暮らしの科学 第59回 非常時でもおいしく栄養を摂りたい!

文/茂木登志子  イラストレーション/山崎瑶実

地震や大雨などの災害に備えて、食料の備蓄が重要視されている。だが、備蓄食料として、何を、どのくらい、準備すればよいのだろうか? 今回は、食に焦点を当て、非常時を乗り切るための“日頃の準備”について調べてみた。

〈今月のアドバイザー〉須藤紀子(すどう・のりこ)。お茶の水女子大学基幹研究院自然科学系(生活科学部 食物栄養学科)教授。管理栄養士、博士(保健学)。国立保健医療科学院を経て、2011年にお茶の水女子大学赴任。2021年から現職。日本栄養士会災害支援チームリーダー。専門分野は非常時栄養、公衆栄養、国際栄養。共著書『ストーリーでわかる災害時の食支援Q&A』『福祉施設・病院等における給食BCP(事業継続計画)導入の手引き』(ともに建帛社)など。

「防災の日」とされている9月1日は、関東大震災(1923年)が発生した日だ。また、暦の上では二百十日に当たり、台風シーズンを迎える頃でもある。南海トラフ地震、日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震、首都直下地震、中部圏・近畿圏直下地震などの大規模地震は、近い将来の発生の切迫性が指摘されている。そして、ご存じのように、台風は毎年必ずやって来る。

どんな災害に襲われても、生き延びるための基本は食べること、ではないだろうか。そう考えて、我が家の非常食の備蓄状況を確認してみた。すると、東日本大震災後にそろえたものが大半なのだが、アルファ化米や乾パンなど、すでに大幅に賞味期限が切れていた。これでは災害時にサバイバルできない! 反省した。そして、これを機に、改めて食に焦点を当て、非常時を乗り切るための“日頃の準備”を調べてみようと思い立った。

指導を仰いだのは、お茶の水女子大学の教授で、非常時の食や公衆栄養を専門とする須藤紀子さんだ。家庭における災害対策としての食料備蓄の基本を聞くと、すぐに次のような答えが返ってきた。

「近年、特に新型コロナウイルス感染症流行以降は、安全性を確保したうえで自宅を避難所とする“在宅避難”という考え方が広まっています。“非常食”ではなく“普段から食べ慣れていて常温保存できる食品”を、少し多めに買い置きして、イザという時に備えましょう」

非常食よりいつもの味

災害対策には非常食。そう、思い込んでいた。非常食ではダメなのだろうか? なぜ?

「飽きる。栄養が摂れない。この2点が理由です」

須藤さんが勤務する大学では、学生と教職員1000人分の非常食が、3日分備蓄されているという。

「1人当たりの1日分の内容は、アルファ化米2パック、乾パン、水(1.5ℓ:500㎖入り3本)となっています」

須藤さん自身の居住地や他の自治体の備蓄食品を調べてみても、おおむねアルファ化米、乾パン、クラッカー、水が定番になっているようだという。

「これを食事として摂るということを、実感として想像できますか?」

卒業論文で非常食についての研究に取り組んだ学生に、災害時を想定してこれらの非常食での生活を試してもらったところ、「3日間これを食べ続けるのはつらい。2日ならなんとかなる」とのことだった。そこで須藤さんは、同大食物栄養学科の4年生を対象に、「2日間、大学の備蓄食品だけ食べて生活したらどうなるのか?」という研究実験を行った。2日間に限定したのは、つらいと分かっている体験を研究のために強いることは、倫理上許されないからだ。そして、健康維持のため、飲水量は制限なしとした。ただし、同大には熱源の備蓄がないので、お湯は使えない。湯を使ったり、非常食以外のものを食べたりした時点で脱落。これがルールだ。その結果、参加者30人中23人が完遂、6人が脱落し、1人は体調不良により参加できなかった。

「どうしても肉が食べたかった。米以外のものを食べたかった。ストレスがたまっていた。脱落理由はさまざまです」

この実験時に配布した食料1日分の栄養量は、図1のように、厚生労働省が公表している「避難所における食事提供の計画・評価のために当面の目標とする栄養の参照量」すなわち「被災後約3カ月ごろまでの段階で欠乏しやすい栄養素について算定した値」を満たしていない。

