〈シリーズ〉がんから身をまもる 
第1回 「治療の進化」と「早期発見」 
5年生存率は格段に上昇! ますます重要になる早期発見

構成/飯塚りえ

がん医療は格段の進歩を遂げ、5年生存率は着実に上がっている。今ではステージⅠで発見できれば高い確率で完治する。がん検診が早期発見の最も有効な手段となるのだが、日本の受診率は、欧米先進国より約30%も低い。コロナ禍でさらに減少し、今は漸増してはいるもののコロナ禍以前よりもまだ低く、今後、進行がんが増えるだろうと危惧される。つらくない検査も増えた。費用もほとんどかからない。日常生活が戻ってきた今こそ、がん検診をきちんと受けたい。

日本対がん協会会長

垣添忠生(かきぞえ・ただお)

1941年、大阪府生まれ。医学博士。専門は泌尿器科学。1967年、東京大学医学部医学科卒業。国立がんセンター(現・国立がん研究センター)病院 病院長、同センター中央病院 病院長、同センター総長などを歴任。2007〜2010年、同センター名誉総長。日本対がん協会会長、がん研究振興財団会長、医用原子力技術研究振興財団理事長など役職多数。医学書の他、『がんを防ぐ』(主婦の友社)、『妻を看取る日』(新潮社)、『「Dr.カキゾエ黄門」漫遊記』(朝日新聞出版)など一般書も多数。

2020年から始まった新型コロナウイルス感染症の流行は、がん検診にも大きな影響を及ぼしました。検診率が激減し、それに伴って日本対がん協会の収入も落ち込みました。2023年現在は、かなり回復しましたが、それでも以前の数値には届かないという状況です。

日本対がん協会は、全国に46の支部を持ち、うち42支部ががん検診の事業を展開しています。2020年4〜5月にかけての緊急事態宣言下で、検診はほぼストップしてしまいました。6月からは、検診会場での「3密」を回避するため、換気やマスク着用、消毒や、人との距離を取るといった基本的な対策をしっかりと行い、予約制を導入するなどしながらひたすら受診者の獲得に注力しましたが、人々には感染を防ぐために、がんをはじめ各種の検診を控える傾向がありました。当時、日本対がん協会で受診状況について各支部にアンケートを取ったところ、2020年度の受診者は前年より27.4%減少すると見込まれました(図)。

図 受診者数の推移(5大がん検診計、延べ人数)新型コロナウイルス感染症による緊急事態宣言の影響もあり、また高齢者は特に感染を恐れて検診を控えたとされ、受診者数は減少。日本対がん協会支部において2021年の5大がん検診受診者数は、新型コロナウイルス感染症の流行以前の2019年と比較して10.3%減少した。

5大がんの検診を無料で受けられる

日本対がん協会としては、検診受診者数の減少はがんの発見の遅れにつながることを懸念し、がん検診の必要性を訴えるべく、メディアに情報提供をするなどしたところ、多くの方に注目され、日本対がん協会の活動への理解が深まったことは予期せぬ収穫でした。しかし、検診受診者は2021年もコロナ禍以前の2019年に比較して10.3%減少しました。

がんは、検診のほか、普段の通院でかかりつけ医に体調を相談する中で見つかることも少なくありません。コロナ禍では検診だけでなく、緊急ではない通院も控える傾向にありましたから、そうした機会が減少した結果、コロナ禍にあってもがんの発生数自体は変わらないはずですが、発見数は減少しました。国立がん研究センターの「院内がん登録2020年全国集計報告書」によると、2020年、院内がん登録実施病院863施設の全がんの登録数は、前年度と比較して594施設で平均4.6%減少していること、全がん登録数の中では肝がんは横ばいで、男性に胃がんと大腸がん、女性に乳がんと胃がんの登録が減っていることが見て取れます。実際は、大腸がんや乳がんはむしろ増加傾向にあり、今後、数年間は進行がんの患者が増えることが予想されます。医療関係者の間でも懸念が広がっています。

新型コロナウイルス感染症はまた、個人の収入にも影響を及ぼしました。経済的な事情からがん検診に行きたくても行けないという方が少なくなかったのです。その中で、日本対がん協会では、協賛企業の協力を得て、「がん検診デジタルクーポン無料キャンペーン」を開催しました。乳がん、子宮がん、胃がん、肺がん、大腸がんの5大がんの検診を無料で受けられるというもので、計3万2000枚を配布し、利用された方々、特に、シングルマザーなど経済的事情で検診が受けられなかった方からも、大変ありがたかったと感謝の言葉をいただきました。

私たちががん検診の受診を繰り返し勧めるのには、大きく2つの意味があります。

一つには、がんは一生のうち2人に1人がかかる病気とされています。つまり誰もがかかる可能性のある病気なのです。そしてまた、ステージⅠで発見されれば高い確率で完治する病気でもあります(表1)。医学の進歩によって5年生存率は格段に上昇しています。ステージⅠの場合、治療が難しいとされている肺がんですら85.6%にまで上がっているのです。治療もさほどつらくありません。しかし、がんが進行するにつれ、5年生存率も下がりますし、抗がん剤など治療に伴う苦痛が増します。誰もがかかる病気であり、早く見つければ比較的、楽に治療できるというなら、検診を受けて早めに発見するに越したことはない、と私は思います。

