5月は行楽シーズン。いろいろな楽しみ方があるけれど、この時季ならではという“旬”の遊びといえば、潮干狩りではないだろうか!? そこで今回は、潮干狩りの満喫方法を追求してみた。
暮らしの科学 第57回 海辺で楽しむ潮干狩りの秘訣
文/茂木登志子 イラストレーション/東 早紀
海辺で楽しむ行楽といえば、潮干狩り。そして、潮干狩りといえば、アサリが思い浮かぶのではないだろうか。春、潮干狩り、アサリ。まずはこの3つのキーワードから、潮干狩りを科学的に追求することにしたい。そう思い立ち、5月並みの陽気となった早春のある日、千葉県船橋市の“ふなばし三番瀬海浜公園”に向かった。
海浜公園の前に広がる“三番瀬”は、東京湾の最奥部に位置する浅海域(干潟を含む水深の浅い海域)で、潮干狩りを楽しむ場所として多くの人々に親しまれているところだ。また、海浜公園の一角には、三番瀬の生き物や環境、歴史などについて、企画展やワークショップをとおして楽しく遊びながら学ぶことができる施設“ふなばし三番瀬環境学習館”がある。潮干狩りの期間中には、企画展「これでバッチリ! 潮干狩り2023」やオンラインで楽しめるイベントに加え、潮干狩りのワークショップ「三番瀬探検隊『三番瀬で潮干狩りをしよう』」なども開催されるという。
「潮干狩りというのは、潮が引いた海辺でアサリなどの貝を掘り出す遊びです。文献や浮世絵などによると、江戸時代には庶民の娯楽として、春の風物詩になっていたそうです」
そう教えてくれたのは、同館の科学コミュニケーター(科学的な知識を子どもはもちろん大人にも分かりやすく伝えてくれる専門職)、小澤鷹弥さんだ。生物教育を専門としている小澤さんは、干潟の自然環境や生き物の生態に詳しい。
それにしても、なぜ、春の風物詩なのだろうか? アサリは海で暮らす貝だから、季節に関係なく海にいると思うのだが……。
「理由は2つあります。潮の満ち引きとアサリの旬です。順番に解説していきましょう」
潮干狩りは春の風物詩
「貝は一年中海にいますが、海の中に入って貝をとるのはとても大変です。だからこそ、潮が引いて遠くまで歩いて行けるときは、貝をたくさんとれるチャンス!」
よく知られているとおり、海面の高さ(潮位)は一定ではない。海には満ち潮(最も潮位が高くなる状態)と引き潮(最も潮位が低くなる状態)があるのだ。
海は、1日2回、潮が満ちたり引いたりしている。そして、その程度(潮位の差)や時間は、季節によって変わる。
「潮の満ち引きの大きさは、太陽と月と地球の位置関係などによって変わります。太陽と月、地球が一直線に並んだ新月や満月の日の前後は、“大潮”と呼ばれ、潮がとても大きく満ち引きします」
大潮は、1カ月にほぼ2回起こる。さらに、同じ大潮でも季節によって潮が引く大きさは異なるという。
「1年の中では、春と秋の大潮が、最も激しく干満の差が生じます。さらに春は、日中に潮が大きく引くので、潮干狩りのベストシーズンなのです。しかも、春はアサリの旬でもあります」
地域によって差はあるが、一般的にアサリの旬は春と秋だといわれている。というのも、アサリは春(2〜4月)と秋(9〜10月)が産卵期で、この時季には新しい命を産み出すために栄養をたっぷり蓄えて、うま味成分も増している。だから、春の潮干狩りでは、身がぷっくりしたおいしいアサリがとれるというわけなのだ。
「アサリの他にも、砂に潜って暮らす二枚貝(2枚の貝が重なって閉じた格好になっている貝の総称)の仲間はたくさんいます。その中でも、アサリは地表面から10㎝程度という浅いところに潜っていますから、熊手で1〜2回引っかくだけで簡単に見つけることができます」
生き物としてのアサリ
簡単にとれるはずのアサリだが、実際にはたくさんとれることもあれば、懸命に掘っても少ししか見つけられないこともある。アサリを探すコツはあるのだろうか?
