多くの生き物でメスのほうがオスよりも寿命が長い、ということは古くから知られている。しかし、そのメカニズムは依然として解明されていない。寿命のメカニズムを知るためには、実験動物での解析が必要であったが、マウスなどの実験動物の寿命の長さがボトルネックとなり研究が進んでいなかった。この度、脊椎動物の中で最も短命なキリフィッシュの研究で、生殖細胞が寿命に関与する機序の一部が明らかにされた。
「細胞と遺伝子」 第29回 なぜメスのほうが長生きなのか
イラストレーション/北澤平祐
なぜヒトは女性のほうが長生きなのか。当たり前のこととして受け取ってきたが、実はその理由は科学的には確かめられていないという。ヒト以外の多くの生物でも、メスはオスより寿命が長い傾向があるというが、このような寿命と性差のメカニズムは今まで分かっていなかった。
一方で、生物の世界でよく言われることに、生殖と寿命はトレードオフの関係にあるという仮説がある。子を産む数が少ない動物ほど寿命が長く、子を多く産む動物は寿命が短くなる。さらに、生殖機能を取り去ったことで知られる朝鮮王朝時代の宦官の寿命を調べた研究によると、彼らは同じ血族の人に比べて20〜40%寿命が長いことが示された。
老化と生殖や性差の研究
「生殖細胞が老化を加速させているのではないかと考えられていますが、これまで無脊椎動物である線虫やショウジョウバエでは生殖細胞を除去すると寿命が延びることは確認されていたものの、ヒトを含む脊椎動物において明らかにした研究はありませんでした。その上、生殖細胞がどうやって全身の老化を制御するのかというメカニズムも分からない状況でした」
老化と生殖や性差といった長年の問いに対する研究を脊椎動物で初めて発表した、大阪大学微生物病研究所の石谷太教授はこう話す。石谷教授らの研究グループは2024年6月、精子や卵といった生殖細胞からのシグナルが、オスとメスの寿命の性差を生み出しているのではないかという論文を発表した。
実験に用いたのは、飼育可能な脊椎動物の中で最も短命なターコイズキリフィッシュ(以下、キリフィッシュ)である。キリフィッシュは、アフリカ南部の半乾燥地帯に生息し、寿命は3〜6カ月と極めて短い。老化研究においては、生物が年を取る過程を時系列的に追う必要があり、それが研究のボトルネックになっていたという。一方で、短命な生物は結果の出るサイクルも早く、老化の仕組みを探る際に、病気などの要因を排除しやすいと石谷教授は話す。
キリフィッシュはヒトと同様に、メスのほうがオスよりも寿命が長い。石谷教授らは、この魚の生殖細胞の維持に必要な遺伝子を機能できないように操作し、生まれつき精子や卵を作れないような個体を作った(図1)。ちなみに、ゼブラフィッシュなど他の魚の多くは、生殖細胞を除去するとすべての個体がオスになってしまいメスには成長しないというが、キリフィッシュは、メスはメスのまま保たれていたという。
その結果、精子を作れなくしたオスは、若いときの死亡率が下がり、平均寿命が13%延びたという。
「どのように老化が抑制されているのかを詳しく調べると、筋肉、皮膚、骨の健康状態が改善していることが分かりました」
まず、筋肉には幹細胞があり、それが分化して筋繊維を維持している。しかし、年を取るとこの幹細胞の維持と分化に必要な遺伝子は発現する能力が減っていく。しかし、生殖細胞を抜いておくと、年を取っても筋肉の再生能力をある程度維持できるのだという。
次に、皮膚についても、年齢とともに皮膚のコラーゲン層が薄くなるというが、生殖細胞がないと厚く保たれていた。
さらに、加齢によって骨が弱くなるのは知られているが、これも骨量が多い状態に保たれていたことが明らかになった。
「どうしてこんなに寿命の延長が起き、老化が抑制されるのか、そのメカニズムを調べようと考えました」
そこで通常の魚と、生殖細胞を除去した魚を解体して、さまざまな臓器の中で発現している遺伝子を網羅的に調べるトランスクリプトーム解析を行った。その結果、生殖細胞を除去したオスの肝臓で、ビタミンD活性化酵素の発現が大きく上昇することが分かった。
