特集 ワクチンの軌跡 感染症の「リスク」と接種後の「事象」

構成/飯塚りえ  イラストレーション/小湊好治

ワクチンは多くの感染症から人類を救う強力な武器だ。しかし日本では、ワクチンに対する抵抗感が今もって根強く、例えば子宮頸がんによって年間2800人以上の女性が亡くなっている。どんな薬にも副作用があるように、副反応のないワクチンは存在しない。接種後に起こり得る「事象」すべてが副反応とも限らない。そのことをきちんと認識し、感染したときのリスクを考慮したうえでの、適切な判断が求められる。

国立感染症研究所感染症疫学センター予防接種総括研究官

多屋馨子(たや・けいこ)

1986年、高知医科大学(現・高知大学医学部)卒業。小児科医。大阪大学医学部小児科講座に入局、同大医学部附属病院・関連病院小児科、同大医学部微生物学講座で小児科の臨床、ヘルペスウイルスを中心とした基礎研究、小児感染症学の教育に従事。2001年から国立感染症研究所感染症情報センター主任研究官。2002年から同センター第三室(予防接種室)室長(2013年、現在の名称に変更)。

ワクチンは感染症などを予防するために、多くの知恵や時間をかけて開発された生物学的製剤の一つです。接種を受けることによって病原体に対する免疫を獲得して、いざ、その病原体が体の中に入ってきたときに発症や重症化、死亡を防ぐといった効果を期待するものです。さらにウイルスによるがんの発症を予防したり、妊婦の感染を防いで次世代への影響を防ぐという役割をも担っています。ワクチンにより、天然痘は根絶されましたが、これは、ワクチンによって得られた最も大きな成果であり、ワクチンは多くの感染症から私たちを救う非常に有用な「薬」の一つです。

「紛れ込み」と「副反応」

では、皆さんが風邪をひいて薬を買ったとしましょう。処方薬でも市販薬でも、すべての薬の説明書きには用法、用量、そして「眠くなるかもしれないから運転は控えるように」とか、「喉が渇くかもしれないから水分補給を忘れずに」など、起こる可能性のある副作用が記されています。むしろ副作用が記されていない薬はないと言ってもいいほどです。そして生物学的製剤の一つであるワクチンにも同じことが言えるのです。

ワクチンを接種した後、何らかの好ましくない反応が起きることがあり、「有害事象」「紛れ込み」「副反応」に分かれます(図1)。

図1 有害事象と紛れ込み、副反応有害事象は接種後、一定の期間内に起きた好ましくない事象。その中にワクチンの影響を疑わせるがそうではない紛れ込み、ワクチンによる副反応がある。接種の帰り道の交通事故は有害事象だが、副反応ではない。他方、接種後の発熱は有害事象であり、副反応でもある。

「有害事象」とは、ワクチン接種との因果関係に関わらず、偶然も含めて接種後に起きた好ましくない事象を指します。帰り道に交通事故に遭えば、それも有害事象となります。そして、時にワクチン接種後に、接種とは関連のない、しかし接種との関連を一瞬疑いたくなるような有害事象が紛れ込んでしまうことがあります。ヒブワクチンが定期接種になった際に議論になった赤ちゃんの突然死などがその例です。現在では、ワクチン接種と突然死には因果関係は認められないとされ、接種が再開されています。

そして発疹や発熱など、ワクチン接種の結果と想定される有害事象を「副反応」と言っています。

日本では、定期接種とされている認可ワクチンに対しては、「絶対にワクチンで起きたのではない」と否定されない限り、健康被害救済制度が厚く適用されます。世界に誇れる救済制度と言え、安心してワクチンを受けられることにもつながると思います。

今回の新型コロナウイルス感染症のワクチンでは、接種が先行している海外から、注射した部位の痛み、腫れ、全身倦怠感、アナフィラキシーなどの副反応が報告されていますが、いずれも回復しています。

ワクチンの歴史においては確かに、問題が起こったことがあります。アメリカでは1955年、ポリオの不活化ワクチンに野生株が混入し、接種した子どもがポリオを発症して一部死亡した事例がありました。

日本では1989年、統一株MMR(麻疹、おたふくかぜ、風疹)ワクチン接種後に933人に1人という高い割合で発熱、、頭痛などの症状を呈する無菌性髄膜炎を発症した事例がありました。当時のMMRワクチンは接種が一度で済むように麻疹と風疹とおたふくかぜの3つのワクチンを混合していたのですが、接種後、おたふくかぜワクチンの成分による無菌性髄膜炎を発症する例が多くあったのです。後でおたふくかぜワクチンの製造工程が一部変更されていたことが分かったのですが、これによってMMRワクチンの定期接種は、1993年4月から中止され、それ以降、定期接種はおたふくかぜワクチンの成分が入っていないMR(麻疹風疹混合)ワクチンとなっています。

