

抗体の量で気になる菌を調べる仕組み

最終的に目指したいのは、やはり腸内細菌叢の多様性です。多様性が低く極端に偏った菌だけがいる状態は「ディスバイオーシス」といってさまざまな病気の原因になるといわれています。なぜなら、特定の種類の腸内細菌しかいない状態は、その菌が得意とする働きは十分に得られますが、その菌ができないことは、細菌叢全体としてもできないからです。しかし、多様性がある腸内細菌叢は、それぞれの菌が働き、分業し、共生しています。すると細菌叢全体としていろいろな状況に対応できることになります。ここまでいくつかのポストバイオティクスに触れましたが、多様な菌がいれば、その分だけ、産生されるポストバイオティクスの種類も増えていき、菌のリレーも、あらゆる場面でつながっていきます。

では、自身の腸内にはどのような細菌がいるのでしょうか。発酵食品は、良い菌を育てる手軽な方法だと先述しましたが、ビフィズス菌が半分以上を占める人にとっては、それ以上のヨーグルトは不要かもしれません。

最近では、自分の腸内細菌を調べるサービスもいくつか登場しています。ただ、高価かつ時間がかかるので、手軽に、今、どんな腸内細菌がいるのかを知るには、使い勝手が良くありません。

そこで私たちは、それぞれの腸内細菌に反応する抗体を作り、抗体の量で気になる菌を調べる仕組みを開発しました。腸内細菌の「見える化」です。すでに、ビフィズス菌やブラウティア菌、米食の人に多いプレボテラ菌や、酪酸を多く産生するフィーカリバクテリウム、昨今、抗炎症作用がいわれるバクテロイデス菌など、主要な腸内細菌を、最短で6時間程度で調べられるようになりました。2023年中の社会実装を目指して研究を進めています。最初は数千円かかるかもしれませんが、利用者が増えれば500円程度で検査ができるようになると期待しています。

自分の腸内細菌が分かれば「必要な腸内細菌を育てる」こともできるでしょう。ビフィズス菌など主要な菌がどの程度あるのかを調べるだけでも意味があります。足りなければ食品選びを意識するようになりますし、1カ月後にまた試して、食事の効果を確かめることもできます。腸内細菌は免疫にも直接関わっていますから、健康管理に手軽に使えるようになります。

腸内細菌同士の共生の仕組みや、さまざまなポストバイオティクスの作用が解明されるとともに、腸内細菌叢の個人差も見えてきました。体型や体質は遺伝子が決めるものとされてきましたが、痩せ菌のように、腸内細菌が決めているものも多くあります。腸内細菌が遺伝子に匹敵するほど、私たちの健康を左右することを知って、改めてその重要性を意識した食生活が求められると考えています。

(図版提供:國澤 純)

この記事をシェアSHARE

  • facebook
  • line
  • mail

掲載号
THIS ISSUE

ヘルシスト 282号

2023年11月10日発行
隔月刊

特集
SPECIAL FEATURE

もっと見る