特集 スポーツの奥深さ 柔軟性も体力の一要素——目的にそった適切なストレッチ

構成/渡辺由子

体は柔らかいほうがパフォーマンスも向上しケガの防止にもつながる、とされているが、柔軟性があればあるほど良い―、ということでもなさそうだ。柔軟性が高いということは、関節の可動域が大きく、筋肉やも伸びやすくなるということなのだが、筋肉組織や、関節の構造的な性を考慮すると、必ずしも良いこととは言えないという。いずれにしろ、体力の一要素である柔軟性を高めることはどんな運動にも必要であり、目的にそった適切なストレッチでのコンディショニングが求められる。

早稲田大学スポーツ科学学術院スポーツ科学部、同大大学院スポーツ科学研究科教授/同大総合研究機構ヒューマンパフォーマンス研究所所長、同大総合研究機構 機構長、同大理事

川上泰雄(かわかみ・やすお)

1988年、東京大学教育学部体育学健康教育学科(体育学コース)卒業。同大大学院教育学研究科博士後期課程中退(教育学博士)。同大助教授、早稲田大学助教授を経て、2005年から同大教授。2017年から同大重点領域研究機構(現・総合研究機構)ヒューマンパフォーマンス研究所所長。2020年から同大総合研究機構 機構長、2021年から同大理事。2012年から日本学術会議健康・生活科学委員会健康・スポーツ科学分科会委員(2019~2020年、同会副委員長)。

本学スポーツ科学部の学生に、「体力って、何?」と問いかけると、大半が「ねばり強さ」と答えます。ねばり強さというのは、持久力(持久性)と置き換えることができますが、図1で示すように、持久性は体力を構成する要素の一つでしかありません。体力はさまざまな要素から成り立ち、「柔軟性」もその一つです。スポーツ科学では、柔軟性は「体の関節の可動範囲内で身体運動を円滑に、しかも広範囲に動かすことのできる性能」と定義しています。

出典:猪飼道夫等編. 体力と身体適正. 体育科学事典. 第一法規出版, 1970.

図1 体力を構成する要素体力の概念について、運動生理学の権威である猪飼道夫氏は、「体力とはストレスに耐えて、生を維持していくからだの防衛能力と、積極的に仕事をしていく行動力をいう」としている。

関節の可動性に関係する靱帯

柔軟性が体力要素であることから、「体が柔らかければ、良い」という発想につながっていると考えられます。実際に、「柔軟性が高いほうが、運動やスポーツのパフォーマンスを向上させ、ケガの防止にも役立つ」という考え方は、広く浸透しています。

私たちが体を動かすには、「筋肉」「腱」「関節」が相互に作用して成り立っています。体を動かすときに使われる筋肉は、多くが骨に付着していることから、骨格筋とも呼ばれています。柔らかい筋線維でできており、大きな力を生み出すエンジンの役割を持っています。筋線維は、両端で腱組織に陥入し(筋腱移行部)、腱組織へと直列につながっています。腱の大部分はコラーゲンが束状になったもので、顕微鏡レベルでをなしており、力をかけると伸びる性質があり、力が取れると元に戻る、いわばバネのような働きがあります。筋肉の両端にある腱がまたいでいる関節は、骨と骨をつなぐ部分ですが、関節を構成するにもバネのような柔らかさがあって、関節の可動性に関係しています。

柔軟性から少々離れますが、立ち幅跳びを例に、筋肉、腱、関節の働きを確認しましょう。立っている場所から前方へジャンプする際に、一度沈み込んでから跳ぶ「反動動作」を行うことによって、より遠くへ跳ぶことができます。このときに、筋肉や腱、靱帯などが伸ばされて、力を除くと元の長さに戻る「弾性」を利用したエネルギー発揮を行っています。筋肉というエンジンで生み出された力(力学的エネルギー)は、外力によるエネルギーとともに腱などのバネで弾性エネルギーとして蓄積され、バネが元の形に戻ろうとするように放出する弾性エネルギーを関節に伝え、骨を動かし、パワフルで効率的な運動を可能にします。こうした、筋肉と腱と関節の一連の相互作用を連続して行っているのがランニングやジョギングであり、弾性エネルギーの利用はさまざまなスポーツの基本ともいえる仕組みです。

なお、ランニングのスピードを上げていくと、アキレス腱に加わる張力は10kN、すなわち約1tもの莫大な力が働いており、これがアキレス腱を伸長させて弾性エネルギーを蓄積する原動力になります。一方、あまりにも大きな力であるために腱の断裂などの故障を招くことにもなります。腱は鍛えると硬くなるとされますが、柔らかすぎず、硬すぎず、適切にコンディショニングすることが重要になります。

