特集 スポーツと栄養 アスリートの健康管理はエネルギー摂取が大きな課題

文/茂木登志子

アスリートにとって栄養管理はパフォーマンスに直結する大切なテーマだ。特に女性アスリートは、運動量に見合った食事量が摂取できていないことによる利用可能エネルギー不足と、これに起因する視床下部性無月経、骨粗しょう症という“三主徴”に悩ませられることが多い。その背景には、体が軽いほうが良いパフォーマンスを発揮できるのではないかという“軽さ志向”があるという。しかし実際には、摂取エネルギー不足であることが多いため要注意。適切な栄養管理が重要だ。

国立スポーツ科学センター非常勤専門スタッフ、女子栄養大学実習特任講師

石井美子(いしい・よしこ)

管理栄養士・公認スポーツ栄養士・健康運動指導士。神奈川県出身。女子栄養大学卒業、同大大学院修了。高校時代に陸上選手としてインターハイに出場したが、体重管理がうまくいかず、目標の成績に届かなかった。この経験からスポーツ栄養学を専門とするようになった。近年は女性アスリートを栄養の側面から支援する研究に傾注するとともに、アスリートのための食事指導や講習会、講演会などでも活躍している。

生物学的に男女には性差が存在する。アスリートの体づくりに役立つ「適切な栄養摂取」においても、そうした性差があるのだろうか。取材はこの問いから始まった。答えてくれたのは、女性アスリートの月経に関する栄養学的研究に携わる石井美子さんだ。

「私は性差の研究者ではありません。国立スポーツ科学センターでは、管理栄養士・公認スポーツ栄養士として多くのアスリートの栄養サポートに従事しながら、栄養学の視点で女性アスリートの月経に関わる健康問題についての研究に携わっています。ここではその蓄積の中で得た知見や考察を述べたいと思います。質問への回答ですが、男性は体格が大きいことから、基礎代謝量が高い。よって必要なエネルギー量や栄養素量も多くなる、ということがよく知られています」

石井さんは「日本人の食事摂取基準」を示しながら、説明してくれた。これは、健康な日本人が1日に摂取すべきエネルギーや栄養素の量を示した食事摂取基準として、厚生労働省が定めたものだ。5年ごとに改定され、2025年4月からはその最新版が使用されている。

「表1、表2をご覧ください。1日当たりの『推定エネルギー必要量』と『体重 1㎏ 当たりの推定エネルギー必要量』がいずれも、女性よりも男性のほうが高い数値になっています。この差は、筋肉量や基礎代謝量の男女差によって生じます。男性は女性よりも筋肉量が多いという、いわゆる体格の差があります。そして、筋肉量が多いほど基礎代謝量が高くなるため、より多くのエネルギーを必要とするからです」

性別 男性 女性
身体活動レベル1 低い ふつう 高い 低い ふつう 高い
0〜5(月) 550 500
6〜8(月) 650 600
9〜11(月) 700 650
1〜2(歳) 950 900
3〜5(歳) 1300 1250
6〜7(歳) 1350 1550 1750 1250 1450 1650
8〜9(歳) 1600 1850 2100 1500 1700 1900
10〜11(歳) 1950 2250 2500 1850 2100 2350
12〜14(歳) 2300 2600 2900 2150 2400 2700
15〜17(歳) 2500 2850 3150 2050 2300 2550
18〜29(歳) 2250 2600 3000 1700 1950 2250
30〜49(歳) 2350 2750 3150 1750 2050 2350
50〜64(歳) 2250 2650 3000 1700 1950 2250
65〜74(歳) 2100 2350 2650 1650 1850 2050
75以上(歳)2 1850 2250 1450 1750
妊婦(付加量)3
初期 +50
中期 +250
後期 +450
授乳婦(付加量) +350
身体活動レベルは、「低い」「ふつう」「高い」の3つのカテゴリーとした。
「ふつう」は自立している者、「低い」は自宅にいてほとんど外出しない者に相当する。「低い」は高齢者施設で自立に近い状態で過ごしている者にも適用できる値である。
妊婦個々の体格や妊娠中の体重増加量及び胎児の発育状況の評価を行うことが必要である。
注1: 
活用に当たっては、食事評価、体重及びBMIの把握を行い、エネルギーの過不足は体重の変化又はBMIを用いて評価すること。
注2: 
身体活動レベルが「低い」に該当する場合、少ないエネルギー消費量に見合った少ないエネルギー摂取量を維持することになるため、健康の維持・増進の観点からは、身体活動量を増加させる必要がある。
厚生労働省.「日本人の食事摂取基準(2025年版)」策定検討会報告書.2024年10月を基に作成

