特集 ゲノム編集入門 遺伝子を切断してつくる「毒の少ない」ジャガイモ

構成/大内ゆみ

ジャガイモは、芽と、緑色になった皮にソラニン、チャコニンという毒を持つ。そのため、収穫後の遮光、低温、発芽の抑制といった厳密な管理が、生産者や流通業者などにとって大きな負担となってきた。ところが近年、毒をつくり出す酵素遺伝子が発見され、ゲノム編集を使ってその遺伝子を破壊することで、毒の抑制に成功。当面の目標は、ゲノム編集による安全なジャガイモを食卓に届けることなのだという。

大阪大学大学院工学研究科生物工学専攻細胞工学領域教授

村中俊哉(むらなか・としや)

1983年、京都大学農学部農芸化学科卒業。1985年、同大大学院農学研究科農芸化学専攻修士課程修了。1993年、同大大学院博士(農学)取得。住友化学工業株式会社、理化学研究所、横浜市立大学を経て、2010年より現職。専門は、植物バイオテクノロジー、合成生物学的手法による有用物質生産制御、植物分子および生理科学関連、生物有機化学関連、応用分子細胞生物学関連、分子生物学関連、生物分子化学関連、植物栄養学および土壌学関連。日本ゲノム編集学会理事なども務める。

「ジャガイモの芽には毒があり、食べてはいけない」のはよく知られています。少量であれば、えぐ味などの不快な味を感じるだけですが、多量に食べると吐き気や、下痢などの食中毒症状を起こします。実際に、重症化や死には至らないものの、国内だけでも年間に数件の食中毒事故が報告されています。ある小学校で、生徒たちが栽培したジャガイモを粉ふき芋にして食べて、食中毒事故が起きました。私がそのジャガイモを調査したところ、皮に緑色の部分が多くありました。実は、皮が緑色の部分にも毒が蓄積しています。芽は取っても、そこまでは注意が及ばなかったのかもしれません。しかも、ジャガイモの毒は、日光にさらされることで増加します。このジャガイモは、土の非常に浅い所で栽培されていて、日に当たってしまう環境にあったようです。

このようにジャガイモには毒があるために、収穫後は遮光した空間で温度を低温に保ち、さらにエチレン処理などにより発芽を抑えるなど、厳密な管理を要します。このことは、生産者や流通業者の大きな負担になっています。また、加工業者では安全性を高めるために、イモから芽や皮を大きく取らなければならず、食品ロスにつながっています。さらに、ジャガイモを保存できる期間は長くて1年。ジャガイモの主な生産地は北海道で収穫時期が限られているため、災害によって不作になると保存しているジャガイモが不足し、流通にも大きな影響を及ぼします。2017年にジャガイモ不足でポテトチップスが品薄になり、社会問題となりました。

毒を持つのはジャガイモくらい

考えてみると、身近な作物の中で毒を気にしなければいけないのは、ジャガイモくらいです。ジャガイモと近い仲間はトマトで、同じナス科のソラナム属です。トマトにはジャガイモと同じように、トマチンと呼ばれる毒があります。しかし、私たちが現在食べているトマトの熟した実には、その毒はありません。トマトに限らず、私たち人間は古くから、自然に変異した植物から人に有用なものを選び育てることで、野生の植物を育てやすく、サイズが大きくて美味しい“作物”に変えてきました。

そもそもなぜ変異が生じるかというと、遺伝子情報を持つDNAの一部が破壊されるからです。DNAは2本の鎖がらせん状となった構造で、紫外線などの環境要因により、その鎖が切れることはよく起こっていますが、生物はそれを元通りにする力を持っています。人も紫外線を浴びると、DNAの鎖が切れますが、それで病気になるわけではなりません。しかし、ごくまれに修復ミスが起こって、前と異なるDNA配列になり生物の性質が変わることがあります。これが突然変異です。他にも、細胞分裂時のDNAのコピーミスにより遺伝子の変異が起こることもあります。近年では、放射線やイオンビーム(高エネルギーのイオンの束)を照射して、人為的に突然変異を起こして有用な種を選ぶ品種改良も行われています。

ジャガイモも野生種は小さく、美味しくないものでしたが、現在のジャガイモまで改良されています。しかしながら、毒のないジャガイモはつくることができなかったのです。それは、ヒトなどが2つの親、2セットのゲノムを持つ2倍体であるのに対し、ジャガイモは4倍体だからです。つまり、同じ働きをする遺伝子が細胞内に4つあり、突然変異が起こるには4つすべての遺伝子が変わらなければならず、自然現象として起こりにくいのです。

