糖質はエネルギー源として重要な栄養素であり、生体の機能維持に欠かせない。脳や神経、赤血球などは単糖類のグルコース以外利用できず、糖質はまさに生命に直結する根源的な分子といえる。風味や性質は料理に欠かすことができず、また、甘味は食事の楽しみを広げる―。糖は食に関しても重要な存在なのだ。さらに脂質の酸化やデンプンの老化、タンパク質の変性を抑制し、防腐など多様な機能を持つ。糖質を正しく理解し適正に摂ることが健康の秘訣だという。
特集 「糖質」そこが知りたい 〈巻頭インタビュー〉
生きるうえで欠かせない糖質 正しく理解して健康維持
構成/飯塚りえ イラストレーション/小湊好治
糖質はエネルギーの起源であり、生命の起源といえる炭素(C)に水1分子(H2O)が付いた、Cm(H2O)nで表される物質です(図1)。
- *1 糖アルコールは除く。
生命の維持活動に重要な役割を果たす
食物として摂取した糖質は、消化されて単糖に分解されグルコースやフルクトースなどとなり、腸で吸収され血液に乗って全身の組織に運ばれ、エネルギーとなります。エネルギーは栄養素成分の糖質以外に、タンパク質や脂質によって作ることができますが、しかし生物の代謝経路などから鑑みると、炭水化物によってエネルギーを得るのが最も効率的です。
しかも、赤血球には脂質などをエネルギーに変えるミトコンドリアがないために、脳には血液脳関門という有害物質に対する厳密なバリア機構があるために、これらの臓器が、エネルギー源に利用できるのは糖質(グルコース)だけという特徴もあります。
糖質はまた、エネルギー源としてだけでなく、細胞の構成成分として生命の維持活動に重要な役割を果たしています。細胞膜は、単糖が連なった「糖鎖」とタンパク質や脂質が結合した「糖タンパク質」「糖脂質」で構成されています。また、アミノ酸や脂質、核酸の合成を担うなど、生体にとって、糖質は必要不可欠なのです。
糖質は、糖類(単糖類、二糖類、糖アルコール)、オリゴ糖、多糖類に分類されています(表)。
栄養学的には、糖質と食物繊維で構成される「炭水化物」と呼ばれています(図2)。
2020年版の「日本食品標準成分表(八訂)」では、炭水化物に関する改訂がなされました。2020年版以前の七訂では、炭水化物量は、食品の水分、タンパク質、脂質、灰分等の合計を引いた「差し引き法」を利用して算出していました。八訂では炭水化物に「利用可能炭水化物」という項目を加え、炭水化物のうちヒトの小腸で消化・吸収できる、デンプン、単糖類、二糖類の量が示されています。ヒトの大腸に常在する菌叢により分解しエネルギー源として利用する食物繊維は、この項目からは除外されています。
オリゴ糖は生体内での作用機序が異なる
現在の栄養学における炭水化物が糖質と食物繊維で構成されたのは、炭水化物という概念ができた時点では、炭水化物から食物繊維を抽出する技術がなかったためです。一方、ある種の生体反応を促進する物質が炭水化物の中に存在していると、考えられていました。その後、分析法が発達してくるにつれ、基本的に糖質は水溶性のはずなのに、水に溶けない成分があるということで、さらに分析を重ね、食物繊維という概念ができあがりました。
食物繊維は当初、カロリーはほぼゼロとされていました。ところが、その後、食物繊維は大腸で腸内細菌によって分解される際に、一定のエネルギーが発生することが確認されたのです。また、「日本食品標準成分表(八訂)」では食品中の低分子量および高分子量の水溶性食物繊維の分析が進められ、収載されている食物繊維量の値が多くなっています。
糖質は、糖類、オリゴ糖、糖アルコール、多糖類に分かれ、多糖類を除く糖質が甘味料として扱われます。また、学術上の分類ではオリゴ糖や糖アルコールも糖質に入りますが、これらは機能性糖質といって、エネルギー発生とは生体内での作用機序が異なります。
オリゴ糖は、単糖が2〜10個結合した分子の総称で、甘味もありますが、他の糖類とは違って小腸の消化酵素によって分解されにくいため、食物繊維に分類されることもあります。
糖アルコールは、果物や野菜に存在する天然由来のものと、それらの化学構造や性質を参照して合成した人工物とがあります。例えば同じキシリトールでも、バーチやブナといった樹木由来のものと、化学合成によって製造されたものとがあります。
