特集 地球温暖化の深淵 日本から「高山植物」は消え「タケ」が勢力拡大!?

構成/河﨑貴一

気候変動によって気温が上昇すれば、植物に適している環境は北に移動していく。そこで最も影響を受けるのが、低温環境の高山に生息する高山植物だ。このまま気温の上昇が続けば、やがて行き場を失い、日本から消えてしまうかもしれない。また、世界遺産・白神山地でもブナ林が20%ぐらいに減少するという予測もある。一方、温暖な気候を好むタケが、その勢力を北に伸ばしているという。

森林研究・整備機構理事長/森林総合研究所所長

中静 透(なかしずか・とおる)

1978年、千葉大学理学部生物学科卒業。1980年、同大学院理学系研究科生物学専攻修士課程修了。1983年、大阪市立大学大学院理学系研究科後期博士課程生物学専攻単位修得退学。農林水産省林野庁林業試験場(のち森林総合研究所)研究員、同主任研究官などを経て、1995年、京都大学生態学研究センター教授。2001年、総合地球環境学研究所教授、2006年、東北大学大学院生命科学研究科教授、2016年、総合地球環境学研究所特任教授を経て、2020年より現職。

地球温暖化の影響を受けやすいのが、樹木や森林を含めた生物です。温暖化とひと口に言いますが、温度だけの変化ではなく、雨や雪の降り方などいろんな気候条件が変化するので、気候変化(あるいは気候変動)と呼ぶのが良いと思います。世界全体で見ると、降雨量が少なくなると森林が成り立たなくなって、砂漠とまではいかなくても、草原が増える例が多くあります。例えば、アメリカのカリフォルニアでは、森林はあるものの、乾燥するので、山火事が多くて低木になっています。

それに対して日本の降水量は1000~4000㎜の幅があって、最低でも1000㎜ぐらいの降水量があるので、あまり乾燥については問題になりません。人間が何もしなくてもほとんどのところは自然に森林になるので、日本における気候変化は、温度変化だけだと思われがちです。しかし、雨が多くて湿潤な気候を好む木もあれば、比較的乾燥した気候を好むものもあるので注意が必要です。

図1 日本の森林帯
温暖化によって亜高山帯/亜寒帯の標高が上がり、高山帯が喪失する可能性がある。(環境省生物多様性センター提供を一部改変)

いちばん危ないのが高山植物

日本の森林植生をざっと見ると、いちばん南の沖縄には暖温帯、もしくは亜熱帯の照葉樹林があり、その北(標高的には上)の落葉広葉樹林、さらに亜寒帯(亜高山帯)の常緑針葉樹林、北海道では平地は亜寒帯針葉樹林で、山の頂上近くは高山帯になります。

温暖化が起きると、それぞれの植物や樹木の生息に適した気候が北に移るので、植生も段々と北のほうに移動していきます。照葉樹林も針葉樹林も北や標高の高いところに行く。そうすると、温暖化が起きたときにいちばん危ないのは、高山帯の植物です。

山頂の高さが低いと、温暖化によって植物の生育に適した温度環境がどんどん上がってゆき、そのうち山頂でも生息できなくなってしまいます。

例えば、富士山(標高3776m)の高山帯は2600~2700mより上で、残りが1000mほどしかありません。日本第2の高峰の北岳(同3193m)の高山帯は500~600mしかありません。標高差で100m上がるごとに、温度は0.6℃下がります。もし、人間が二酸化炭素など温室効果ガスの放出を抑えないで今のまま活動を続けると、今世紀末には4~5℃温度が上昇するといわれていますから、5℃上がると、日本の2900m以下の山からは、高山帯の植物はなくなる計算になります。

図2 過去(30年前)の分布条件から予測した現在の高山帯
中部地方の高山帯のうち、この30年間で喪失したと推定された地域(赤い部分)。(岩井ほか〈未発表〉より)

日本の高山帯は、冬の降雪量が多いうえに風が強くて樹木が育ちにくいため、世界的に見ても、高山帯の中では最も低い標高にあります。その雪も、昨シーズンは暖冬で極端に少なくなりました。人間が二酸化炭素の放出を抑えて今世紀末までの温度上昇を2℃に抑えるシナリオ「RCP2.6(低位安定化シナリオ)」を達成できても、かなりの割合で高山帯がなくなるといわれています。

