特集 知られざるポリフェノール 薬学的解析では説明できない まったく新しいメカニズム

構成/渡辺由子  イラストレーション/千野六久

血圧低下や耐糖能の改善などの有益な作用があるとして、近年ポリフェノールが注目されているが、実はほとんどが排泄されてしまい体内にはほぼ吸収されない。つまりポリフェノールを摂取しても、微量栄養素や医薬品と異なり、生体利用性は極めて低い。それなのに、なぜ多くの健康効果が報告されているのか―。ポリフェノールで活性化した神経系が、慢性疾患や感覚機能のリスクを低減させるという。その作用は薬学的解析では説明できない、まったく新しいメカニズムだ。

芝浦工業大学システム理工学部生命科学科生命科学コース教授

越阪部奈緒美(おさかべ・なおみ)

星薬科大学薬学部卒業後、明治製菓薬品総合研究所入社。9年間、医薬品の薬理安全性研究に従事。同社生物科学研究所へ異動。15年にわたり特定保健用食品を含む機能性食品開発業務に従事。2009年、芝浦工業大学システム工学部准教授就任。2012年から現職。専門は、食品機能学、特にポリフェノールの機能性を長年にわたって研究。日本ポリフェノール学会理事、日本酸化ストレス学会代議員、日本食品免疫学会評議員、日本栄養・食糧学会参与。

わが国では、ポリフェノールは多くの特定保健用食品(トクホ)や機能性表示食品の機能性成分として、一般に広く普及しています。血圧低下、耐糖能の改善など、ポリフェノールにはさまざまな健康効果があるとされ、国内外で研究が進められています。

EUの研究グループは、さまざまな食品に含まれるポリフェノール類の化学構造と含有量、それらの生体内挙動を収載したデータベース“Phenol-Explorer(http://phenol-explorer.eu/)”を立ち上げ、2009年から公開しています。このデータベースを基にした疫学調査では、メタボリックシンドローム、認知症やパーキンソン病といった神経変性疾患、あるいは難聴や白内障といった老化に伴う感覚機能低下に対するリスクの低減作用を示唆しています。また、多くの研究では、ポリフェノール類の1回200㎎以上の摂取2時間後に、末梢の血流量の上昇が確認されています。

ほとんどが糞便中に排泄されてしまう

アメリカで行われた、カカオ由来のフラバノールの大規模摂取試験“the COcoa Supplement and Multivitamin Outcomes Study(COSMOS)”の結果が、2022年に公表されています。女性65歳以上、男性60歳以上のアメリカ人高齢者2万1442人を対象に、1日80㎎のエピカテキンを含む500㎎のカカオ由来のフラバノールを3〜4年もの長期にわたり摂取してもらい、観察を続けた研究です。その結果、心血管系疾患の死亡率の顕著な低下(−27%)が確認されました。

また、参加者のうち4000人弱に対して認知機能試験を実施。生活習慣のレベルを3段階に分けた層別解析では、健康への意識の低い下位グループにおいて、1年間のカカオ由来フラバノールの摂取によって、海馬依存性の認知機能の顕著な向上が見られました。COSMOSによって、ポリフェノールの一種であるフラバノール摂取の有効性が初めて証明され、注目度が高まっています。

しかし、ポリフェノールは体内にはほぼ吸収されず、ほとんどが便中に排泄されてしまうことが明らかになっています。2000年ごろに、私は前職の研究グループで、ポリフェノール投与後の血中濃度を測定する研究を行い、血中ではポリフェノールがほとんど検出されないことを発表しました(図1)。この研究テーマは、現在でもさまざまなグループによって探索が続けられています。

Osakabe N, Terao J.Nutr Rev, 76: 174–184, 2018.

図1 ポリフェノールの体内分布ポリフェノールは、心血管系疾患死亡率の低下や、エネルギー代謝の上昇などの効果があるとされるが、血中にはほとんど分布せず、ほぼ糞便で排泄される。近年の研究から、体内で作用するための標的臓器は消化管だと推測されている。

つまり、ポリフェノールを摂取しても、微量栄養素や医薬品と異なり、生体利用性は極めて低いと考えられます。現在、ポリフェノール研究においてクローズアップされているのが、ポリフェノールの標的臓器はを含む消化管だということです。

私たち研究グループは、ポリフェノール摂取直後に中枢や循環器系の明らかな変化が観察されることから、ポリフェノールの摂取刺激が生体調節に何らかの影響を与えるのではないか、特にポリフェノール特有の「苦味」や「渋味」といった「味」が消化管に作用し、神経系を介して、有益な生理作用を発現させると考え、ポリフェノールの作用メカニズム解明の研究を積み重ねています(図2)。

