特集 ミツバチの世界 〈巻頭インタビュー〉
多様な社会的行動を持つ 人類には欠かせない昆虫

構成/渡辺由子

ミツバチと人類の関係は古代より続いており、今から4000年以上前の古代エジプト時代にはすでに、養蜂が行われていた。ミツバチの産生物は長い間、貴重な栄養源として重宝され続けてきたが、今では、花粉を媒介する送粉者として農作物生産にも欠かせない昆虫として知られるようになった。一方で、「8の字ダンス」をはじめ、巧みなコミュニケーションから成り立つ多様で複雑な社会的行動を持つ進化した社会性昆虫には、解明されていない謎も多い。今後の研究が期待される。

玉川大学学術研究所ミツバチ科学研究センター教授

佐々木哲彦(ささき・てつひこ)

1988年、東京大学理学部卒業。2004年、玉川大学学術研究所助教授。2009年から現職。専門分野は、応用昆虫学。昆虫類における細胞内共生や、社会性昆虫の分子生物学的研究を行っている。

ミツバチは甘くておいしいハチミツという自然の恵みを与えてくれるだけでなく、農作物の花粉を媒介するポリネーター(送粉者)として、私たちの生活に欠くことのできない重要な昆虫です。小さなミツバチですが、1匹の女王バチを中心に数千から数万匹集まったコロニーは、まるで1匹の個体のようにふるまい、哺乳動物に匹敵するような高度な機能を発揮しています。

ニホンミツバチのゲノム解読も完了

小さな六角形が整然と並んだ巣板は、最小限の材料で高い強度を実現しています。幼虫を育てている巣の中心部はほぼ34℃に保たれ、寒いときは働きバチが胸部の筋肉の飛翔筋を収縮させて熱を発し、暑いときには羽ばたいて換気したり、集めてきた水を蒸発させ、気化熱を利用して温度を下げるなど、細やかに温度管理をしています。巣内を掃除して、感染症などを防ぐ衛生管理も徹底されています。フェロモンなどの化学物質や、有名な「8の字ダンス」をはじめとするダンス言語など、さまざまな方法で緊密なコミュニケーションが行われています。

2006年に、昆虫としては3番目にセイヨウミツバチのゲノム(全遺伝情報)の塩基配列が決定され、2019年に日本在来の野生種であるニホンミツバチのゲノム解読も完了しました。これにより、ミツバチの優れた機能の解明がいっそう進むようになりました。

ミツバチのコロニーは、1匹の女王バチと、数千から数万匹の働きバチと、繁殖期に出現する雄バチで構成されています(図1)。条件の良いときには1日に約1000個以上も産卵する能力を持つ女王バチは、働きバチより一回り大きく、発達した卵巣のために少し胴長の形態で、寿命は2~3年とされています。働きバチは産卵能力をほぼ失っていますが、遺伝的にはメスの個体で、女王バチにとって娘にあたり、娘たちがコロニーを維持するさまざまな役割を担っています。しかし寿命は1カ月半程度で、次々と生まれる妹たちに役割をバトンタッチしていきます。春から夏の繁殖期に生まれる雄バチの数は、多いときでもコロニー全体の1割程度。働きバチよりやや大きく、ミツバチは飛びながら空中で交尾するので、飛行中の新女王バチを発見しやすいように、大きく発達した複眼を持っています。繁殖に特化した雄バチは、働きバチのようにコロニー内の仕事に関わることはなく、繁殖期を過ぎると生産されなくなり、冬が来る前に巣から姿を消します。

図1 日本に生息するミツバチ2種〈左〉在来種のニホンミツバチ。黄色の円内が女王バチで働きバチに囲まれている。セイヨウミツバチに比べて、やや黒っぽい。〈中〉明治期以降に導入されたセイヨウミツバチ。集蜜力が高く、養蜂に利用されている。黄色の円内が女王バチ。〈右〉黄色の円内がセイヨウミツバチの雄バチ。

女王バチの幼虫の餌はローヤルゼリーだけ

ミツバチのコロニーの主役は、何といっても女王バチと働きバチです。同じ遺伝情報を持っているにもかかわらず、形態、役割、寿命などが決定的に異なります。同種同性の個体が、繁殖能力を持つ個体と不妊の個体に分化することを「カースト分化」といいます。

女王バチになるか、働きバチになるかは、生まれてから与えられる餌の内容や量によって決まります。女王バチの幼虫に与えられる餌は、育児を担当する働きバチの頭部にある下咽頭腺で合成されるたんぱく質や、腺で合成される脂質などが混合された栄養価の高い「ローヤルゼリー(王乳)」というミルクだけです。一方、働きバチの幼虫には、後3日までは女王バチの幼虫と同じように育児担当の働きバチが作るミルクが与えられますが、その後は花粉やハチミツも混ぜられた餌が与えられます。将来女王バチになる幼虫と働きバチになる幼虫とでは、与えられる餌の量にも違いがあります。幼虫を人工的に飼育して女王バチや働きバチをつくる研究で、幼虫が食べきれないほどの量のミルクを与えると女王バチに育ち、幼虫の体重と同じくらいの量のミルクを与えると働きバチになることが分かっています。乳児期に飲ませるミルクの質と量の違いで、寿命が1000年のヒトと、80年のヒトとの違いになるという、とんでもないことがミツバチでは起こっているのです。