温暖化の影響は、植物だけではありません。

例えば、高山帯で生活をしているライチョウは、生息数がしだいに減ってきています。温暖化による温度の影響にも増して、それまでは低い標高で暮らしていたキツネやサル、シカなどがライチョウの生息域まで上がってきて、ライチョウの卵や幼鳥を食べてしまったりします。植生が移る前に、すでに動物に影響が起きているのが現状です。

このように、気候変化が起きると、移動速度の速い動物はどんどん移動していき、本来は高い標高でしか生きていけなかった植物や動物は、行き場所がなくなってどんどん駆逐されてしまう——というのが、陸上生態系で予想されている変化です。

広がりすぎたタケの害が問題

森林に関しては、雨の降り方や温度が変わったりして、亜高山帯の針葉樹林が衰退していく現象がすでに知られています。亜高山帯の針葉樹林はおよそ1500~2500mぐらいにありますが、北海道の低地にある針葉樹林も含めて、下限あるいは南限付近にある亜高山帯針葉樹林が衰退していると、いろいろなところで報告されています。

逆に、私たちが行った研究では、タケ類が北上しています。おもなタケには、マダケとモウソウチクの2種類がありますが、いずれのタケも中国大陸から日本に入ってきた植物です。マダケは古代に日本に入ってきて(日本原産説もある)、モウソウチクは江戸時代に入ってきました(奈良時代と鎌倉時代に入ってきたという説もある)。もともと、タケは熱帯や亜熱帯を中心に生息する植物ですが、かつてはタケノコをたくさん食べ、燃料や竹細工の材料として利用し、農業や建築などの資材としても多用していました。それが今では、タケの利用が減って、特に西日本ではタケが広がりすぎて、それによる害が問題になっています。

樹木は1年でせいぜい1mほどしか背丈が伸びませんが、タケの幹は1年で10mほどの高さまで伸びます。ある場所で森林を伐採して、そばに竹やぶがあると、タケが地下茎を伸ばしてタケノコが出てきます。タケノコが数週間で10mほどの高さにまでなると、樹木の幼木に影を落として、樹木の生長が悪くなってしまいます。

北上山地(岩手県~宮城県)の北側は、かつてはタケが育つ温度の下限付近でしたが、この30年ほどの間に平均温度が0.5℃ほど上がったために、タケが育つ環境になりました。このままでは今世紀末までに北海道でタケが育ち得る環境になるでしょう。

タケは根を張って地盤を固くするといわれていますが、実際には根は浅く、傾斜地の竹林では大雨で地盤ごと斜面が一気に流れ落ちる被害も起きています。

このタケを広めたのは人間です。これから竹害を少なくするためには、タケを新しい場所に植えないことや、植えたら管理を継続して行うように徹底させることなどを、私たちも心がける必要があります。

図3 外来タケ林の分布拡大
ここ30年ほどの間に平均気温が0.5℃上昇し、タケが青森県を北上中。(Takano et al. (2018)を一部改変)

日本海側には、ブナ林が比較的たくさん残っています。ブナは、落葉広葉樹林の中では雨や雪の多い地域に多く分布します。今、気候が変わりつつあって、温度が高く、雪も降らなくなっています。そのため、将来的に2.5~4.0℃温度が上昇すると、世界遺産の白神山地でもブナ林が今の20%ぐらいになると予測する人もいます。

たとえブナがなくなっても、ほかの樹木が生えれば森林を保つことはできます。具体的には、ナラ類やシデ類、あるいはクリや常緑のカシ類なども、将来予測される気候で育つので、そういう樹木に代わる可能性が高いと思います。ところが、大きなブナが枯れたときに、その場所にすんなりとナラ類やシデ類、クリが生えるかというと、おそらく無理でしょう。ナラはドングリのことで、ドングリの種を運ぶとすれば、ネズミが考えられます。ネズミは行動範囲が狭いので、都合よくドングリを運んでくれるわけではありません。

さらに悪いことに、タケの仲間のササ類があると問題はさらに難しくなります。ブナの木が枯れると、明るくなって、ササが一斉に生えて笹やぶになってしまいます。そこにドングリがあっても、うまく育ちません。

実際に、そうなってしまったのが、茨城県の筑波山(標高877m)だといわれており、かつて生えていたブナが枯れて、今は笹やぶのようになってしまいました。

温暖化と降水量の減少で、筑波山の山頂部はブナ林が衰退し、笹原に変わった。(温暖化影響総合予測プロジェクトチーム, 2008)