一方、おたふくかぜに自然感染すると、3~10%の割合で無菌性髄膜炎を発症し、1000人に1人程度に難聴などの後遺症が残ります。思春期以降の男性であれば2~4割程度が精巣炎になります。精巣炎は、高熱に加え激しい痛みを伴います。

おたふくかぜは、過去には2009~2011年、2015~2016年に爆発的に流行しており、その周期は4~6年ほどとなっています。日本耳鼻咽喉科学会の調査によると、2015~2016年の流行では、残念ながら300人以上の人(学童期に最も多く、次いで子育て世代)が難聴になってしまいました。おたふくかぜのワクチンによる無菌性髄膜炎の発生頻度は、現在、数万人に1人程度と考えられます。しかし先進国の中で日本は唯一、いまだおたふくかぜワクチンが定期接種になっておらず、私たちはこの状態を解消すべく、さらにエビデンスを集めているところです。

低い子宮頸がんワクチン接種率は問題

子宮頸がんを予防するヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンの接種率が低いことも問題です。定期接種としている国では、最近、子宮頸がんの発症の減少が報告されましたが、2018年の人口動態統計によると、日本では依然、子宮頸がんによって年間2800人以上の女性が亡くなっています。定期接種が始まった直後に、慢性の痛みや運動機能の障がいなど多様な症状が報道され積極的な勧奨が差し控えられたことから接種率が低下したのですが、国内外で大規模な調査が実施され、訴えのあったような症状は、接種を受けた人と受けていない人で差がみられなかったとされています。

副反応としてはまた、ワクチンの種類によらず、接種によってアナフィラキシーが起こることがあります。その原因の一つに、ワクチン製造に使われる添加物が挙げられます。1990年代にはワクチンの安定剤として使われていたゼラチンがアレルギー反応を引き起こすことが多くありましたが、現在では、海外の一部のワクチンでゼラチンを使用しているものの、少なくとも日本で製造されるワクチンからはすべてゼラチンが除去されています。明確に原因の判明している副反応に対しては、その都度しっかりと対処し、その後のワクチン開発にも知見が生かされています。

この他、ワクチンに含まれるポリエチレングリコールやポリソルベートといった成分もアレルギー反応を起こすことが知られています。新型コロナウイルス感染症のワクチンにも使われているものがありますが、これらの製剤は、化粧品のベースメイク、洗濯洗剤など身近な製品にも使われています。つまり、ワクチン接種で起きるアレルギー反応は、ワクチンに含まれるさまざまな材料などに由来するものもあるのです。ワクチンの含有成分は公表されていますから、自分がアレルギー反応を起こすものは、事前に確認することができます。

血管迷走神経反射もワクチンの副反応に挙げられていますが、ワクチンに限らず採血や普通の注射でも1%ほどの頻度で起こります。「痛そうだな」「怖いな」という「気分」が作用して、失神してしまったり、気分が悪くなったりすることもありますが、これも30分ほど安静にしていることで回復します。過去にそのような反応が見られた人は、ベッドに横になって接種します。

一方、生ワクチンの場合は、実際の感染症と同じような、しかし軽い症状が出ることがあります。生ワクチンは、ウイルスの病原性をほとんどなくす「弱毒化」という処置をしつつ、免疫反応を起こすために、ウイルスの性質は残っています。ですからヒトの体内でその感染症の特徴的な症状を呈することがあるのです。

例えば麻疹のワクチンなら、2割くらいの方は、接種してから1週間程度経ってから発熱したり、わずかに発疹が出たりすることがあります。大体1、2日で治りますが、高熱であったり症状がひどい場合は、医師の診察を受けてください。ワクチンの「副反応の一つ」ではありますが、私が大学の研究室にいた頃、指導医は「これは副反応ではなく臨床反応と呼ぶべきだ」とおっしゃっていました。つまり多少の熱や発疹が出るのは、むしろ麻疹や風疹ウイルスの性質なので、通常想定される反応だというわけです。

日本では、ワクチンに対する抵抗感が海外に比べて強いとされています。日本人の慎重な気質が背景にあるのかもしれませんが、ワクチンを接種したらどのような反応が起きるか、見通しが立つことが必要なのではないか、と思います。