図2 苦味物質と消化管ホルモンポリフェノールの苦味物質が、胃腸内分泌細胞を刺激し、さまざまな消化管ホルモンの産生を促進することが、研究により判明した。

まず苦味物質は、ポリフェノールをはじめ、知られているだけでも数千種類に及びます。一方でヒトのT2R(Taste Receptor Type 2:苦味受容体)は25、26種類あるとされています。ヒトの口腔内では、味覚の受容器官であるに発現したT2Rが苦味物質によって活性化されると、神経電位が発生し、舌神経・舌咽神経を経て、延髄の孤束核や視床などを経由して、大脳皮質の味覚野へ伝達されます。

近年の研究で、T2Rを含む味受容体は、口腔だけでなく消化管にも発現し、重要な働きをしていることが明らかになっています。十二指腸から空腸にかけて分布する胃腸内分泌細胞であるI細胞に発現するT2Rは、食品に含まれる苦味物質を認識し、胃内容物の排泄を遅らせ、血糖値の上昇の遅延につながるコレシストキニン(CCK)の産生を促進することが分かっています。また、小腸上部に分布するK細胞や回腸や結腸に分布するL細胞への苦味刺激により、インスリン分泌を促進する消化管ホルモンのインクレチンであるGIPやGLP-1などが分泌されます。

糖尿病リスクに負の相関

ポリフェノールを使った介入試験では、経口摂取から数時間後に、血中のGLP-1、あるいはインスリン濃度の上昇が見られると同時に、経口ブドウ糖負荷試験における血糖値の上昇抑制が認められました。おそらく、ポリフェノールの苦味刺激がさまざまな消化管ホルモンの分泌に関与した結果だろうと見ています。

また、疫学研究において、ポリフェノールと糖尿病リスクに負の相関が認められています。これまでは、ポリフェノールの摂取が栄養素の消化・吸収を遅延させ、血糖値や中性脂肪の上昇を抑制するという研究報告が数多くあり、その作用メカニズムは消化酵素の阻害であると考えられてきました。前述したように、近年の研究から、ポリフェノールが消化管に分布するT2Rを活性化し、消化管ホルモン分泌に影響を与え、消化管運動や血糖値を制御している可能性が指摘されています。

チョコレート、赤ワイン、紅茶、ベリー類は、ポリフェノール固有の渋味を感じる食品です。フラボノイドの一種であるアントシアニンやカテキン重合物などが豊富に含まれており、これらの食品の好き嫌いを左右する大きな要因となっています。

これまでの介入試験では、渋味を感じるポリフェノールであるアントシアニンやプロシアニジンを豊富に含む植物抽出物を摂取した場合、30分~2時間後には、FMD(flow mediated dilatation:血流依存性血管拡張反応)の顕著な上昇といった末梢作用や、気分の改善、作業記憶の向上といった中枢作用が確認されています。FMD値は、長期にわたる生活習慣の乱れによって顕著な低下が見られ、動脈硬化の初期病変として診断に用いられています。

私たちは、ポリフェノールの投与直後の循環器系への変動を実験動物で確認するために、骨格筋の微小循環、血圧や心拍数といった全身循環動態の計測法を開発しました。この方法により、トクホや機能性表示食品の関与成分として用いられている、30種類を超えるポリフェノール化合物をラットに強制経口投与し、循環動態の変動を検証しました。

同時に、これらのポリフェノール化合物の官能試験を行い、循環器系への作用と味質の関係性について解析しました。なお官能試験では、日本酒の審査会のように、口に含んで味わい、吐き出しています。

その結果、「苦い<渋い」ポリフェノール化合物群では、顕著な骨格筋血流量の上昇作用が見られました。「ほとんど無味」「苦い>渋い」ポリフェノール化合物では、これらの作用はほとんど発現しないことを見いだしました。

また、アントシアニンやカテキン重合物などの渋味を感じるポリフェノールは、10µg/kgといった低用量での投与直後からラットの骨格筋細動脈の血流量の上昇作用を示しました。また、アドレナリン受容体阻害剤を用いた実験を行い、この作用は交感神経活動の亢進作用に基づくことが示唆されました。

ところで、ポリフェノールが有効成分として最初に注目されたのは、抗酸化作用です。確かに限られた条件で行われたin vitro実験では抗酸化作用が認められますが、私たちがポリフェノールを摂取した場合にもそのような作用が見られるかどうかについては疑問が残ります。つまり抗酸化作用は、化学構造や実験環境に依存します。ポリフェノールは、本来存在する植物の液胞では、水素イオン濃度指数(pH)4~5の弱酸性で安定していますが、中性やアルカリ性では不安定になることが知られています。ヒトがポリフェノールを摂取すると、胃酸が分泌される胃を除き、かなり中性に近くなり、分解されやすくなります。

