特集 腸内細菌最前線 解明されつつある 認知機能との密接な相関関係

構成/茂木登志子

迷走神経でつながる脳と腸が情報を交換し合い、またホルモンのやりとりでも影響し合ういわゆる「脳腸相関」は以前より知られていたが、近年、腸内細菌が密接に関与することが明らかになってきた。そこで気になるのが脳の病気との関係。中でも注目を集めるのが認知症との関連性だ。国立長寿医療研究センターもの忘れセンターでは、2016年に腸内細菌と認知症の関係についての調査・研究を開始した。そこから、予防につながる生活習慣が浮かび上がってきた。

国立長寿医療研究センターもの忘れセンター客員研究員

佐治直樹(さじ・なおき)

1999年、岐阜大学医学部卒業。2011年、神戸大学大学院修了(医学博士)。兵庫県立姫路循環器病センター(現・はりま姫路総合医療センター)神経内科医長、川崎医科大学脳卒中医学教室特任講師・特任准教授などを経て、2015年に国立長寿医療研究センター着任。主な研究テーマは、腸内細菌と認知機能の関連、脳卒中と認知症に共通する危険因子の解明など。著書に『脳の寿命をのばす食べ方』(学研)がある。

日本では65歳以上の高齢者のうち、約3人に1人は認知症か軽度認知障害(認知症ではないが、以前に比べて認知機能が低下してきている状態)といわれています。認知症というのは、さまざまな病気・原因により認知機能(記憶力・思考力・計算力・判断力・言語能力などの知的能力)が低下し、生活に支障が出ている状態です。どの疾患にも言えることですが、早期発見・早期治療が基本です。認知症の場合も、できる限り早く見つけて早く対応することが大切です。

次世代シーケンサーの登場で研究が活発に

私が所属している国立長寿医療研究センターもの忘れセンターは、認知症の専門医療センターです。もの忘れセンターには外来部門と病棟部門があります。このうち外来部門は、もの忘れのある患者の早期診断と適切な治療導入を目指しています。

「もの忘れが多くなった。認知症ではないのか!?」と不安に駆られて自ら受診するケースや、認知症疑いのある患者が素直に受診できるようにと夫婦同伴で受診するケース、心配する家族が高齢独居の患者に付き添って受診するケースなど、受診のパターンはさまざまです。受診した患者の認知機能判定は、「正常(自覚的なもの忘れ程度)」「軽度認知障害(認知症予備群)」「認知症」と大きく3つに分けられます。

近年はさまざまな疾患と腸内細菌の関係が注目され、それぞれの分野で研究が進んでいます。脳と腸が互いに影響を与え合っていることを「脳腸相関」といいます。遠く離れた脳と腸が、どのようにつながっているのか? この疑問は世界中でまだ解明の途上にあります。ゲノム配列を高速で解読できる次世代シーケンサーが登場し、この領域の研究が活発になりました。そうした背景もあり、私たちの研究チームは、腸内細菌と認知症にも何らかの関係があるかもしれないと、もの忘れ外来を受診した患者の同意を得て、2016年から腸内細菌と認知症の関係についての調査・研究を始めました。

研究方法は、次のような手順で行っています。もの忘れ外来を受診して研究参加に同意した患者を対象に、心理検査やMRI検査を行います。これは認知症の有無を判断するためです。さらに患者の検便を行います(検便サンプルは 検査企業で解析)。便1g当たりに約1000億個の腸内細菌が含まれているので、便から腸内細菌の様子を知るのが目的です。こうして得た臨床・検査情報は病院のバイオバンク(研究データ管理システム)で匿名化して管理、研究情報を統合し、他の研究機関の協力も得て、医学・科学はもとより統計学なども取り入れて解析します。

腸内細菌は認知機能低下に強く関連する

腸内に常在する細菌は、菌種ごとの塊となって腸壁に隙間なくびっしりと張り付いています。いわゆる腸内フローラですが、正式にはこれを腸内細菌叢といいます。

2011年に発表された論文で、ヒトの腸内細菌叢は、性別や人種に関係なく、食生活や生活習慣によって大きく3つのエンテロタイプに分けることができるとされています。腸内細菌のうちバクテロイデス(Bacteroides)属が多いのがエンテロタイプⅠ型で、プレボテラ(Prevotella)属が多いのがエンテロタイプⅡ型、そしてルミノコッカス(Ruminococcus)属やその他の菌が多いのをエンテロタイプⅢ型とする分類です。

最初に取り組んだ研究は、このエンテロタイプと認知症の関係を探ることでした。60〜80代の患者128人の協力を得て、前述のような調査・研究を行いました。平均年齢は74歳で、認知症と診断された人は34人、認知症になっていなかった人は94人でした。

