暮らしの科学 第43回渋味が甘味に変わる干し柿の魅力

文/茂木登志子  イラストレーション/木村智美

干し柿の魅力は、ねっとりした食感と濃厚な甘さだ。古くから「和菓子の甘さは干し柿をもって最上とする」といわれる。ところが、そんな極上の甘さは、渋柿から作られる。渋柿から干し柿になるにはどんな科学のメカニズムが潜んでいるのだろうか?

〈今月のアドバイザー〉
滝沢 潤(たきざわ・じゅん)。長野県農村工業研究所農業開発研究部主任研究員。名城大学農学部応用生物化学科卒業。信州大学工学部研究員などを経て現職に。市田柿の品質向上に関わる加工技術の研究開発や生産農家への技術指導に取り組んでいる。また、干し柿作りの講師としても活躍している。


渋柿を味わったことがあるだろうか? 薬やサンマのわたの苦さとも違う、アク抜きしていない野菜などのえぐみとも異なる味わいだ。そんな渋柿を、なぜ、干し柿の原料にするのだろうか?

「渋柿は甘いからです」

疑問に即答してくれたのは、干し柿の研究者として知られる滝沢潤さんだ。滝沢さんは長野県農村工業研究所で、“市田柿”のブランド名で国内外に流通している干し柿を、より甘く美味しく作るための技術を科学的に研究開発し、生産農家に指導している。ちなみに市田柿は、もともと長野県下伊那郡高森町の市田地域で栽培されていた渋柿の品種名なのだという。

さて、“渋柿は甘い”という言葉は、矛盾しているようだが、どういうことだろう? 滝沢さんは、渋柿の甘さと渋さについて説明してくれた。

生の渋柿は、含有する糖質全体の約60%がショ糖で構成されている。糖度は20度で、ブドウと同じくらいあり、本当はとても甘いのだ。この甘さを隠しているのが、渋さの源であるタンニンだ。タンニンは植物由来のポリフェノール成分で、水に溶けやすいものと溶けにくいものがある。また、タンパク質などと結合して不溶性の沈殿を形成する性質がある。

「渋柿のタンニンは水に溶けやすいので、食べると唾液で溶け出します。それが舌や内粘膜のタンパク質と結合した結果、味覚としての渋味を感じさせるのです」

ならば口の中で渋味を感じさせず、隠されていた甘味のみを感じるようにすれば、美味しく食べられるはず。というわけで、渋抜きという先人の知恵が生まれた。

柿の大半は渋柿

渋抜きという一手間をかけるよりも、甘い柿を味わえばいいではないかと思った。ところが、渋抜きが必要な理由があるのだ。実は、世界的に見ても、甘い柿よりも渋柿のほうが断然多いのだという。

「柿はざっと1000種以上あります。しかし大半が渋柿で、甘い柿は非常に少ないのです」

その渋さのせいか、欧米では、柿は木の堅さを生かして主に木材として利用しているという。

「柿の実を食用にしているのは、日本をはじめとする東アジアです。しかし、柿酢などに加工して食用とすることが多く、干し柿にして食べているのは日本と中国、韓国などです」

滝沢さんによると、日本の柿は「完全甘柿」と「不完全甘柿」「不完全渋柿」「完全渋柿」に分けられるという。

樹上で甘く熟すのが完全甘柿で、ベースに渋味があるけれど種子が入ると自然に渋抜けして甘くなるのが不完全甘柿だ。そして、種子が入るとその周りだけ渋抜けして甘くなるのが不完全渋柿。渋抜きするか、押すとすぐつぶれるほど完熟しない限り渋いのが、完全渋柿だ。

「生の甘柿として出荷されるのは、完全甘柿と渋抜きした不完全甘柿、不完全渋柿です。完全渋柿は、干し柿に加工してから出荷することが多いです」

つまり、ほとんどの柿は、甘く味わえるように渋抜き加工してから出荷されているというわけだ。柿の渋はなかなか手強い。だが、この渋の手強さは、優れた自己防御システムだと滝沢さんはいう。

「柿に限らず植物にとって種子を残すことはとても重要です。タンニンの渋味は、鳥獣害から身を守ります。また、タンニンのタンパク質を凝集させる性質は、病害虫を侵入しにくくさせます。渋いタンニンが、次世代に命をつなげるように、種子が成熟するまでしっかりと守っています」