  • kN:キロニュートン。力の大きさを表す単位で、1kN=約100㎏。

柔軟性に話を戻すと、柔軟性を決める因子には、年齢や性差、筋肉質等の体格などが挙げられます。子どもは成人よりも柔軟性が高く、特に幼児は非常に体が柔らかく、成人では真似のできない姿勢は、関節の柔らかさ、というよりも脆弱性によるものです。一方、加齢に伴って柔軟性は低くなり、これが転倒リスクとなることが知られています。また、一般的に女性は男性よりも柔軟性が高い傾向があります。その理由として、筋肉の量(筋量)は、女性は男性よりも少なく、伸ばされる組織の量が少ないために伸びやすい、ということと、女性の腱は男性よりも柔らかくて伸びやすい、という点が指摘されます。

私たち研究チームの研究の一つに、足関節における関節可動性と関節可動力と筋量(後部筋厚)についての考察があります(図2)。48~86歳の中高齢者185人(女性116人、男性69人)に対して、2種類の機器を用いて計測しました。一つは足関節の足背屈方向へのストレッチを特製モーター付き筋力計で計測し、さらに下腿後部の筋肉は超音波法を活用して観察。もう一つは、足関節の背屈動作を自力で行い、これも特製の角度計で計測しました。その結果、関節の可動性と可動力の両方に筋量依存性があり、前者の場合は筋量が少ないほど可動性が大きく(前述の理由で)、後者は筋量が多いほど可動力が大きい(大きな力で関節を回せるので)、ということが分かりました。特に高齢者の場合、日常生活の遂行のために筋量は確保しつつ、ストレッチなどで関節の可動性を確保することが必要になります。

川上泰雄ほか. 体力科学, 2003.

図2 ストレッチと筋量による柔軟性足背屈方向へのストレッチで実験。写真左は、下腿後部筋厚を測る超音波装置を装着し、特製モーター付き筋力計で関節可動性を測定。写真右は、自力で動かすことで関節可動力を測定した。

可動域を上回る動きはケガにつながる

柔軟性は体力の一つの要素である、と前述しました。さて、体の柔らかい乳幼児は成人よりも「体力が高い」ということになるでしょうか。ここで考えたいのは、柔軟性を決めている因子には、筋肉や腱の柔らかさ、筋肉と腱などの組織や関節構造の脆弱性も関係している、ということです。このことから、「関節の可動性が高い」「筋肉や腱が伸びやすい」のは良いこと、とは必ずしも言えないと考えています。

ダンサーやバレリーナは、日常の鍛錬によって筋量と高い柔軟性を両立させていますが、アスリートでも一般人でも、それぞれの可動域を上回るような関節の動きはケガにつながることがあります。その点で、体が柔らかすぎることは、傷害リスクを高める場合もあります。柔軟性に関する論文が国内外で多数発表されていますが、傷害という観点から見ると、「柔軟性は高いほど良い」と一概には言えず、これが柔軟性に関する議論を複雑にしています。私たち研究チームも、多角的に検証を進め、柔軟性の意義について科学的に証明していきたいと考えています。

「柔軟性を高める」「傷害予防になる」とされるストレッチは、1960年代から1970年代にかけてアメリカにおいて普及し、世界に広まって現在に至ります。相応の歴史に対して、その科学的根拠に関する研究の歴史は浅いために、その効果についてもいまだにさまざまな議論がなされています。「運動前のストレッチは傷害率を高める」といった研究報告もあったりします。

これまでの知見をまとめると、ストレッチにはいくつのかの種類があり、目的による使い分けが望ましいという意見が大勢を占めています。

【静的ストレッチ】
●スタティック・ストレッチ

反動や勢いをつけずに、ゆっくりじわじわと関節可動域の限界近くまで関節を伸展もしくは屈曲させて、数秒〜10秒間ほど、姿勢をキープする方法。

【動的ストレッチ】
●バリスティック・ストレッチ

反動をつけてリズミカルに筋肉や腱を伸ばす方法。勢いをつけて可動域ぎりぎりに関節を動かすことになるので、実施には注意が必要。

●ダイナミック・ストレッチ

歩行やジョギングなどで体を動かし続けながら、関節を大きく動かして筋肉や腱を伸ばす方法。サッカーワールドカップのブラジル代表が行っていたことで世界中に知られた「ブラジル体操」もこの一種。筋力を低下させずに柔軟性を高める効果が期待されている。

上記のことから、現代のアスリートは、パフォーマンス前には中学校や高校の体育の授業で行っているようなスタティック・ストレッチだけではなく、ダイナミック・ストレッチによって可動性を高めつつ、適度に筋肉や腱の組織を伸長させるという、関節と筋肉や腱に対するメリットを重視したストレッチを採用しています。

私たちの研究チームでは、モーターで足関節を足背屈方向へストレッチを10回行ったときの、足関節の柔軟性や筋肉と腱の伸長性の変化を確認しました(図3)。その結果、ストレッチを10回行うと、足関節背屈角度は回数を重ねるにつれてその大きさが増えていくことが分かりました。一方、筋線維は1、2回目は伸長性が高まりますが、その後は頭打ちになっていきます。興味深いのは、アキレス腱は5回目まではその伸長度に変化はなく、その後伸長性が徐々に高まり、ラスト2回で伸長性が高まった状態で維持されていました。

川上泰雄ほか, 2001.

