特集 「脱炭素」の現実〈巻頭インタビュー〉
「排出削減46%」実現へ 待ったなしの「構造変革」

構成/飯塚りえ  イラストレーション/小湊好治

CO2など温室効果ガス排出削減への取り組みが世界的に加速している。日本も2030年度の温室効果ガス排出削減目標を、2013年度比で46%減とすることが決まった。しかし、この壮大な目標を実現するには、多くの課題をクリアしなければならず、これまでの常識にとらわれた社会経済の構造のままでは極めて困難というほかない。技術的な革新はもとより、社会の仕組みのドラスティックな変革が求められている。

国立環境研究所地球システム領域副領域長

江守正多(えもり・せいた)

1970年、神奈川県生まれ。東京大学教養学部卒業。1997年に同大大学院総合文化研究科博士課程にて博士号(学術)を取得後、国立環境研究所に勤務。気候変動リスク評価研究室長等を経て、2021年から現職。同研究所社会対話・協働推進オフィス代表。東京大学大学院総合文化研究科客員教授。専門は気候科学。IPCC第5次および第6次評価報告書主執筆者。

気候変動に関して国際的な枠組みをつくろうという動きは、1992年に遡ります。大気中の温室効果ガスの濃度を安定化させることを目標に「気候変動に関する国際連合枠組条約」が国連で採択され、国際社会は地球温暖化対策に取り組んでいくことに合意したのです。その後、1995年から毎年、COP(Conference of the Parties:気候変動枠組条約締約国会議)が開催され、2015年のCOP21において、2020年以降の新たな国際枠組みとして「パリ協定」が採択されました。

パリ協定では「世界的な平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保つとともに、1.5℃に抑える努力を追求する」という合意がなされました。

ここに2℃と1.5℃という2つの数値があります。2009年のCOP15では、世界的な平均気温の上昇を「2℃までに抑えよう」という先進国と、「高すぎる。1.5℃を目指すべきだ」とする発展途上国とで意見が対立していたのです。その時点では2つの数値がどのような意味を持つのか科学的に十分にわかっていなかったため、気候変動について科学的な知見の評価を行う政府間パネルIPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change)が評価を重ね、2018年「1.5℃特別報告書」を発行した、というのがこれまでの経緯です。

2℃の上昇で被害人口はさらに数億人増加

報告書には、「熱帯のサンゴ礁は1.5℃の上昇で70~90%、2℃を超えると99%以上消失する」「2℃を超えると北極海の氷が10年に1回消える計算になる」といった予測や、より深刻なこととして、「貧しく、かつ深刻な被害を受ける人口は、2℃の上昇で1.5℃よりも数億人増える」といった象徴的な記載がありました。

報告書ではさらに、1.5℃で気温上昇を抑えるには、2030年までにCO2排出量を2010年比で約45%削減し、2050年前後に実質ゼロにしなくてはならないとしています。

パリ協定の数値は、温暖化の原因となる温室効果ガス、特にCO2の排出が急増した産業革命の始まる前の時代を基準にしています。現在その時代からすでに1℃の温暖化が起きているので、実際はあと「0.5℃」ないし「1℃」程度の範囲で上昇を抑えたいということになります。

では、もう少し具体的に世界の平均気温が上昇するとどのようなことが起きるのか、見てみましょう。

まず、南極、グリーンランド、山岳の氷河などの氷が溶けることで海面が上昇します。それだけでなく、温度の上昇によって海水も熱膨張します。現在、すでに平均20㎝上昇しています。

また、強い台風が起きやすくなり洪水も増えます。日本では2018年の西日本豪雨、その後の猛暑、2019年の台風15号や19号による記録的な被害など、異常気象が増えているという実感があります。そして熱波が増え、都市部ではヒートアイランド現象も重なって熱中症による死者も増えるでしょう。