では、なぜ幼虫の頃に与えられる餌の内容や量によって、カースト分化が起こるのか——。このメカニズムの解明を導く端緒として、前述したミツバチのゲノム解読、つまり全遺伝子の塩基配列の決定があります。生物に広く見られるメカニズムの一つに「DNAメチル化」があり、塩基配列の変化を伴わずに遺伝子の発現を調節するメカニズムで、哺乳類では発生、老化、疾患、学習など、多くの重要な現象に関わっています。しかし、昆虫で遺伝子レベルの研究が最も進んでいるショウジョウバエでDNAのメチル化が起こらないために、昆虫のDNAはメチル化されないと考えられてきました。ところが、ミツバチではDNAメチル化に必要な遺伝子を保持していることが明らかになったのです。ミツバチは、DNAメチル化などの仕組みを研究する「エピジェネティクス」の無脊椎動物のモデル生物として、生物のさまざまなメカニズムの解明に寄与しています。

私たちの研究チームでは、ミツバチのDNAメチル化の特徴を明らかにするために、貯蔵たんぱく質の一つであるヘキサメリン110の情報を持つ遺伝子に注目し、女王バチと働きバチで比べてみたところ、女王バチのほうがメチル化の程度が低い傾向にあることが分かりました。DNAのメチル化は遺伝子発現に対して抑制的な効果があることが知られています。女王バチではDNAのメチル化が低く抑えられ、それによって遺伝子発現が増強されると解釈できる結果でした。与えられる餌の違いがどのようにDNAメチル化に作用し、さらにカースト分化を導くのか、今後の研究の進展が期待されています。

ミツバチのコロニーにおいて、女王バチと雄バチは繁殖に特化していますが、働きバチはコロニーを維持するために、羽化してからの日数に従ってさまざまな役割を分担する「齢差分業」を行っています(図2)。

(イラスト:朝賀雅楽)

図2 齢差分業働きバチの寿命は約1カ月半で、日齢が進むに従って行動が変化する。巣房の掃除に始まり、幼虫や女王バチの世話、巣作り、貯蜜、花粉詰めなどに専念。老齢になると採餌に出かける。

働きバチは、巣房の中で幼虫からサナギになり羽化すると、まず初めに、自分の巣房や他の巣房の掃除を行います。3日齢から10日齢ごろまでは幼虫の世話(育児)をして、その後、巣作り、貯蔵係、外敵から巣を守るための門番などを担当します。花蜜や花粉を集める採餌バチとして巣の外へ出て働くようになるのは、成虫になって2~3週間ほど経ってからです。

花から集めた蜜を巣に持ち帰った採餌バチは、その蜜を巣の出入り口の近くで貯蔵係のハチに口移しで受け渡して、再び採餌に出かけます。花の蜜を濃縮してハチミツに加工するのは、内勤バチの仕事です。採餌バチの仕事には危険が伴います。巣の外には天敵がいるし、急な雨のため巣に戻れなくなることもあります。若いハチは育児や貯蔵などの安全な仕事に従事し、死ぬリスクの高い任務をベテランの老齢のハチが担う、非常に合理的な役割分担になっているのです。

コミュニケーションで成り立つ社会的行動

単独生活している昆虫は、生きていくために必要なすべての作業を一匹で行わなければなりません。一方、ミツバチは繁殖と繁殖以外の仕事を女王バチと働きバチで分担し、さらに働きバチはコロニーの管理に必要なさまざまな仕事を日齢に応じた分業で行っています。例えば、育児という行動は若いハチに、採餌という行動は老齢のハチに割り振られています。このようなミツバチの特徴を活かせば、特定の行動様式を制御する脳の機能の分子基盤を探ることができると考え、育児バチと採餌バチで比較した研究を進めました。

昆虫の脳の中央部には、キノコのような形をした「キノコ体」(図3)と呼ばれる領域があり、この領域が外界から知覚した情報を統合して出力する高次中枢になっています。ミツバチの脳からキノコ体部分を摘出し、抽出したDNAのメチル化をゲノム全体について解析したところ、育児バチと採餌バチでDNAメチル化のパターンが異なることが明らかになりました。カースト分化の他に、齢差分業にもエピジェネティックな調節メカニズムが作用していることが示唆されました。

図3 ミツバチの脳育児バチと採餌バチの脳のキノコ体(右写真の黄色の点線内)を摘出し、抽出したDNAのメチル化のパターンの違いを確認。特定の行動様式を制御する調節メカニズムが作用していることが分かった。

ミツバチの多様で複雑な社会的行動は、個体間の緊密なコミュニケーションによって成り立っています。コミュニケーションツールの一つにダンス言語があり、餌場の情報を伝える8の字ダンスが有名ですが、これ以外にもさまざまな種類のダンスを駆使して、情報を伝達しています。玉川大学農学部の学生が実施した2つの研究の成果をご紹介しましょう。