「他の臓器も調べてみますと、骨格筋や皮膚でもビタミンDシグナルが入ってきていることが分かりました。つまり、肝臓で活性化されたビタミンDが全身の老化を抑制する可能性が見えてきたといえます」
生殖細胞除去でビタミンDシグナルが活性
ビタミンDは体内でも合成可能なホルモンの一種であり、カルシウムの吸収を促進することで骨を強くする。さらに筋肉の再生能力を亢進させたり、皮膚のコラーゲンの産生を活性化したりすることはよく知られていた。
「ただし、ビタミンDが寿命を延ばすという証拠はありませんでした。そこで私たちは生殖細胞のある通常のキリフィッシュに活性型ビタミンDを投与して飼育してみたところ、オスで平均21%、メスで7%寿命が延びることが分かりました」
「オスの精子はビタミンDシグナルを抑制しているため、生殖細胞を除去するとビタミンDシグナルが活性化し、オスの寿命の延伸に寄与することが示されました」
重大な発見だが、これは魚の話ではないかと思う人もいるだろう。だが、石谷教授は、ヒトに対しても同様のことが起きる可能性があるのではないかと推測する。
「長寿者が多いとされる北イタリアの100歳以上の高齢者の遺伝子を解析すると、ビタミンDシグナルが強い可能性があるという研究もあります。さらにいくつかの国の長寿者のゲノム解析によっても、ビタミンD受容体遺伝子の変異と長寿の相関が報告されています。逆に、疫学研究からは、血中のビタミンDが極めて低い人はさまざまながんにかかりやすいことも知られています。こうしたことから、ビタミンDシグナルがある程度の強さで活性化している人は、長寿になる可能性があるのではないかと考えています」
つまり、ビタミンDは老化を抑制し、寿命を延ばすアンチエイジングホルモンである可能性が示されたのだ。
一方で、メスはどうなのだろうか。
「私たちは実験を始める前は、卵のないメスも寿命が延びると考えていました。ですが、驚いたことに、メスは寿命が約7%短くなりました」
生殖細胞を除去したメスを詳しく解析したところ、女性ホルモンであるエストロゲンが顕著に減少していることが分かったという。また、加齢によるエストロゲンの減少により引き起こされるといわれている脂質合成の増加や血液凝固因子の増加が、若いときにでも加速度的に生じていたことが分かった。
「このことが、心血管疾患のリスクを高め、老化を促進し、寿命を短くしているのではないかと考えられます」
また、生殖細胞除去により、体の成長制御をつかさどるインスリン/IGFシグナルが活性化していることが分かった。このインスリン/IGFシグナルが老化を加速するというのは、さまざまな動物で分かっていることだと石谷教授は言う。
そのうち生物は生殖しなくなるのか
メスの生殖細胞は、エストロゲンシグナルの活性化とインスリン/IGFシグナルの抑制によって老化を抑制していることが示唆されたが、対してオスはこれらのシグナルには変化が現れなかった。
「つまり、生殖細胞による老化制御において、オスとメスで異なる内分泌系が重要であることが明らかになったと言えるでしょう」(図2)
そして、最終的には思いがけない結果が明らかになったと語る。
「最初にお話しした通り、キリフィッシュはオスよりもメスのほうが、野生型はかなり寿命が長いのですが、生殖細胞を除去すると、オスもメスも寿命が同じぐらいになってしまうんです。これも当初、想像していなかったことでした」
キリフィッシュのメスの寿命は、オスよりも20%ほど長いが、生殖細胞を除去すると寿命の性差がほぼなくなり同程度になった。
「つまり、生殖細胞の存在が、オスの寿命は短く、メスの寿命は長いということを規定する一因ではないかと私たちは考えています」
もしも、生殖と寿命がトレードオフであったり、生殖細胞がなければ長生きするのであれば、そのうち生物は生殖しなくなるのだろうか。
「実は、この論文で社会問題になるのではないかと、少し悩んだこともあります。今回の実験は成魚になってから生殖細胞を除いたものではありませんし、そこまでのエビデンスはありません。ただ、今後研究を進めていけば、そういった結果が出る可能性もあるかもしれません」
