特集 ミツバチの世界 ハチミツだけではない! 多様なミツバチの生産物

構成/渡辺由子

ミツバチの生産物は古くから人の生活と深く関わってきた。その代表格であるハチミツは糖度が高く、甘味料として飲み物や料理によく使われるが、ミネラルが豊富で抗菌作用もあり、保存食としても利用されている。また、女王バチの幼虫だけに与えられるローヤルゼリーには、豊富なたんぱく質に加え特異的な脂肪酸が含まれていて栄養価が高く、健康食品をはじめ、保湿成分として化粧品にも添加される。他にもプロポリスやなどミツバチの恩恵は少なくない。

玉川大学農学部先端食農学科食品科学領域、同大学術研究所ミツバチ科学研究センター教授

中村 純(なかむら・じゅん)

1981年、玉川大学農学部農学科卒業。同大大学院農学研究科修士課程修了。同大学院研究生、日本配合飼料(現・フィード・ワン)勤務(ミツバチの飼料開発などに従事)、1986年から3年間、青年海外協力隊でネパールへ派遣され養蜂指導。1989~1990年、タイ・チュラロンコーン大学研究生。1993年、玉川大学大学院農学研究科博士課程修了、農学博士。同大農学部助手、同大学術研究所講師、同助教授、教授を経て、2017年から同大農学部教授を兼務。2002年から1年間、ミツバチ研究の世界的権威、アメリカ・コーネル大学のトーマス・D・シーリー教授に師事。

ミツバチは、植物から花蜜と花粉を採集して、自分たちの食べ物としています。花蜜から糖質を、花粉からたんぱく質をはじめとする栄養素を得ることができます。また、植物が新芽を保護するために分泌する滲出物や樹脂も集めています。花蜜、花粉、樹脂を原料に、ミツバチが生産する物は、古くから私たちの生活に利用されてきました(図1)。

図1 ミツバチの生産物ミツバチの働きバチが集める原料の「花蜜」「花粉」「樹脂」から、生産物を分類することができる。ハチミツをはじめ、多くは輸入物に頼る。また、「花粉媒介」は、私たちの食生活を支えている重要な機能だ。

糖度80%程度にまで濃縮される

「ハチミツ」は、働きバチが花々を回り、花蜜を蜜胃と呼ばれる消化器官に集めて巣に持ち帰った物を、巣内にいる貯蔵係の働きバチが口移しで受け取って、巣房に蓄えたものです。花蜜の成分は、花の種類によりますが、主にショ糖(スクロース)、果糖(フルクトース)、ブドウ糖(グルコース)です。ミネラルも含まれており、多く含まれているほど、色が濃くなり、味も濃厚になります。貯蔵係が巣房に蓄える際に酵素が添加され、ショ糖は果糖とブドウ糖に分解されます。さらに、巣内の換気のために働きバチが行う扇風行動で生じる風を利用して水分を飛ばし、糖度80%程度に濃縮されます。熟成されたハチミツは、働きバチの日常的な食べ物としてだけでなく、冬を越すための保存食としても利用されています。

働きバチは巣の周囲半径2~3㎞を採餌範囲としており、良い資源があるならば、6㎞を超える長距離を飛ぶこともあります。しかも、体重の半分近い40㎎ほどの花蜜や花粉を運ぶことができるのです。ミツバチの糖質源としての花蜜は、1群(女王バチ1匹と約3万匹の働きバチで構成された巣箱1箱を指す)当たり、年間120㎏必要といわれています。花蜜10㎏からハチミツ6㎏を作ることができるので、例えば120㎏を全量ハチミツにした場合、70㎏近くなり、そのうちの10~20㎏が越冬のために必要な貯蜜量になります。

日本のハチミツの流通について、農林水産省畜産局が2022年11月に発表したデータによると、2021年の国内流通量は約5万tで、そのうち国産ハチミツの生産量は約2700tと約5%にあたり、ほぼすべてが家庭で消費されています。流通量の95%を占める輸入ハチミツは約4万7300t(うち中国産は約3万t)で、約60%にあたる約2万8400tが家庭用、約1万8900tが食品製造用や化粧品製造用です。

