寒い冬にはピリ辛料理で温まるのもいい。ピリ辛といえばトウガラシだ。夏から秋にかけて収穫されるが、食卓になじんでいるのは赤く熟して乾燥したもの。だが、そもそもどうしてトウガラシは辛いのだろうか? 赤い実のどこに辛さがあるのだろうか? 赤いトウガラシの辛い秘密を探ってみた。
暮らしの科学 第55回 赤いトウガラシの辛い秘密
文/茂木登志子 イラストレーション/滝沢知美
農産物直売所で買い物をしていると、鮮やかな赤い色が目に留まった。乾燥トウガラシである。料理の味をピリッと引き締めてくれる香辛料の代表選手だ。ピリ辛のペペロンチーノを作ろうと思い立ち、購入。だが、調理してみると、想像していたほどはピリッと辛くない。種子をすべて取ったからだろうか? トウガラシの辛み成分は、どこにあるのだろうか? そもそも、トウガラシはなぜ辛いのだろうか? いろいろな疑問が湧いてくる。だが、いくら考えても、わからない。トウガラシに関する知識がないことを自覚するだけだった。そこで今回は、「トウガラシはなぜ辛いのか」を追求してみることにした。
トウガラシはなぜ辛いのか?
植物が実を結ぶのは、命を次世代につなぐため。鳥や小動物などに食べさせ、種子を遠くへと運んでもらうのだ。だから、果実はカラフルに色づき、独特の味わいやにおいでその魅力をアピールしている。トウガラシが熟して赤くなるのもその例に漏れない。だが、辛さは? トウガラシの辛さを好んで食べる鳥や小動物がいるのだろうか? こんな疑問に答えてくれたのは、トウガラシの研究者として広く知られている信州大学学術研究院(農学系)教授の松島憲一さんだ。
「トウガラシの辛み成分といえばカプサイシン。これはよく知られていますね。どうしてトウガラシがこの辛み成分をたくさん持つようになったのか、2つの説があります」
トウガラシの原産地は南米アマゾン川流域だとされている。ジメジメとした熱帯雨林のトウガラシは、カメムシに刺されると、カビの胞子が侵入して腐ってしまう。種子も繁殖能力を失ってしまう。だが、乾燥地域ではそういう被害が少ない。
「そこで暑くてジメジメした地域のトウガラシたちは、カプサイシンを蓄えることで、カメムシに刺されてカビの胞子が入ってきても、カビが繁殖しづらくなるようにした。これが、1つ目の説です」
鳥はトウガラシを丸飲みするし、どうも辛みを感じる能力も弱いようだ。しかも、鳥は遠くまで飛んでいく。また、鳥は空を飛ぶために体の各器官を軽くしている。そのため、トウガラシを食べても、果肉だけ消化されて種子はそのまま排泄される。
一方で、ネズミは齧歯類なので、トウガラシに歯でかじりつく。哺乳類なので種子まで消化してしまう。だから種子が排泄されても繁殖能力を失っている。しかも、その辺をチョロチョロするだけで、鳥と違って遠くには行かない。
「トウガラシとしては、鳥とネズミ、どっちに食べてもらいたいでしょうか? 鳥でしょう! そこで、ネズミは感じるけど鳥は感じないカプサイシンという辛み成分を持っているトウガラシのほうが、生存能力が高くなった。自然選択で生き残りやすくなった。これが2つ目の説です」
どちらの説も説得力があり、なるほどと納得してしまう。
「それにしても、ネズミ、つまり哺乳類に食べられたくなかったので、トウガラシは辛くなった。それなのに、ある哺乳類がトウガラシを大好きになってしまい、世界中に広めてくれました。その哺乳類というのが、我々、ヒトです。トウガラシとしてはどんな気持ちでしょうね」
う〜ん、確かに皮肉なものだ。トウガラシはヒリヒリするような気持ちかもしれない。
それにしても、体内に辛み成分を持つトウガラシは、自身が辛いと感じたりヒリヒリと熱くなったりはしないのだろうか?
