各国が都市封鎖を余儀なくされ、日本も緊急事態宣言の発令に踏み切った新型コロナウイルス感染症。7種類あるコロナウイルスのうち重症化するのがSARS、MERS、新型コロナウイルスだ。個々に正しい対策を行うには、確かな知識が必要だが、実態解明には時間がかかりそうだ。何はともあれ、現時点(4月16日現在)で分かっていることをもとに、新型コロナウイルスの特徴や性質を解説していただいた。
特集 正しく怖がるコロナウイルス 不確かな情報に惑わされない! 特徴・性質を正確に知るQ&A
文/渡辺由子
——最初に、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の原因ウイルス(SARS-CoV-2=2019-nCoV=COVID-19ウイルス、以下、新型コロナウイルスに統一)の基本的な性質をおさえておきたいと思います。
「ヒトに感染するコロナウイルスは、全7種類で、鼻風邪の原因の10~15%を占める4種類があります。重症肺炎を起こす3種類は、2002年から翌年にかけて流行したSARS(重症急性呼吸器症候群)コロナウイルスと、2012年から現在まで流行が続いているMERS(中東呼吸器症候群)コロナウイルス、そして今回の新型コロナウイルス。いずれもエンベロープ(脂質の二重膜)に覆われ、その表面に王冠(ラテン語でcorona)様の突起があることから、名前の由来になりました。
エンベロープを持っていることが予防の観点から重要で、エンベロープは消毒薬や石けん水で容易に弾け、ウイルスは死滅します。エンベロープのないノロウイルスなどでは『汚染された衣服を85℃の熱湯に浸ける』などの処置も時には必要ですが、新型コロナウイルスの処理は洗剤で十分です。新型コロナウイルスでは、石けん水や消毒薬での手洗いが、感染予防の基本中の基本です」
——新型コロナウイルスの性質について、現時点(4月16日)で解明されていることを教えてください。
「中国・武漢市の医療機関が、原因不明のウイルス性肺炎の集団発生を確認したのが2019年12月初旬で、中国政府がWHO(世界保健機関)に報告したのが、12月31日。新型コロナウイルスの分離・培養に成功したのが、2020年1月末ですから、まだ3カ月程度しか経過していません。各国の研究グループから多数の発表がありますが、科学的根拠を持って解明され発信できることは、わずかです。その中で言えるのが、新型コロナウイルスは遺伝子解析からSARSウイルスとは近いウイルスだということで、Nタンパク質ではアミノ酸レベルで94%が同じでした。私たちはSARS流行時の2003年に、ベトナム国立衛生疫学研究所と共同研究を行い、検査法や予防法を開発しており、COVID-19においても、その戦略が役に立つと考えています。
一方、世界で感染拡大の勢いが止まらない原因の一つに、COVID-19特有の“感染の広がりが見えにくい”ことが挙げられます。SARSやMERSではウイルスは下気道の肺の奥深くで増殖し、重症化するとウイルスが排出されていました。しかし、新型コロナウイルスは下気道だけでなく上気道でも増殖し、感染初期からウイルスを排出しているため、症状の軽い感染者や、感染しても症状の現れない無症候性感染者でも感染性があります。1人の感染者から感染させる人数は1.4~2.5人程度と、SARSとほぼ同等。とくに若い世代でかなりの割合でいるとされる無症候性感染者が周囲を感染させている可能性が高いのです。中国の報告では、家族6人全員が感染し大人は発症しても、10歳の子どもだけはCT画像で肺炎を示すすりガラス状の曇りが見られていても、無症状の事例がありました。
潜伏期間は1~14日間で、平均5~6日間。潜伏期間中でも感染性があります。また、アメリカ国立衛生研究所の報告によると、新型コロナウイルスが物に付着した場合の残存期間は、エアロゾルで3時間、段ボール上で24時間、ステンレス上で48時間、プラスチック上で72時間程度とされています」
飛沫感染と接触感染が主な経路
——ヒトの細胞に感染する仕組みにおいて、他のコロナウイルスと異なる点があるのですか。
「ウイルスがヒトに感染する仕組みは、ヒトの細胞の表面にあるレセプター(受容体)にくっつくことから始まります。新型コロナウイルスはSARSウイルスと同様に、『ACE2(アンジオテンシン変換酵素2)』をレセプターにしていることが分かりました。また、最新の報告ではTMPRSS2という細胞表面のタンパク分解酵素がウイルスの細胞侵入を促進することも確認されました。新型コロナウイルスが、どのようにヒトの上気道で増殖できる性質を獲得したのか、無症状や軽症でもなぜウイルスを排出してしまうのか、メカニズムを知ることが必要です。レセプターはそれを解明する一つの要素だと考えており、重要な研究課題です」
——新型コロナウイルスの感染経路は飛沫感染と接触感染だとされています。空気感染も疑われており、満員電車に乗るのはリスクが高く、恐怖を感じます。