ハチミツは、蜜源の花により色も味も香りも異なり、その違いを楽しめることもハチミツの魅力の一つです(図2)。よく知られるアカシア(ニセアカシア)のハチミツは、ほとんど透明で香りはやや弱め、一方クリやソバのハチミツは濃い茶褐色で香りが強く、好みが分かれるところです。以前、ミカンを蜜源に採蜜を行う和歌山県で、養蜂の研究フィールドを借りていたことがあり、そこで採れたハチミツは格別で、瓶のふたを開けた瞬間にミカンの花の香りに包まれ、まるで満開のミカン畑にいるようでした。

図2 さまざまな種類と色のハチミツほとんど透明なアカシア(左)から、ほぼ真っ黒なソバ(右)まで、働きバチの採餌係が訪れる蜜源により、色も味も香りも多様になる。国内では、多種の蜜源が自然にブレンドされた「百花蜜」が多い。

ハチミツを加えることで保存性が上がる

ハチミツの消費量について話を戻すと、朝食のパンに塗ったり、紅茶に入れたりしても、その消費量はなかなか増えません。瓶で購入したハチミツがいつまでも残っている、という経験もあるのではないでしょうか。グラニュー糖の主成分がショ糖であり均一な甘さなのに比べて、甘味料としてのハチミツは果糖とブドウ糖、それにショ糖や麦芽糖も含み、甘味に奥行きがあります。豊かな甘味料であるハチミツを、製菓や調理に生かしておいしく食べ、ハチミツの魅力を一層感じてもらえれば、消費拡大につながるのではないか——。そこで、玉川大学農学部先端食農学科の学生と、ハチミツらしさを味わえるお菓子作りにもチャレンジしています(図3)。家庭で作ることを前提に、瓶入りのハチミツをどれだけ消費できるかを考察するものです。そのため、価格は度外視していることを付け加えておきます。

図3 さまざまなハチミツを用いたクッキーの試作糖質の一部をハチミツに置き換えたクッキー。左からグラニュー糖のみ、アカシア、クリ、イタチハギ、ソバのハチミツ使用。

学生が研究するお菓子作りでは、一般的な製菓レシピの砂糖の部分を、単純にハチミツに置き換えると、味わいが良くなる一方で、ハチミツの香りが飛んでしまったり、そのハチミツが持っている色合いが生かされなかったり、なかなかうまくいかないもので、さらに工夫が必要だと考えています。

また、ハチミツには抗菌作用があり、調理に使用した場合に食味がどのように変化するか、細菌の繁殖がどこまで抑えられるかについても、学生が研究を行っています。白米、卵焼き、肉料理で実験し、なかでも保存性の低い卵焼きでは、ハチミツを加えることで保存性が少し上がることを確認。実験はその他の食材でも継続しており、ハチミツ消費量拡大に貢献できればと考えています。

ハチミツは、医薬品としての利用の歴史も長いのですが、国内でも、日本薬局方では、その効能として栄養剤、甘味剤、口唇の亀裂・荒れの治癒を謳っています。また難治性の糖尿病性潰瘍や火傷の治療に、治験として利用されたりしています。

「蜜蠟(蜂蠟)」は、働きバチがハチミツの糖質から体内で合成し、腹部にあるワックス腺から分泌する蠟片がその起源です。働きバチが蠟片1gを合成するには、ハチミツは6g以上必要とされています。働きバチはこの蠟片を嚙み砕き、唾液を加えながら巣を作ります。古くなった巣を集めて融かし、精製したものが蜜蠟となります。蜜蠟は、主にロウソク、ワックス、化粧品、クレヨンなどの原料として、また食品や工業製品製造の現場で離型剤としてもよく利用されています。蜜蠟の国内生産量は少なく、2021年で約19tと、ほとんどを輸入に頼っています。

