特集 地球温暖化の深淵 「地球シミュレータ」で知る未来の地球の姿

文/柳井政和

猛暑、巨大台風といった異常気象から、スーパーに並ぶ魚の値段の変化まで、地球温暖化は日常生活にも大きな影響を及ぼす切実なものになりつつある。しかし、そうした人間の主観、実感とは距離を置きつつ、膨大なデータと計算によって、投げたボールの放物線を計算するように「地球の未来」を計算している専門家の目には、やや違った地球の姿が見えているようだ。

海洋研究開発機構 地球環境部門 環境変動予測研究センター長

河宮未知生(かわみや・みちお)

1969年、名古屋市生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科卒業。同大学院理学系研究科博士課程修了。東京大学気候システム研究センター研究員、ドイツ・キール大学海洋学研究所研究員、海洋研究開発機構上席研究員を経て現職。2019年より、IPCC(国連気候変動に関する政府間パネル)のTG-Dataメンバーに選出される。

「温暖化していく地球の未来を見て、気分が暗くならないですか?」

海洋研究開発機構の河宮未知生さんは、他の研究者からよく聞かれるそうだ。多くの人が、未来の地球に対してネガティブなイメージを持っている。河宮さんは、その地球の未来をシミュレートしている。SFでよく見る、コンピュータ内の「もうひとつの地球」は、どんな姿をしているのか。

河宮さんが働く横浜研究所には、地球の未来を計算するスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」がある。50mプールが丸ごと入る巨大な建物の中には、人の背よりも大きな筐体が80台並んでいる(写真1)。

写真1 地球シミュレータ
「地球シミュレータ」建物の床部分は65×50m、高さは最高部分で約17mある。80台ある各筐体には64のノードがあり、各ノードに4コアのCPUと64GBのメモリを搭載している。このCPUは、データを一度にまとめて処理する並列処理が得意。(写真提供:JAMSTEC)

地球シミュレータは、普通のコンピュータとは大きく違う。家庭にあるパソコンには、CPUと呼ばれる演算装置が搭載されている。CPUは、命令された計算を順番に行う。その様子は駅の改札に似ている。命令を持った人がやって来て、一人ずつ改札機を通るイメージだ。

このCPUには弱点がある。それは駅に改札機が1つあるいは少数しかないことだ。そのため順番待ちの長い列ができる。地球シミュレータはパソコンと違い、改札機に当たる演算装置のコアが2万以上ある。そのため大量の計算をさばくことができる。それだけでなく記憶力も膨大だ。Windows 10の推奨メモリ4GBに対して、32万GB以上のメモリが搭載されている。

この想像もつかないような能力を持つ地球シミュレータで、どう地球の気候変動を再現しているのか。

「大気や海洋、太陽光などのデータをもとに、物理法則に基づいて計算します。統計データをもとに推測しているわけではありません」

中学の理科を思い出してほしい。ボールを投げると、放物線を描いて落下する。ボールの動きは計算で求められる。それと同じことを地球シミュレータは行っている。

空気がどう動くか。海の水がどう流れるか。太陽光が、どのように地表に影響を与えるか。膨大な計算を行った結果、未来の地球の状態が分かる。地球というボールを真上に投げると、未来の地球が手元に落ちてくるというわけだ。

シミュレートは、どのように行われるのか。

「地球をグリッドと呼ばれる小さな地域に分割して、小規模な地球を作るんです。そこに、本物の地球の数値を入力して、計算で未来の状態を求めます。

この一連の作業は、国際的な協力の下で行われます。計算のもとになるデータは、各国から集めたデータを整理したものです。そして最終的に提出するデータの規格も決まっています。入力と出力は、このように統一されていますが、内部の処理や、地球をどうモデル化するかは、各国の研究機関ごとに違います。

例えば温暖化の影響で、植物の状態がどう変わるか。植物の変化は、地球環境に大きな影響を及ぼしますが物理の計算式では表せません。また、人類の活動で出るエアロゾルの量も同様です。経済分野の研究を参考にします。

こうした物理では表せない部分は、経験知をもとにして、現実に近似した式を用意します。物理演算と、生物や社会の擬似的な再現。多くの研究を組み合わせて、仮想の地球は作られます」