図1 柿の分類甘味と渋味から柿は図のように4つに分けられるが、渋柿が基本で、甘柿は突然変異で誕生したといわれる。食べると渋く感じるのはヒトだけではない。渋味が鳥獣の食害を防ぐ。また、渋味の源であるタンニンはタンパク質を凝集させるので、病害虫も侵入しにくい。

渋抜きで甘くする

柿の渋を抜いて甘くすることを「渋抜き」という。しかし、実際には渋が消えてなくなるわけではなく、タンニンを不溶化させて「口中で渋を感じにくくさせる」ということなのだ。

甘柿として出荷する際に用いられる主な渋抜きとして知られているのが、アルコールや炭酸ガスを用いた方法だ。干し柿の場合は、皮をむいて乾燥させるという加工自体が渋抜きになっている。

「方法は異なりますが、柿の中で起こる原理は同じです。タンニンが柿の中でできたアセトアルデヒドと結合することによって不溶化され、食べても渋味を感じなくなるようになっているのです」

滝沢さんの説明によると、渋抜きの仕組みはおよそ次のとおりだ。柿は収穫後も果皮を通じて呼吸しながら生きている。この呼吸を妨げられると、果実内にアセトアルデヒドが生成されて蓄積される。アルコール(エタノール)が酸化するとアセトアルデヒドになるのはよく知られていることだ。また、炭酸ガスが充満する中に置かれると、柿は呼吸ができなくなるのでブドウ糖の代謝ができない。そのため分解途中のピルビン酸からアセトアルデヒトが生成される。干し柿の場合は、皮をむかれると呼吸ができなくなるので、やはりアセトアルデヒドができるという具合だ。

では、渋抜きした柿はどのくらい甘いのだろうか。日本食品標準成分表2015年版(七訂)に基づいて算出すと、生の甘柿の糖質量は100gあたり14.3gで、渋抜きした生の柿は14.1g、干し柿は57.3gとなっている。干し柿は乾燥により水分が抜けるので、生の甘柿や渋抜き柿よりも糖質量が多くなるからだ。

  • 炭水化物量から食物繊維を差し引いたものを糖質量とする。

科学的な品質向上

高級とされるころ柿の表面は白い粉で覆われていることが多い。滝沢さんが白い粉の正体を探ったところ、ブドウ糖であることが分かった。しかも、原料の生の渋柿ではショ糖が約60%を占めていたのに、乾燥工程が進むにつれてショ糖の含有量が減少し、ブドウ糖と果糖が増加。干し柿になったらショ糖はほとんど検出できなかったという。

「柿の果肉には、ショ糖をブドウ糖と果糖に分解するインベルターゼという酵素が含まれています。そのため、乾燥させる過程でショ糖はほとんど分解され、干し柿に仕上がったときにはブドウ糖と果糖のみになると考えられます」

生の渋柿が乾燥する過程でタンニンの不溶化とともに糖の転化も起こっているというわけだ。しかし、なぜブドウ糖だけが表面を覆っているのだろうか。

「それは“柿もみ”という一手間をかけているからです」

乾燥させた柿の表面をもんで刺激すると、柿の中心部の水分が押し出される。白い粉の正体は、中から染み出したこの水分に含まれているブドウ糖が結晶化したものだ。柿もみを何度か繰り返すことで、しわのない柔らかな干し柿に仕上がり、粉雪に覆われたような美しい姿になるのだという。

渋抜きも糖の転化も、乾燥工程で起こる化学変化だが、品質の良い干し柿作りには産地特有の自然環境の力も大きい。

「夜から早朝にかけて低温となり、湿度が高くなります。すると、乾燥した表面に適度な湿気が与えられるので、内部からの水分発散が促進されます。つまり、乾燥と加湿を交互に繰り返しながら干し柿が作られているのです」

しかし、地球温暖化や気候変動などで、そうした自然環境にも異変が生じている。そのため滝沢さんが取り組んできたのが、機械乾燥による干し柿加工方法の開発だ。“昔ながらの伝統製法”を科学的に解明し、エビデンスに基づく“科学的な品質向上”が求められているのだ。滝沢さんの解説を聞いた後に干し柿を頬張ると、その美味しさは格別だった。伝統と科学が生み出した口福だろうか。

(図版提供:滝沢 潤)

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2021年1月10日発行
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