そこで私たちの研究グループ(大阪大学/理化学研究所/神戸大学/農業・食品産業技術総合研究機構)は、ゲノム編集で特定のDNAを狙って破壊することにより毒のないジャガイモをつくる研究を行っています。ジャガイモの毒は、ソラニン、チャコニンで、ステロイドグリコアルカロイド(SGA)という化合物の一種です。自ら動くことのできない植物は、生存戦略として、代謝過程の中でさまざまな酵素に反応しながら、多様な物質をつくり出しています。SGAもその一つで、コレステロールをもとにつくられることが分かっていましたが、その詳しい生成機構は不明でした。また、コレステロールはヒトの身体にも存在する脂質成分ですが、通常、植物ではその量は非常に少ないのに対し、ジャガイモやトマトなどナス科の植物には多く含まれていて、その理由も謎でした。

私たちは、ジャガイモの酵素遺伝子群の探索・機能解析を行い、SGA生成の鍵となる酵素遺伝子、Sterol side chain reductase 2(SSR2)を発見しました。また、このSSR2遺伝子がコレステロールをつくり出すことも分かりました。つまり、このSSR2遺伝子を破壊できれば、SGAの生成が抑えられるというわけです(図1)。

図1 ジャガイモの代謝経路におけるSSR2遺伝子の切断有毒成分であるソラニンやチャコニンなどのSGAの生合成酵素遺伝子SSR2を破壊して、SGAを生成できないジャガイモをつくり出す。

そこでゲノム編集ツールの「TALEN(ターレン)」を用いて、SSR2遺伝子の破壊を試みました。TALENとは、簡単にいうと特定の遺伝子を狙って切断する、いわゆるハサミの役割を果たすようにつくられた人工ヌクレアーゼという酵素です。SSR2遺伝子を破壊するように設計したTALENの遺伝子を、輪切りにしたイモ(塊茎)や茎を出発材料として、ジャガイモの核遺伝子に組み込み、植物ホルモン処理などをして苗を育成しました。なお、研究用のジャガイモはサッシーという品種を用いました。こうしてゲノム編集によりSSR2遺伝子を破壊しDNAに変異が生じたジャガイモをつくることに世界で初めて成功。実際に、SGA量を調べてみると、ゲノム編集されていないジャガイモに比べて、ソラニン、チャコニンの量が大幅に低下していました(図2)。このSGA量は人体に影響を及ぼさない程度の量です。このジャガイモであれば、芽が出ても緑に変色してもSGAはほとんど蓄積されません。

図2 SSR2遺伝子を切断し、DNAが変異したジャガイモのSGA含有量controlは、ゲノム編集されていないジャガイモ。それに比べて、ゲノム編集されたジャガイモのSGA量は大幅に低減している。

SGA量がゼロにならないのは、Sterol side chain reductase 1(SSR1)遺伝子が存在しているためです。SSR1遺伝子は植物に普遍的に存在し、植物ステロール(カンペステロール、シトステロールなど)の生合成に関わっています。植物ステロールは、植物の細胞膜を形成するために欠かせないもので、近年、人体ではコレステロールを抑える成分として、特定保健用食品に応用されています。実はSSR2遺伝子は、SSR1遺伝子が、重複(1つのものが2つになる)して、コレステロール生合成に特化して進化したものです。私たちの研究では、SSR1遺伝子はごくわずかですが、コレステロール生合成にも関わることも分かっており、そのため少量のSGAがつくられるのです。

外部遺伝子がなければ規制の対象外

ゲノム編集によるジャガイモは、⼈⼯気象器(温度、⽇照などをコントロールした装置)を使って栽培していますが、味は現段階では研究倫理規定により確かめられないものの、見た目は従来のものと変わりありません(写真1)。しかしながら、導入したハサミ(TALEN)の遺伝子(以下、ハサミの遺伝子)がジャガイモのゲノムに残っていて、何らかの影響を与えてしまう可能性もあります。そのため、2019年9月、消費者庁から発表されたゲノム編集食品と遺伝子組み換え食品のルールでは、ゲノム編集によって外部の遺伝子が組み込まれた食品は、遺伝子組み換え食品と同様に表示義務や安全性審査などの規制対象となっています。一方で、DNAを切断しただけで外部遺伝子が組み込まれていないゲノム編集食品は、従来の品種改良と同様に、規制の対象外(任意の届け出制・任意の表示)とする指針を示しました。もちろん、安全性の担保や任意表示は必要だと考えていますが、普及させるためには規制対象外のゲノム編集食品として開発することが重要です。

