野本教授の腸内細菌と健康のお話41 「まずは安全であること」

イラストレーション/小波田えま

東京農業大学生命科学部分子微生物学科
客員教授

野本康二

プロバイオティクス(適正量を摂取することにより、我々の健康に有益な作用を発揮する生きた微生物)の要件として、生きた菌として提供されるからには、まずは安全であること、が最も重要であると考える。プロバイオティクスは主に食品やサプリメントとして提供されるが、今春、サプリメントの「安全性」について世間を揺るがす事件が生じ。本件は、コレステロール低下作用を謳った菌の培養産物を含むサプリメントの製造過程において異物(異種微生物)の混入があり、この混入微生物により産生された毒性物質を含んだ製品ロットを継続的に摂取した消費者の健康被害を招いた、というものである。現時点ではさらなる詳細な調査結果を待たねばならないが、健康被害の原因物質が通常の製造工程の検査対象外であったことは盲点を突かれたといえる。

また、ずいぶん前になるが、大手の牛乳メーカーの製品製造工程中の微生物の混入と増殖によると考えられる食中毒事件が発生した。この件では、脱脂粉乳の製造過程で増殖してしまった微生物(黄色ブドウ球菌)により産生された毒素(エンテロトキシンという急性胃腸炎を引き起こす耐熱性毒素)を含んだ製品が原因と考えられてい。この当時、筆者は乳飲料製造企業の研究所の「臨床微生物」研究室に所属していたが、プロバイオティクス乳飲料の製造に使われる各社の脱脂粉乳製品について、該毒素含有の有無の検査を担当したことを記憶している。いずれの案件においても、製造工程における安全性のチェックをくぐり抜けた不良品が世の中に送り出されてしまったことが問題である。厳密な製造管理(想定外の状況にもどれだけ対応できるか)は、機能性表示食品にかかわらず、すべての食品に共通する。

これまでのプロバイオティクスに用いられてきた菌種では、乳酸菌やビフィズス菌、および酵母菌が圧倒的に多い。これらの菌種では、「食履歴」(既存の発酵食品に含まれている菌を摂取していることなど)がその安全性を後押しする。これに対して、新規プロバイオティクス候補として提唱されているさまざまな腸内常在性の細菌は、ほぼ食履歴がないので、これを食品やサプリメントとして提供する際には、事前の安全性のチェックが肝心となる。例えば、Faecalibacterium属菌は、いわゆる「長寿菌」と称され、主作用と考えられる酪酸産生性の作用メカニズムも提示されているが、もともとは、F. prausnitziiという菌種として扱われていたものが、最近の分類の修正によりF. prausnitziiに加えてさまざまな菌種(F. duncaniae, F. hattorii, F. gallinarum, F. longum)に枝分かれし、酢酸を資化して酪酸産生する能力が菌種によって異なることも分かってき。一方で、「痩せ菌」の呼び名も一般的になってきたAkkermansia muciniphilaについては、その名の由来となった腸管粘膜の粘液分解作用が示唆されてお、本菌種の有効性を支える、菌体由来のタンパク質やリン脂質などを介する分子レベルの作用メカニズムの解明も進んでお、この場合は、ポストバイオティクス(死菌体や菌体成分として有益な作用を発揮するもの)として扱う方向性も示唆される。一方では、「パーキンソン病」や「多発性硬化症」といった神経炎症の患者の腸内のA. muciniphilaの生息レベルが高いことから、A. muciniphilaによる腸管粘液の資化性が、神経炎症のにつながっている、と考える向きもあ

また、以前にも本コラムでご紹介した「便微生物移植」(健常な生体の便の微生物懸濁液を患者の腸内に移植す)では、これに含まれる便微生物の種類が実に多様であり、移植された患者の腸内における各微生物の増殖性が未知である(望ましい微生物種が患者腸内で主体的に増殖してくれるかは不明である)ことから、注意が必要であ

  • *1 厚生労働省ウェブサイト. 健康被害情報.https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/daietto/index.html.
  • *2 小林製薬株式会社ウェブサイト. 紅麹関連製品に関して. https://www.kobayashi.co.jp/notice/.
  • *3 厚生労働省ウェブサイト. 雪印乳業食中毒事件の原因究明調査結果について.https://www.mhlw.go.jp/topics/0012/tp1220-2.html.
  • *4 Martín R, Rios-Covian D, Huillet E, et al. Faecalibacterium : a bacterial genus with promising human health applications. FEMS Microbiol Rev, 47: 1–18, 2023. doi: 10.1093/femsre/fuad039.
  • *5 Derrien M, Vaughan EE, Plugge CM, de Vos WM. Akkermansia muciniphila gen. nov., sp. nov., a human intestinal mucin-degrading bacterium. Int J Syst Evol Microbiol, 54: 1469–1476, 2004. doi: 10.1099/ijs.0.02873–0.
  • *6 Jian H, Liu Y, Wang X, et al. Akkermansia muciniphila as a next-generation probiotic in modulating human metabolic homeostasis and disease progression: A role mediated by gut-liver-brain axes. Int J Mol Sci, 24: 3900, 2023.
  • *7 Hirayama M, Nishiwaki H, Hamaguchi T, Ohno K. Gastrointestinal disorders in Parkinson’s disease and other Lewy body diseases. NPJ Parkinsons Dis, 9: 71, 2023. doi: 10.1038/s41531–023–00511–2.
  • *8 Cox LM, Maghzi AH, Liu S, et al. Gut microbiome in progressive multiple sclerosis. Ann Neurol, 89: 1195–1211, 2021. doi: 10.1002/ana.26084.
  • *9 野本康二. プロバイオティクスはなぜ腸内に“定着”しないのか. ヘルシスト, 252: 32, 2018.
  • *10 Shtossel O, Turjeman S, Riumin A, et al. Recipient-independent, high-accuracy FMT-response prediction and optimization in mice and humans. Microbiome, 11: 181, 2023. doi: 10.1186/s40168–023–01623–w.

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ヘルシスト 287号

2024年9月10日発行
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