暮らしの科学 第62回 散歩で出合う花たち 身近な自然に親しもう!

文/茂木登志子  イラストレーション/孫 劭昌

今年も春の訪れと共に、サクラをはじめとするさまざまな花の開花情報が聞こえてくる。だが遠くまで行かなくても、実は身近な所にいろいろな花が咲いている。花を探しながら、自然の営みを観察してみよう!

〈今月のアドバイザー〉多田多恵子(ただ・たえこ)。東京都生まれ。東京大学大学院博士課程修了(理学博士)。専門は植物生態学。立教大学、東京農工大学、国際基督教大学などで非常勤講師を務める一方、書籍やメディア、観察会を通じ、植物生態を広く一般市民に分かりやすく伝える活動に従事。『したたかな植物たち』(ちくま文庫)、『道草ワンダーランド』(NHK出版)など、植物の繁殖戦略や虫や動物との共生関係に触れながら植物の魅力を描く著書は“読む植物図鑑”として広く親しまれている。これらの活動が高く評価され、第29回松下幸之助花の万博記念賞「松下正治記念賞」(2021年)、日本植物学会賞「特別賞」(2022年)を受賞。

よく行くスーパーマーケットは、入り口付近が花の売り場になっている。買い物の前後にちょっと足を止めて、“季節の花束”を眺めるのは、ささやかな楽しみである。

だが、きれいな花は、販売用の切り花だけではない。スーパーまで歩く道すがら、街路樹とその根元、個人宅の庭や集合住宅の植栽、公園内の花壇など、意外に多くの花が目に入ってくる。東京近郊の住宅地でも日常生活圏内でこうした出合いがあるのだ。

そういえば、いつも歩く道の街路樹として多く見かけるサザンカは、晩秋からポツリポツリと赤い花をつけ始めたが、本格的な冬を迎えると開花のスピードが増したようだ。緑の葉と鮮やかな赤い花のコントラストが美しいこと!

年が明けると、ツバキも開花した。よく似ているので、これはサザンカなのかツバキなのかと悩みつつ足元に視線を転じると、名前の分からない(知らない)花が目に入る。四季折々に、そしていろいろな所で、本当にさまざまな花が咲いているものだ。

そんなことを思っていたら、たまたま「サザンカとツバキの見分け方」を知った。花の散り際に相違があるという。サザンカはハラハラと花びらが散っていく。ツバキは花首からポトリと落ちる。だから、花が散った地面を見れば見分けられるというのだ。なるほど! そうと知ってから、花の次に地面を見て、花びらがバラバラに落ちているからこれはサザンカだと、赤い花をつけた街路樹の鑑定をするのが楽しみになった。

こんな知識の一片でも、頭の片隅にあると、花を見る目が少し変わってくる。楽しくなる。ちょっとした知識があれば、遠くに出かけなくても、身近な所にいる花との出合いをもっと楽しめるようになるのではないか。そう思い立ち、多くの著書やラジオ・テレビ番組などを通じて、身近な植物たちの生態を分かりやすく伝えている植物生態学者の多田多恵子さんを訪ねた。

次世代へつなぐ植物の深慮遠謀

まず知りたかったのは、アスファルトの裂け目やコンクリートブロックの隙間などに生えている雑草のことだ。たくましさを感じる一方で、よりによってどうしてまたそんな狭い所で成長するのだろうかとも思ったりする(図1)。

(写真提供:多田多恵子)

図1 たくましい花たち①セイヨウタンポポ。②ツメクサ(爪草)。風や虫に花粉輸送を頼らず、自家受粉でタネを作る。

名前を知っている花でいえば、例えばタンポポがたくましい植物に該当する。道端にも生えて春になれば元気に花を咲かせる。黄色い花は、綿毛になって飛んでいき、また別の場所で次世代へと命のバトンタッチをする。

「ツメクサも敷石の隙間によく生えます。漢字表記は “爪草”ですが、これは三日月形の葉が、切った爪を思わせるからといいます。葉や茎はしなやかで踏まれてもちぎれにくく、小さな花を次々に咲かせます。小さなタネは上向きに開いた実に盛られ、人が踏むと、ちゃっかりと靴底にくっついて移動します」

多田さんによると、人から見れば「これっぽっち!?」と思うような狭小スペースでも、小さな植物にとっては生きるのに十分なスペースなのだという。

「道路の隙間や庭の隅など、踏まれる場所で生きるツメクサは、とてもたくましく見えますが、実は競争にはまるで弱く、他の草のいない場所を選んで生きてきました。そんなツメクサは、人のすぐ近くに理想のすみかを見つけたんですね。踏まれることに耐えさえすれば、ライバルがいないから、日陰にならないし、土の栄養も自分のものです」

