風薫る季節となった。泡の出る飲み物がおいしい季節でもある。開栓すると、シュワシュワ、パチパチッと弾ける泡。ゴックンと飲み干せば、口中から喉へと刺激が通り過ぎる。そして後に残る爽快感。果たしてその正体は?
暮らしの科学 第45回 シュワシュワ パチパチ 爽快感の正体を探る
文/茂木登志子 イラストレーション/木村智美
飲み物をグラスに注いだり、飲んだりするときに、シュワシュワ、パチパチッと弾ける泡の正体は、炭酸である、ということは知っている。では、炭酸とは?なぜ、泡が弾けるのか? なぜ、飲むと爽快に感じるのか? 炭酸という言葉は知っているし、飲んだことはあっても、実際には意外に知らないことばかりだ。そこで今回は、炭酸研究の第一人者として知られる前田眞治さんに解説を仰ぎ、炭酸にまつわる「なぜ?」を探求することにした。
「最初の疑問にお答えしましょう。炭酸というのは、炭酸ガス、つまり、気体の二酸化炭素の分子が水に溶け込んだ状態です」
温度と圧力に応じて物質の状態は変化する。二酸化炭素の場合、気体が炭酸ガス、固体がドライアイス、液体は液体二酸化炭素という具合に、状態の変化に応じてその名称も変わる。そして、二酸化炭素が水に溶けた状態を炭酸というのだ。
なぜ泡が弾けるのか
「開栓するとシュワシュワッと気泡が弾けるのは、水に溶けていた二酸化炭素が気泡化して気体になったということです」(図1)
液体に溶け込むことができる気体の量は決まっている。水分子に二酸化炭素が割り込むと、飽和量を超えた二酸化炭素の気体分子は追い出されてしまう。しかし、温度が低くなると、水分子の動きが鈍くなり、その隙間を縫って二酸化炭素の気体分子は少し多めに割り込むことができる。また、液体の中に閉じ込められた気体は、大きな圧力で押さえつけられると、液体から飛び出しにくくなる。
このように、二酸化炭素は低温・高圧であるほど水に溶けやすい。そして、二酸化炭素の含有量が多いほど、炭酸濃度は高くなり、泡が弾けるパワーも強くなる。そこでより多くの二酸化炭素を溶かすために、製造過程では低温のもと、高い圧力をかけて炭酸ガスを注入している。
「私たちが暮らしているのは1気圧ですが、炭酸の飲料ボトルの中は、3~7気圧くらいまで高めてあります。二酸化炭素の分子は不安定な状態なので、飽和以上になるとちょっとした刺激で水に溶けきれなくなった二酸化炭素が弾き出されて気泡になります。だから、冷蔵庫から取り出してきて開栓すると、気圧の平衡状態が壊れるうえに一連の動作の振動や温度上昇が刺激となり、高気圧の中から1気圧の世界にボコボコボコッと泡になって出てくるわけです」
気圧が下がると、水に溶け込める二酸化炭素の飽和量は減る。加えて温度が上がると、水分子の動きは活発化するので、溶けていた気体分子は液体の外に弾かれてしまう。炭酸飲料から炭酸ガスが抜けてしまったそんな状態を指して、「気が抜ける」と表現している。だから、開栓後フタをしないでおいたり、常温に置いていたりすると、泡が弾けるパワーが弱まるのだ。
爽快感は脳への刺激
炭酸の特徴であり魅力でもあるのは、なんといっても口の中や喉を通り抜ける際に泡が弾ける爽快感ではないだろうか。この爽快感は、炭酸の泡が弾ける物理的な刺激によって生じるのだと思っていた。だが、前田さんはそれを否定。口中の化学変化や冷たい温度などの刺激が脳に伝わって生まれる感覚なのだという(図2)。
私たちの舌の上皮細胞には炭酸脱水酵素という酵素がある。泡が弾けるシュワシュワ感は、研究結果から、炭酸水に溶け込んでいる二酸化炭素とこの酵素による化学反応が、刺激として脳に伝わることで生じると考えられている。
また、人間は恒温動物なので、一定の体温を保っているが、そこによく冷えた炭酸水のように温度の異なるものが入ってくると、刺激として脳に伝わる。しかも、冷えた炭酸水は二酸化炭素濃度も高いので、シュワシュワ感も強力だ。
「これらの刺激を受けて、脳がそれを心地よいと認識し、爽快と感じるのです」
常温よりもよく冷えた炭酸水のほうが、より爽快に感じることを前田さん自身が実験から導き出した。常温水道水、常温炭酸水、冷却炭酸水を飲むとどのように脳波が変化するのか、比較する実験を行ったのだ。その結果、常温の水道水と比べてみると、常温の炭酸水では覚醒レベルは上昇するものの、心地よいとする脳波の減少がみられた。しかし、冷たい炭酸水では、覚醒レベルも上がるのと同時に、心地よいとする脳波の増加もみられたという。
「脳に刺激が伝わると、交感神経が優位になって緊張します。シャキッと覚醒するので、これが爽快感を生みます。そして、緊張の後には必ずリバウンドがあり、副交感神経が優位になってリラックスします」
爽快感はリフレッシュにつながる。弾ける泡は、まさに一服の清涼剤なのだ。
ゴックンと飲み込んだ炭酸は、口中に爽快感を残して胃に到達する。ここで少し不安が生じた。炭酸の正体である二酸化炭素といえば、地球温暖化を引き起こす温室効果ガスではないか。飲んでも大丈夫なのだろうか?