実験時の配布食料の
栄養
避難所における
栄養の参照量
エネルギー(㎉) 1226 2000
たんぱく質(g) 22.4 55
ビタミンB1(㎎) 0.3 1.1
ビタミンB2(㎎) 0.1 1.2
ビタミンC(㎎) 100
図1 災害時に配布される1人当たり1日分の食料と栄養素の供給量比較1回目の実験で配布した非常食は、厚生労働省が目安とするエネルギーや栄養を満たしていない。しかも、完食率は3.5%だった。健康維持には食べ慣れた味わいの常温保存食品の備蓄が必須だ。

「しかも、この実験参加者のうち、1日分の食料を完食したのは3.5%だけでした。このことから、他に食べるものがない状況であっても、食べたいと思わないものは完食してもらえず、栄養状態の悪化につながることが分かるでしょう」

ちなみに、実験期間中に食べたくなったものを自由回答で聞いたところ、多い順に「肉、汁物、野菜」がトップ3だった。そして、実験結果から得られた「肉や野菜が食べたい」「水が足りない」「単調な味(味わいに変化が欲しい)」「普段に近いものが食べたい」など、学生の備蓄食品に対するニーズを満たし、各種栄養素も所定の量を摂取できるような食品を、学生たち自身が選定した。

「備蓄食品を選定するうえで重要だと思うことを調査したところ、第1位が“おいしさ”でした」

選定された品目は次の通りだ。アルファ化米(白飯)2袋、サバ味噌煮缶詰、焼き鳥缶詰、ビスケットタイプの栄養調整食品、野菜ジュース、チョコレート風味の栄養補助食品、粉末コーヒー牛乳、豆のスープ、アセロラジュース、水。これらで、再び2日間の研究実験を行った。その結果、参加者25人中、脱落者は1人だったという。

「災害時だからと我慢を強いるのではなく、災害時こそ食べ慣れた味で食生活を支えることがサバイバルの鉄則といえるでしょう」

いわゆる非常食は、調理不要で賞味期間の長いもの。代表的なものとして、アルファ化米や乾パンなどがある。

「しかし、どうしても普段の食生活とはかけ離れたものになってしまいます。非常時こそ、普段の食べ慣れた味を食べることが大事です」

そこで、非常食に代わる食品備蓄方法として推奨されているのが、ローリングストックだ。

「ローリングストックとは、賞味期限を考慮し、古い食品から消費し、新しい食品を買い足すことで、常に一定量の食品を繰り返し備蓄しておくことをいいます」

使っては買い足すサイクルをつくる

買い物をするときに、必要な分量のプラス1くらいの目安で購入し、使ったらその分をまた補充する。これを繰り返しながら、常に一定の数量を備蓄しておいて、災害時に役立てるというやり方だ。なるほど、これなら、各家庭や個人の事情・に適した“いつもの味”の食品が備蓄できる。

「使ってはまた補充する。このサイクルがあれば、賞味期限を過ぎてしまい、廃棄することもないでしょう」

ただし、食べ慣れた味ならなんでもいいというわけではない。生命維持に必須の水、エネルギー源となる主食としての炭水化物、主菜となる肉や魚などのたんぱく質、副菜その他のカテゴリーから、必要な食品をバランス良く選び、備蓄することが望まれる。

「災害発生から電気やガス、水道などのライフライン復旧までは1週間以上を要することが多いことに加え、物流機能停止などの事情を加味すると、最低3日分、できれば7日分、家族全員の食事を賄う量が必要です」

農林水産省は図2のような目安を提示している。なお、ペット(伴侶動物)が家族の一員である場合には、動物用のフードや飲料水の備蓄も同様に必要だ。

『災害時に備えた食品ストックガイド』(農林水産省、2019年)を参考に作成

図2 大人2人用1週間分の備蓄の目安普段から缶詰や乾物などの常温保存食品を備蓄し、うまく活用できるようにしておこう。また、カセットコンロなど熱源の備蓄も忘れずに!