表1 推定エネルギー必要量(㎉/日)

性別 男性 女性
身体活動レベル1 低い ふつう 高い 低い ふつう 高い
1〜2(歳) 82.4 80.6
3〜5(歳) 79.5 75.7
6〜7(歳) 59.8 68.7 77.5 56.6 64.9 73.3
8〜9(歳) 57.1 65.3 73.4 53.6 61.3 68.9
10〜11(歳) 54.2 61.7 69.2 50.5 57.4 64.4
12〜14(歳) 46.5 52.7 58.9 44.4 50.3 56.2
15〜17(歳) 41.9 47.3 52.7 39.2 44.3 49.3
18〜29(歳) 35.6 41.5 47.4 33.2 38.7 44.2
30〜49(歳) 33.8 39.4 45.0 32.9 38.3 43.8
50〜64(歳) 32.7 38.2 43.6 31.1 36.2 41.4
65〜74(歳) 32.4 36.7 41.0 31.1 35.2 39.3
75以上(歳)2 30.1 36.6 29.0 35.2
身体活動レベルは、「低い」「ふつう」「高い」の3つのカテゴリーとした。
「ふつう」は自立している者、「低い」は自宅にいてほとんど外出しない者に相当する。「低い」は高齢者施設で自立に近い状態で過ごしている者にも適用できる値である。
注: 
理論的には、参照体重よりも体重が少ない個人又は集団では推定エネルギー必要量はこれよりも多く、参照体重よりも体重が多い個人又は集団ではこれよりも少ないことに注意すること。
厚生労働省.「日本人の食事摂取基準(2025年版)」策定検討会報告書.2024年10月を基に作成

表2 体重1㎏当たりの推定エネルギー必要量(㎉/㎏/日)一般的に男女の体格の差は、その体と生命を維持するために必要なエネルギー量の差にもつながる。アスリートは、これを土台に練習量など個々人の事情を考慮したエネルギー量を目安に食事を摂る。

基礎代謝量をより高精度に推定

日常的にトレーニングを積み重ね、競技の場で最高のパフォーマンスを発揮できるようにするために、アスリートにとって食事の栄養サポートは欠かせない。また、適切な栄養サポートは、脱水症状や貧血、疲労骨折などスポーツに伴いやすい種々の障害の予防および改善にも役立つ。そうしたアスリートにとって必要なエネルギー量は、どのように算出されるのだろうか。

「アスリートにとって必要なエネルギー量は、年齢や性別、身体状況や競技種目、練習内容などによって異なります。成長期のアスリートやスポーツを楽しむ一般の方の必要なエネルギー量は、日本人の食事摂取基準に記載されている身体活動レベルの『高い』を目安に考えるといいでしょう(表1、表2)。しかし、プロスポーツの選手やトップアスリートは、体重だけではなく定期的に体組成を測定し、除脂肪量(FFM:Fat Free Mass)を用いてまず基礎代謝量を算出します」

除脂肪量とは、体重から体脂肪量を引いた数値で、筋肉や骨、内臓などの総重量を指す。アスリートは日々のトレーニングにより、体重が増加しても体脂肪量が少ない場合もある。また、同じ体重でも競技種目によって体組成は異なることもあり、同一人物であっても試合期とシーズンオフでは体組成が変動することもある。こうしたことから、体組成を測定して基礎代謝量をより高精度に推定しているのだという。

除脂肪量を用いて基礎代謝量を推定するには男女で異なる計算式も報告されている。

「こうして求めた基礎代謝量を土台に、年齢や性別、競技種目、練習内容など個々人の事情を考慮しながら、必要なエネルギー量を算出していきます」

性別で考慮するというのは、例えば女性の場合は月経を考慮し、鉄の摂取目標を高めに設定することなどだ。そして定期的な面談により、体重の変化、食事の回数や内容などを聞き取る。

「成人のアスリートで体重が指標となるのは、その数値が変化しなければエネルギー消費量と等量のエネルギーを摂取していると考えられるからです。しかし、体重の増減だけでは筋肉の増減による変化なのか、あるいは脂肪の増減による変化なのか、区別するのは困難です」

より高精度に推定するには、やはり体組成の測定が必要となる。加えて、食事内容や栄養バランスの評価をして、PDCAサイクル(Plan:計画、Do:実施、Check:検証、Action:改善の4つのステップを繰り返すことで、継続的な改善を図る手法)により、必要に応じて修正を加えながら栄養指導を行っているという。