「空気感染している状況であれば、もっと速く感染拡大しているはずです。2014年に西アフリカで発生したエボラウイルス病の流行では、当初、臨床現場での経験豊富な医師が感染により死亡し、空気感染かとパニックになりましたが、収束してみると、やはり飛沫と接触による感染だったことが判明しています。今回のCOVID-19に関しては、感染者数が急増していない地域では抑え込みの戦略が功を奏して小康状態を保っていられます。このことからも、飛沫感染と接触感染が主たる感染経路だと考えています」
——高齢の感染者では、致死率が20%に達しています。免疫力や抵抗力の低下、生活習慣病などの基礎疾患があるために重症化し、死に至るのは理解できますが、若い世代でも死亡する例があるのはなぜでしょう。
「若い世代の場合は、サイトカインストームといって、インフルエンザウイルスの感染でもみられた致死的な免疫反応もその一因の可能性があります。免疫が過度に働き、炎症性サイトカインが大量に分泌されることで臓器の組織に重大な障害を与え、結果、多臓器不全に陥り、死に至ると考えられています」
——世界中で感染拡大が進んでいますが、強毒のウイルスに変異する可能性があるのでしょうか。
「新型コロナウイルスはRNAウイルスに分類され、突然変異が起こりやすいのが特徴です。現在、次々と感染が起こるにしたがって遺伝子がどんどん変化しているとみられます。ウイルスの変化の仕方として、強毒化する方向と弱毒化する方向がありますが、進化の長い過程で考えると、“弱毒化する”、言い換えれば“弱毒化したウイルスが生き残る”のが一般的です。なぜなら、ウイルスは宿主を殺してしまうと、ウイルス自体も死滅する、完全な寄生体だからです。古い事例ですが、1950年代にオーストラリアでアナウサギが激増し農作物への被害が深刻になったため、アナウサギで増殖する高病原性のウイルスを放ちました。最初、アナウサギはバタバタ死んでいったのですが、しばらくするとまた増え始めました。調べてみると、ウイルスが弱毒化してウサギと共存するようになっていました。ウイルスの生存戦略で、新型コロナウイルスでも同様の現象がみられるかもしれないが、これは長い年月を経て分かることで、年内、あるいは来年にウイルスが弱毒化することはないでしょう。一方で、強毒化する可能性もありますが、患者数が急増している地域では、ウイルスの変異による強毒化というより、水際での予防策やクラスター(集団感染)による感染連鎖への対処などの初動に失敗したとみるのが妥当です。ウイルスが変異して感染力や病原性が高まったと判断するのは、まだ早いのです」
治療薬やワクチンは喫緊の課題
——新型コロナウイルスと診断を確定するための検査法の中で、迅速に行える検査はありますか。
「現在、感染者を検出し、診断を下すために用いられているのがRT-PCR法(核酸増幅法)です。患者の検体からウイルス遺伝子を取り出して増幅させる方法で、ウイルスに感染している状態の『陽性』を検出します。検査機器の整備された施設で行われ、検査結果が出るまで5~6時間かかる。ウイルスが多量に排出されている時期を過ぎてしまうと、感染していたかどうかを評価できないことも問題です。そこで、熱帯医学研究所で安田二朗教授を中心に、特異的な遺伝子を増幅させるLAMP法を応用し、中小規模の医療施設でも検査できることを目指し、安価で検査時間を大幅に短縮可能なシステムをキヤノンメディカルシステムズ株式会社と共同で開発しました。まずは長崎県内で試験的導入を始めました。新型コロナウイルスの感染が疑われる人に対して、『陽性』を検出することも大切ですが、簡便で感度の高い検査方法で『陰性』を検出することも、一般市民、医療関係者、行政関係者の安心感を高めるには重要なことだと考えています。
また、インフルエンザでも使われている検査法のイムノクロマト法は、街のクリニックでも行え、迅速かつ簡便なウイルス検出手法です。新型コロナウイルスでも、今後感染者が爆発的に増加したときに対応できるよう、イムノクロマト法の開発が急がれます。
さらに、私たちは抗体検出診断法の開発を目指した研究も行っています。患者の血清中の抗ウイルス抗体を検出し、RT-PCR法と併用して、適切な治療に活かすことができます。加えて各年齢層で新型コロナウイルス感染の既往の有無をさかのぼることも可能になります。日本国内と、私たちのベトナムの拠点でも行うことにより、将来、新型コロナウイルスの効果的な対策を取るときに必要な情報を得られると考えています」
——治療薬やワクチンは、早いものでいつごろできると考えられますか。