私たちは、ポリフェノールの種類による差異を明らかにするために、液胞を模した弱酸性pH領域と、消化管内を模した中性pH領域における酸化還元能を解析しました。その結果、カテキンなどの渋味を感じるポリフェノールは、弱酸性領域においては安定して、活性酸素の一種であるスーパーオキシドラジカル(O2)を捕捉しますが、中性pH環境下では不安定で、O2の産生を促進することを見いだしました。

ヒトの恒常性は、交感神経と副交感神経のバランスによって調節されています。交感神経の興奮は、ストレス応答反応の一つであり、温度変化、運動、食事など環境や体内の変化に適切に対応するために生じます。

食品に含まれる成分のうち、トウガラシのカプサイシン、ワサビのアリルイソチオシアネートなどを摂取すると、すぐに交感神経が亢進し、心拍数や血圧の上昇、発汗を促します。カプサイシンやアリルイソチオシアネートは、皮膚などの感覚器に生じた刺激を中枢神経に伝える感覚神経上に発現し、辛味物質・温度・pH・活性酸素などを感受するTransient Receptor Potential(TRP)チャネルに結合して、感覚神経を興奮させ、その刺激を脳内へと伝達しています。

交感神経を亢進させて生体機能を調節

私たちは、渋味を感じるポリフェノールもTRPチャネルを活性化すると考え、実験を行いました。渋味ポリフェノールの単独投与では、ラットの末梢血流量が上昇。しかし、渋味ポリフェノールとTRPチャネル阻害剤の併用投与では、変化がありませんでした。

また、TRPチャネルと渋味ポリフェノールの親和性について、in silico(コンピュータを用いて行う研究やシミュレーション)で予測したところ、TRPチャネルとは直接的には結合しないことが分かりました。

前述したように、私たちはこれまで消化管内を模した中性pHにおいて、渋味ポリフェノールがO2の産生を促進することを確認しています。そこで、O2捕捉剤と渋味ポリフェノールをラットに投与して血流量の上昇を確認したところ、血流量の上昇作用は確認できませんでした。

以上のことから、渋味ポリフェノールは消化管内でO2の産生を促進し、感覚神経末端に発現したTRPチャネルを活性化すると考えられます。その刺激が介在神経によって脳に伝達され、交感神経を興奮させ、末梢血流量を上昇させるのではないかと見ています(図3)。

Osakabe N, et al. Front Nutr, 9: 969823, 2022.

図3 渋味ポリフェノールの作用機序越阪部教授らは、渋味ポリフェノールは消化管内でO2の産生を促進し、刺激を中枢神経に伝えるTRPチャネルを活性化し、脳機能の活性化、交感神経の亢進、生体機能の調節に関与すると推測している。

先に紹介したCOSMOSにおいては、渋味ポリフェノールを長期間摂取することで、海馬依存性の認知機能の改善が認められています。私たちは、渋味ポリフェノールを反復投与して、位置認識試験を実施し、海馬依存性の空間記憶への影響を検証したところ、明らかに認知機能の向上が認められました。また同時に、生体で神経新生が起こる唯一の脳の部位であり、作業記憶や行動設計を担う海馬歯状回において、新たな神経細胞の増殖も確認することができました。

これらのことから、渋味ポリフェノールの作用メカニズムは、口腔内を含む消化管内でO2を産生し、その刺激がヒトにとってストレスとして中枢に入力され、脳機能を活性化し、交感神経を亢進させて、生体機能を調節しているのではないかと推測しています。

医薬品は、標的臓器の組織内濃度が上昇し、生化学反応が起こることで、効果が表れます。薬効成分を一定の血中濃度に保つために、「1日3回服用」などと投与の回数などが決められており、これは薬の効果と副作用を制御する「ドラッグデリバリーシステム」という技術です。医薬品はこれについて非常に厳密な試験を行い、作用メカニズムを証明することで、医薬品として認められています。

ポリフェノールが生体に与える有益な作用のメカニズムは、こうした薬学的解析では説明できないのです。ポリフェノールの摂取は、消化管から脳軸を介した神経系への活性化により、さまざまな慢性疾患や感覚機能の低下リスクを低減させる、まったく新たなメカニズムだと考え、私たちはこのような生命現象を「感覚栄養学」として提唱しています。今後は、ポリフェノールだけでなく、さまざまな食品成分の味、匂い、刺激といったシグナルによる、生体に及ぼす影響の研究が発展することが期待されます。

(図版提供:越阪部奈緒美)

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