「細胞と遺伝子」 第5回 新型コロナウイルスと治療法

イラストレーション/北澤平祐

河合香織(かわい・かおり)

ノンフィクション作家。著書に『選べなかった命 出生前診断の誤診で生まれた子』(大宅壮一ノンフィクション賞受賞)など。現在、東京大学大学院で生命倫理を学ぶ。2020年7月、河岡義裕『新型コロナウイルスを制圧する』を上梓(聞き書きを担当)。

2020年8月31日、鹿児島大学の金蔵拓郎教授が新型コロナウイルス感染症の治療法の一つとして、血液中の炎症細胞を除去する医療機器を使って、重症化を予防できるという研究論文について発表した。そのきっかけは6月に発表されたスペインの論文。潰瘍性大腸炎の患者が新型コロナウイルス感染症にしたとき、この治療によって双方が改善されたという。これから期待される新たな治療法とは。

鹿児島大学大学院医歯学総合研究科感覚器病学皮膚科学教授

金蔵拓郎(かねくら・たくろう)

専門は皮膚の分子細胞生物学的研究、難治性皮膚疾患の治療法の開発。

2020年8月28日、安倍晋三前総理大臣は持病の潰瘍性大腸炎の悪化を理由に辞意表明したが、一部報道によるとその時期に前総理は顆粒球・単球吸着除去療法(GMA、GCAP)を受けていたという。

これは、血液透析のように患者の血液を体外に送り出し、そこで炎症の原因となっている白血球の一種である顆粒球(好中球)や単球を除去してから、もう一度体内に戻すという治療法である。

同時期に、GMAについて注目が集まる出来事があった。鹿児島大学大学院医歯学総合研究科の金蔵拓郎教授は、GMAが新型コロナウイルス感染症の重症化を防ぐために有効とする論文を発表したのだ。スペインからはこの治療法が新型コロナウイルスにも有効だという症例報告もあったという。

国の指定難病である潰瘍性大腸炎と、誰でも感染する可能性のある新型コロナウイルスは、一見まったく違うように思えるが、その重症化の過程、血液中の細胞で起きていることは似通っているのだと金蔵教授は話す。

その鍵となるのは、活性化した細胞である。

「白血球の一種である顆粒球と単球は免疫を担当する細胞です。基本的には外から病原体が入ってきたときに、それをやっつけるための生体防御の作用です。これが何かのきっかけで病的に活性化してしまい、細菌を殺すための物質によって、自分の体の組織にダメージを与えてしまうことがあります」

このような病気の機序は、潰瘍性大腸炎も新型コロナウイルス感染症も同じだというのだ。

GMAは1999年に日本で開発され、最初に潰瘍性大腸炎、そしてクローン病で保険適用されるなど、炎症性腸疾患に使用されることが多い治療法である。

この治療法の対象範囲を広げ、皮膚疾患にも適用できることを発見したのが金蔵教授である。

金蔵教授の専門は皮膚科であり、GMAとの出合いは20年前だった。

「私は20年前にこの治療法の情報を知ったとき、ひらめいたことがありました。潰瘍性大腸炎は、性膿皮症という難治性の皮膚疾患を合併しやすいことで知られています。ということは、潰瘍性大腸炎に効くなら壊疽性膿皮症にも効果があるのではないかと思い、2000年12月に患者さんの同意を得て世界で初めてGMAによる皮膚疾患の治療をしてみました」

その効果は、ドラマチックだったという。3年の間、疾患に苦しんできた38歳の男性の皮膚はめくれて、赤い皮下組織が見えていた。それがGMAを4回行うと、劇的に改善していったのだ。これまで有効な治療法がなかった疾患だったため、金蔵教授は大きな手応えを感じたという。

「他にも活性化した白血球が原因になっている疾患は多数ありました。ベーチェット病や、、結節性紅斑、関節リウマチ、乾癬性関節炎などにもGMAで治療を行い、効果が見られました。2000年代は学内の倫理委員会の承認を得れば、さまざまな疾患に対する臨床研究を同時並行で行うことができたのです」

鹿児島大では臨床研究を含めると皮膚疾患に対してのGMAは、すでに百数十例の実績があるという。金蔵教授が主導して全国多施設共同治験を行い、膿疱性乾癬は2012年に、乾癬性関節炎は2019年に保険承認された。