「トウガラシはトウガラシなりに、かなり無理して辛くなっています」
1つ目の説に関連して、松島さんはこんな話をしてくれた。
「辛いトウガラシはタネの数が少なくなっていて、種皮も薄くなっています。種皮の成分であるリグニンが、カプサイシンの原材料と同じなので、シェアしているからそうなるわけです。ちょっと無理して辛い成分を作っているので、タネが少ない。つまり、繁殖力が弱い。でも、カメムシに刺されてカビが生えて、種が全滅するよりはマシでしょう」
松島さんによると、辛み成分のカプサイシンは植物の発芽や生育能力を遅らせるという研究結果もあるという。
「これはまだ実験で確認したわけではないのですが、私が長年、トウガラシ栽培を行ってきた体験からすると、どうも激辛品種は発芽能力が普通より弱い気がします」
辛みの向こう側にある味わい
トウガラシの辛みに目を向けてみよう。辛みは、カプサイシノイド含有量(カプサイシンとカプサイシンに似た成分の総量)で数値化される。
「一味唐辛子として用いられている三鷹(サンタカ:名前は三河の国の鷹の爪に由来する)は、乾燥品1g当たり約2000㎍(1㎍は100万分の1g)含まれています。この数値は、日本人にとって、トウガラシの辛さの基準といってもいいでしょう」
国内外のトウガラシの辛さを想像してみよう。ピクルスにすることが多いハラペーニョ(メキシコの代表的な青トウガラシ)はその半分くらい。かつて世界一の激辛といわれたハバネロは2万㎍前後だという。
「沖縄には島トウガラシというのがあり、7000〜1万㎍。タイのプリッキーヌという小さなトウガラシもほぼ同様の辛さです」
トウガラシを求めて世界中を訪ねる松島さんは、新型コロナウイルス感染症のパンデミックが起こる直前に、ミャンマーのインド国境近くの地域に滞在していた。
「そこには、ナガという民族が、昔から焼き畑農業で栽培しているトウガラシがあります。ナガの言葉ではアササトゥトゥ、ビルマ語ではシェーランボーというのですが、この辛さを測定したところ、7万㎍を超しました。とても普通に食べられる辛さではありません」
松島さんは、現地ではナガの人々と同じ食事を摂っていた。
「タケノコを漬けて発酵させた酸っぱい漬物があるのですが、それとジャガイモなどで作ったスープに、少しだけ赤いものが浮いていました(図1)。7万㎍超のトウガラシです。日本の一味唐辛子をいくらかけてもあんなに辛くはならないでしょう。あのスープは、めちゃくちゃ辛かった! イノシシの肉をあぶり焼きしてトウガラシとあえた料理(図2)もあって、それを食べたら鈍器で後頭部を殴られるような辛さでした」
辛くない料理もあったし、他にもトウガラシの品種はあった。だが、ナガの人々はかんきつ系の香りがする7万㎍のトウガラシが一番おいしいと、好んで食べていたという。
甘味・塩味・酸味・苦味・うま味を、味覚の五味という。実は、辛みは味覚に含まれていない。五味は舌の味蕾で感じる。だが、辛みは刺激であり、味蕾ではなく痛みや熱さなどの感覚と同じ受容体や経路で脳に伝わっているからだ。
「私見ですが、辛みを加えることで料理の味が引き締まるなどの効果があることを考えると、辛みを味覚の範ちゅうに入れてもいいような気がします。トウガラシをたっぷりと用いる韓国料理の研究者やメキシコ料理のシェフが、『トウガラシでだしを取っている』と異口同音に言うのを聞きました。実際、トウガラシには糖分やグルタミン酸なども豊富に含まれています。それが辛みを帯びたうま味に通じているのではないでしょうか」
トウガラシが持っているうま味や甘味、酸味などは、品種によってそのバランスが異なる。そうしたトウガラシ独特の味わいを、松島さんはトウガラシの“辛みの向こう側の味”と表現している。
「講習会や講演会などでトウガラシの使い方に触れるとき、いつもトウガラシの“辛みの向こう側の味”を大切にしてくださいと伝えています」
ちなみに松島さんが所属する信州大学農学部植物遺伝育種学研究室では、ソバの研究にも取り組んでおり、伝統的にそば打ちの技も磨いている。2022年10月には地元・長野県伊那市高遠町の「『高遠そば』新そばまつり」開催に合わせ、学生たちが手打ちそば店「どんどん亭」を期間限定で開店した。そばに添えるつゆは、地域在来品種の芝平なんばんからだしを取り、トウガラシの“辛みの向こう側の味”を多くの客に伝えて好評を博したという(図3、4)。
辛みはどこにある?
ここで読者の皆さんに問題を出そう。トウガラシで一番辛いのはどこ? タネ!という答えが多く返ってきそうな気がする。だが、種子ではない。松島さんの解説から、正解を導くことにしよう。
「トウガラシの種子がみっしりとついているところを胎座といいます。トウガラシの中身は空洞で、この空洞を分けている隔壁という部分があります。隔壁にカプサイシンを合成する細胞があり、さらにここにカプサイシンを蓄積するということがわかっています」(図5)
しかし、日本でよく知られている鷹の爪の場合は、胎座と隔壁が一体化している。そのため、少し前までは胎座が辛いといわれていた。しかし、最近の研究報告から、胎座より隔壁が辛さの源泉だといわれるようになってきたという。
「料理の際には、種子を抜くと辛みがマイルドになりますよ、と言われていますが、これは正しい。なぜなら、乾燥したトウガラシの種子を抜くと、胎座と隔壁も一緒に取れてしまいます。だから、辛みが弱まるのです」
冒頭で述べたペペロンチーノのピリ辛具合が不足していたのは、種子を除去する際に胎座と隔壁も一緒に取れてしまったからだろう。ピリ辛のペペロンチーノを作るには、乾燥トウガラシをどのように使うといいのだろうか?
「種子を取るときに、お皿の上に出し、板状の隔壁の部分だけ残して皮と一緒に使うといいでしょう。乾燥トウガラシを半分にパキッと折って、ヘタのついているほうはザーッと種子と胎座を落として使い、尻尾のほうは丸ごと使う。若干、種子は残るかもしれませんが、辛みのモトである隔壁が残っているのでピリ辛になります」
また、ペペロンチーノを作る際に、ニンニクとトウガラシは同時投入を避けて、先にニンニクを入れたほうがいいと松島さんが教えてくれた。
「湿ったニンニクは火が通るのに時間がかかるので、トウガラシが焦げてしまうからです。ニンニクが色づいたら、トウガラシを加え、パスタのゆで汁を入れて乳化させてから、パスタを入れる。イタリア料理のシェフから教えてもらった手順です」
教えてもらった通りに作ったペペロンチーノはピリ辛で、そこはかとなくトウガラシの“辛みの向こう側の味”が感じられたような気がする。新年も美味口福でありますように!