「花粉」は、働きバチの採餌係が花々を巡って採取します。体毛に付いた花粉を脚にあるブラシ状の部分で器用にこそぎ落とし、必要なときはハチミツと練り合わせて団子状(花粉団子)にして、後ろ脚の花粉かごに入れて巣へ運びます。その採餌係が巣房に入れ、その後に貯蔵係が頭で巣房の奥へ押し固めたり、さらにハチミツと練り合わせて蜂パンとして貯蔵しています。

蓄えられた花粉は、幼虫に与えるミルクや女王バチに与えるローヤルゼリーを作るための原料となり、育児を担当する若い働きバチが食べています。1群のミツバチは年間50㎏程度の花粉を集めるとされ、この量は、働きバチ15万匹をつくれる量に相当します。たんぱく質源である花粉ですが、植物種によってたんぱく質の含有量が6~28%と大きく異なるため、栄養価のばらつきを相殺するために、多種類の植物を利用する傾向が高いと考えられています(図4)。

図4 ナタネを訪れる採餌バチと花粉団子〈上〉蜜と花粉を集める採餌バチ。後ろ脚に花粉の塊が見える。
〈下〉春には開花植物が多く、わずか3時間程度で、10種類以上の色とりどりの花粉団子が持ち込まれていた。

私たちがミツバチの集めてきた花粉を利用するときは、巣門の入り口にミツバチがギリギリ通過できるくらいの花粉トラップを設置し、花粉団子を採集しています。花粉団子は乾燥させ、たんぱく質やミネラルなどの栄養成分が豊富な健康食品として扱われます。

「ローヤルゼリー」は、女王バチや女王バチになる幼虫に与えられるミルクのことで、育児係の若い働きバチが花粉を摂取し、消化吸収した栄養によって再構築されたものです。働きバチの頭部にある下咽頭腺で合成されるたんぱく質を豊富に含み、腺で合成される脂肪酸の、特にローヤルゼリーに特異的な成分として知られる10-ヒドロキシデセン酸を含み、蜜胃由来の糖質などから構成されています。このミルクは消化吸収率が高く、栄養効率の良い食料だと考えられています。また、王台(女王バチの部屋)の中で育つ女王バチの幼虫は、最終段階での体重が250㎎に達しますが、与えられるミルクの量は食べきれる量をはるかに超えて500㎎を上回ると考えられ、大きな女王バチをつくるためにあえて過剰に与えている量だとみています。

働きバチは、羽化直後から花粉の摂取を始め、下咽頭腺の発達に伴ってミルクを分泌できるようになります。前述したように、採集した花粉のたんぱく質含有量は、植物の種類により変動があります。花粉を加工してミルクにすることで、栄養価が一定になるため、哺乳類のミルクによる子育てと同様のことが、ミツバチでも行われていると考えられています。

このように栄養価の高いローヤルゼリーは、滋養強壮剤として医薬品に登録されているものもありますが、一般には健康食品として食用にされ、また保湿成分として化粧品にも添加されています。国内生産量は約2tとわずかで、市販のものはほとんどが中国産です。

「蜂の子」は、クロスズメバチのサナギや幼虫を醤油や砂糖で甘辛く味付けして、山間部の貴重なたんぱく源として食用にしてきたものです。この代用として、手に入れやすいミツバチの蜂の子も利用されています。近年では、乾燥させて粉末状にしたものが健康食品として扱われています。

代替医療に用いられるプロポリス

「花粉媒介」は、ミツバチが花を訪れることで、植物の花粉交配が成り立つことを意味しています。イチゴやメロンなどのハウス栽培、リンゴやサクランボの果樹園などでは、ミツバチをポリネーター(送粉者)として盛んに利用しています。日本の農業生産において、セイヨウミツバチの作物栽培における受粉の経済貢献度は、約1800億円と推計されています。

「蜂毒」は、働きバチには武器となる針があり、その根元のにためられた毒液のことです。毒液には、ヒスタミンなどのアミン類、メリチン、ホスホリパーゼなどの酵素、アパミンなどの神経毒が含まれています。この毒液の成分により、抗炎症作用や緩和作用などが期待できることから、以前は国内でも毒液を原料に、関節リウマチの特効薬が作られていたこともありました。現在も、慢性的な疾患に対する一定の効果があるとして、民間療法ではありますが、鍼灸の一種としての「蜂針療法」が行われていて、ミツバチから抜き取った針を患部に刺します。ただし、蜂毒に対する、急激なアレルギー症状のアナフィラキシー反応には十分に注意しなければなりません。