「ヒトの場合、意外に大事なのが、お菓子です」

須藤さんは、東日本の被災地の保育所で、どういうふうに過ごしたか、調べたことがある。発災当日は余震や建物の倒壊、物の落下などの恐れもあり、建物の中にいられない。湯を沸かしてアルファ化米を食べる余裕などはなおさらなかった。屋外で食べられるものといえば、 買い置きのお菓子だった。

「お菓子は炭水化物が多いので、エネルギー源になりますし、子どもも好きです。子ども向けのお菓子の中には栄養が添加されているものもあります。大人にとっても、普段食べ慣れているお菓子なら、口にすると平常心に返れるというか、癒やされます。衛生面を考えると、袋ごと渡せて、ビリッと破いて直接食べられるような個別包装がいいですね」 

災害のような非常時にお菓子なんかと思うかもしれない。だが、学生たちの2回目の実験で、粉末コーヒー牛乳がひとときの潤いになったように、嗜好品の力は侮れない。須藤さん自身も、ローリングストックの大切な柱として、大好きなお菓子は切らさないようにしているという。

「食物アレルギー疾患のある人が家族にいる場合には、食物アレルギー対応食品の備蓄も必須です。また、噛む力や飲み込む力が低下している高齢者には、その人の状態に合わせた市販の介護食や、飲み込みやすくするためのとろみ調整食品をストックしておくといいでしょう。電気が使えないと、ミキサー食などは準備できません」

市販されている介護食は、常温で簡単に食べられるものが多い。選ぶ際のポイントは、食べる人の嗜好や噛みやすさと飲み込みやすさに合わせた硬さや形状だ。

「学生が選定した備蓄リストに豆のスープがありましたけれど、実はこれ、介護食なのです。栄養的に配慮されているので一般の人が食べてもいいです」

また、食生活を支える熱源のローリングストックも忘れないでと須藤さんは助言する。災害時に備えて、あるいは寒い時季に囲む鍋料理用にと、カセットコンロとカセットボンベを常備している家庭もあるだろう。だが、いずれも使用期限があることをご存じだろうか? 業界団体の日本ガス石油機器工業会では、カセットコンロの使用期限の目安を製造から約10年として買い替えること、カセットボンベは製造から約7年以内に使い切ることを、それぞれ推奨しているのだ。

「大事なことだから繰り返します。災害時だからといって我慢を強いるのではなく、災害時だからこそ、心と体の健康を維持するために、普段から慣れ親しんだ味わいで栄養が摂れる食事が求められるのです」

これが大規模災害時における避難所等での適切な食事の提供に関する研究に取り組んできた須藤さんの持論だ。ローリングストックによる食べ慣れている普段の味も、加熱調理できれば、さらに普段の食事に近くなる。電気やガスが止まっていても、カセットコンロとカセットボンベがあれば、加熱調理が可能だ。

節水に有効なパッククッキング

「災害時には水は貴重です。節水に有効な調理方法の一つが、パッククッキングです。耐熱性のポリ袋(高密度ポリエチレン製)に食材を入れ、湯せんにかける料理方法です」

基本のやり方を教えてもらった。食材を耐熱性のポリ袋に入れたら、真空になるように中の空気を抜きながら袋をねじり上げ、上のほうを結ぶ。ポリ袋が鍋底に触れないように皿を敷き、食材入りポリ袋を置く。鍋に深さ半分から3分の1程度の水を注ぎ、ふたをしたらカセットコンロで加熱する。沸騰したら火を弱め、沸騰状態を保ちながら加熱する。

なぜ、この調理方法が災害時に役立つのだろうか。

「1つの鍋で複数の料理が同時にできますし、湯せんの水を繰り返し使用できることで節水になります。また、真空調理なので調味料の浸透が良くなりますし、短時間で火が通るので、うま味と栄養素もほとんど逃しません。そして、ガスの節約にもなるというメリットがあります」

須藤さんは大学で、災害時を想定したパッククッキングの調理実習を行っている。災害時を想定しているので、電気、ガス、水道、冷蔵庫などは使えない。空調も止める。そういう中で、カセットコンロと鍋、ペットボトルの水、常温保存の食品を用いて、主食・主菜・副菜のそろった食事(エネルギーは600㎉台で塩分は2.5g以下)を作る実習だ。トマトスパゲッティ(主食・副菜)にサバ缶と高野豆腐の煮物(主菜)、バナナ蒸しパン(主食)とオムレツ(主菜)、コンソメスープ(副菜)など、バラエティに富んだメニューと味わいができあがったという。