こうして得たアスリートに必要なエネルギー量は、個々人の状況に応じて異なるので、性差よりもオーダーメード的要素のほうが強いといえる。

「これまでに取り組んだ事例や研究内容から、男女共に “アスリート貧血”と、貧血にも関連する“低体重(BMI:18.5㎏/m2未満)”の予防・改善が共通の課題ではないかと考えています。そして、アスリートの栄養および健康面での最も大きな男女の違いを挙げるとするなら、女性アスリートには“月経”に関わる健康問題を抱えるケースが少なくないということです」

スポーツは健康なイメージを喚起させる。しかし、スポーツをしている人は貧血になりやすいといわれている。

「アスリートに多く見られる貧血は、鉄が不足して起こる“鉄欠乏性貧血”です」

激しいトレーニングを続けるアスリートは、トレーニングに伴って鉄の需要が増す。その一方で、トレーニングによる発汗などで鉄の排出も増加。食事の内容と量に気をつけていないと、鉄の需要に供給が追いつかなくなり、鉄不足に陥りやすいというのだ。

「また、女性は月経で鉄を喪失するため、男性よりも鉄欠乏になりやすいことはよく知られている通りです」

運動量に対し摂取エネルギー量が不足

貧血になると、めまい、立ちくらみ、ふらつき、顔色が悪い、頭痛、吐き気、息切れ、疲労感、手足のしびれ、失神などの症状が現れる。日常生活でも悪影響が生じるうえに、鉄欠乏性貧血で体が酸素不足になると、有酸素運動の能力が低下するので持久力が下がり、疲れやすくなることなどから、いつもできていたトレーニングが思うようにこなせなくなったりもする。

貧血の予防は、十分なエネルギー量とバランスの良い食事を摂ることだ。

「しかし、いずれかの自覚症状があったり、思い当たる症状が続いていたりすれば、積極的に医療機関を受診して診断を受ける必要があります。血液検査をして、貧血と診断された場合、鉄剤(増血剤)の服用などの治療が必要になることがあるからです。そのうえで、食生活の見直しは貧血治療と再発予防に必須です」

貧血予防、治療・改善、再発予防のためにはどんな食事を摂ればいいのだろうか。

「貧血予防の食事のポイントは、朝食・昼食・夕食と補食で1日の摂取エネルギーを適正にしたうえで、積極的に鉄の多い食品、赤血球をつくる良質なたんぱく質、鉄の吸収を高めるビタミンC、ヘモグロビンの合成を助ける働きを持つビタミンB6、B12、葉酸を含む食品を摂るようにします」

貧血の背景に低体重や利用可能エネルギー不足(LEA:Low Energy Availability)という問題が潜んでいることがある。

「運動や日常生活で消費されるエネルギー量に対して摂取エネルギー量が不足している状態が続くと、利用可能エネルギー不足に陥り、体重減少を招くこともあります」

利用可能エネルギーとは、食事により摂取したエネルギー量から運動によるエネルギー消費量を引いたもので、身体機能を維持するために利用できるエネルギー量を指す。したがって、利用可能エネルギー不足は、運動量に対して食事による摂取エネルギー量が不足した状態になっていることを示している。

「低体重や利用可能エネルギー不足は、パフォーマンスの低下や健康問題につながるリスクがあります」

女性アスリートに多い健康問題として、“女性アスリートの三主徴”が知られている(図)。運動量に見合った食事量が摂れていないことから生じる利用可能エネルギー不足と、これに起因する視床下部性無月経と骨粗しょう症を指している。

図 女性アスリートの三主徴女性アスリートは体重変動とともに月経が健康の指標となる。利用可能エネルギー不足は低体重・低栄養、視床下部性無月経を招き、無月経は骨密度低下につながるからだ。

「視床下部性無月経というのは、18歳以上で初経がまだきていない、または、3カ月以上月経が止まることを指しています。利用可能エネルギー不足が続くと、黄体化ホルモンの律動的な分泌が低下し、その結果、月経不順や無月経となります。無月経になると、卵巣から分泌されるエストロゲンが減少します。エストロゲンは骨代謝にも関係しており、低下すれば骨密度が減少するため、骨粗しょう症になりやすい状態となります。女性アスリートの三主徴は、こういう悪循環を示しています。なお、初経は成長と関連しているため体格の評価が必要です。また、まれに生まれつきの子宮、卵巣、腟などの異常で月経がないこともありますので、15 歳になっても初経がみられない場合は、婦人科の医師に相談することをお勧めします」