花はタネをつくるために咲く。

「ツメクサのように、人の近くで生きる小さな雑草の多くは、タネをたくさん作ってばらまきます。そのタネは、明るい場所に落ちて“今がチャンス”と感じたら芽を出し、短期で花を咲かせ、タネをバラまくと枯れてしまいます。はかない一生に思えるけれど、そうやって人の近くという変化の激しい環境に適応し、小さな進化を重ねながら、たくましく生きているんですね」

地面に落ちたタネは、その植物にとって最適な季節になると芽を出す。だが、その場所が生育に適さない環境に変わったりすると、休眠してじっと好機を待つ。

「小さなタネでも、10年とか50年くらい土の中で休眠することはよくあります。家を壊して更地になると、雑草が一気に生えてくることがあるでしょう。あれは、土の中で休眠していたタネが明るさや温度の変化を感じ取って、チャンス到来とばかりに目覚めたというわけなのです」

大地に根を張る植物は動けない。だが、タネという乾燥に強い丈夫なカプセルを作れば、空間を移動して新しい場所に移動できるし、時を超えて芽を出すこともできる。植物は、何と深慮遠謀に長けているのだろうか。

花のレストランとお客さん

広い場所でも狭小スペースでも、木にも草にも花が咲く。チューリップの歌ではないが、赤、白、黄色……と、花の色も実に多種多様だ。なぜ、多彩なのだろうか?

「お客さんを呼ぶためです」

お客さん? 誰? 疑問に即答してくれた多田さんに、新たな質問を重ねてしまった。

「植物は自ら動くことができません。ですから、自分以外の個体と交配して子をつくるにはオシベで作った花粉を、動物とか風とか、とにかく誰かに、離れた場所に咲く自分以外の花のメシベに運んでもらわなくてはならないのです。その誰かとは、多くの場合、昆虫です」

多田さんは、花と虫の関係を、レストランとお客の関係に例えて説明してくれた。

「花のレストランが提供するごちそうは、甘い蜜と栄養たっぷりの花粉です。ごちそうを食べに来たお客さんたちは、花粉の輸送という代金を支払います。ライバルの花もいろいろ咲いているので、レストランとしては、きれいな花の色や香りの宣伝で、お客さんにアピールしなくてはなりません」

私たち人の世界には、フレンチやイタリアンなどの専門店や、誰でも気軽に利用できるファミリーレストランがある。花のレストランも同様だという。

誰に対しても正しい情報が適切に伝わるように、色使いに配慮したものをカラーユニバーサルデザインという。多田さんによると、黄色や白は、花のカラーユニバーサルデザインなのだという。

「虫の多くには光に引きつけられる本能があるので、明るい黄色とか白い色の花に向かって飛ぶ傾向があります。誰でも気軽に入れるファミレス型花のレストランは、だから黄色や白が多いのです。このタイプの花の常連客は、ハナアブやハエ、甲虫類、小さなハチといった一般大衆です」

とにかく広くたくさんのお客に来てもらう方針なので、このタイプの花は上向きに平たく咲いているという。不器用な虫でも止まりやすく、蜜が吸いやすい形になっているのだ(図2)。一方、ゲンゲなどのように、立体的なつくりでわざと蜜に届きにくくしている花もある。こちらは専門店タイプのレストランに相当し、特定の客層を誘っている(図3)。

(写真提供:多田多恵子)

図2 花のレストランと客〈ファミレスタイプ〉①ハルジオンとコアオハナムグリ。②シシウドと昆虫たち。

(写真提供:多田多恵子)

図3 花のレストランと客〈専門店タイプ〉①ゲンゲとセイヨウミツバチ。②カラスノエンドウ。③ハコネウツギとコマルハナバチ。④エゴノキの蜜を吸うマルハナバチ。下向きに咲く花は脚力の強いハナバチ類の客を選んでいる。⑤ヤブツバキの蜜を吸うメジロ。⑥ヤブツバキに付いたメジロの爪痕。

「蜜を吸われても花粉を運んでもらえないと、花のレストランは損をしてしまいますよね。そこで、確実に花に来て花粉を運んでくれるお客さんを選んで、リピーターになってもらうのがこのタイプです。例えば、ミツバチは色や形から花の種類を覚えるので、“この花には蜜がたっぷりあるぞ”と覚えて、常連客になってくれます」

レストランはどのように客を選別しているのだろう?