実は、パッククッキングについてインターネットで検索すると、SNSなどで「こんなの普段からやり慣れている人じゃないとうまくいかない」とか「やってみたけど、自分には無理」というネガティブなコメントが散見された。

「本学でも調理実習でパッククッキングを学ぶのは1年生です。パッククッキングという調理法を初めて知ったという学生も少なくありません。しかし、2回目以降は、どんどん自分でレシピをアレンジして調理していきます。災害はいつ起こるか分かりません。でも、いつか、必ず起こります。非常時に慌てるよりも、平時に実践してうまくできるコツをつかんでおきましょう」

調理実習では『必ず役立つ震災食』(石川県栄養士会編、北國新聞社)をテキストとしているが、インターネットで検索するとさまざまなレシピが紹介されている。

「食べてみたい、作ってみたいと思うもので、パッククッキングを体験してみてください。小さい子どもでも、袋の中に食材を入れるところまではできます。加熱するところは大人が担当する。そんなふうに、親子で一緒にパッククッキングをやってみるのもいいでしょう」

パッククッキングを実際にやってみると、買い物の視点が変わるという。

「多くの学生が、缶詰や乾物を見直すようになります。サバ缶やミックスビーンズなどのたんぱく質を加えることでおいしさと食感が増し、食事の満足感を高めることができます。また、災害時には野菜が入手できないことが多いので、切り干し大根などの乾物が役立ちます。そこに気づくと、日常食にもそれらを取り入れるようになりますし、買い物時のプラス1で上手なローリングストックができるようになります 」

秋の行楽シーズンがやって来た。そんな秋の1日、家で非常食の備蓄状況の確認や補充、そしてパッククッキングを試してみることをお勧めしたい。カセットコンロの機能に問題はないか、カセットボンベが空になっていないかのチェックも兼ねて、家族でパッククッキングをイベントとして楽しむと、キャンプ飯とはまた違った楽しさやおいしさが味わえるだろう。

パッククッキングでご飯を炊いてみた!

耐用年数を過ぎていたカセットコンロを新調し、パッククッキングを試してみた。作ったのは主食のご飯だ。今回は無洗米を用いたが、通常の米の場合は少量の水で洗米してから炊くといいそうだ。なお、湯せんに使えるポリ袋は、近くのスーパーやホームセンターで買い求めた。耐熱温度の情報が表示されていないため、パッケージに記載された「湯せん調理可能」の文字やイラスト、原材料表示の「高密度ポリエチレン」が探すときの手がかりだ。適切なポリ袋を用いないと、沸騰した湯の中で溶けてしまう恐れがある。

カップ1の無洗米と同量の水を湯せん用の高密度ポリ袋に入れて、真空になるように空気を抜く。袋をねじり上げ、上部で結ぶ。鍋に置いた皿の上に米の袋をのせる。鍋の深さ半分程度の水を注ぎ、カセットコンロの火にかける。ふたをして、沸騰したら、ふつふつという音が維持できるように火を少し弱める。待つこと20分。火を止めて、10分ほど蒸らしたらご飯の完成だ。ポリ袋をハサミで切って、袋ごと紙ボウルにのせる。こうすれば、食器を洗わなくていいし、洗う水の節約にもなる。肝心の味わいだが、ちょっと硬めに炊きあがった。湯せん前の浸水を省いたからかもしれない。だが、炊きたてのご飯はおいしい! 次回の課題はもっとご飯をふっくらとさせることだ。何回か練習して、災害時にも温かくおいしいご飯を食べられるようにしたい。

1準備するもの

カセットコンロ、鍋、ふた、鍋底に敷く皿、米、水(ペットボトル )、ポリ袋(米を入れやすいようにプラスチック容器に袋を広げた)。

2沸騰を維持する

撮影のためふたを外した状態。沸騰したら少し火を弱め、ふつふつした状態を維持。

3ご飯が炊けた!

密閉した袋の形のまま炊きあがった。食べてみると、少し硬めだが、芯はなく、立派なご飯である!

(図版提供:須藤紀子)

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ヘルシスト 281号

2023年9月10日発行
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