糖質の中で甘味料としては使われないのが多糖類です。ご飯やパンなどのデンプンがこれに当たります。
近年スーパーやコンビニエンスストアなどで「糖類ゼロ」「糖質ゼロ」などをうたう食べ物や飲み物を見かけます。この名称の区別がしにくいのですが、図2を参照すればその違いが分かります。「糖類ゼロ」は、糖類は含まれていないが、甘味料として糖アルコールなどを添加している、という意味です。糖質ゼロは多糖類も含みません。食品表示法では、食品100g中(または飲料100㎖中)の含有量が0.5g未満と規定されています。
これらの商品は、エネルギー量をコントロールしたい人にとっては上手に使えば便利ですが、低血糖のような緊急時では糖類ゼロの商品を選ぶのは避けたいものです。食事を抜いて一時的に血糖値が下がったときに糖類ゼロの商品を摂ると、体内の水分量が増えて血中の糖濃度がいっそう下がってしまい、危険です。天然果汁のジュースや果糖、液化ブドウ糖などが含有しているものでないと、低血糖状態は回復しないことをしっかりと認識してほしいと思います。
ウェディングケーキの糖質による防腐機能
糖質の機能は、さまざまな形で料理に生かされています。
最もよく知られているのは甘味を付けることですが、それ以外にも料理の形態を保持する、食感を付与する、風味や色を付ける、水分を保持する、脂質の酸化を抑制する、デンプンの老化を抑制する、タンパク質の変性を抑制する、防腐効果、など幅広い機能があります。
こうした糖質の機能は、料理のさまざまな場面で取り入れられてきました。
例えば、結婚式のウェディングケーキの発祥は18世紀半ばの英国とされています。今、結婚式で供されるのはクリームを塗ったものですが、当時はシュガーケーキでした。ウェディングケーキは3段ほどの大きいものがありますが、これには由来があります。下から1段目は当日結婚式に出席した方々に振る舞う、2段目は式に参加できなかった人に配り、3段目は第1子が生まれたときや結婚記念日といった特別な日に食べるという習慣があったそうです。1段ずつ糖質の量を変えて防腐の機能を調整していました。
身近な食品であるジャムも、酸と糖質、それに加熱で軟らかくなる水溶性のペクチンという食物繊維を使って防腐しています。甘味という味だけでなく長期保存のための知恵です。最近は、ゆるめのジャムが多くなりましたが、これは保管技術が進歩した現代で、防腐の機能を求めずに済むからでしょう。
また糖質は、種類や形状によって感じる甘さにかなりの幅があります。ショ糖(砂糖)は、親水性がありますが、例えば同じショ糖が原料でも普通の白砂糖と氷砂糖では、じかに口に入れたとき、氷砂糖のほうが水に溶けにくいため甘味も感じにくいのですが、実は甘味は同等なのです。同じように黒砂糖のほうが、氷砂糖よりも甘く感じるのですが、黒砂糖は水分含有量が多いので、舌が甘味を感じやすくなっているからです。糖質は、親水性や溶解性で感じる甘さが変わるのです。
親水性はまた、糖質のもう一つの機能である粘度や艶出しに利用されます。糖質を煮詰めてクッキーに塗ったり、肉や魚に付けて照り焼きにしたりと、料理に艶を作り出すことで、おいしそうな見た目を演出することができます。
糖質は加熱の温度帯と水分の飛ばし方で多様に変化します。ケーキの飾りに、糸のように細いあめ細工が使われているのを見たことがありませんか。砂糖を140℃以上に加熱して溶かし、専用の器具や技法を用いて細く引き出すことで、デリケートで立体的なデコレーションができます。
さらに加熱していくと、カラメルができます。カラメルは砂糖を焦がして苦味を出したものです。糖質を加熱し続け焦がして、ソースの色づけのために使ったり、スープにわずかに入れることでうま味を加えたり、濃いカラメル状まで焦がせば、甘味ではなく苦味として、味に深みを加える調味料になります。料理における糖質は食の幅を大きく広げる力があるのです。
物質としての糖質の性質を理解したところで、次に生体内での作用を見てみます。
ヒトの体の中で糖質は、一部が細胞の構成成分として合成され、多くはエネルギーとして、体温の保持、心臓の脈動といった臓器や組織の生命活動、また血液をpH7.4前後に維持するといった生体のホメオスタシスにも不可欠な栄養素です。