臨床病期
(ステージ)

(%)

(%)

(%)

(%)
全症例
(人)
手術症例
(人)
病期判明率
(%)
追跡率
(%)
85.6 52.7 27.2 7.3 2万2588 1万797 98.9 98.1
98.7 66.5 46.9 6.2 2万2946 1万2532 97.9 98.1
大腸 98.8 90.9 85.8 23.3 1万6005 1万4000 96.7 97.7

(女性)
100 95.9 80.4 38.8 1万8152 1万6579 99.4 98.1
子宮頸 93.6 82.2 67.9 26.5 3843 2137 98 97.8
表1 5大がんの臨床病期別5年相対生存率(2011〜2013年 診断症例)5大がんではステージⅠの5年生存率は乳がん100%、胃がん98.7%、大腸がん98.8%、子宮頸がん93.6%と高い。予後があまり良くないとされている肺がんも85.6%と、症状の出ないうちに検診などで早期発見することが、高い生存率につながっている。

もう一つ、がんを早期に発見すべきだというのは、今、私たちが享受している国民皆保険という制度を守るためです。

日本対がん協会でも長く検診の必要を説いていますが、がん検診の受診率は国が目標とする60%になかなか達しません。私は、この背景の一つに、国民皆保険制度があるのではないかと考えています。

国民皆保険は、世界に誇れる日本の素晴らしい制度ですが、それ故に「調子が悪くなったら病院に行けばいいや」という国民の甘えが生じてしまったようにも思えます。アメリカでは、がんの治療となったら経済的な負担も大きく、治療費を賄うために家や不動産を手放すといったこともしばしば起きると聞きます。欧米先進国に比較して、検診率に30%ほどの違いがあるのは、「自分の身は自分で守る」という姿勢が徹底しているかどうかの違いではないかとも思います。

しかし、日本の経済状況が厳しくなる中、いつまで国民皆保険の制度を維持し続けることができるのか、懐疑的にならざるを得ません。

新薬は年間で1000万〜1500万円かかる

加えて、新薬の価格高騰の問題もあります。新しい抗がん剤やオプジーボに代表される免疫チェックポイント阻害剤が次々に登場しています。このこと自体は、医学、医療の進歩として素晴らしいことです。しかし、これらの薬剤を使用すると保険適用されても場合によっては年間で1000万〜1500万円かかります。ところがこれも、高額療養費制度によって、年収に応じて当面の個人負担は異なるものの、一定の金額を超える場合、その超過分は国庫の負担となります。

オプジーボを例に取ると、最初に保険適用された悪性黒色腫(メラノーマ)の場合、年間の患者数は1800人程度でしたから、許容できたでしょう。しかしオプジーボは現在、非小細胞肺がん、腎細胞がん、頭頸部がん、尿路上皮がん、胃がん、食道がんなどにも適用が広がっています。すると患者数も増えますから、それに伴って医療費もどんどん増大していきます。

オプジーボの作用機序は、免疫チェックポイントの阻害によって、がん細胞に対する免疫応答が強化され、がん細胞を攻撃する作用が向上するというものです。そのため、がんがなくなっても、投与を中止したら再発するのではないかという不安があって、薬のやめ時が分からずに使い続けて、医療費を圧迫するという事態も起こっています。

高額の薬剤を使うべきではない、というわけではありません。科学的な根拠のある事例については、しっかりと利用し治療にまい進すべきです。しかし、該当のがんに果たして有効なのかどうか、科学的な根拠に乏しい症例に使われる場合があるのも事実です。医療サービスや治療の高額な費用が、個人や家族、社会全体に対して経済的な負担をもたらす「経済毒性」が引き起こされています。

国民皆保険制度を守るためには、がんはなるべく早期に発見しなくてはならず、そのためにも国が勧める検診はしかるべきタイミングできちんと受けなくてはならないと強く思います。

がん医療は間違いなく進歩しており、がんになったら、しっかりとした科学的な根拠の下、手を尽くして治療をするのは当然のことです。しかし一方で経済問題を抜きにして、この進歩を喜ぶことはできなくなってきました。そういう難しい時代に私たちは生きていると思います。

日本を含め、世界のがん対策は予防、検診、治療と緩和ケアの4つの柱で成り立っています。がんの治療技術が進歩する中で、5年生存率も上がり、また日本では胃がん、肺がん、肝がんの数は減少しています。他方、生活習慣の変化によって大腸がん、乳がんが増えています。

乳がんはアメリカでは年々死亡率が下がっているのですが、日本は罹患率と、それに伴って亡くなる方も増えています。特に乳がんの検診に有効とされているマンモグラフィー受診率が非常に低いという課題があります。日本人の乳房は、デンスブレストといって組織が密なので、がんの石灰化の部分を見逃す可能性があるとされており、またアメリカ人の乳がんと日本の乳がんは、生物学的に若干違うという説もありますが、それでも片や罹患数が減り、片や亡くなる方が増えているというのは、マンモグラフィーの受診率が影響を及ぼしていると思われます。

