暮らしの科学 第40回 意外と近くにいる? カブトムシを探そう!

文/茂木登志子  イラストレーション/木村智美

夏を象徴する生き物といえばカブトムシ。虫捕りの楽しさを味わったり、カブトムシ同士を闘わせて遊んだり、ペットのように飼育したり。大人にも子どもにも、そんな楽しい思い出があるのではないだろうか。だが、私たちがカブトムシに出会うのは成虫になってから。成虫までどのように育つのだろうか? どんな一生を過ごすのだろうか? 今回はカブトムシの生態に迫ってみた。

〈今月のアドバイザー〉小島 渉(こじま・わたる)。山口大学理学部(大学院創成科学研究科)助教。昆虫生態学の研究者で、日本で唯一のカブトムシの生態学者として知られている。子ども向けの著書『わたしのカブトムシ研究』(さ・え・ら書房)や『不思議だらけ カブトムシ図鑑』(彩図社)は、カブトムシの生態や魅力を分かりやすく解き明かしていて、大人が読んでも抜群に面白い。

多くの人がイメージしている“立派な角を持ったカブトムシ”。学名は「トリュポクシルス・ディコトムス(Trypoxylus dichotomus)」という。角を持つ大きなカブトムシの仲間のうち、日本で生息しているのはこの1種類だけだ。

首都圏で生活していても、セミは今でも夏になればうるさいほどその鳴き声を聞くし、飛んでいる姿や街路樹にしがみつくようにじっとしている様子を見かけることもある。だが、カブトムシの姿は見かけない。やはり、山の奥深く、手付かずの自然が残っているような所でないと、カブトムシはいないのだろう。だから、カブトムシは捕まえるものではなく、ホームセンターやペットショップ、通信販売で購入するものなのだろう。そう、思っていた。ところが、それは早とちりの独り合点だったのである。

「人間の生活に近い所で、カブトムシに出会えます。例えば、東京23区内や周辺の都市緑地にも、意外に多くのカブトムシが生息しています」

思い込みを覆してくれたのは、カブトムシの生態を研究している山口大学の助教、小島渉さんだ。

「自然の中の生き物は、カブトムシに限らず、自分から人間に姿を見せることはほとんどありません。でも、興味のある生き物について生態をよく知り、生息の手がかりに気づけば、実際に出会うことができます」

小島さんによると、カブトムシを探す手がかりは2つあるという。腐葉土とクヌギの木だ。これは同時にカブトムシの生態を知るキーワードでもある。

腐葉土で育つ幼虫

カブトムシの寿命は、ほぼ1年。卵で生まれ、ふ化してから約11カ月は土の中で過ごす。米粒くらいの卵が、ふ化して1齢幼虫になると体長は6㎜くらいになる。脱皮して2齢幼虫になると、丸まった状態では100円玉くらいの大きさだ。10月になると2度目の脱皮で3齢幼虫になる。冬眠準備のためにまるまる太って体長は8㎝となり、大きいものでは10㎝ほどにもなるという。土の中で暮らしながら、いったい何を食べて、カブトムシの幼虫はこんなにすくすく成長するのだろうか?

「腐葉土です。実は、幼虫が生息する“土”とは、腐葉土なのです」

腐葉土とは、落ち葉や枯れ枝などが積み重なり、時間の経過とともにそれらが微生物の働きで発酵・分解されて土に還ったものだ。農業やガーデニングなどで用いられている。土にすき込むと、土の水はけが良くなり、微生物の働きで植物に養分を与え、成長を助けてくれるのだ。

「腐葉土の中に住む微生物は、幼虫にとっては良質なたんぱく源です。また、キノコやカビなどの菌は、葉っぱの繊維質を糖分に変え、それを幼虫の腸内細菌が分解します。つまり、腐葉土は幼虫にとって、肉や魚のようなおかず(たんぱく質)とごはん(糖分)のバランスが取れた栄養満点のエサなのです」

また、微生物が葉などを発酵・分解する際には熱が発生するので、腐葉土の中は冬でも暖かい。つまり、カブトムシの幼虫にとって腐葉土はエサであり、居心地のいい家でもあるのだ。だから、寒くなると暖かい土の中で冬眠する。

春に冬眠から覚めた3齢幼虫は、6月になるとサナギになる準備を始める。

「腐葉土より下の土の層に潜り込み、蛹室という小さなすみかを作ると、その中で脱皮してサナギに変態します。その過程で、一部の筋肉や神経を除き、体内のあらゆる器官が溶けて、完全に形が失われた後に、成虫としての新しい器官が作られます」

完全変態の昆虫

卵から成虫になるまでにその形態を変える過程を変態という。カブトムシは卵から幼虫、サナギ、そして成虫と、成長とともに大きく姿を変化させていく完全変態の昆虫なのだ。

サナギになって1カ月が過ぎると、今度は成虫の姿に脱皮する羽化が始まる。

「羽化してから1週間ほど蛹室で過ごし、形も色もしっかりした成虫になると、いよいよ地上に出て飛び立ちます」

土の中から地上に出た成虫のカブトムシは、エサ場を探す。

「成虫になったカブトムシは、クヌギの樹液を吸うのです」

樹液というのは、木から出る液体のことだ。私たちの食生活にも樹液が利用されている。例えばホットケーキにかけるメープルシロップは、カエデの樹液を煮詰めたものだ。カブトムシが好むクヌギの樹液も甘くておいしいのだろうか?