この治療法で使用するGMA用機器は全国の病院に広く普及しているものだという。

「肘の静脈に針を刺して血液を取り、ポンプで血液を循環させて反対の肘に戻す。大変シンプルな仕組みですので、外来でも行えます。カラムの中に、ひとつ直径2㎜ぐらいの酢酸セルロースのビーズが、約3万個詰まっています。日常的な治療では、1分間に30㎖の血液を循環させ、それを60分間続けます。1.8ℓぐらいの血液を循環させることが目安です。週に1、2回通ってもらい、全部で5回から10回で終了です」(図1)

図1 顆粒球・単球吸着除去療法(GMA)肘の静脈に刺した針からポンプで血液循環させて反対の肘に戻す。GMA用機器の中には直径約2㎜の酢酸セルロースのビーズが約3万個詰まっている。

血液透析のように継続的に治療を続けるというものではない。

新型コロナウイルスの場合は、緊急性があるため、連続で行うこともある。スペインの論文によれば、新型コロナウイルス感染症と潰瘍性大腸炎を併発した患者の場合、5日連続でGMAを行うことで、症状の改善が見られたという。

GMAに血栓予防効果

このGMAが製品化された後でも、その仕組みについては当初分かっていない部分もあった。

「GMAで血液から顆粒球や単球を吸着除去する際に、全部の細胞を一緒に除去するのではなく、サイトカインを作っている病的に活性化した細胞だけを選択的に除去するというメカニズムを、私たちの研究グループが解明しました。サイトカインを作る細胞だけが取り除かれるわけですから、血液中のサイトカインは減るのではないかと考えて測定してみると、炎症性サイトカインが有意に下がっていました。これだけ炎症性のサイトカインが減少すれば、サイトカインストーム(炎症性サイトカインの過剰産生)が予防できるのではないかと思います」

新型コロナウイルス感染症重症化の要因は、サイトカインストームであることが知られている。血液中のインターロイキンなどのサイトカインが異常に増加するのだ。

「新型コロナウイルス肺炎では、サイトカインが大量に作られるサイトカインストームによって、血液凝固系に異常が発生し、血液中に血栓を形成することがあります。病原体が体内に入ると、顆粒球と単球が活性化して、サイトカインをどんどん作り、その刺激は血管内皮細胞にも伝わって、これもまたサイトカインを産生するのです。それにより血栓ができることが新型コロナウイルス感染症の重症化です。肺に血栓が詰まってしまうと、エクモ(人工肺)さえ効かなくなってしまうのです」

つまり、重症化はウイルスが引き起こすのではなく、最終的には白血球の細胞の暴走によるサイトカインストームとそれによる血栓が問題となってくる。

金蔵教授は、GMAには血栓予防効果もあるのだと言う。活性化した顆粒球に血小板が付着することで血栓は作られている。

「GMAは活性化した顆粒球を除去するわけですから、血栓も作りにくくなるのではないかと予測しています。顆粒球に血小板が付いた状態を、血小板サテライティズムと呼んでいるのですが、健常人では20%、顆粒球が100個あったら20個ぐらいに血小板が付着しているわけです。一方、病気の人では40%以上の顆粒球にサテライティズムが起こっている。これをGMAで治療をすることで、サテライティズムが抑制されていくことが研究により明らかになりました。このようにサテラティズムを抑制できるなら、新型コロナウイルス肺炎にGMAは効くはずだと思っています」(図2)

図2 血小板サテライティズムの変化活性化した顆粒球をGMAで除去することで、血小板サテライティズムが抑制されていく。

きっかけはスペインの論文

2020年6月にスペインで「COVID-19を合併した潰瘍性大腸炎例に対するGMA用機器の有効性」という論文が発表された。

「この論文には、潰瘍性大腸炎の患者さんが新型コロナウイルスに感染して、GMAを行ったら潰瘍性大腸炎に効果があっただけではなく、新型コロナウイルス感染症も改善されたという事実だけが書かれていました。3月ごろから新型コロナウイルス肺炎の情報がどんどん出てきて、だんだんとサイトカインストームによる血栓が原因だと言われだしてきていました。この論文と自分の見てきた症例や研究から、GMAは新型コロナウイルスに効くのではないかと考え、私も論文を学会誌に発表しました」

金蔵教授は20年にわたるGMAを使った臨床経験から疑問に思っていたことがあった。炎症細胞を除去して、サイトカインを抑えるという仕組みなのだが、時に劇的に症状が改善する患者がいるのだ。