「花の形状です。例えばゲンゲの花は、チョウチョに似た形の花が7〜10個ほど集合しています。ごちそうの甘い蜜は、個々の花の奥深くに隠されています。花を巡回するミツバチが、下側の花びらを足でぐっと押し下げると、花が開いて奥の蜜に口が届くのですが、その瞬間、隠れていたオシベとオシベが飛び出してハチの腹部に付くという、いわばからくり仕掛けになっています」

食い逃げ防止と花粉の輸送を確実にする一石二鳥のからくり仕掛け。こんな仕掛けを持っていることにも、植物の深慮遠謀を感じる。

甘党の鳥たち

花のレストランには、蜜が大好きな鳥もやって来る。例えば、メジロやヒヨドリなどがそうした甘党の鳥だという。

「よく“ウメにウグイス”と言いますが、実際によくウメの蜜を吸いに来ているのはメジロです。ツバキの花にもメジロはよく来て、花びらを足場にして蜜を吸います。この黒い点は、そんなメジロの足跡です」

そういって多田さんはツバキの花の写真を見せてくれた。大きく開いた赤い花の下側に、いくつかの黒い斑点ができている。メジロの足跡、いや爪痕というべきか。なんと、メジロの体重は成鳥でもわずか10ɡ前後だという。1円玉約10枚分の重さだ。

「夏の間は虫を食べている鳥たちも、冬になって虫がいなくなると花の蜜を吸ったり、木の実を食べたりします」

植物は、鳥のための木の実のレストランも開店しているのだ。

「木の実のレストランの目的は、実の中にあるタネを運んでもらうことです。そのために、客の食欲をそそるようにカラフルな色でコーティングした皮で実を包み、タネの周りをごちそうでくるみます」

鳥が飲み込みやすいように皮はツルツルで、果肉はごちそうとして食べやすく、でも大事なタネは消化されないように堅く守って、フンの中に出させる。しかもフンというごちそう付きだ。木の実のレストランにも、植物の深慮遠謀がある。

植物について学ぼうと思っていたのだが、期せずしてその周囲にいる生き物たちの生態にも触れることになった。

「植物自身は自由には動けません。でも、その代わりに周囲の生き物たちを動かして、輸送手段としています。ごちそうと輸送を交換する花や木の実のレストランは、そんな植物と生き物たちの共生関係を示しています」

春が近づくに連れ、各地からさまざまな花の便りが伝えられるようになった。

「草花、樹木、虫、鳥を別々に見るのではなく、共生関係を視点に観察してみてください。きっと、これまで見えなかった“自然の営み”が見えてくると思います」

名前調べのコツと便利なグッズも教えてもらった。

「名前の分からない植物があったら写真を撮り、無料の植物鑑別アプリケーションやインターネットの画像検索機能を使って調べてみると、候補となる植物名がいくつか挙げられます。それはあくまで似ているというだけで正解とは限らないので、その名前で再検索したり、図鑑と照合したりして確認します」

撮影には100円均一ショップで購入できるクリップタイプのマクロレンズも重宝する。蜜を探す虫や鳥になった気分で花を拡大して見ることができるし、葉っぱや茎に生えている微細な毛の造形もおもしろい。

多田さんの助言を受けて、犬の散歩の際に出合った花を中心に、自然観察を心がけてみた。まだ寒さが厳しいというのに春を先取りするかのように咲く花々。木の実を食べていたと思われるヒヨドリの鳴き声と羽ばたく音。葉が落ちて熟した実だけが残った木の上で、カキをついばむ小鳥たち。五感をフル活用して、さまざまな自然の姿に接することができた。さあ、春本番。きれいな花を見ながら自然観察に挑戦してみよう!

試してみた!

春を待たずに、早速、自然観察に挑戦してみた。まず、犬の散歩や徒歩移動の際に見かけた花をスマートフォンで撮影した。すると、思っていたよりもたくさんの花が咲いていることに気づいた。

また、マンリョウの低木から小鳥たちが鳴き声を上げながら飛び立つ場面に遭遇した。調べてみると、ヒヨドリが赤い実を食べるらしい。それまでは、マンリョウといえばお正月の飾りという認識しかなかった。だが、地面に根付いたマンリョウが鳥のためのレストランであり、よく聞こえるけれど何の鳥か分からなかった鳴き声がヒヨドリだということも分かった。多田さんが教えてくれた“共生関係を視点に自然の営みを見る”というのは、こういうことだったのかと思い至った。

■あると便利な拡大レンズ

100円均一ショップで購入したマクロレンズ。レンズの付いたクリップをタブレットやスマートフォンに挟み、被写体にグッと近寄る。上はスライド式、下はマクロレンズに魚眼レンズもセットになっているタイプだった。

■接近・拡大

100円均一ショップで買ったマクロレンズをスマホに付けて、サザンカを撮ってみた。

■たくましい花たち

散歩の途中で出合った、狭小スペースに咲くたくましい花たちを、スマートフォンに記録した。

ヒメツルソバ

ペラペラヨメナ

ノゲシ

■花のレストラン

東京近郊の住宅地では、真冬の1月でもこんなにいろいろな花が咲いていた。

ニホンズイセン
(日本水仙)

ツワブキ

シバザクラ

カンザキアヤメ

■木の実のレストラン

エサが少なくなる時期に果実や木の実は鳥たちにとってごちそうだ。

ザクロ

シャリンバイ

マンリョウ

トベラ

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ヘルシスト 284号

2024年3月10日発行
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