「せっかく潮干狩りに来たのですから、たくさんアサリをとって、あれこれおいしく食べたいですよね。たくさんとる一番のコツは、アサリは生き物だということをもう一度思い出すことです」
どんなふうに生きているのか。どんなところに生息しているのか。そう言われてみれば、生き物としてのアサリについては、知らないし、考えたこともなかった。
「アサリの殻から飛び出ている2本の管を見たことがありませんか? この管は、水管といいます」
アサリは水中にいるときは、入水管と出水管と呼ばれる2本の水管を砂の上に出していて、入水管から海水を吸い込んで呼吸や摂餌(生き物が餌を食べること)をして、残った水は出水管から排出している。そして、潮が引いて水がなくなると、2本の水管を殻の中に引っ込めるのだ。その痕跡が、潮が引いた砂の上に2つ並んだ小さな穴である。この穴があれば、その下にはアサリがいるはずだ。ただし、人がたくさん集まる潮干狩り場では、踏み荒らされて見えないことが多いという。
「アサリ探しの手がかりは、まだあります。アサリは水のないところでは、呼吸も摂餌も我慢しなければなりません。あまり長く我慢するのは大変なのか、アサリは、潮が引いても水が残っている“潮だまり”や湿っている場所に多く見られます」
また、アサリはこうした場所で、密集して生息していることが多いという。
「潮干狩りに行ったら、ぜひ、生き物としてのアサリの特徴を思い出し、手がかりにして探してみてください。広い範囲を熊手で1〜2回、浅くかき出して、カチンと硬いものに当たったら、手で掘り起こしてみましょう。これをしばらく繰り返して、アサリが密集している場所を見つけたら、あとは熊手を使わず手で探すといいです」
干潟で遊ぼう!
潮干狩りのメインターゲットはアサリだ。しかし、干潟にはアサリ以外にも多様な生き物がいる。アサリ探しの合間に、そんな生き物たちを見つけるのも、潮干狩りにおけるもう一つの楽しみだ。
「アサリを食べるのは人間だけではありません。アサリにはいろいろな天敵がいます。アサリを探していると、きっとそんな生き物にも出合うでしょう」
干潟の生き物図鑑
アサリ
貝殻に同心円状に刻まれた線は年輪のようなもので、個体ごとに模様が異なる。また、模様は地域によっても差異がある。
シオフキ
貝殻はアサリよりもふっくらしている。砂を多く含んでいるため、食用には不向き。とった貝を調理するなら丁寧に砂抜きを。
ホンビノスガイ
外来種だが東京湾にはすっかり定着している。殻を触ると、ツルツルと滑らかなハマグリと比べてザラザラしている感じだ。
ハマグリ
貝塚からも出土されるほど、古代から食用とされてきた。殻の表面はツルツルしている。
マテガイ
10㎝近くにもなる細長い姿が特徴的な二枚貝。おののような形の足で砂を掘り、深く潜って生きている。
ミヤコドリ
冬に飛来する渡り鳥で、三番瀬は国内最大の越冬地だ。干潮時に、二枚貝の貝殻をこじ開けて捕食する。
マメコブシガニ
前歩きができるカニで、甲羅が2㎝程度と小さい。肉食で、ハサミで二枚貝の殻を開けて中身を食べてしまう。
ツメタガイ
貝を捕食する肉食の巻き貝。アサリやシオフキなどの貝殻に穴を開け、中身を食べてしまう。
アカエイ
尾の付け根に毒のあるトゲを持っている。危険なので、見かけても、触れないように注意しよう。
三番瀬の干潟を代表する野鳥として知られるミヤコドリは、くちばしでアサリを探してその中身を食べる。マメコブシガニは、甲羅の幅が最大でも2㎝程度の小さなカニだが、薄く鋭いハサミを殻の隙間に差し込んで、中身を捕食するという。また、小さな1〜2㎜くらいの穴が開いているアサリなどの二枚貝の貝殻を見つけることがある。この穴はツメタガイの仕業だ。
「ツメタガイは、貝を食べる巻き貝です。酸性の液を分泌してアサリの殻を溶かし、ヤスリのような歯舌(軟体動物特有の摂餌器官)で穴を開け、中身を食べるのです」
天敵はアサリのいるところでよく見られるが、その地域の環境に応じて他にもいろいろな生き物に出合える。小澤さんは、ふなばし三番瀬海浜公園の干潟で見られるその他の生き物も紹介してくれた。
「シオフキとホンビノスガイです。シオフキは、アサリに比べて形が丸く、付け根がぷっくりしているのが特徴です。ホンビノスガイは、外来種(アメリカ原産)の貝で、現地ではクラムチャウダーなどで食べられています。“三番瀬ホンビノス貝”は“千葉ブランド水産物”にも認定されていますが、年々漁獲量は減っています」