「もっと積極的に炎症を抑制する作用があるのではないかという仮説を立てました。ここ十数年、注目されているMDSC(Myeloid-derived suppressor cells)という骨髄由来の抑制性細胞があります。これは顆粒球やマクロファージ、樹状細胞、未熟骨髄細胞から成るheterogeneous population——つまりいろいろな細胞の集団という意味なんですが——であり、免疫抑制作用を有しています。がん、感染症、敗血症、外傷、自己免疫疾患、移植などいろんな場面に出てくる細胞です」

金蔵教授は、ここに何か糸口があるものと思って、論文を渉猟していると、Bloodという血液の一流ジャーナルに目が止まった。

「GMAとはまったく関係なく、純粋に血液炎症の論文として、iC3bという病原体と結合した抗原抗体結合物を排除するためタンパク質である補体が、骨髄細胞をMDSCに分化させるという内容を見つけたんです。GMA用機器のビーズである酢酸セルロースは、補体経路を活性化させ、iC3bを表面に吸着する。つまりこのビーズに付いた iC3bが、免疫抑制性の細胞を誘導するのではないかと思いました」

そして金蔵教授は実際に、GMAは患者のMDSCを誘導することを確かめた。そして免疫を抑制する細胞が、GMA治療後に有意に増えていることが分かったという。

「つまりGMAは炎症細胞を除去するだけではなくて、全身の炎症を抑え込むような細胞を作り出しているということです。だから一回の治療で劇的に良くなった人がいたのではないでしょうか。サイトカインが減るだけではなくて、積極的に炎症を抑える作用を発揮しているのだと考えています」

この作用は新型コロナウイルスにおいても、期待できるのではないかと金蔵教授は考えている。

「サイトカインストームを抑えるだけではなくて、全体の炎症を鎮静化させる作用がGMAにあるのであれば、付随して、他の病気も治る可能性だってないとは言えません。製造会社は、1990年代にGMA用機器の開発に取りかかりましたが、最初はがんの治療機器として開発を始めたそうです。顆粒球(好中球)とがんの予後に相関があることは知られています。ただ、実際に治験を行ったところ、延命効果は見られたが、大元の腫瘍の縮小効果に有意差が得られなかったと聞きました。当時は腫瘍を小さくすることが大前提だったので、保険適用が取れなかったそうです。その後、紆余曲折があり、結果的に潰瘍性大腸炎の治験が成功したということでした」

新型コロナウイルスとの共通点

GMAの効果があるとされる炎症性腸疾患や皮膚疾患と新型コロナウイルスにはどのような共通項があるのだろうか。

病気を引き起こす原因は、ウイルスや細菌、自然免疫や皮膚の真菌など疾患ごとに異なっている。だが入り口は何であれ、結果として顆粒球や単球が活性化してしまうという共通点があるという。重症化を引き起こすのは活性化した細胞なのだ。

このメカニズムは敗血症でも同様であり、GMAで顆粒球や単球を除去することにより重症化を防げるのではないかと考えられている。

現在、敗血症におけるGMA治療の多施設共同治験は全国で行われている。鹿児島大学病院の救命救急部もその治験に参加しているため、金蔵教授は当初、敗血症の治験の枠組みに、新型コロナウイルスの治験も同時に組み込もうと考えていた。

だが、この治験の検査を一手に引き受けることになっている臨床研究管理センターから、「新型コロナウイルス陽性の検体は受けられない」と拒否されたのだという。

このような経緯で、敗血症と共同で治験を行うことは難しくなった。

「人権を守るためなのでしょうが、2018年に臨床研究法ができてから、研究者としては研究の承認が難しくなることが増えました。GMA用機器の製造会社も、新型コロナウイルスについてはワクチンができるまでの間のことだとの判断だろうと思いますが、治験に消極的です。これからは医師主導治験など独自の道を探していかなければなりません」

金蔵教授がこの治療法にこだわる最大の理由は、大きな副作用がないことだという。ふらつきなど血液透析等を行ったときに一般に見られるような副作用は否定できないものの、重篤な副作用はまずないと話す。

「何より私は安全性を重視したいと思います。GMAは妊婦さんにも使えますし、子どもでも体重が25㎏以上であれば適用になります。お年寄りでも問題ありません。薬を入れるのではなくて、悪い細胞だけを取り出す治療だからです。新型コロナウイルスについては、ワクチンも今後どうなるか分からないし、重症化をどの程度予防できるかもまだ分かっていません。さまざまな角度からこのウイルスに立ち向かうことが重要で、私はひとつの方法としてこの治療にもメリットがあると信じています」

(図版提供:金蔵拓郎)

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ヘルシスト 264号

2020年11月10日発行
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