その結果、認知症がある人と認知症のない人を比べると、エンテロタイプが異なっていることが分かりました(図1)。認知症の人にはエンテロタイプⅠ型の割合が少なく、エンテロタイプⅢ型の割合が多かったのです。

Saji N, et al. Sci Rep, 9(1):1008, 2019.より改変

図1 認知症有無で異なるエンテロタイプ認知症のない人のグループでは、45%がバクテロイデス属の多いエンテロタイプⅠ型だった。しかし、認知症のある人のグループでは、エンテロタイプⅠ型は15%で、種類の分からない菌が多いエンテロタイプⅢ型が85%を占めていた。

また、エンテロタイプⅠ型の人たちは、その他の細菌が多い人たちに比べて、認知症の傾向が10分の1と低いということも判明しました。これらの結果は2019年1月に論文として発表したのですが、反響が大きく、掲載雑誌の論文トップ100に選ばれました。

このように認知症の有無によって腸内細菌叢が大きく変化するという新しい知見を得たのですが、認知症の前段階である軽度認知障害と腸内細菌との関連については未解明でした。そこで次の研究として、認知症でない人を対象にして調査したところ、軽度認知障害においても、腸内細菌は認知機能低下に強く関連することが判明したのです(図2)。

Saji N, et al. Sci Rep, 9(1):19227, 2019.より改変

図2 認知症前段階から変化する腸内細菌線の太さは関連の強さ、緑色は正の関連、赤色は負の関連を示している。軽度認知障害(MCI)と腸内細菌(en1)に正の関連がある。腸内細菌の変化は軽度認知障害のリスクを約5倍高め、認知症になる前から腸内細菌に変化が生じることを示している。

また、対象患者82人のうち軽度認知障害群と診断された61人において、認知機能正常群と比べてエンテロタイプⅠ型が多く、脳MRI検査でも大脳白質病変という異常所見が多く認められ、海馬の萎縮度も高値でした。

さらに、多変量解析によって既知の認知症危険因子を調整しても年齢や性別などの危険因子とは関係なく、腸内細菌の変化が軽度認知障害のリスクを約5倍高めることが分かりました。

一連の結果から、次のような3つの特徴が見えてきます。

  • 認知症になってしまった人は、種類の分からない細菌が多い(エンテロタイプ3)という特徴がある。
  • 認知症の前段階である「軽度認知障害」の人では、バクテロイデス菌が多い(エンテロタイプ1)という特徴がある。
  • これらは認知症の進行に伴ってエンテロタイプが変化するのではなく、認知症の進行レベルにおいてそれぞれの腸内細菌の特徴がある。

これらの特徴は、認知症と腸内細菌には強い関連があり、認知症になる前から腸内細菌叢に変化が生じていることを示しています。

代謝産物が認知症に影響を与えているのか?

認知機能と腸内細菌は強く関連することが分かりましたが、腸内細菌がなぜ認知機能と関連するのか、という機序は未解明です。そこで、次に注目したのが腸内細菌の代謝産物でした。

腸内細菌は、大腸に届いた栄養源を代謝する過程で多種多様な代謝産物をつくります。どんな代謝産物が産生されるのかは、食事内容や腸にすんでいる腸内細菌によって異なります。代謝産物の中には腸内で有害菌の増殖や腐敗産物産生を抑制する良い働きをする酪酸や酢酸のようなものもありますし、腸内環境悪化の指標でもあり、おならの悪臭の原因で腐敗物質ともいわれているインドールやスカトールなどもあります。

このように腸内細菌の代謝産物は、良くも悪くも私たちの健康に影響を与えているわけです。腸内細菌の代謝産物が認知症にも影響を与えているのだろうか? 自ずと、こんな疑問が生じてきます。この疑問を解くために、認知症25人を含む107人の患者の協力を得て、収集した便に含まれる腸内細菌の代謝産物14種の濃度を測定し、臨床情報を活用して腸内細菌と認知機能との関連を解析しました。

結論から言うと、腸内細菌の代謝産物は認知機能と強く関連していました(図3)。認知症の人の便では、アンモニア、p-クレゾール、インドールなどの、いわゆる有害菌が産生する代謝物の濃度が高かったのです。逆に、認知症ではない人においては、それらはあまり見られませんでした。その一方で、認知症の人には少なく、認知症ではない人に多かった代謝産物が乳酸でした。