私は小児科医として、子どもに予防接種をするとき「痛くないからね」とは言わないようにしていました。注射は痛いのです。ですから、「ちょっと痛いかもしれない。でも少しだけ我慢してね」と伝えます。保護者にも「接種した場所が腫れるかもしれない。1週間後に発熱があるかもしれないから、その頃に旅行は控えて」など、接種したワクチンに応じて、その後起こり得る反応を伝えていました。見通しが立つことによって、未知のものを受け入れる不安が多少なりとも和らぐはずです。

病気でないときに接種することも、ワクチンへの抵抗感を生むのかもしれませんが、ワクチンがどれほど有益かを知ってもらいたいと思います。

風疹は、妊娠20週ごろまでの女性が感染すると、赤ちゃんに心臓病や難聴、白内障といった「先天性風疹症候群」という障がいが出る恐れがあります。脳炎(2018~2019年の流行では約1800人に1人の報告)や血小板減少性紫斑病(同、約250人に1人の報告)になる場合もあり、軽んじてはいけない感染症です。

アメリカは、早くから男女問わずワクチンの接種を行った成果が出て、2015年、世界保健機関(WHO)によって風疹排除宣言を認められています。他方、日本では1977年から中学生女子への風疹ワクチンの定期接種が始まり、その後、曲折を経て、現在では1歳と5~6歳の2回、男女問わず定期接種を推奨しています。しかし、1962年4月2日から1979年4月1日生まれの男性は、定期接種の機会がなかったために、抗体を持たない割合が他の年代に比べて高くなっています。これはひとたび風疹に感染すると、この年代を中心に感染が拡大してしまう、さらに本人が感染するだけでなく、周囲にも大きな影響を与えることになります。

実際、2012~2013年には風疹が全国流行し、厚生労働省への報告患者数は2年間で1万6730人に上り、妊娠中に感染して45人の赤ちゃんが先天性風疹症候群を発症しました。そして流行の中心は、ワクチン定期接種の機会がなかった年代の男性とぴたりと一致していました(図2)。

図2 風疹含有ワクチンの定期予防接種制度と年齢の関係風疹含有ワクチンの定期接種の変遷によって、抗体の量も異なる。2021年4月1日時点で42歳から59歳の男性は風疹含有ワクチン接種機会がなかったため抗体量が少ない。

2018~2019年の流行の際にも同様の感染状況となったことを受けて(図3)、現在、時限措置として、定期接種の機会がなかった対象年齢の男性、約1500万人が風疹の抗体検査、抗体価が低い場合はMRワクチンを全額無料で受けられるようになっています。2019年から事業が始まり、対象の方には自治体から通知が届いているはずです。ところが、すでに2年を経ているにもかかわらず、抗体検査を受けた方は19%程度と低いのです。

図3 風疹の感染者割合2019年の流行では、報告患者の94%(2176人)が成人で、男性は女性の3.6倍(男性1804人、女性502人)となっている。特に30~40代の男性患者が男性全体の59%を占める。女性患者は妊娠出産年齢である20~30代に多い(女性全体の64%)。

ワクチンは多大な影響を抑制できる

風疹は、感染してから2~3週間の潜伏期間を経て発症しますが、発症する1週間前から人に感染するので、知らないうちに妊娠している女性に感染させてしまう可能性は低くありません。アメリカは、風疹の抗体がない妊婦に対して、日本への渡航を控えるよう警告を出しているほどです。自身の症状は軽くても、他の誰かに多大な影響を及ぼすことがあるのが感染症であり、そのリスクを抑えることができるのがワクチンだということを知ってほしいと思います。

一方、20年前、1歳児のMRワクチンの接種率は50%程度で、数十万という子どもが麻疹にかかり、数十人の子どもが亡くなっていました。私たちは、何とかしたいと思い「1歳の誕生日プレゼントにMRワクチンの接種を」というキャンペーンを展開しました。1歳の誕生日プレゼントを2歳で渡す保護者はいません。このコピーには1歳になったらすぐに予防接種を受けてほしいという意味が含まれていました。今、20年経って、接種率は95%以上となり、日本は麻疹排除国と認定されました。海外から持ち込まれることもあるので油断してはいけませんが、ワクチンで病気が防げることを明らかにした好例です。

冒頭でお話ししたように、ワクチンは生物学的製剤の一つです。どんな薬剤にも副作用があるように、副反応がないワクチンはありません。接種後に生じる症状には、接種との因果関係が明確な事例とそうでない事例が混在しています。ワクチンを接種したときに起こり得る事象と、感染症にかかったときのリスクを知って、正しく選択してほしいと思います。

(図版提供:多屋馨子)

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ヘルシスト 267号

2021年5月10日発行
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