地球の内容は研究機関ごとに違うため、同じデータから開始しても得られる結果は異なる。それらを見比べることで未来の傾向をつかむのだ。

「シミュレートの期間は、1850年から2100年が一般的です(図1)。『CO2の排出が抑えられた場合』『このままの傾向が続いた場合』といった、複数のシナリオが試されます。

図1 21世紀末における世界平均地上気温の変化
温暖化抑制策を講じることをせず、温暖化が最も進む場合に相当するRCP8.5シナリオに基づく、気候モデル「MIROC5」によるシミュレーション結果。

また、得たい情報によって、計算する1地域の大きさは変わります。例えば雲のでき方を見るには、10㎞まで小さくする必要があります(図2)。地球の未来を見るための現実的なサイズは、300㎞ぐらいです。森林が変化していく状態まで計算に入れるなら、これ以上細かくすると計算量が膨大になります。


図2 シミュレートされた地球の一部
(上)海洋上で発達する浅い積雲のシミュレーション。
R. Onishi and K.Takahashi, A Warm-Bin-Cold-Bulk Hybrid Cloud Microphysical Model, Journal of the
Atmospheric Sciences, 69: 1474-1497, 2012.

(下)高解像度海洋モデル「OFES」で再現された海面水温と海流の強さ。(画像提供:JAMSTEC)

シミュレートが終わったあとは、規格に合わせた形にデータをまとめて、論文を提出します。こうしてあがってきた情報は、分厚いレポートにまとめられます。

最初のデータ作成からレポートの完成までのサイクルは6~7年です。世界中の研究者が参加する大規模な仕事になります。前回のレポートが2013年。今回の結果は去年シミュレートが終わり、2021年にすべてのレポートが出そろう予定になっています」

この結果を見て、世界中の政治家たちが未来の政策を決めていく。シミュレートの結果は未来への羅針盤となる。

どういった未来が見えるのか

では、実際に見える未来はどうなるのか。多くの人が合意する未来像を見ていこう。

「2030~2040年には、温暖化が始まる以前の19世紀半ばに比べ、世界の気温が1.5℃ほど上がります」

意外に小さな変化だと思うかもしれない。30℃を超す猛暑のニュースを毎年見る。だから、3、4℃は上がるのではないかと思ってしまう。1.5℃の上昇の結果、どういった変化が地球に起きるのか。

「台風などの極端現象が増加します。毎年、日本に被害をもたらす台風ですが、その強さが1割ほど増します」

1割といえば、わずかなようだが、想定外の規模の自然災害が起きれば、甚大な被害が発生しかねない。

「また自然環境は、今よりも極端になります。乾燥地はより乾燥し、砂漠化が進んだり、森林火災が増えたりします。湿潤な地域では、より雨が多くなり、洪水や土砂崩れが頻発するようになります。

気温が高くなることで、植物の分布も変化します。植物自体は、足が生えていないので直接移動しません。しかし風や虫により周囲に広がり、現在と異なる場所で成長します。その結果、1グリッド200~300㎞の仮想の地球内で、植生は1~2グリッド移動します」

植物の分布は、400~600㎞ほど変わる。東京から大阪までが約400㎞。そう考えると、かなりの変化があるのが分かる。

「海の循環にも影響が出ます。深い場所での水の循環がゆるやかになります。その結果、世界中の海流の力が弱くなります。この影響は、陸地の気候にも及びます。海沿いの地域の気温は、暖流や寒流の影響を受けているからです。

ヨーロッパのように、高緯度なのに暖かい地域は、暖流の恩恵を受けています。流れが変われば、本来の緯度に応じて温暖化の進み方が遅くなる可能性があります」

それだけではない。海の循環が悪くなれば、プランクトンなどの成育に影響を与え、漁獲量が落ちることもあるだろう。

「北極の氷は、とりわけ大きな影響を受けます。今世紀半ばには、夏場は氷がなくなるだろうといわれています。白い氷がなければ太陽光を反射できず、熱を吸収しやすくなります。その結果、北極は10℃以上気温が上昇する可能性があります。

予測ではなく、確定していることもあります。海洋が二酸化炭素を吸収する力は、今よりも弱くなります。すでに大量の二酸化炭素が海に溶けています。そして溶け込む量には限度があります。