農作物への影響から食料が不足し、世界の乾燥地域は、温暖化によってむしろ干ばつが増えて水不足に陥ることも予測されています。

海や陸の生態系にも影響があります。海の場合は、気温の上昇とともに大気中のCO2を海が吸収することによって、海の酸性化が進んでいるという問題もあります。

平均気温が4℃上昇する恐れも

また、私たちは今、新型コロナウイルス感染症という歴史に残る感染症を経験していますが、温暖化が進めば、蚊などが媒介する感染症が広がりやすくなることも見逃せません。

そして、温暖化の影響について世界に大きな衝撃を与えたのが、2018年に発表された「ホットハウス・アース(温室地球)」に関する論文です。

それによると、アマゾンの森林、グリーンランドの氷床など、地球の温暖化に重要な役割を果たす地域には気温上昇の臨界点(ティッピングポイント)があり、そこに達してしまうと急激で不可逆な変化が起こり、それが他の地点のティッピングポイントにも影響を与え、ドミノ倒しのように温暖化して4℃くらいまで平均気温が上昇してしまうというのです(図1)。

図1 ティッピング要素とその連鎖(ドミノ倒し)温暖化によってアマゾンの熱帯雨林が縮小してCO2の吸収量が減ったり、北極の永久凍土や南極の氷が溶け出してCO2よりも温暖化効果の高いメタンガスが大気中に放出されたりして、温暖化をさらに加速させ、それがまた別のシステムに作用して、というように、ティッピングポイントを超えた場所から、気候変動の連鎖が起きる。論文では、平均気温が2℃上昇するあたりで連鎖が起き得るとしていて、IPCCの1.5℃特別報告書における「2℃では高すぎる」という方向性を科学的に補強する形になった。

これらの結果から国際社会が協議を重ねて「温暖化を食い止めよう」と合意し、その目標としているのが1.5℃という数値なのです。

平均気温の上昇を1.5℃ないし2℃に抑えるには、CO2の排出量を抑制することが必須です。パリ協定では「今世紀後半に人為的な温室効果ガスの排出と吸収源による除去の均衡を達成する」、つまり排出と吸収をバランスし、正味の排出量を今世紀後半には、実質ゼロにしようという認識を共有しました(図2)。

図2 人為的な温室効果ガスの排出と削減による温暖化の抑制気温上昇を1.5℃未満に抑制するには2050年ごろまで、2℃未満なら2070年ごろまでに、温室効果ガスの排出を抑制するとともに、森林を損失することなく増やしていくことで吸収もして、人間活動によるCO2排出量を世界全体で実質的にゼロにしなくてはならない。

私たち国立環境研究所は、東京大学、海洋研究開発機構と共同で気候モデル「MIROC(Model for Interdisciplinary Research on Climate)」を開発し、気候変動に関して過去から将来までのシミュレーションを行っています。

図3は、今後、CO2排出を抑制し平均気温の上昇を2℃未満に抑えた場合と、対策なしで今後も排出量が増え続けた場合をそれぞれシミュレーションした2100年の世界の気温です。シミュレーションでは、どちらも最初に北極海周辺の温度が上がっていきますが、2060年ごろから気温上昇の度合いが変わっていきます。2100年、対策なしの場合、世界平均で4℃程度温暖化し、北半球の陸上、中でも北極に近い地域は6~10℃気温が上昇しています。他方、CO2の排出が十分に抑制できた場合、2050年ごろには平均気温の上昇が止まるという結果が出ています。

図3 気候変動に関する2100年のシミュレーションCO2の排出量の違いが、数十年を経て大きな違いとなってくる。

CO2排出量を実質ゼロにするには「脱化石燃料」が基本です。現在、世界のエネルギーの8割程が化石燃料から生産されているのですが、最終的にはほとんどが太陽光、水力、風力といった再生可能エネルギーに置き換えられる必要があります。

実際、国際エネルギー機関(IEA)のレポートによれば、2020年に世界で新設された電源設備の9割が再生可能エネルギーによるもので、発電容量は198GWに達して過去最高となりました。世界的には、再生可能エネルギーによる発電のほうが、コストが安くなっているためです。たとえCO2削減を考えていなくても、経済的な側面から再生可能エネルギーを選ぶようになる仕組みが整いつつあり、再生可能エネルギーへの移行が進んでいます(図4)。

図4 世界のエネルギー源の推移(2000~2018年)化石燃料の消費も残念ながらまだ増えているが、再生可能エネルギーによる発電も加速度的に増加している。グラフ上の数値は2013~2018年の年間増減率。