一つは、「腹部振動行動」に関する研究です 。ハチミツ生産は、花蜜を集める採餌バチと、花蜜をハチミツに加工する貯蔵バチが協力して行っています。採餌バチが野外を飛び回って花蜜を集め、その花蜜を巣内にいる貯蔵バチが受け取って巣房に吐き出してハチミツに加工します。この分業が効率よく機能するためには、採餌バチと貯蔵バチのバランスが重要になります。

例えば、多くの花が咲いているときに採餌バチの数が少なければ、せっかくのチャンスを逃してしまいます。そうならないように、たくさんの花蜜を集めることができそうなときは、採餌バチが腹部をブルブル振るわせる行動をとって、採餌バチの数を増やすよう情報伝達します。巣に戻った採餌バチが、まだ採餌に出かけたことのない若い内勤バチに乗りかかるようにしがみつき、1~2秒ほど腹部を上下に振動させる行動を取り、さらに巣板の上を移動して他の内勤のハチに同様の振動を与えることを繰り返します。相手の体を揺すって何かを急かしているように見える動作です。振動を受けた内勤のハチは巣門近くへ移動して、餌場情報を伝えている8の字ダンスに刺激されて、採餌に出て行くという仕組みです。

日本には在来種のニホンミツバチと、明治期に養蜂のために西洋から導入されたセイヨウミツバチがいます。ハチミツの生産者としては、セイヨウミツバチのほうがニホンミツバチより優れています。研究が進んでいるのもセイヨウミツバチで、腹部振動行動についてはセイヨウミツバチでしか調べられていませんでした。そこで私たちがニホンミツバチの腹部振動行動を観察したところ、セイヨウミツバチは他のハチにしがみついて腹部振動行動をするのに対して、ニホンミツバチでは巣板にしがみつく腹部振動行動が散見されました。セイヨウミツバチが個体に対して出動を促しているのに対して、ニホンミツバチでは巣板を伝わった振動で周辺の複数の個体に対して伝達しているのではないかと考えています。

さまざまな情報を伝える「身震いダンス」

もう一つの研究が「身震いダンス」についてです。花蜜を大量に集めることができた場合、貯蔵バチの数を増やしておかないと、花蜜を渡したい採餌バチが巣内で待たされてしまい、効率的ではありません。そこで、育児バチに貯蔵係になるように促す身震いダンスを行うことが、セイヨウミツバチでは知られています。これは、巣板を歩きながら体を左右にブルブルと震わせるダンスで、私たちはニホンミツバチでも同様のダンスが行われるかを確認しました。実験ではわずかな回数でしたが、ニホンミツバチでも身震いダンスが確認できたので、セイヨウミツバチと同様に、貯蔵バチの数を増やすための情報伝達に身震いダンスがあると考えています。

アメリカのミツバチ研究の第一人者、トーマス・D・シーリー博士らによる研究では、「分蜂」で引っ越し先を決める候補地の宣伝をダンスで行うことや、さらに最良の巣を選び出す民主的な意思決定プロセスが行われていることを、地道なフィールドワークで突き止めています。

春を迎えると、新しい女王バチが巣の中で育てられますが、1つの巣に女王バチは1匹しか存在できません。そこで、元の女王バチは、働きバチの半数程度を連れて出て行き、巣を新女王バチに譲る分蜂が行われます。分蜂した集団は、一時的に木の枝などに集まって分蜂球(図4)をつくり、数時間から数日程度とどまって、その間に新居を探します。200~300匹の偵察バチが、住めそうな空洞など良い物件を探しに周辺を飛び回り、良い場所を探し出すと分蜂球に戻り、8の字ダンスを踊り、その候補地を宣伝します。別の偵察バチも、別の場所で見つけた候補地の宣伝のための8の字ダンスを踊ります。

図4 一時的に樹木につくられた分蜂球旧女王バチが働きバチの半数を連れて出て行く「分蜂」。偵察バチが新居を探し出し、最良の営巣地を民主的に決定。ミツバチの驚異のコミュニケーション能力が遺憾なく発揮される。

良い候補地ほど8の字ダンスを強く踊り、あまり良い場所でない場合は、強くは踊りません。強いダンスに刺激された他の偵察バチが、次々とその候補地を訪れ、最終的には最良の候補地に多くの仲間がどんどん集まるという仕組みです。結果的に、複数の候補地から最良の新居を選び出し、分蜂球が一斉に飛び立って、新居への引っ越しを完了させます。

ミツバチの脳は1×2×0.5㎜ほどしかありません。しかし、この小さな脳に優れた機能が詰め込まれています。そして、多数の脳が互いにコミュニケーションをとることによって、全体としての意思決定もできるというのがミツバチの社会です。

カースト分化、齢差分業、コミュニケーションの手段など、ミツバチは研究者をきつけてやまない、貴重な生き物です。今後は、ニホンミツバチの天敵であるオオスズメバチの襲撃から防御する方法の考察など、本学が所在する緑豊かな地でフィールドワークも進めつつ、ミツバチのさまざまなメカニズムに迫っていきたいと考えています。

(図版提供:佐々木哲彦)

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2024年1月10日発行
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