「味見したことがありますが、甘いといえば、まあ、ほんのり甘いですね。この甘さの源は、光合成によって産生される糖です」

樹木は傷つけられると、自分の体を守るために樹液を分泌して傷口を治そうとする。クヌギの場合、枝打ちされたり、台風などの強風で枝が擦れて傷ついたり、ボクトウガというガの幼虫が樹皮をかじったりした所から樹液が出る。ちなみにボクトウガの幼虫は、樹液を求めて集まってくる虫を捕まえて食べるために、木をかじって傷つけ、樹液を出させるのだという。

「クヌギの樹液に含まれる糖分が自然界にいる酵母の働きによって発酵し、ツンとした独特のニオイを発するようになります。地表に出たカブトムシは、この発酵臭に誘われて飛んでくるわけです。カブトムシは、500mくらい離れた所からでも樹液のニオイが分かるといわれています」

オスのカブトムシにとってエサ場は大事な縄張りでもある。エサ場に来るメスと交尾して、次世代に命をつなぐ場だからだ。そのため、オス同士は縄張り争いをする。その際の武器が大きな角だ。角をライバルの下に潜り込ませ、投げ飛ばすのが、カブトムシの戦法。体格が良くて、角も大きければ鬼に金棒だ。縄張りを確保し、樹液もエサ場に来る多くのメスも独り占めできるからだ。

(左)カブトムシが樹液を吸うクヌギの木。樹皮とトゲのある葉が特徴だ。根元に転がるドングリも目印になる。
(右)畑や緑地で見かける腐葉土置き場。

「カブトムシは夜行性なので、エサ場に出てくるのは夜中が多いです。また、暗い所では外灯などの灯りに集まってくる習性があります。樹液を出すクヌギの木があって、すぐそばに外灯があれば、夜8時すぎに行ってみてください。きっとカブトムシが見られるし、捕まえることもできるでしょう」

成虫の重大任務は次世代に命をつなぐことだ。交尾したメスは、自分が育ったような環境を探し、何回かに分けて土の中に産卵する。つまり、樹液が出るクヌギの近くに腐葉土があると、翌年の夏までにたくさんの幼虫が成虫へと成長し、カブトムシに出会える可能性が高いというわけだ。

カブトムシの天敵

カブトムシが成虫になって地上に現れるのは、7月から8月にかけて。自然下では遅くとも9月中には、すべて死んでしまう。小島さんが都内の緑地で行った標識調査によると、成虫になってから7~10日くらいで死んでいると推察される。

「成虫の寿命は、飼育下では約2カ月。野外で短命なのは、飢えや捕食の影響があるからです」

エサ場に恵まれなくて、飢えて命が果てるのは切ない。だが、手で触った経験があれば分かると思うが、カブトムシは頑丈だ。そんなカブトムシを捕まえて食べるのは誰だ?

「野生のタヌキやカラス(ハシブトガラス)です」

小島さんは実験や野外調査から、彼らがカブトムシの軟らかいおなかの部分だけ食べて、硬い頭部や胸部を食べ残すことを確認している。しかも、オスのほうが捕食されることが多い。メスよりも体が大きいので目立つからだろうという。もう一つ、理由がある。

「カブトムシの体にはアブラが多く含まれています。自然界では、高栄養価の脂質は得難いごちそうです。しかも、カラスはアブラが好き。こうしたことから、カラスにとってカブトムシは、貴重なエサなのでしょう」

また、タヌキも好んでカブトムシを食べる。

「カラスよりもずっと多くのカブトムシを食べます。タヌキは、樹液場にカブトムシが来ることを知っていて、食べに来ます」

ゴミを食い散らかすなど、カラスはヒトの生活圏に生息し、ヒトの生活を利用している。だが、タヌキはそれこそ山奥にいるのではないだろうか。

「そういうイメージがありますが、webサイト『東京タヌキ探検隊!』によると、23区内には500~1000頭のタヌキが生息していると推定されるそうです」

カブトムシの一生を追いながら、カラスやタヌキの生態の一端にまで触れることになるとは、予想外の展開だ。

小島さんの解説を聞いてから、カブトムシの手がかりを探してみた。すると、住宅街を囲む小さな緑地帯の一角に、落ち葉を集めて腐葉土を作っている場所を発見。落ちているドングリを手がかりにその周囲を探すと、クヌギの木もあった。しかも、近くには駐車場の外灯がある。クヌギの木から樹液さえ出れば、きっとこの夏、カブトムシに出会えるだろう。そして、もしかしたらタヌキも目撃できるかもしれない。楽しみだ!

カブトムシの最新研究

幼虫の成長速度と緯度の相関関係

小島さんは、国立台湾師範大学の林仲平教授との共同研究で、カブトムシの幼虫の成長速度が、緯度に沿って変化することを発見した。北海道から沖縄、台湾など国内外14カ所で採取した幼虫を同じ条件・環境で飼育し、体重を測定。すると、冬が長い高緯度地域で採集した幼虫は成長が速く、反対に暖かく低緯度の幼虫は、最大体重になるまで何カ月もかかった。青森県の野外では、8月にふ化すると、2カ月後の10月には冬が来る。こうした環境に適応し、高緯度地域の幼虫は、単位時間当たりにより多くのエサを食べ、効率良く体重に変換していることが分かった。

(画像提供:小島 渉)

この記事をシェアSHARE

  • facebook

掲載号
THIS ISSUE

ヘルシスト 262号

2020年7月10日発行
隔月刊

特集
SPECIAL FEATURE

もっと見る