国内トップレベルの女性アスリート683人を対象に国立スポーツ科学センターが2011〜2012年に実施した調査結果で、無月経を含む月経周期異常のあるアスリートは約40%を占めていた。また、競技別に無月経の割合を見てみると、体操、新体操、フィギュアスケートなどの競技で高く、次いで陸上(長距離)などの順となった。実はこれがきっかけで、石井さんは女性アスリートの月経についての研究に携わるようになったという。

「2015年5月から2016年2月にかけて国立スポーツ科学センター婦人科を受診した無月経トップアスリート6人を対象に、栄養指導を3カ月間行い、栄養指導介入前後の利用可能エネルギーと黄体化ホルモン値の変化を検討しました。利用可能エネルギーの改善が黄体化ホルモン値の改善に重要であることを裏付ける結果を得ました」

その後も継続して月経に関する研究を続けているが、その一方で、疲労骨折などの低体重や利用可能エネルギー不足による健康問題を抱えた男性アスリートが視野に入ってきたという。

「低体重を招く背景には、アスリートの“軽さ志向”があります。体が軽いほうが、良いパフォーマンスが発揮できるという考えを持っているアスリートは、男女の別なく、少なくありません。また、パラアスリート(障がいのある人が行うパラスポーツの選手)にも利用可能エネルギー不足は見られます。アスリート本人は適切に栄養を摂取していると思っていても、実際には不足しているということが少なくありません」

無月経が栄養サポート介入のきっかけに

低体重志向は世界的な課題でもある。利用可能エネルギー不足がスポーツによって生じている状態が続くと、「スポーツにおける相対的エネルギー不足(REDs : Relative Energy Deficiency in Sport)」となる。そのため国際オリンピック委員会(IOC )は、スポーツにおける相対的エネルギー不足を「利用可能エネルギー不足の状態にあるアスリートの健康とパフォーマンスに悪影響が生じた状態を表す症候群」と提唱して警鐘を鳴らしている。

日本国内および海外でも、こうした状態にある男性アスリートの健康リスクについての研究が行われている。女性同様に機能性視床下部性性腺機能低下症が、利用可能エネルギー不足による男性アスリートの健康リスの潜在的指標である可能性が指摘されているという。

「女性アスリートの場合、月経の有無が健康リスクの指標であることは広く知られています。無月経は性(妊娠するための能力、または妊娠する力)にも関わるので、無月経が医療や栄養サポートの介入のきっかけになることもあります。しかし、男性には今のところ、そうした明確な指標がありません。性機能の低下は配慮が必要な問題でもあることから、これを指標として栄養・食事相談の際に問いかけるのは難しいと思っています」

低体重や利用可能エネルギー不足という問題を抱えていても、男女では介入や対策への指標が異なる。これも性差の一例といえるだろう。

「低体重はエネルギー量だけではなく、たんぱく質や炭水化物、ビタミン、ミネラルなどの栄養素も不足した状態である場合もあります。結果として、疲れやすくなったり筋力や持久力が低下したりして、パフォーマンスも低下します。男女アスリートにとって、適切な栄養摂取こそ、選手生命の維持のためにも最高のパフォーマンスを発揮するためにも不可欠といえるのではないでしょうか」

食育とは、バランスの良い食べ物を選択する力を身に付け、健全な食生活を実践できる力を育むことだといわれている。

「アスリートが健やかに、最高のパフォーマンスを発揮できるようにするための、“スポーツ食育”も重要です。アスリート自身はもちろん、周囲の指導者やご家族にも、そうしたスポーツ食育がもっと必要ではないかと考えます。そこに性差はありません」

成長期のアスリートには補食の活用を!

貧血や低体重、利用可能エネルギー不足などの問題は、成長期のアスリートにも無縁ではない。男女問わず成長期の貧血には注意が必要だ。「成長に必要なエネルギーと栄養素に加えて、トレーニングで消費するエネルギー分も供給する必要があります」と石井さんは言う。そしてエネルギー供給で大切なのが“補食”だと指摘する。「補食というのは、朝・昼・夜の三食では不足するエネルギーや栄養素を補う軽食です。おやつではありません」。練習前に空腹を感じる場合や、練習後から夕食までの間隔が長時間になる場合に「補食を摂りましょう」と石井さんは助言する。だが、教育現場では補食の実施が困難な現実もあると指摘する。学校では、食品の持ち込みが禁止されている場合があるからだ。「かつてトレーニング中は水を飲むなと言われましたが、今は水分補給の大切さが周知され、水やスポーツドリンクを飲むことが奨励されています。スポーツ食育の一環として補食の大切さも同様に周知され、うまく取り入れられるようになってほしいと願っています」。

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ヘルシスト 291号

2025年5月10日発行
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