特集「植物」驚異の生存戦略 解明されつつある光合成のメカニズム

構成・写真/河﨑貴一

光合成は植物が光を利用して二酸化炭素と水を有機物に変換させ、酸素を放出する反応だ。地球上の酸素を必要とする生物は光合成のおかげで生存・進化できるわけで、光合成は生命誕生以来最も優れた仕組みの一つともいわれている。一方、そのメカニズムの詳細は長い間謎だった。しかしここにきてようやく、その一端が明らかになってきた。さらに解明が進み、人工光合成が可能になれば、地球温暖化対策にも大いに貢献するに違いない。

岡山大学異分野基礎科学研究所構造解析研究分野教授 兼 同研究所所長

沈 建仁(しん・けんじん)

中国浙江省出身。中国・浙江農業大学(現・浙江大学)農学部環境保護学科卒業。1990年、東京大学大学院理学系研究科相関理化学専攻博士号取得。理化学研究所基礎科学特別研究員、同播磨研究所先任研究員を経て、2003年、岡山大学理学部生物学科教授。2004年、同大自然科学研究科教授。2013年、同大自然科学研究科光合成研究センター センター長。2022年から現職。専門は光合成、植物生理学など。

光合成とは、植物が葉緑体で、光のエネルギーを利用して二酸化炭素(CO2)と水からデンプンなどの養分をつくり、酸素を放出する反応です。光合成については小学校高学年から教わるので、ほとんどの方がご存じだと思います。

私たちのような好気性の生物は、酸素がなければ呼吸ができず、生きていけません。また、光合成によって合成されるデンプンや糖などの有機物は、私たちが命をつなぐための食べ物として欠かせません。食べられない植物でも、家畜をはじめとする動物のエサとして、私たちの栄養源になってくれますし、植物の化石は、石油・石炭・天然ガスなどの化石燃料として、私たちの生活を支えてくれています。このように、光合成によって太陽光エネルギーをもとにつくりだした酸素やデンプンなどの養分は、私たち生命の源です。

光合成のおかげで生存している

地球が誕生してから約46億年たちますが、誕生直後、地球を覆っていたのは炭酸ガスのような還元性ガだけでした。今から約27億年前になって、シアノバクテリアという酸素発生型光合成をする生物が現れて、葉緑素を使って光を吸収して、そのエネルギーを利用し水を分解して酸素をつくるようになりました。それから約10億年かけて酸素を蓄積して、現在のような酸素濃度になりました。

  • *1 還元性ガス:酸素を奪う性質を持つガス。

地球で光合成を初めて行ったシアノバクテリアが層状になった化石「ストロマトライト」。

酸素(O2)が大気に増えると、オゾン(O3)もつくられました。成層圏にオゾン層ができたことによって、宇宙から地球に降り注いでいた有害な紫外線が吸収されて、生物が陸上に進出できるようになりました。

私たちは光合成のおかげで生存しているのですが、光合成が葉緑体の中でどのように水を分解し、酸素をつくりだしているかという詳しい仕組みについては、長い間わかっていませんでした。

私たちが研究しているのは、この水分解反応で、光のエネルギーをどのようにしてCO2を固定するためのエネルギーに変換しているかについてです。これは、「光化学系」と呼ばれるタンパク質複合体が行っています(図1)。

  • *2 光化学系Ⅱ(photosystem Ⅱ):酸素発生型光合成の反応系の一つ。
Umena, Kawakami, Shen, Kamiya. Nature, 473: 55-60, 2011.

図1 水を分解する光化学系Ⅱ光合成を行う光化学系Ⅱは、20種類のタンパク質の集合体が2つ組み合わさっている。葉緑素の他、各色で示したのがタンパク質。赤い破線で囲った部分は水の分解に関わる「マンガンクラスター」。2011年、沈教授らがこの原理を発表。

水分解反応によって酸素をつくる化学反応式は「2H2O→O2+4H++4e」と表すことができます。

光化学系Ⅱは、光のエネルギーを利用して、2つの水分子から1つの酸素分子と4つの水素イオンと4つの電子に分解します。そして、分解された水素イオンと電子(4H+と4e)の高いエネルギーを利用して、アデノシン三リン酸とニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸という2つの高エネルギー化合物が合成され、それらを利用してCO2から有機物が合成されます。

植物の葉はなぜ緑色に見える?