そのときに考えるのは、キリフィッシュはなぜこれほど短命なのかということだという。
「キリフィッシュは、3〜6カ月の雨季の期間に一時的に発生する小さな沼の中に生息しており、その短期間で孵化、成長、産卵し、老化して死に至ります。おそらくこのような厳しい環境を生き抜き、種として存続するために、世代交代が早くできるように適応したのではないでしょうか。このことから思うのは、世代交代は生物にとって必要で、やはり生き物は種としての存続や繁栄が最も大事なのだ、ということです。だからこそ、積極的に老化する遺伝子を生物は持っているのでしょう。そうであれば、もしも将来、本当にヒトでも精子がなくなったら寿命が延びるということが証明されたときに、みんなが取り除くみたいなことにはなってほしくないなと個人的には思っています」
生物の研究者である石谷教授だが、幼い頃は生き物が特別好きだったわけではないという。
「鳥取県の中でも超田舎で育ったので、あまりに自然に囲まれすぎていて、生き物に興味を持つというより、普通に周りに生物がいて日常的に感じるものでした。クマが近くの川に来たり、サルが裏の畑に出たりという環境でした」
生物よりも、むしろ機械やロボットに関心があり、ドラえもんやガンダムを作りたいと思っていたという。だが、大学に入ってから、生物が極めて緻密で高度な仕組みによって制御されていることや、生物学の未開領域の広さを知り、また最初に入った研究室で遺伝子操作実験を行い、1つの遺伝子の操作で体の形や機能が劇的に変わる様を直接目で見て驚いたことで、生物に関心を深めていった。
「だから家族にも、生物の博士のくせに生き物の名前を全然知らない、と言われます。魚を飼ったこともありませんでした」
健康長寿研究には足し算のアプローチが有効
それでも、飼育が難しく、世界でほとんど研究利用できていないキリフィッシュの飼育や実験に成功したのはなぜか。
「僕はいろいろなことをやってきて、線虫もカエルも、マウスもやってきたので、何をやるにしても新しいものだと思って先入観がなかった。だから、他の魚で技術がある人よりも、先入観なくゼロベースで実験系を作ることができました。あとは絶対にやるぞという気概はありました。何もない、まだ何もできあがっていない不自由感がかえって良くて、何をやっても世界で初めてなので、スタッフもすごくやる気を持ってチャレンジしてくれます」
今後も老化研究を続けていき、世の中をあっと驚かせるような成果を出したいという。
「例えば、遺伝子や代謝物、腸内細菌の情報を見ることで、あなたはあと何年こんな健康状態で生きられます、という予測技術を作りたい、という目標を持っています。ゲノムだけだと生まれたときに定められた寿命ということになるでしょうが、その時々で持っている血液や腸内細菌の情報、さらにエピゲノムの状態も変わっていくので、そういった情報を組み合わせることによって、正確な予測が可能になると思っています」
まずは魚を使ってマーカーを集めて、ヒトにつなげていけたらと石谷教授は話す。寿命が分かるような指標が恐ろしい気もするが、それにはきちんとした対処法もセットで研究が進むはずだという。
「近年の生命科学研究は、注目する生命現象に必要な要素を探るために一つひとつの要素を取り除いて確認する、という引き算のアプローチが多かった。一方で、私は、健康長寿研究には足し算のアプローチが有効じゃないか、と考えています。例えば、今回の研究で寿命が延びた魚の解析からビタミンDを見つけたように、健康長寿になった個体を調べることで見えてくる健康長寿のヒント・要素を、健康長寿の能力が欠けた生き物であるキリフィッシュに足していくことで、“真に健康長寿を作り出せる要素”、例えば抗老化サプリメントのようなものを短期間で絞り込めると期待しています。こうした魚を利用した足し算のアプローチを起点に、ヒトの健康長寿実現にも生かせるような研究をしていきたいです」