野本教授の腸内細菌と健康のお話32 身近な動物たちの腸内フローラ

イラストレーション/小波田えま

東京農業大学生命科学部分子微生物学科
客員教授

野本康二

筆者は大学で獣医学を修めたが、卒業後はとんと臨床には関わっておらず、いわゆる「ペーパー獣医師」である。そんなわけで、獣医臨床の記憶として残っているのは、大学3年次終盤の、現在ならインターンシップともいえる臨床獣医研修のみである(現在の大学の獣医学教育は6年制であるが、筆者が学んだ当時は4年)。

筆者の産業動物志向から、宮崎県小林市の西諸共済組合家畜診療所で3週間、獣医研修させていただいた。獣医さんの診療車に同乗して、診療所と無線交信しながら、診療所から1時間近くかかる遠方も含む農家の往診に同行した。診療対象の多くは黒毛和種牛(本邦の代表的な肉用和牛)であり、春先という季節柄、頻度の高かった雄仔牛の去勢手術では、慣れないながら繁殖農家庭先での保定を手伝った。一方で、「はり麻酔」下での牛の「第4胃変整復」手術に目を丸くした。立たせたままの牛の「天平」と「百会」という背骨の2カ所のツボにはりを打ち、通電した状態で右膁部切開し、よじれた胃の位置を整復してからおなかを閉じ、という作業は極めて迅速でほとんど出血もなく、牛も何ら痛がらない。担当の獣医さんからは、飼料が原因となる風土病の問題を含めて、獣医臨床とこれに関わる基礎研究の連結の重要性をご教示いただいた。思い返せば、この研修経験が、現在まで続いてきた筆者の「臨床腸内微生物学」研究の原点になっているかとも考える。

とはいえ、当時は大学の家畜微生物学教室に所属していたものの、産業動物の腸内フローラまで頭が回らなかった。卒業後は長らく、企業研究所においてラットやマウスなどの小動物を対象とするプロバイオティクスの生体防御調節作用およびその作用メカニズムの研究や、さまざまなヒト臨床医療機関との共同研究における腸内フローラ解析に携わった後、2017年に大学に移って初めて産業動物(肥育豚)の腸内フローラを研究対象とした。これまでの本コラムでも触れたが、肥育豚の成育と腸内フローラの関連や、これに及ぼす飼料中抗生剤の影響に関する研究は、肥育豚の成育に悪影響を及ぼす未知菌の存在を示唆する結果をもたらし。さらに最近では、乳酸菌製剤を抗生剤の代替として用いる研究に発展させ、その結果を2022年度日本畜産学会大会で発表させていただい

最近は、愛玩動物の腸内フローラにも関心が高まってい。筆者所属の研究室の学生さんの家族と同居している12頭の小型犬の腸内フローラの菌群構成を調べたところ、ヒトのそれと大きく変わらなかったが、成犬の菌群構成が安定している(恒常性が保たれている)一方で、若齢犬(0〜2歳)では複数回の測定でフローラ構成が異なる不安定な傾向が認められた。また、高齢犬(13歳以上)では、多様性(菌の種類の多さ)が低く、大腸菌、ディフィシル菌、およびRuminococcus gnavusの比率が高い、といったヒトにも共通する特徴が観察され。特に興味深かった点は、参加させてもらったわが家の2頭である。彼らは兄妹犬としてブリーダーさんの家庭で生まれて1歳に満たない時期にわが家に移って以降、8歳となった試験時まで同じ生活環境を共有し、同じドッグフードを同じタイミングで食し、散歩も一緒で睡眠パターンもほぼ同一という生活で推移してきたにもかかわらず、両者の腸内フローラを構成する主要な菌属が異なっていた。小型の愛玩犬は通常、屋内で家族と同居することから、同居家族の腸内フローラとの関連について興味が持たれる。さらに最近の共同研究では、愛玩犬と同時に飼い猫の腸内フローラも調べているが、犬と猫の腸内フローラの基本構成パターンが異なることがわかった。これらの愛玩動物にプレバイオティクスを毎日食事に加えて与え続けることで、腸内フローラの有意な改善が認められることも明らかにしつつある。

  • 注3)Ruminococcus gnavus:ヒトや犬の腸内常在のグラム陽性嫌気性菌の一種。炎症性腸疾患との関連やヒトの高齢者における菌血症の起因菌としての報告がある。犬では高タンパク低炭水化物食を与えたときにR. gnavusが増加したとの報告がある。
  • *1 日本獣医師会ウェブサイト
    http://nichiju.lin.gr.jp/edu/edu.html.
  • *2 原田 豊造. 牛の第四胃変位整復手術と針の麻酔法. 獣医麻酔, 15: 80, 1984.
  • *3 野本康二.一般財団法人 畜産ニューテック協会 平成30年度研究調査助成事業実施報告書「飼料中抗菌剤が仔豚の腸内フローラおよび腸管環境に与える影響の解析、ならびにプロバイオティクスによる抗菌剤の代替の可能性の検討」一般財団法人 畜産ニューテック協会-畜産生産に関する研究調査成果報告書 VOL.9, 37-74, 2019.
  • *4 村山瑠, 野本康二, 野口龍生, 他.抗菌剤代替としてのWeizmannia coagulans SANK70258が仔豚の腸内環境に与える影響の解析. 日本畜産学会第130回大会講演要旨集, III-16, 117, 2022.
  • *5 Mondo E, Marliani G, Accorsi PA, et al. Role of gut microbiota in dog and cat’s health and diseases. Open Vet J, 9(3):253-258, 2019. doi: 10.4314/ovj.v9i3.10.
  • *6 Sato Y, Atarashi K, Plichta DR, et al. Novel bile acid biosynthetic pathways are enriched in the microbiome of centenarians. Nature, 599:458-464, 2021. doi: 10.1038/s41586-021-03832-5.
  • *7 Tsuji H, Matsuda K, Nomoto K. Counting the countless: Bacterial quantification by targeting rRNA molecules to explore the human gut microbiota in health and disease. Front Microbiol. 2018 Jun 29;9:1417. doi: 10.3389/fmicb.2018.01417.
  • *8 Song SJ, Lauber C, Costello EK, et al. Cohabiting family members share microbiota with one another and with their dogs. eLife 2013;2:e00458. doi: 10.7554/eLife.00458.
  • *9 Huang Z, Pan Z, Yang R, et al. The canine gastrointestinal microbiota: early studies and research frontiers. Gut Microbes,11(4):635-654, 2020.doi: 10.1080/19490976.2019.1704142.
  • *10 Li Q, Lauber CL, Czarnecki-Maulden G, et al. Effects of the dietary protein and carbohydrate ratio on gut microbiomes in dogs of different body conditions. mBio, 2017;8(1):e01703-16. doi: 10.1128/mBio.01703-16.

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ヘルシスト 278号

2023年3月10日発行
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