「大丈夫です。空気中の炭酸ガス濃度が上昇すると、確かに地球環境にも人体にも悪影響を及ぼします。しかし、飲料に含有されているのはそんな危険からは程遠いレベルの濃度です。最終的には体外に排出されますし、決して健康を脅かすものではありません」
実は、炭酸ガスはもともと私たちの体内にある。吸気から取り入れた酸素は全身に運ばれ、細胞再生に必要なものを合成する。その結果、老廃物として炭酸ガスが生成されているのだ。そして、静脈を経由して肺から呼気の中に排出される。同様に、飲んで胃に到達した炭酸ガスは、腸で吸収されると静脈の毛細血管に入って老廃物と同じように運ばれ、体外に排出されるのだ。
飲むタイミングで健康効果
「炭酸を含む飲料は、適量をタイミング良く飲むと、むしろ健康に良い影響を与えます」
便秘改善には朝起きてすぐ、食欲増進には食前に、それぞれコップに半分から軽く1杯(100~150㎖程度)冷たい炭酸水を飲むといいそうだ。
「炭酸水には血管拡張作用があるので、胃の中に入ると胃粘膜を刺激し、腸管のぜん動運動を活発にします。冷たい液体でもぜん動運動は活発になるので、冷たい炭酸水であれば相乗効果でさらにぜん動運動を活性化します」
実験で炭酸水を飲んだときの胃の動きを調べたところ、飲用前のぜん動運動は緩やかでほとんど収縮もないが、100~150㎖の冷たい炭酸水を飲むと、数十秒後には胃と十二指腸の活発なぜん動運動がみられたという(図3)。
「ぜん動運動というのは、胃の内容物をその先の腸に送ろうとする動きですから、それが活性化すると、快便につながります。また、消化吸収が促されるので、食欲を増進させます」
食が細くなりがちな高齢者や、食べ放題などでたくさん食べたい人には、食前だけではなく、食中(食事開始後20分ほど経過した頃)に、冷たい炭酸水を軽くもう1杯飲むといいという(図4)。複数回の刺激で、よりたくさん食べることができるからだ。
「ダイエット目的などで食欲を抑制したい場合には、食前に、コップ2杯(300~500㎖程度)の、常温の炭酸水を飲むといいでしょう。胃が膨れて満腹感を生じ、食欲が低下します」
300~500㎖以上を飲むと、炭酸水の容量と気化した炭酸ガスの容積で胃が膨れ、ぜん動運動が停滞することが、実験でも明らかだったという。
炭酸による発泡性飲料は、炭酸水だけではなくさまざまな風味の炭酸飲料や機能性炭酸飲料など種類が多い。シャンパンなどのスパークリングワインやビールも炭酸の弾ける泡が魅力だ。
「シュワシュワッと弾ける泡を楽しみながら健康に役立てるなら、炭酸水がベスト。でも、食前酒としてのシャンパンやビールの食欲増進効果は昔からよく知られています。適量でリフレッシュ効果を得るなら、好みの炭酸飲料や機能性炭酸飲料を楽しむのもいいでしょう」
これから暑くなる。自分に合った一服の清涼剤を探してみよう!