特集 肌と髪の正しいケア これだけは押さえておきたい「マスク生活」の肌荒れ予防

文/渡辺由子  イラストレーション/青木宣人

マスク着用が欠かせない生活様式となってしまい、肌荒れを訴える人が増えている。マスク下では何が起きているのだろうか。まず、蒸れて皮脂の分泌や汗が増え、ニキビや吹き出物ができやすくなる。擦れて肌をチクチク刺激して痒くなったりかぶれたりする。そうならないためには、しっかり保湿することが大切だ。きちんと洗顔することも忘れてはならない。これだけは覚えておきたい「マスク生活」のスキンケア。

日本医科大学医学部教授

船坂陽子(ふなさか・ようこ)

神戸大学医学部卒業。同大大学院医学研究科修了、医学博士。大阪厚生年金病院皮膚科、アメリカ・イェール大学医学部皮膚科研究員、神戸大学医学部附属病院講師、同大大学院医学研究科皮膚科学分野准教授、日本医科大学皮膚科准教授を経て、2014年から現職。国際色素細胞学会会長、日本色素細胞学会会長、日本美容皮膚科学会会頭、日本光医学・光生物学会副会頭など、要職を歴任。

日本医科大学医学部の船坂陽子教授は、シミの原因となる色素沈着やしわを専門に研究し、基礎研究で裏づけされた治療法の導入に積極的に取り組んでいる。新型コロナウイルス感染症の感染拡大で続いているマスク着用の習慣は、船坂教授の美容皮膚科外来を受診する患者の肌にも影響を及ぼしているようだ。

「美容を目的に受診する患者の中で、マスク着用によって肌の状態が悪くなった方が増えたように思います。マスクの擦れた部分が悪化して皮膚炎が起きていたり、色素沈着になったという方もいらっしゃいます。若い方では、マスクで隠れている部分にニキビができていることも多いですね。その原因には、マスク内の湿潤環境、マスクを外したときの外気との差、マスクの材質による物理的な刺激などがあります」と船坂教授は話す。

人体最大の器官である皮膚は表面から内部に向かって、表皮→真皮→皮下組織で構成されている。皮膚の厚さは部位によって異なり、顔面では3つの層を合わせても約2㎜だ。表皮の厚さは約0.2㎜で、4つの層に分かれていて、内部から表面に向かって基底層→層→層→角層(角質、角質層、角質細胞層など)となり、最も外側の角層はわずか0.01~0.02㎜である。

表皮の基底層では角化細胞(ケラチノサイト)が細胞分裂して、角層に向かって上へ上へと押し上げられる。基底層で生まれたケラチノサイトは、角層では核のないブロック状の角質細胞となり、それらが10~15層ほど重なっている。古くなった角質細胞は役目を終えて、垢として体外へ排出されるといったサイクルを繰り返している。この「ターンオーバー」と呼ばれる皮膚の新陳代謝は、部位によって異なってくるが、4週間から6週間のサイクルで新しい皮膚に生まれ変わっている(図1)。

図1 皮膚と表皮の構造皮膚は、表皮の最下層の基底層で生まれた角化細胞が、角層に向かって成長し、最終的には垢となり剝がれ落ちる。皮膚のバリア機能を担うのは、わずか0.01~0.02㎜の角層だ。何層にも重なった角質細胞が、水分を保持し、異物の透過を防ぐ。角層の働きを維持するためにも、適切な保湿が重要だ。

角質が乱れることで肌荒れが発生

角質細胞内には、ケラチンや皮膚の潤いのもとになる天然保湿因子が含まれ、さらに角質細胞の周囲には、角質細胞同士をつなぐセメントのような角質細胞間脂質があり、主成分はセラミド、遊離脂肪酸、コレステロールなどだ。角層の極薄の膜は、肌の潤いの保持、異物の侵入や物理的・化学的刺激から防御する成分をたっぷり含んでいて、バリア機能を発揮し、私たちの肌を守っているのだ。

「マスクが擦れて赤くなったり、痒みが出るというのは、バリア機能が破綻して角層が乱れている状態です。角層が乱れると、炎症反応を発動させるためにケラチノサイトを刺激するシグナルが発せられます。すると、ケラチノサイトから炎症の惹起因子であるインターロイキン1(IL-1)などが放出され、免疫細胞のリンパ球などを活性化し、免疫反応の一つとして炎症反応が起こります。炎症が軽度の状態であれば、新たに刺激を起こさないようにマスクの材質を替えたり、破壊されたバリア機能を補うための保湿を心がければ、だいたい数日で治ります。しかし、放置するなどして悪化させて、表皮の下にある真皮にて炎症が強く起きてしまった場合は、症状を早く鎮めるためにステロイド剤を使用します。治るまで、1~2週間はかかるでしょう」