特に先に触れたように、組織によってエネルギー源としてのグルコース依存度が違い、脳、神経組織、赤血球などはグルコース以外を利用できません。それらの組織は1日に、脳が100g程度、神経組織、血液は合わせて50g程度のグルコースを必要としています。
糖質を過剰に摂取した場合は脂肪として蓄えられるのですが、肝臓では唯一、糖質をグリコーゲンとして蓄えることができます。グルコースが必要になると、変換して血液中に放出するというサイクルを繰り返しますが、肝臓で蓄積できるグリコーゲンの量は限られており、ほぼ1日分しかありません。ですから、脳などのエネルギーである糖質はコンスタントに摂取する必要があります。その頻度が1日3回か5回か、あるいは江戸時代前期のように2回が適切なのかは、はっきりとは分かっていません。しかし少なくとも2回以上の食事で糖質を同じように摂取するのが、肝臓に負担をかけない健康的な摂取の仕方とされています。
BMI18.5~25.0で健康なら適正な摂取量
糖質の摂取については、これまでに多くの論説があります。体重を減らすための食事制限の研究はごまんとありますが、脂質の制限は食習慣や食料事情などから欧米人には限界がありますし、タンパク質は体内の筋肉や血液組成の入れ替えのために必要ですから、一定量以上は減らせません。そこで糖質制限が俎上に載せられます。
ところが、さまざまな食事法の研究論文を並べてみると、それぞれ食事の内容が異なり、食事の内容を指導するなどの介入もしているはずなのに、介入開始からの時間がたつにつれ、タンパク質や脂質、糖質など、摂取する栄養量が、被験者間で一定の数値内に収まることが分かりました。炭水化物は、被験者の必要エネルギーに対して45〜55%程度、糖質重量は150〜200gあたりに集約してくるのです。これをどのように解釈すべきでしょうか。
私は、これは結局、生体が欲する量なのだろうと考えています。エネルギー源である炭水化物の摂取を制限するといっても限界があります。
すると、「では、どれくらい摂取するのが良いのか」という、基本的な問題に立ち返ることになるのですが、まず重要なのは、今摂取しているエネルギー量が適正かどうかを確認することです。BMIを参照し、日本肥満学会の判定基準による普通体重とされる体格指数18.5〜25.0の間にあり、体形が大きく変わることもなく、健康状態にも問題がないようなら、今、食べている量が適正だと考えていいと思います。
- *4 BMI:Body Mass Index。肥満度を表す指標として国際的に用いられている体格指数。体重㎏÷(身長m)の2乗で求める。
食事の量から大まかにエネルギー量が算出できますから、その50〜60%を炭水化物で摂取すると、概ね適正の範囲になります。
便宜的に、必要量を1000㎉として、その50〜60%を炭水化物から摂取するなら500㎉から600㎉となります。アトウォーター係数では、炭水化物が1g当たり4㎉なので、最低必要な炭水化物は125gです。下限値は大まかにこのように決めることができます。
- *5 アトウォーター係数:食品のエネルギー値(カロリー)を推定するために使用される係数。
目安となる数値が出たところで、この栄養を、いちいち量るというような煩雑な手間をかけずにバランス良く摂れるのが、江戸時代中期(1700年ごろ)から行われるようになったご飯とおかず、汁物という日本の食事の構成です。加えて、日本の食卓では、銘々のご飯茶わんが決まっていることが多いと思います。これによって毎日、ほぼ同じ量の炭水化物を摂ることができます。「今日は昼食が多かったから、夕食はいつもの茶わんに軽めによそう」という調整もできます。日本の食卓は、食事摂取の目標や評価において、再現性のある科学的な定性と定量とを同時に捉えた形で実現しているのです。
糖質の摂り方と健康に関していくつもの研究がありますが、日本のこの一汁三菜の「食事様式」が、認知症予防など健康寿命に大きく関係していることが、私たちの研究で見えてきました。この食事様式は、時間をかけ洗練されてできあがったものであり、糖質バランスを整える意味からも、非常に良い日本の食文化だと思います。