座学が終わると、長靴に履き替えて海へ。小澤さんの案内で、実際に干潟でアサリやその他の生き物を探してみた。潮が満ち始める時間帯だったので、長くは海にいられなかった。だが、アサリ、ハマグリ、シオフキを見つけ、巣穴の周りに大小の砂団子を作るコメツキガニなども見ることができた! 少し残念だったのは、アサリの天敵であるツメタガイを見つけられなかったこと。とにかく、干潟の自然と親しむことがこんなに面白いとは! 楽しさは、予想以上だった。
しかし、中には気をつけなければならない生き物もいる。
「エイの仲間は、尾の付け根に毒針を持っています。見かけても、触らないでください。他に、クラゲなどにも注意が必要です」
5月は絶好の行楽シーズン。読者の皆さんも、潮干狩りでアサリ探しや海の生き物との出合いを楽しんでみませんか。
PART❶ 準備
自分の体を守る装備
基本は海水にぬれてもいい服装だ。着替えや汗拭きタオル、ぬれた体を拭くタオルも準備したい。紫外線対策に必須の「帽子」、海風にさらされて体が冷えないようにガードする「ウインドブレーカー」や「ラッシュガードパーカー」なども必要だ。足裏や手をけがしないように、「マリンシューズ(または長靴)」と「軍手」も準備しよう。マリンシューズや長靴の代わりに履き古した上履きを履いてもいいし、ビーチサンダルの上にこれもまた履き古した靴下を重ね履きしてもいい。そして、絶対に忘れてはならないのが熱中症対策の飲み物だ。
アサリをとる・持ち帰る装備
アサリを探す必須道具は熊手。とれたアサリを入れるバケツやザルもあると便利。たくさんとれた持ち帰り用には保冷ボックス・バッグなど。また、アサリがいた海の水をペットボトルなどに詰めて持ち帰ると、砂抜きの際に役立つ。
PART❷ 潮干狩りの注意事項
潮干狩りには守るべきルールがある。沿岸各地には、漁業法に基づいてその地区の漁師たちが漁業を営む“漁業権”とその区域が設定されている。「潮干狩りをしてもいい場所や、とっていい貝の種類とサイズが決められています。例えば千葉県では、規則により2.7㎝以下のアサリをとってはいけません。海の環境や資源を守るために、これらのルールは必ず守りましょう」と小澤さんは助言する。また、「地域によっては、乱獲防止のために熊手のサイズを規制しているところもあります」とも教えてくれた。なお、こうしたルールは潮干狩りをする場所に告知されている。また、その地域の自治体のホームページなどでも確認できる。潮干狩りに行く前に、ぜひ、一読しておこう。
PART❸ アサリを持ち帰るコツ
持ち帰る際には、せっかくとったアサリが弱ってしまわないように気をつけたい。「アサリが元気でいられる水温は20〜25℃といわれています。保冷ボックスや保冷バッグなどに、氷や冷たい飲み物などと一緒にアサリを入れて、冷やしながら持ち帰ることをおすすめします」というのが小澤さんのアドバイスだ。
PART❹ アサリをおいしく食べるコツ
アサリを調理する前に必須なのが砂抜きだ。だが、アサリの砂はいったいどこにあるのだろう? 小澤さんは次のように解説してくれた。「アサリを見ていて、貝殻からビローンと舌のようなものが出ていたことはありませんか? これは、アサリの足です。そして、殻の内側に張りついているように見えるのが外套膜、いわゆる貝ひもがある部分です。また、その内側にはエラがあります。入水管から海水を吸ってエラから酸素を取り込み、二酸化炭素や砂を水と一緒に出水管から排出します。このとき、出しきれなかった砂がエラや外套膜の隙間に残っています。砂抜きは、これを出すことなのです」。というわけで、アサリがいた海に近い環境をつくり、しっかり呼吸して砂を吐き出させるのがコツだ。「一番いいのは潮干狩り場から持ち帰った海水に浸すことですが、海水の塩分に近い2〜3%濃度の食塩水でも構いません。冷暗所に2〜3時間置いておけば、砂を吐ききるでしょう」。また、殻の表面に汚れがついていることがあるので、砂抜きの前に、こすり合わせるようにして洗い流すことも忘れずに。そして、調理。潮汁、酒蒸し、炊き込みごはん、パスタ……、どんなレシピがおすすめなのだろうか? 何でも知っている小澤さんに聞いてみた。ところが予想外の答えが返ってきた。「実は僕、貝アレルギーなんですよ」。おいしいレシピだけは、小澤さんに頼らず、自力で工夫しよう!