Saji N, et al. Sci Rep, 10(1):8080, 2020.より改変

図3 腸内細菌の代謝産物と認知症の関連性
代謝産物の濃度が1SD上昇した場合のオッズ比(95%信頼区間)
横軸は、腸内細菌の代謝産物と認知症との関連性を示している。代謝産物それぞれの数値が大きいものほど、認知症の人の便に多くて認知症ではない人の便には少ないことから、認知症との関連があると考えられる。

統計学的な解析では、アンモニア濃度が1標準偏差(SD)上がると認知症リスクは1.6倍に高まり、乳酸濃度が1SD上がると認知症リスクは約0.3倍に抑えられるということが導き出されました。

アンモニアと乳酸について、少し補足しておきます。代謝物質の一部は腸管から吸収されて血液循環系を介して全身を巡りますが、血中アンモニア濃度が高くなると、認知障害やアルツハイマー病のリスクが高まるという研究報告もあります。有用菌によって産生される乳酸は、有害菌の増殖を抑えて腸の運動を活発にします。そして、食中毒菌や病原菌による感染予防や発がん性を持つ腐敗産物の産生を抑制する腸内環境をつくることが知られています。

体の健康には、腸内細菌叢における有用菌の占める割合を増やすことが重要です。腸内細菌の代謝産物と認知症の関係においても、有用菌を増やし有害菌を減らすことが重要であるということが見えてきました。

予防につながる生活習慣はある

外来診察で出会う患者やその家族から「認知症の特効薬はないですか?」とよく質問されます。答えはいつも同じで「残念ながら、現時点ではありません」。しかし、予防につながる生活習慣はあります。その一つが食事です。腸内微生物叢や腸内細菌の代謝産物は食事と切り離せません。

高齢者の食事(食事を日本食パターン、動物性食品パターン、高乳製品パターンの3種類に分類)と認知症の関連を追跡した東北大学コホート研究が、日本食パターンの度合いが高い人で認知症発生リスクが低いことを2016年に報告していました。では、日本食でも、どういった食品を摂れば認知症のリスクが低下するのか? 認知症の23人を含む患者合計85人の協力を得て、食品摂取アンケート調査を実施し、日本型食生活と腸内細菌叢、認知機能低下との関係についても調べてみました。

特筆すべき点は、食事スコアを算出するにあたって加点する食事内容を、穀類・味噌・魚介類・緑黄色野菜・海藻類・漬物・緑茶を基本とする「伝統的日本食」と、これに豆類・大豆製品・キノコ 類・果物を加えた「現代的日本食」、さらにコーヒーを加えた「コーヒーを含む日本食」の3つに分類したことです。

コーヒーについては世界中で認知機能に好影響とする研究があります。また、認知症のリスク評価には、外出や友人との交友などの社会活動も関与します。「コーヒーを飲みに友だちと出かける」という行動が、コーヒーの摂取と交友に関連している可能性もあります。

アンケート調査からスコアを算出し、認知症の有無など臨床情報を加味して分析した結果、次のことが明らかになりました。認知症の人に比べて認知症ではない人は、日本食スコアが高く、魚介類・キノコ類・豆類・大豆製品・コーヒーを多く摂取しているということです。また、これらの食品摂取が多いと、腸内細菌の代謝産物濃度が低く、腸内環境が良好である傾向が見られました。結論として、伝統的な日本食の摂取は認知機能の低下と逆相関しており、腸内細菌の代謝産物濃度低下と関連する傾向があることが判明したわけです(図4)。

Saji N, et al. Nutrition, 94:111524, 2022.より改変

図4 日本食スコアの3区分と認知症の有病率比較3つの食事パターンのいずれも、スコアが低いグループは認知症の有病率が高い。認知症が最も少なかったのは、コーヒーを含む日本食のスコアが高いグループだった。食事内容によって腸内環境は変えられる。コーヒーを含む日本食に切り替えることで、将来の認知症を予防する可能性が期待できる。

これら一連の研究結果の他にも、腸内細菌が大脳白質病変や脳萎縮に関連していることや、リポポリサッカライド(細菌の菌体成分)と軽度認知障害との関連を見いだすなど、腸内細菌と認知症についての研究を継続しています。また、アルツハイマー型認知症以外にもさまざまなタイプの認知症があります。そのため、別のタイプであるレビー小体型認知症と腸内細菌の関係についても調査を開始する予定です。脳腸相関の詳細なルート解明はもとより、腸内細菌と認知症が関連する機序の解明も遠い道のりの途上です。認知症の治療法につながることが期待されています。

有用な腸内細菌と健康に役立つ腸内細菌代謝物を増やす食事で、認知症の予防につながる可能性があります。40歳台になったら食事内容を見直して腸内環境を整え、認知症予防に努めましょう。

(図版提供:佐治直樹)

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ヘルシスト 282号

2023年11月10日発行
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