そして、マスク着用によって中の温度は上がるために、皮脂の分泌や汗が増え、ニキビや吹き出物ができやすくなるという。

「ニキビや吹き出物ができやすい方は、基本的にオイリースキン(脂性肌)ですが、ドライスキン(乾燥肌)でもあることが多く、刺激には弱いのです。角層が剝がれたり、毛穴を栓のようにふさぐ角栓ができ、角層が硬くなる角化がいっそう促進されて、ニキビの初期症状のコメド()ができます。マスク装着が生活の一部になる以前は、ニキビができる皮膚を常に刺激する状態とは、頬杖をつく、前髪が当たるなどでしたが、マスク着用でそのような部分だけでなく、マスクに隠れた肌でもニキビができやすくなっていると考えられます」

潤った環境が肌に良いと考えるのは間違い

また、マスクの擦れや炎症、ニキビが引き金となって色素沈着ができることもよくある。

「炎症やニキビが起こっていると、表皮のメラノサイト(色素細胞、メラニン細胞)が活性化し、メラニン(色素)が過剰に産生されます。そして、シミの一種である炎症後色素沈着につながります」

メラニンは、私たちの身体を紫外線から守る働きをしており、通常の量であれば、ターンオーバーで体外へ排出される。しかし炎症をきっかけに、表皮内にメラニンが大量に溜まっていると排出が追いつかずに、そのまま留まり、シミの一種である炎症後色素沈着になるのだ(図2)。

図2 色素沈着本来、皮膚を守る働きがあるメラニン色素だが、皮膚に炎症が持続して生じるとメラニン生成が促進されて過度に産生される結果、色素沈着が生じる。

では、マスク着用は私たちの肌にどのような影響を与えているのだろうか。まず、マスク内は呼気に含まれる蒸気で、湿っぽい環境になっている。それを「潤った環境だから、お肌に良い」と考えるのは、間違いだ。

「マスク内が湿潤環境というのは、皮膚がふやけた状態で、摩擦が起きたときに傷つきやすくなっているということです。また、マスクを外したときに湿度が急激に変わり、それは肌のバリア機能の破壊につながり、炎症が惹起される要因にもなります」

マスクの材質や性能は、医療用N95マスクからガーゼのマスクまで、種類はさまざまだ。不織布はウイルスや細菌の透過を最小限に抑えることができるとして、新型コロナウイルス感染症の感染拡大が続いている今は、最も適した材質とされている。布製マスクは、色や柄が多彩で気分を盛り上げる効果もある。ポリウレタン製は、ぴったりした装着感と見た目からか若者に人気だ。

2020年11月に理化学研究所と神戸大学などの研究グループが、スーパーコンピュータ「富岳」を用いて、マスクの素材や形状の性能差をシミュレーションで示した。それによると、不織布では布製やポリウレタン製よりも飛沫を漏らさないが、通気性の点で劣って息苦しくなる。布製は、不織布やポリウレタン製に比べて通気性が良く、性能はポリウレタン製よりも良いものがあることが分かった。この研究結果をもとに、研究グループは日常生活では布製を使い、密になる状況や人との会話が想定されるときは、不織布のマスク使用を勧めている。また、不織布マスクでも性能が劣るものもあるので、購入の際は注意することを付け加えている。

「マスクの材質選びは、感染防御の点だけでなく、肌を良い状態でキープするには、重要です。例えば、マスクの着用中にどこかがずっと擦れているということは、微細な炎症をずっとつくり続けているようなものです。眼鏡をかけている方で、鼻の付け根に色素沈着を起こしていることがありますが、眼鏡の鼻パッドで常に圧迫されているためで、それと同じことです。マスクの常時着用が習慣となって1年以上経つので、今後、マスク着用による色素沈着のできる方が増えることも予想されます。また、ごわごわした材質は肌にとって刺激になりやすいので、肌を守るうえで材質選びは重要です。アトピー性皮膚炎の方は、例えば肌着などは、布のごわつきと物理的な摩擦による炎症を防ぐために、洗濯時に柔軟剤を適量使用して、布を柔らかい状態にしておく工夫をされています」

肌に合わない材質で皮膚炎が悪化してしまったら、マスクすら使えなくなることもある。感染防御と肌荒れの2点をうまくクリアできる材質を選んでいきたい。

「1人になれる環境では、マスクを外して刺激を最小限にすることも良いと思います。また、これから気温の上がる季節は、汗をかくことも増え、マスク内はより湿潤した状態になります。湿ったマスクをそのまま使い続けると、皮膚の常在菌の増殖が悪影響を与えるので、新しいマスクに交換したほうが、肌のトラブルを最小限に防ぐことができます」

「マスク生活」のスキンケア

●保湿が第一!