もちろん、化石燃料をベースにしている産業には、これまでの設備などの資産があり、簡単に再生可能エネルギーに移行できるのかという問題もありますし、また再生可能エネルギーの設備や電気自動車に使われるコバルトやリチウムといった希少資源の採掘にまつわる問題もあります。主要な電源となって安定的かつ大量に発電するには、いくつかの課題をクリアする必要があるでしょう。

今の常識のままでは不可能

また再生可能エネルギーについては、むしろ環境破壊になっているという批判があります。確かに、太陽光発電の導入時は、適切な環境アセスメントを行う制度が整っておらず、例えば森林を伐採して太陽光パネルを敷き詰めるといった現場もありました。しかし、それは制度設計の問題であって、今後、そうした課題も解決しながら、再生可能エネルギーを適切に増やしていくべきです。

平均気温の上昇をできる限り1.5℃まで、最悪でも2℃までに抑えようというのは壮大な計画です。本当に可能なのか、と思う人もいるでしょう。私は「可能だけれど、今の常識のままでは不可能です」と答えたいと思います。

先日、日本も含めた各国が2030年のCO2排出量の削減目標を引き上げました。その数値が温暖化に対してどの程度のインパクトを与えるのか。Climate Action TrackerというNGOは、世界各国が提示した目標がすべて達成された場合、2.4℃前後まで気温の上昇を抑えられると評価しています。2℃の背中は見えてきた、というところなのです。

CO2の排出量は、気温上昇を2℃までに抑えるのなら2070年ごろにゼロに、1.5℃までとなると2050年にはゼロにしなくてはならないと推定されているのですが、この数字は先進国も発展途上国も含めて世界のすべての国が実行した場合です。中国も2060年には排出量を実質ゼロにするとしていますが、インドなど経済成長のただ中にある国は排出量がまだしばらく増えるかもしれません。その意味でも、先進国が率先して削減をしていく必要があるでしょう。

この数値目標の達成には「グリーン成長」が欠かせないといわれています。従来型の経済成長は基本的に環境を汚染していましたが、再生可能エネルギーが安価になった今、脱炭素社会を実現し環境保護と経済成長を両立させる考え方です。日本もその方向に進んでいますが、本当にそれが適切でしょうか。

いくら再生可能エネルギーに替えたとしても、消費が無尽蔵に増え、それに伴ってエネルギー消費も増えれば、再生可能エネルギー転換のスピードが追いつかず、CO2の排出量削減はできません。やはり消費のあり方、ひいては社会経済の構造を考え直すべきだという考え方が出てきています。例を挙げるなら、飛行機の移動は、今の経済システムでは、各社がフリークエント・フライヤーにインセンティブを与えて消費を促す構造になっていますが、むしろ、乗れば乗るほど税金がかかるという常識に逆転させて消費を抑制するべきでは、というのです。

社会経済の構造が大きく変われるかが鍵

コロナ禍で世界中の国で経済活動が止まった昨年でも、CO2の排出量は7%しか減っていません。体感では「何もしなかった」のですが、その状態でも多くのCO2を排出しているわけです。今の社会の仕組みのままではCO2の排出を抑えることは難しく、社会経済の構造が大きく変わるかどうかが、気温上昇を1.5℃に抑えられるかどうかの鍵ともいえるでしょう。

そのために私たち一人ひとりができるのは、想像することだと思います。

気候問題を語るときに、「クライメート・ジャスティス(気候正義)」が意識されるようになりました。現在の気候変動は、先進国が大量のCO2を排出した結果といえます。その恩恵を受けているのも先進国ですが、では温暖化によって真っ先に被害を受けるのは誰かといえば、発展途上国の人々や立場の弱い人々なのです。

自分たちにはほとんど責任がないのに、突然、国が沈むような状況になったり、大規模災害で住む家がなくなったり、職を失ったりと、彼らが温暖化の「ツケ」を払わなくてはならないのは、あまりに不公平で非倫理的ではないか。このような構造を是正しなくてはならないという意識が世界的に広がってきました。今、発展途上国に起きていることを自らの立場に置き換えて考える時間を持ってほしいのです。そうすることによって、例えばハイブリッドカーを買うのか電気自動車を買うのか、あるいは持たないという選択をするのか、という日々の選択が変わってくるはずです。省エネのための行動ももちろん大切ですが、その根底に想像力があれば、社会の仕組みを変えるスタートにもなると思います。

(図版提供:江守正多)

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2021年7月10日発行
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