図3 ストレッチによる関節可動性の増加ストレッチによる足関節の柔軟性について、足関節背屈角度、筋線維伸長、アキレス腱伸長の3点から考察。効果が表れる回数はそれぞれ異なり、どの部分に効果があるかを考えて行うことが望ましい。

このことから、アスリートや一般の方も含め、ストレッチを行うときは、漫然と行わずに、柔軟性の規定因子のどの部分に刺激を与えるかを考えて、回数や強度を含めて行うことが勧められます。例えば、アキレス腱のコンディショニングをしたいときには、少ない回数では意味がなく、ある程度の効果を求めるには、回数を重ねなければなりません。しかし、やりすぎは筋力を低下させることにつながります。主運動前のストレッチは、一過的に筋力を低下させることがさまざまな研究から報告されています。アスリートだけでなく、レクリエーショナルスポーツに取り組んでいる方たちにとっても、ストレッチは時と場合に応じて適切に行うべきでしょう。

歩行に重要な股関節や膝関節の筋肉

柔軟性とストレッチの関係については、賛否両論ありますが、スタティック・ストレッチは一過的に筋力を低下させるものの、収縮や伸長によって筋肉や腱に刺激を与えることから、長い目で見ると、定期的な実践は有効だと考えられています。特に高齢者が日常生活の中でストレッチを定期的に行うことは、トレーニングの観点からは筋量が減るのを防ぐことができることが示されています。筋力が低下して寝たきりになってしまっている方の場合、介助者による主要筋群のストレッチは有効といえるでしょう。

運動や生活上の動作の要となる、足関節、股関節、肩関節は、その可動性のコンディショニングが重要です。足関節は地面をしっかりと捉え、蹴り出して前方へ進む動作を担いますので、一定以上の可動性が求められます。股関節と肩関節は、球状の骨頭が受け手となる側の関節にはまり、ぐるぐると大きく動く自由度の高い関節で、その特徴を利用してわれわれは日常生活やスポーツを行っています。しかし、この特徴は2つの関節の故障の多さにもつながっています。関節可動性が低くならないように、ストレッチでしっかりと動かしてコンディショニングすることが大切になります。

私たち研究チームは、本学が採用された内閣府による「戦略的イノベーション創造プログラム(Cross-ministerial Strategic Innovation Promotion Program)」のプロジェクトの一環で、中高齢者(40~81歳)209人(男性106人、女性103人)へ詳細な調査を実施しました。歩行スピードは寿命と深く関係することが分かっているのですが、調査によって、歩行スピードや歩幅には脚伸展(ジャンプするように両脚を蹴り出す)のパワーや、膝を曲げ伸ばしする筋力が関係することが明らかになりました。これは、股関節や膝関節を動かす筋肉が、中高齢者の歩行機能の向上に重要であることを示唆するものです。また、運動をする時間帯と運動効果の程度の関係についても調査したところ、高齢者の場合は午後よりも午前に運動するほうがより効果的であることが分かりました。さらには、ストレッチや体操などを何も行わないと、高齢者の場合は3カ月で歩行能力が低下してしまう傾向も観察されました。

3年間にわたる上記研究の成果を基に、中年世代から元気な高齢者に向けて、上記の3つの重要な関節の可動性と筋力、そしてバランス感覚を養い、歩行などの日常生活能力を向上させるための体操「SIPex(サイペックス)」を開発しました。SIPexは、①体幹ひねり、②ランジ(足を前後に開き、股関節や膝関節を曲げる)、③肩・股関節まわし、④スクワット、⑤つま先立ち、と5つの動作から構成されています。

SIPexのポイントは、特別な器具や重りなどを使う必要はなく、自分の体重で負荷をかけるだけということです。わずか2分間の体操なので、ぜひ日常生活に取り入れて、健康的な体の維持に役立ててください。

(図版提供:川上泰雄、取材協力:田中史子〈早稲田大学総合研究機構ヒューマンパフォーマンス研究所〉)

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ヘルシスト 281号

2023年9月10日発行
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