葉緑素がこの反応を行うために使っている光は、葉緑素が吸収しているスペクトを調べるとわかります。可視光線を分光すると、波長の長いほうから順に、赤色、橙色、黄色、緑色、青色、藍色、紫色が現れます。虹と同じ色なので、「虹の七色」という言い方もします。それらのうち、葉緑素が吸収している光のピークは2つあって、青色から藍色にかけての波長が440nm付近と赤色の680nm付近です(図2)。光は電磁波で、波長が短いほど周波数は高くなり、エネルギーも高くなります。エネルギーの塊の粒子と考えて、光子という言い方もします。

  • *3 スペクトル:分光器による電磁波の波長ごとの帯。

図2 葉緑素の吸収スペクトル葉緑素が吸収している光のピークは2つあって、青色から藍色にかけての波長が440nm付近と赤色の680nm付近。葉緑素は、可視光線の緑色付近の光を吸収しないで反射するので、光合成を行う植物の葉は、緑色に見える。

最近増えている野菜工場では、野菜をLED照明で照射して育てていますが、照明に青色と赤色のLEDが使われているのは、植物の生育に最も効果的な波長の光だからです。

野菜工場ではLEDの光で野菜を育てている。光合成には青色と赤色のLEDランプを使用。

では、植物の葉はなぜ緑色に見えるのでしょうか。それは、葉緑素は、赤色付近の波長の長い光と、青色から藍色にかけての波長の短い光を吸収します。“七色”の真ん中の緑色付近の波長はあまり吸収されずに反射されます。だから、植物の葉は緑色に見えるのです。

光合成での水分解の化学反応式を見て、水の電気分解を思い出された方もあるでしょう。光化学系Ⅱのような触媒が存在しない状態では、水の電気分解でどのように酸素がつくられるかというと─。やはり光合成と同じく2つの水分子から、4つの水素イオンと4つの電子を抜き取らなければいけません。その過程で、電子を抜き取るステップが4つありますので、4eVという大きなエネルギーが必要になります。

  • *4 eV(electron volt):真空において、1つの電子が1Vの電位差で加速されるときに得るエネルギー。

それに対して、光エネルギーは波長の長い赤色の700nmで1.77eVですから、光だけではエネルギーが足りなくて水を分解できません。ところが、光化学系Ⅱが行う反応では、特に第1ステップで1つの水素イオンと1つの電子を抜き取る反応に必要なエネルギーが低くなっていて、酵素を利用して、可視光のエネルギーでも反応が十分進むようになっているのです。

酸素分子を生み出す電子を引き抜く反応

4つの電子を引き抜く反応については、S0から始まって、S1からS4までの4つの状態を「S状態(S-State)」と呼ぶモデルがつくられています(図3)。図中の「hv」は光(光子)です。S0の状態のときに光子が1個来ると、水素イオン1個と電子1個が引き抜かれます。次に、S1に光子が1個来ると、電子が1個引き抜かれてS2の状態になります。このような反応が続いて、光(光子)が4回来ると、4つの電子が引き抜かれて、酸素分子が出ていきます。一連の反応では、基本的には水素イオンと電子が1対1で出ていくわけですが、S1からS2と、S3からS4のステップでは水素イオンは出ないで、最後のステップ(S4→S0)では2つの水素イオンが出て、合計で4つの水素イオンが出ます。

図3 水分解におけるS状態の変化光合成によって、4つの電子を引き抜くS状態のモデル(S0~S4)。光(光子)が4回来ると、4つの電子が引き抜かれて、酸素分子が出ていく。酸素は、「歪んだ椅子型構造」によって、近い距離で隣り合う酸素原子が結合して酸素分子となる。

これらの反応については、これまでにわかっていました。反応の触媒は、基本的にマンガンとカルシウムからできていることもわかっていました。

わかっていなかったのは、触媒であるマンガンとカルシウムの化合物がどういう形をしているか、そして、触媒でどのような反応が起きるかです。

私たちは、結晶構造解析という手法で、光化学系Ⅱのタンパク質の構造を明らかにしました。私たちの研究で、光化学系Ⅱは40個ものタンパク質でできていて、図1で色の違うものは違うタンパク質、丸い水色は水分子、であることがわかりました。

この光化学系Ⅱ中で、次のような反応が起きています。緑色の葉緑素の分子が光を吸収します。光はエネルギーですから、光を吸収すると、葉緑素から電子が飛び出します。そうすると葉緑素は電子が足りなくなるので、隣の分子から電子を奪い取ります。その反応が連続すると、電子を奪い取ることができなくなったものは、水から電子を奪い取ります。そして、この反応が4回連続して行われると、水分子が分解されて4つの水素イオンを出して、酸素分子ができるのです。