ただ、マンモグラフィーの検診が痛みを伴うことがあるのも事実です。日本対がん協会では、国立がん研究センターが進める、血液検査による簡便・高精度な乳がん検診の開発のため、血液検体の採取に協力しました。

これは、リキッドバイオプシーと呼ばれる、がんや他の疾患の診断やモニタリングに使用される非侵襲的な検査法の一種です。リキッドバイオプシーは、患者の血液や体液から循環するがん由来の生物学的マーカーや遺伝子異常を検出することを目的としています。現在、血液中のマイクロRNAによるがんの早期発見は、13種類のがんを対象に基礎研究が行われていますが、精度に関してはまだ十分な検証が行われていません。今は、がんがあるらしいことが分かる程度ですので、陽性かもしれないという結果が出ても、どこの臓器のがんなのかが分かりませんから、むしろパニックになってしまいます。実用化までにはまだ長い道のりがありますが、実現すればX線検査での被ばく、マンモグラフィー検査時の痛みといった受診者の負担を減らすメリットがあります。

国が推奨する各種のがん検診は、すべて有効性に科学的な根拠があるものです。現時点では、乳がんの場合、マンモグラフィーが最も信頼のおける検査方法であり、これに替わるしっかりとした根拠のある検診方法はないのです。検診時に痛みがあるといって不人気ですが、しばらくはマンモグラフィーの検診を受けてほしいと思います。

子宮頸がんワクチン接種率8割以上の欧米

がん検診とともに、重要なことはがんの予防です。

まず、感染症が関係するがんに関しては、きちんとワクチンを打つべきです。

子宮頸がんの原因となる、ヒトパピローマウイルスの感染を防ぐワクチンは、定期接種が再開されました。本当に喜ぶべきことと思います。今でも年間1万1000人程度の患者が子宮頸がんと診断され、約3000人が命を落としている現状は、先進国では日本くらいではないでしょうか。

特に、子宮頸がんに罹患するのは20〜30代の女性です。小・中学生のお子さんを残してお母さんが亡くなるという悲劇がいまだにあるのです。欧米先進国の接種率は8割以上とされ、あと10年もすれば、子宮頸がんは過去の病気になっていくでしょう。

一方で定期接種に10年近い空白期間があった日本では、なかなか接種率が上がっていません。予防も早期発見も可能ながんで命を落とすことに終止符を打ちたいものです。

肝炎ウイルスが原因となるがんは、今後減少していくでしょう。B型肝炎ワクチンの接種は適切に行われていますし、C型肝炎は原因ウイルスが非常に変異しやすいのでワクチンができていませんが、効果の高い抗ウイルス薬があり、治癒します。

胃がんの原因の一つ、ヘリコバクター・ピロリ(通称ピロリ菌)の感染は、まず感染の有無を確かめ、感染している場合は、しっかりと除菌することで、がんを遠ざけることができます。若い世代を中心にピロリ菌感染症は激減しており、それに伴って胃がんの症例も減少しています。

そして改めて強調したいのですが、がんの発症は生活習慣が影響します。国立がん研究センターが提示した「がんを防ぐための新12か条」(表2)にあるのは、がんのみならず健康でいるために大切な12カ条といえるでしょう。どれも科学的根拠に基づいた内容で、続けていれば、3〜4割のがんを遠ざけることができるという感触を持っています。

1 たばこは吸わない
2 他人のたばこの煙を避ける
3 お酒はほどほどに
4 バランスのとれた食生活を
5 塩辛い食品は控えめに
6 野菜や果物は不足にならないように
7 適度に運動
8 適切な体重維持
9 ウイルスや細菌の感染予防と治療
10 定期的ながん検診を
11 身体の異常に気がついたら、すぐに受診を
12 正しいがん情報でがんを知ることから
表2 がんを防ぐための新12か条国立がん研究センターがん予防・検診研究センターがまとめた「がんを防ぐための新12か条」。日本人を対象とした疫学調査や現時点での科学的根拠を基にまとめられている。がんだけでなく、健康に生きるための12カ条でもある。

例えば、適度な運動とありますが、これはがんを遠ざけるだけでなく、がんにかかった後の予後にも影響を及ぼしています。がんの治療や手術の後に、適度な運動をした群と運動をしなかった群では、回復の度合いが異なるという報告も多く出ています。禁煙は言わずもがなでしょう。

先述したように、がんは「まさか私が」というまれな病気ではなく、誰もがかかる病気であり、同時に発見が早期であればあるほど、治る確率が高い病気です。「告知」などという重々しい言葉を使うことなく、早期の発見によって苦痛のない治療をして、また日常の生活に戻るという社会環境になるよう、検診をきちんと受けてほしいと切に願います。

(図版提供:日本対がん協会)

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ヘルシスト 281号

2023年9月10日発行
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