「マスク生活では、しっかりと保湿することが、肌荒れ予防の必須項目です。マスク着用による湿潤環境や、湿度の急激な変化、物理的な摩擦などの刺激を軽減するには、しっかりと保湿して、それぞれが持っているバリア機能を守りましょう。保湿のための基礎化粧品は、使う方の肌に合えば、何でもかまいません。ただし、ニキビが起こりやすい成分を含む保湿剤があるので、ニキビができやすい方は、『ノンコメドジェニック』と表示されている保湿剤を使ってください」

「コメド」とは、前述したニキビの初期症状のことだ。専門機関でノンコメドジェニックテスト(コメド形成能試験)を受けて承認された化粧品は、「ノンコメドジェニック化粧品」を名乗れる。

手指の消毒も今のご時世では、感染予防の必須事項だが、消毒によって手荒れがひどくなることが増えている。医療従事者は、日頃から手指を消毒する機会が多いが、船坂教授はどのように工夫されているのか聞いてみた。

「私自身が乾燥肌で、ちょっと油断すると皮膚炎を起こしてしまうので、手洗いや消毒のたびに保湿剤を塗っています。1日に20回くらい塗っているかもしれませんね。要するに、乾燥肌で天然の皮脂膜が少ない分、保湿剤で人工の皮脂膜をつくっておけば、肌のバリア機能が破壊されて、異物が侵入して炎症を起こすリスクを低くすることもできるわけです。ハンドクリームはべたつかず、作業を妨げないようなサラッとしたタイプを選んでいます」

●洗顔料を使って、きちんと洗顔

肌荒れがある場合、洗顔料が刺激にならないかと心配になることがある。しかし、きちんと洗顔料を使ったほうが良いと船坂教授は話す。

「皮脂や汚れを洗い落とすのは、お湯だけでは不十分なので洗顔料を使いましょう。日本皮膚科学会の『尋常性治療ガイドライン2017』では、ニキビにおける洗顔の有効性の観点から、1日に2回の洗顔を勧めています。ニキビがなく乾燥がひどい方では、洗顔後の肌のつっぱり具合をみて、洗顔料使用の回数を減らしてお湯洗いや、保湿力の高い洗顔料を使うことも良いでしょう。メイクをしている場合は、クレンジング剤で落としてからの洗顔になりますが、ダブルクレンジングのメイクや皮脂も落ちるタイプなら、洗顔料を使用しなくても良いでしょう。メイクを落とすだけのタイプは、洗顔料を使ったほうが良いですね。そして、洗顔を終えたら、すぐにしっかりと保湿してください」

●日焼け止めは必須

マスクを着用しているからと、メイクを手抜きした覚えのある方は少なくないはずで、保湿さえしておけば大丈夫だというのも、危険だ。

「紫外線は、急性および慢性の皮膚症状を起こす光線です。紫外線によって角層のバリアが破壊され、ケラチノサイトの分化に異常が起こり、遺伝子に傷がつき、シミやしわ、発がんの原因になります。近頃は、紫外線をカットする、いわゆるUVカットの衣料品が発売されていますが、マスクのUVカット商品はそれほど多くはありません。一般的なマスクにはUVカットの働きはなく、衣を1枚着ているようなもので、マスクを透過した紫外線が皮膚に種々の作用を起こすことも十分考えられます。男性も女性も、日中であれば日焼け止めを塗って、日焼け対策をしましょう。これからの季節は紫外線がいっそう強くなるので、マスクをしていても、必ず日焼け止めを使ってください」

新型コロナウイルス感染症により着用が欠かせなくなったマスクは、感染防御の性能と自分の肌質に合ったものを選びたい。
(写真:アフロ)

痒みが強くなってきたら皮膚科専門医へ

●早めに皮膚科受診を

肌の荒れがひどくなったり、痒みが強くなったりしたら、皮膚科を受診したほうが良いが、受診のタイミングについても教えてもらった。

「皮膚科の受診の目安は、明らかに皮膚炎がある場合ですね。皮膚炎まで進展していないようなら、普通に洗顔と保湿のスキンケアをし、マスクの材質は柔らかいタイプにして、刺激を与えないようにして様子をみてください。それでも治まらなくて、炎症が広がってきたり、痒みが強くなってきたら、皮膚科専門医を受診しましょう。炎症を抑えるにはステロイド剤を、痒みを抑えるには抗アレルギー剤を処方します。昼間の痒みは、掻かないようにしようと気をつけますが、寝ているときは気づかないうちに掻いたり、擦ったりしていることが多く、皮膚炎を悪化させる原因になります。掻いてしまって、その跡が色素沈着を起こしているケースはよくあります。炎症と痒みを抑えることは、皮膚炎を早く治すうえで、とても大事です」

マスク生活は、しばらく続くだろう。マスクをしていても、トラブルの少ない肌をキープするために、日常生活でのスキンケアを忘れずに。

(図版提供:船坂陽子)

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2021年3月10日発行
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