また、先に述べたように、海の深いところで水が循環する力が弱くなります。海の水が混ざらなければ溶け込む量も減ります。表面の水が二酸化炭素を吸収すれば、それ以上吸収することが難しくなるからです」

海が引き受ける量が減れば、大気に残る二酸化炭素の量は増える。その結果、今以上に温暖化が進むことも考えられる。また、二酸化炭素が多量に溶けると、海の水は酸性化する。海の環境が変化すれば、生態系に影響が出る恐れもある。

地球シミュレータでの計算の実際

未来を描き出す魔法のような技術、その計算の実際についても触れておこう。コンピュータに計算させるとなると、実行ボタンを押して何日も結果を待つというイメージを持つかもしれない。しかし実際は、ボタンを押して終わりではない。

「シミュレートしたシベリアの森林タイガが、どんどん大きくなってしまったことがあるんです。緑の部分は光を吸収すると温まる。そうすると森が育ち、色が濃くなり、さらに光を吸収する。その繰り返しで密林みたいになってしまったんです」

完璧な計算式が、一度で作れるとは限らない。シミュレートを開始してみたら、あり得ない結果が出て、モデルを作り直すことも多々あるそうだ。

「シミュレートは1カ月にわたります。その間、データを監視し続けて心身が安まる暇がありません。また、ずっと地球シミュレータを占有できるわけではないです。多くの研究で利用されているため、何度も途中で止めて再開します。そのため終わったときには、みんなへとへとで、やったー、終わった!という感じになります」

シミュレートする人だけでなく、計算の基点となるデータを作る人たちの苦労も大きいそうだ。

「世界各地から集められる気象データですが、綿密な記録を取っている国もあれば、そうでない国もあります。そこから、統一的なデータを作ります。

こうした活動は、研究者たちのボランティアで行われています。6~7年というサイクルでも、関係者はひたすら忙しいというのが実情です。2015年のパリ協定では、すべての国による削減目標の、5年ごとの提出・更新が採択されました。こうした世界の需要に対して、どのように応えていくかは悩ましいところです」

今後の計画についても聞いてみた。

「現在の地球シミュレータは第3世代です。2002年の初代、2009年の2代目、2015年の3代目と、6~7年ごとに新しいものになり、そのたびに約10倍ずつ性能が更新されています。

現在は、第4世代の設計について議論が進んでいます。その中で、AIの要素をどう入れるかが課題になっています」

未来は明るいのか暗いのか

初めの疑問に話題を戻す。温暖化していく地球の未来は明るいのか暗いのか。

「極端なほうに、世間のイメージがずれています。メディアが言い過ぎの部分もあると思います。ゲリラ豪雨などは、地球温暖化よりもむしろ都市化(ヒートアイランド)の影響が大きい」

河宮さんの実感としては、パニック映画のような未来は来ない。しかし温暖化は確実に進行して、大気や海洋、植物の生育に影響を与える。

「1年ごとの気温を切り取って、高かった、低かったという話は、あまり意味がないんです。昔は、確定的なことは分からないと言っていたんですが、最近はそれでは良くないと思い、確率が上がる、下がるという説明をしています。

気象というのは、そもそも毎年変化するものです。その中でも、高温になる確率が上がる、巨大台風が到来する確率が上がる。地球の変化とは、そういうものなんです」

5年、10年という単位で見ると、猛暑や暖冬の年が多くなる。台風の被害も多くなる。そうした長い目で見た場合の変化が起きるということだ。

もう一つ、SF的な興味にも答えておこう。映画や小説などでよく見る、コンピュータの中に人が住むような地球は作れるのか。

「地球シミュレータよりも計算力があるといわれる『京』で実験した結果ですが、1地域のサイズを800mほどにした場合、1日か2日分しか計算できませんでした。これは膨大な計算が必要になるためです」

このことから、人が住める細かさで地球をシミュレートするのは、まだまだ無理だと分かる。

地球をありのままには再現できないが、数十年後の地球の様子を垣間見ることはできる。膨大な計算力と、大気や海洋の動きを計算する物理の式、そして植物や人間の生活を観察して得られた知見。これらを組み合わせることで、未来に起きることを予見して対策を立てるところまで、人類の英知は進んでいる。

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ヘルシスト 261号

2020年5月10日発行
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