野本教授の腸内細菌と健康のお話36 腸内細菌研究の仲間たち

イラストレーション/小波田えま

東京農業大学生命科学部分子微生物学科
客員教授

野本康二

筆者が現在まで客員教員としてお世話になっている順天堂大学の学是は「仁」(人在りて我在り、他を思いやり、慈しむ)ということで、山城雄一郎特任教授を中心として長期間にわたり展開された同大の共同研究講座「プロバイオティクス研究講座」(2005~2023)において、研究に参画した多くの仲間たちとは、この仁の精神を共有してきた。順天堂大学に限らず、現在までさまざまな臨床領域の先生方との共同研究の機会が得られたことは、大きな財産である。専ら、対象となる患者さんの便を提供いただき、その菌叢解析が責務であったが、研究企画から準備、実施、結果のまとめ、学術発表、という流れの中で、各地の大学や臨床機関に赴いて、担当の先生方と打ち合わせした回数は数えきれない。いずれの結果も貴重な学術論文に結実、その達成感は大きかった。

例えば、名古屋大学大学院腫瘍外科学教室の先生方との、「術前術後のシンバイオティクス投与による感染性合併症の予防」に関する、20年以上も継続されている共同研究では、胆道がん、食道がんなどの術後の感染性合併症の発症率が、シンバイオティクス投与により有意に減少することが示されてい。本件については、研究開始にあたり、ご担当の正人先生が術後感染症の制御を強く訴えられ、筆者がシンバイオティクスの利用を提言させていただいたことをよく記憶している。

共同研究は、アジアの各国にも広がって、前号でも紹介したインド・コルカタ市のインド国立コレラ・腸管感染症研究所(NICED)の研究者の方々と行った、現地小児を対象とする大規模臨床試では、リーダーである竹田美文先生をはじめとする担当の先生方や作業チームのスタッフと長期間の現地滞在で作業を共にするうちに、強い仲間意識が芽生えた。中でも印象に残っているのは、インド・チームで総勢百数十人にも及ぶ実施スタッフの作業環境の手配を担当するNICED研究者から、「implementation(作業の実装)」が大事なのだ、と説かれたことである。ふと、聞き読みかじりの、禅の世界の「典座教」(道元禅師)の話を思い出した。

  • 注) 「典座教訓(てんぞきょうくん)」:曹洞宗の開祖である道元禅師が、中国留学中に禅寺の食を担当する禅僧から得た教訓を基にまとめた書物。

北里柴三郎先生(1853〜1931年)は、「近代日本医学の父」として知られており、本邦における医学・細菌学を確立された。ドイツのロベルト・コッホ先生(1843〜1910年)の研究室での6年にもわたる留学期間に、「破傷風菌の嫌気培養」「破傷風に対する抗毒素療法の確立」など偉大な業績をあげられたが、その実験の量や正確性たるや、すさまじいものであった、と伝えられてい。帰国されたのちは、伝染病研究所(のちの東京大学医科学研究所および北里研究所につながる)を設立し、1894年の世界的なペストのパンデミックに際しては香港に赴任され、同年6月の現地到着後1カ月に満たない短期間に病原である「ペスト菌」を患者から分離して、この発見を論文投稿され。ほぼ同時期にパスツール研究所から現地派遣されたアレクサンドル・イェルサン博士(1863〜1943年)も独自に同じ菌を分離してこれを学術報告したこともあり、現在では、北里先生とイェルサン博士の両者がペスト菌の発見者として認識されてい。筆者は、20年ほど前から、北里大学薬学部微生物学教室の宏文名誉教授、および岡田信彦教授、と2代にわたる同研究室の先生方と共同研究させていただいてきたが、同大ウェブサイトの「求める教員像」の最初に、「北里柴三郎博士が顕現した、『開拓』『報恩』『と実践』『不屈の精神』の建学の精神を理解し、教育・研究・医療及び成果の普及を通して社会に貢献する」と記載されてお、先生方は、まさにこれを実践されている。筆者が東京農業大学で卒業研究を指導した学生のうち3人が、「北里精神」に共感し、同教室出身の先生方の研究室において大学院研究の指導を受けている。こういう経緯も、研究仲間の信頼感あってこそと感謝している。

  • *1 順天堂大学ウェブサイト 順天堂大学について
    https://www.juntendo.ac.jp/about/corp/pole/
  • *2 順天堂大学ウェブサイト 産学協同研究講座
    https://www.juntendo.ac.jp/research/collaboration/kyodokenkyukouza/
  • *3 Tsuji H, Matsuda K, Nomoto K. Counting the Countless: Bacterial Quantification by Targeting rRNA Molecules to Explore the Human Gut Microbiota in Health and Disease. Front Microbiol, 9:1417, 2018. doi: 10.3389/fmicb.2018.01417.
  • *4 Yokoyama Y, Asahara T, Nomoto K, Nagino M. Effects of Synbiotics to Prevent Postoperative Infectious Complications in Highly Invasive Abdominal Surgery. Ann Nutr Metab, 71 Suppl 1:23-30, 2017. doi: 10.1159/000479920.
  • *5 名古屋大学大学院腫瘍外科学教室ウェブサイト
    https://www.med.nagoya-u.ac.jp/tumor/about/kisoken.html
  • *6 Sur D, Manna B, Niyogi SK, et al. Role of probiotic in preventing acute diarrhoea in children: a community-based, randomized, double-blind placebo-controlled field trial in an urban slum. Epidemiol Infect, 139:919-926, 2011. doi:10.1017/S0950268810001780.
  • *7 檀原宏文監修. 膨大かつ長時間の培養実験.北里柴三郎学術論文集, 94, 2018 (学校法人北里研究所、東京).
  • *8 Kitasato S. The bacillus of bubonic plague. Lancet, 2: 428-430, 1894.
  • *9 檀原宏文. ラウソンの見た北里柴三郎とエルサン. ラウソンレポート, 39-60, 2014(北里柴三郎記念会、東京).
  • *10 Bibel DJ, Chen TH. Diagnosis of plague: an analysis of the Yersin-Kitasato Controversy. Bacteriol Rev, 40: 633-651, 1976.
  • *11 北里大学ウェブサイト 北里大学の求める教員像.
    https://www.kitasato-u.ac.jp/jp/about/overview/philosophy/teacher.html

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ヘルシスト 281号

2023年9月10日発行
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