「プロポリス」は、主に植物の芽を守る滲出物や樹脂を採集し、唾液腺からの分泌物や蜜蠟などを混ぜ合わせて、巣の補強材として利用されるものです。セイヨウミツバチのみが作り出す物で、ニホンミツバチは作りません。巣の隙間をプロポリスで埋めて外気や外敵の侵入を防ぎ、また巣内の換気をスムーズにしています。さらに、侵入して巣内で死んだ外敵などの死体を、腐敗防止のためにコーティングする目的で使っています。プロポリスはフラボノイドをはじめとする多くの成分を含み、抗菌作用や防腐作用があるだけでなく、抗炎症作用、抗腫瘍活性など、数々の有用性を示す報告が相次ぎ、健康食品にとどまらず、代替医療の素材としても注目を集めています。そのため人気が高く、特にブラジル産のプロポリスは品質が最高級とされて、世界各国で争奪戦となり、価格高騰のあおりで入手困難となっています。

ミツバチを産業動物の一面で考えると、その増減は生産物や花粉交配などの需要に応じて変化するものと見なすべきです。ミツバチの数が減っているならば、生産物の量にも大きな影響がありますが、世界的に見ても、例えばハチミツの需要は伸びており、ミツバチの数もどちらかというと増え続けています。一方で、ミツバチが生活する環境が変化し、ミツバチが健康でなくなっているのではないかと懸念されています。そのためミツバチの数を維持、あるいは増やすために、養蜂家の労力や、かかるコストが増大しているとするのが、正しい見方だと考えています。

厳しくなったミツバチを取り巻く環境

ミツバチも家畜の一つとして扱われますが、彼らはウシやブタなどのように人間が衛生的な環境をつくり、栄養価の高い餌を与える動物ではありません。ミツバチ自身が食べ物を採りに野外へ出て行くので、巣の外で病気に感染したり、花が少なくなれば、集められる花蜜や花粉が不足したり、ミツバチを取り巻く環境が厳しくなっていると考えています。

問題は大きく2つあり、伝染病やダニの寄生、ウイルス感染症などのミツバチの疾病のと、気候の変動です。特にミツバチヘギイタダニの問題は深刻で、最後の清浄国であったオーストラリアが2023年9月に汚染国となり、全世界に蔓延する重大な疾病となりました。ミツバチヘギイタダニによるバロア症は、幼虫やサナギに寄生して体液を吸い取って成長不良にするだけでなく、ダニが媒介するチヂレバネウイルスなどの感染によって発育障害や寿命短縮を招き、蜂群を崩壊させてしまうものです(図5)。ミツバチ専用の動物用医薬品による根絶は難しく、寄生率をいかに低く抑えるかが重要になります。

図5 ミツバチヘギイタダニによるバロア症の末期ミツバチヘギイタダニは、働きバチや雄バチのサナギに寄生して増殖する。ダニの寄生が蔓延した巣箱の底には、ダニとバロア症のために羽化不全となった働きバチの死体が、多数見られた。

気候については、地球温暖化が進むことで、高温や乾燥に強い花ばかりに偏ってしまい、植物の多様性が失われることが危惧されています。さらには、大気中の二酸化炭素濃度の上昇が進めば、花粉のたんぱく質濃度が低下するとして、ミツバチの食べ物の質への影響も心配されています。ミツバチが同じ重さの花粉を集めてきても、以前よりもたんぱく質の含有量が低くなれば、栄養不足を招く恐れがあり、ミツバチを増やすことが今以上に難しくなるかもしれません。

ミツバチからの恵みをいつまでもいただけるよう、ミツバチが健康に過ごせる環境について、もっと考えなければならないのです。

(図版提供:中村 純)

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2024年1月10日発行
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