写真1 ゲノム編集したジャガイモ実験用のポットで栽培したため小ぶりだが、見た目は普通のジャガイモと変わらない。

そこで現在は、ハサミの遺伝子を残さない方法で、毒のないジャガイモをつくる研究を進めています。一般的に考えると、ゲノム編集したジャガイモとそうではないジャガイモの種子をかけ合わせていけば、メンデルの法則によりある確率でハサミとSSR2の遺伝子を持たないジャガイモをつくることが可能です。しかし、ジャガイモは種子繁殖では種付きが悪いため、種ではなくイモを植えて増やすのが主流となっています。しかもいったん種子繁殖したものは、親とは異なる形質を持ってしまい、新たな品種として育成し直さなければなりません。早期の実用化を目指すには、現在、普及している品種、特にSGAが高くなりがちなメークインやとうやなどの品種で、毒の少ないジャガイモをつくる必要があります。

私たちが注目したのは、ゲノム編集で用いたアグロバクテリウムの特性です。アグロバクテリウムとは土壌細菌の一種で、ここにハサミの遺伝子を組み込みます。それを植物に感染させることで、ハサミの遺伝子が植物細胞に入り込むのです。これは前述の研究でも行った手法です。

このアグロバクテリウムをジャガイモの茎の切片に感染させると、数日の間、たくさんのハサミができます。この段階では、まだハサミの遺伝子はジャガイモのゲノムには組み込まれていません。その後、SSR2遺伝子が切断されて、ハサミの遺伝子が組み込まれていないと推察されるタイミングで、茎から植物ホルモン処理で得られた苗を採取します。採取した苗のSSR2遺伝子とハサミの遺伝子の有無を調べたところ、100個中1個の割合で、SSR2遺伝子が切断され、かつ、ハサミの遺伝子を持たないものが存在し、ソラニン、チャコニンの量も極めて少量でした。

現在は、TALENよりも簡便にゲノム編集ができるCRISPR-Casを用いた研究も進んでいます。また、試験管の中で、種イモのもととなるマイクロチューバー(極小粒のジャガイモの塊茎)をつくることや、培養液を充填した特殊な袋で多くのマイクロチューバーをつくることも可能で、優良なイモを大量生産することにつながることが期待されます(写真2)。

写真2 マイクロチューバーと人工気象器根の部分にできたマイクロチューバー。20℃に温度管理されている人工気象器(写真右)で育成されている。

情報はできる限りオープンにする必要

さらに私たちの研究の成果では、SGAの生成経路において関与するSSR2の下流の遺伝子A(仮称)の働きを抑制したジャガイモでは、収穫後に芽が伸びなくなり、しかも土に埋めると発芽することも分かっています。生産者や関連業者にとっては、毒がなく芽が出ないジャガイモが理想形で、実現すれば管理コストなどを大幅に削減できます。今後は、この現象をゲノム編集で実現する研究を進める予定です。また、SSR2の下流の遺伝子B(仮称)を破壊すると、高脂血症予防に効果があるとされているヤモゲニンが蓄積されることも分かっており、これも今後の研究課題です。

当面の目標は、ゲノム編集による毒の少ないジャガイモを食卓まで届けること。国内だけではなく、管理コストが軽減されることで海外への輸出も期待できます。まずは、実際に毒の少ないジャガイモを畑で栽培し、虫やモグラの影響を受けるのかどうか、そもそも味はどうなのかなど、検証しなければなりません。そのための野外試験も準備中ですが、残念なことに新型コロナウイルス感染症の影響で遅れています。

現在、わが国では、ジャガイモだけではなく、高GABAトマト、赤かび病に耐性を有するコムギ、種のないピーマン、アレルゲン成分を低減した作物など、ゲノム編集技術を活用した農作物品種・育種素材の開発を目指した研究が進んでいます。一方で、遺伝子に関わる技術は、消費者の不安があるのも事実です。私は、できる限り情報をオープンにする必要があると考えています。私たちの研究グループでは、2018年にジャガイモ新技術連絡協議会を発足。研究者、生産者、流通業者、加工業者、そして消費者と連携して、研究成果の社会応用・展開に向けて取り組んでいく予定です。

植物がつくり出す物質は、推定100万種類。その中には、ジャガイモに限らず、ヒトにとって毒にもなり、薬にもなる物質があります。そのすべてが解明されているわけではなく、私は研究者として植物の持つ力に驚くばかりです。その力をゲノム編集技術の発展によって有効に活用できるようになった現在、今後、社会や環境に適切に応用されるべく、慎重に進めていくことが重要だと考えています。

(図版提供:村中俊哉)

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ヘルシスト 263号

2020年9月10日発行
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