光化学系Ⅱの中で、電子を奪い取って水を分解しているのは、「Mn4CaO5-cluster」というマンガン・カルシウム錯体です。図1で赤い破線で囲まれた楕円部分です。この錯体の構造と反応についても、私たちは研究をしています。

マンガン・カルシウム錯体は、4つのマンガンイオンと1つのカルシウム、5つの酸素原子でつながれていて、正面から見ると椅子のような形をしていますが、んでいます。そのため、「歪んだ椅子型構造」と呼んでいます。錯体はそのままでは椅子型を維持できないので、周りをアミノ酸(タンパク質)で囲まれ固定されています。

錯体が歪んでいる理由は、椅子型構造が歪んで状態になると、電子が1個飛び出して、水分解反応の次のステップに移行しやすくなるからです。これが大きな特徴で、私たちが最初に解析しました。

解析するためには、光を短時間当てる必要があります。光が長時間当たると、反応が進んでしまうからです。私たちは、ステップを固定して実験をするために、nの光を照射しました。n秒の光を当てると、電子が1個飛び出す状態になります。そのうえで、理化学研究所の大型放射光施設「SPring-8」にあるX線自由電子レーザを使って、マンガン・カルシウム錯体の構造のデータを解析しました。

  • *5 n秒:ナノ秒。1秒の10億分の1。
  • *6 X線自由電子レーザー:X線領域の強い、極短レーザーパルス光。

S1に1回光を当てるとS2の構造(S2-S1)がわかります。同じように、S1に2回光を当てるとS3の構造(S3-S1)がわかります。これらのデータで、(S3-S1)から(S2-S1)を差し引くと、S2からS3に変化した構造がわかります。すると、S1では、マンガン・カルシウム錯体のO5(酸素原子5)とMn1(マンガン原子1)がつながっていたのが、S3ではO5とMn1の間に新しいO6(酸素原子6)が入って、椅子型構造が変化している様子を実験データで見ることができました(図3右側)。

生命誕生の歴史で最も優れた仕組み

O5とO6の距離は1.9と非常に近いので、もう1回光を当てると酸素原子(O)同士が結合して、酸素分子(O2)になることがわかったのです。これが光合成で放出される酸素だと考えられます。

  • *7 Å:オングストローム。10のマイナス10乗m=0.1nm。

歪んだ椅子型構造については、2011年に構造を解析して世界的な科学誌Natureに論文が掲載され、その年のScience誌による「世界十大成果」の一つとされました。

ただし、光合成によって、酸素が実際に出てくる反応そのものは、まだ実験では見えていません。それで今も研究を続けています。

光合成の研究の大きな目的の一つに人工光合成があります。貴金属や高価な触媒を使って、人工光合成を行うことは、実験室では成功していますが、まだ実用レベルではありません。

水分解反応を行う光化学系Ⅱの特徴は大きく3つあります。

1)光エネルギーの高い利用効率

2)光エネルギーの吸収・電子伝達・水分解反応の適切な分業と共役

3)安価で豊富にあるマンガンとカルシウムを使用

植物が水を電子源として、有機物を合成する仕組みを発達させたのは、それが地球の生命誕生の歴史の中で、最も優れたものだったからです。もし、光化学系Ⅱのように、安価で豊富にあるマンガンやカルシウムを使って水を分解し、水素をつくりだす人工光合成ができるようになれば、石油や石炭、天然ガスなどの化石燃料を消費するときのようなCO2を放出しないでエネルギーを利用することができ、環境に負荷もかかりません。

光合成のエネルギー源は、太陽光です。地球上に照射されている太陽光エネルギーは年間で12万TWもあります。それに対して、人類が消費するエネルギーは、年間約15TWほど。太陽が地球に1年間照射している光エネルギーの1時間照射分ほどとわずかです。つまり、私たちが必要としているエネルギーの約8800倍ものエネルギーを太陽光はもたらしてくれているのです。太陽光が、どれほど有望なエネルギー源であるかが、おわかりいただけるでしょう。

  • *8 TW:テラワット。1TWは1兆W。

光合成の仕組みが解明できて、人工光合成が安価に、大規模にできるようになれば、私たちが今直面している地球温暖化などの環境問題を改善し、環境に負荷のかからないエネルギーを手に入れられる可能性があります。

(図版提供:沈 建仁)

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2022年7月10日発行
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