「治療薬やワクチンの開発は、喫緊の課題です。感染症は、人口の7~8割が感染すると集団免疫により、収束の方向へ進むとされています。しかし現状では、特効薬はなく、重症化した場合は命に関わることもあります。救命率を高めるための治療薬の開発は通常5年から10年ほどかかり、SARSもMERSも未だ開発できていません。当然、COVID-19でも新規で開発するのは間に合わないため、治療薬として既存の薬や製薬会社が上市(販売を開始)する前の薬をCOVID-19で効果があるのか、世界の研究機関でスクリーニングしているところです。そこで良い効果が得られたら、すぐに動物実験を始め、ヒトに対する臨床試験に入ることができます。現在の流行に役立つ治療薬になる薬が見つからなかったとしても、次の流行までに新型コロナウイルスを抑え込める薬が見つかれば、救命率を上げることができると期待しています。
私たちを含め、世界中でワクチン開発研究を進めています。また、私たちはかつて東京都医学総合研究所の小原道法博士らと共同でSARSワクチンを開発しました。遺伝子レベルでは、新型コロナウイルスはSARSウイルスと近縁なので、SARSワクチンで新型コロナウイルスが予防できるか検証しています」
——日本では、4月7日に緊急事態宣言が7都府県に発令され、同16日にはその対象が全国へと拡大されましたが、さらに徹底した措置も必要となりますか。
「日本の新型コロナウイルス対策は、感染者、クラスターを発見し、患者や濃厚接触者を隔離して感染連鎖を断ち切るという、古典的な方法を実践し、感染爆発(オーバーシュート)を起こさずになんとか持ちこたえてきました。しかし、軽症者や無症候性感染者がいること、爆発的流行が始まった海外からの感染者の帰国などにより、感染源不明でトレース(感染源をたどること)のできない事例が3月末から大都市を中心に増加し、感染爆発が目の前に迫っていました。これを受けて政府は4月7日に緊急事態宣言を7都府県に発令、16日には全国へと拡大するに至り、各地域でより強力な対策を施行することが可能になりました。専門家会議は、人と人との接触を8割減らせられれば感染収束が可能と試算しています。理論上は可能ですが、まさに今、日本が試されているといえるでしょう。
一方、新型コロナウイルス発生源の中国では感染拡大は収束の方向に向かっています。中国政府が公表するデータの真偽をここでは問いませんが、中国が実施した対策(サーベイランス〈調査監視〉の強化による感染者の発見と即時隔離、濃厚接触者のトレースと観察・隔離、移動制限、集会の中止、休校など)を徹底したことが実を結んだと考えてもよいと思います。
日本も同様に全国で厳しい対策を実践すれば感染拡大を防ぐことが可能だと思いますが、経済面、精神面での国民の疲弊も顕著になるこの問題は、私たち感染症専門家の域を超えた『政治的な問題』といえます。
ここで、興味深いデータをご紹介しましょう。
2009年に発生した新型インフルエンザの、長崎大学における罹患者数の推移です(図)。同年5月に新型インフルエンザの日本での感染が確認され、本学での最初の感染者を確認したのが7月24日で、コンクールに向けた練習会を室内で実施していた吹奏楽部の部員に集団感染が発生します。さらに集団感染が医局の懇親会で発生しました。次に感染者が増加するのが、長崎県内で開催される『よさこい祭り』の練習会。そして、長崎県出身の有名歌手のコンサートに本学学生が参加し十数人が感染しました。その後、再び医局の懇親会、離島での教育実習等があり、極め付きは学園祭。このグラフを見ると、人がたくさん集まるといかに感染が拡大するかが明確です。新型コロナウイルスにおいても、3月に政府が要請した休校措置、集会の自粛等は、感染拡大阻止の観点から非常に重要だったと想像されます。今後も、密閉、密集、密接を避けることが重要です」
起こり得る3つのシナリオ
——今後、どのように推移すると考えていますか。
「シナリオは、3つあります。シナリオ1は、SARSのように封じ込めに成功する。シナリオ2は、いったんは収束するが、ウイルスが身近な動物に入り込み、時折、人間社会で流行する、MERSのタイプです。MERSウイルスはラクダに感染し、現在までラクダの集団で受け継がれています。中東ではラクダは大切な家畜なので、MERSの感染源であると判明したときに殺処分ができなかった。だから、たまに感染したラクダに接触したヒトが感染し、人間社会で現在まで流行が繰り返されています。シナリオ3は、季節性の風邪症候群やインフルエンザのように、人間社会で継続的に感染が続き季節的に、あるいは集団免疫が下がってくると感染者が増える、といった流行を繰り返す。メディアの多くは、シナリオ3を予測していますが、いずれも科学的に十分な根拠はなく、先行きは不明です。だからこそ、個人で可能な感染予防対策(手洗い、消毒、咳エチケット、不要不急の外出や集会の自粛等)を、一人ひとりがしっかりと守ってほしいと思います。
私が昔、WHOに勤務していた際、感染症対策の標語がありました。『Protect yourself, Protect others!(自分の身を守ることは、他人〈社会〉を守ること)』。この言葉は今も生きていると思います」