樹木を枯らす外来種の昆虫や菌

温暖化すると、かつては日本に入ってこなかった外来種の昆虫や菌が入ってきて、森林や樹木が衰退する原因になることも考えられます。

クビアカツヤカミキリは、中国本土や台湾などに生息していた昆虫ですが、サクラやウメ、モモなどに寄生して内部を食い荒らし、枯死させることもあります。ただ、クビアカツヤカミキリと温暖化との関係は明らかになっていません。

これから温暖化の影響が心配されるのは、マツ枯れとナラ枯れです。

マツ枯れは、その原因になるマツノザイセンチュウという小さな虫を、マツノマダラカミキリというカミキリムシの一種が体に付けて、運びます。

ナラ枯れの場合は、枯死を起こす菌(ナラ菌)を、カシノナガキクイムシが体に付けてナラの中に入り、産卵すると同時にナラ菌を感染させます。カシノナガキクイムシの幼虫は、ナラ菌が分解したナラの木を食べて育ちます。

ナラ枯れは、カシノナガキクイムシがナラ菌を体に付けてナラの中に入り、産卵すると同時に菌を感染させる。(写真提供:中静透)

マツノマダラカミキリも、カシノナガキクイムシも、温度によって生息できる地域が決まっていて、これまでは青森・岩手県境が北限でした。それが温暖化によって青森県内で生息域を広げていて、将来は北海道まで広がる可能性があります。

森林や陸の植物に対して、海で今いちばん心配されているのはサンゴです。

サンゴは、骨格の中で藻類が共生していますが、温暖化に伴って水温が高くなると、藻類がサンゴから逃げ出して、いわゆる“白化はっか”が起こります。その白化がものすごい勢いで広がっていて、日本近海ではサンゴで有名な石西礁湖せきせいしょうこ(石垣島と西表島の間の海域)で白化の頻度が高くなっています。サンゴを食い荒らすオニヒトデも、温暖化によって増えるといわれています。

もうひとつ心配されているのは、海の二酸化炭素濃度が高くなることです。海は大量の二酸化炭素を吸収しているのですが、二酸化炭素が海水に溶けると炭酸水になって、石灰質を溶かしてしまいます。石灰質でできている貝類もサンゴも生きられなくなります。

サンゴ礁は、生物多様性が高く、海の生物のゆりかごです。そのサンゴが、海水温の上昇と海水の酸性化ですめなくなる海域では、魚類は産卵できなくなって、漁業資源の枯渇につながります。今のような観光資源としての魅力もなくなります。

図4 日本の山地で予想されている影響
温暖化で日本の山地で予想される影響には、高山植物の衰退、亜高山帯の植物の適地の減少、タケの北上などがある。

シベリアの気温は8℃上昇する

温暖化というと、熱帯や亜熱帯でも温度が上がると思われている方が多いでしょうが、温度の上昇幅は北ほどではありません。南半球も、それほど温度上昇はありません。周りに海があるからです。ただし、タイやオーストラリアなどのように、季節によって乾燥が進行して山火事が発生する危険はあります。

温暖化によって温度がいちばん上がるのは北極圏やシベリアです。特にシベリアの温度は今世紀末までに今より8℃くらい上昇するかもしれないといわれています。

一方で、北極海の氷やシベリアのタイガ(針葉樹林)と呼ばれる森林で凍土が解けるのは、必ずしも悪いことばかりではないと考える人たちもいます。北極海の氷がなくなれば、アジアとヨーロッパを結ぶ航路が開拓できて、凍土地帯でも農業に利用できるようになるのは好都合だというわけです。

しかし、タイガが解ければ、地中からメタンガスが発生します。熱帯の泥炭湿地からもメタンガスは出ます。メタンガスは、二酸化炭素の25倍の温室効果があって、さらに温暖化を加速化させる危険もあります。

地球温暖化を防ぐのは簡単ではありません。その中でも、私たちが二酸化炭素の放出量を下げるのはいちばん大事なことだと思います。

生物に関していえば、自然の状態で生態系を保全するのが最も望ましい手段ですが、最終的な手段としては、植物園や水族館、動物園で飼い育てることで、温暖化によって絶滅する危険のある種を残すことです。植物については、すでに全国の植物園がネットワークをつくって、絶滅危惧種や高山植物がどこに生息していたかを分かるように記録して、育てています。

(図版提供:中静透)

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ヘルシスト 261号

2020年5月10日発行
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