特集 「脱炭素」の現実 〈現地ルポ〉
目指せ「ゼロカーボンシティ」 北九州市城野地区の挑戦

文/飯塚りえ  イラストレーション/小湊好治

CO2の削減には、暮らし方を変えていかなくてはならず、そのためには地域を挙げての取り組みが欠かせない。北九州市は早くから環境未来都市を標榜しており、2020年10月には、「2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロとする」ゼロカーボン(脱炭素)シティを宣言。市内の各地で具体的な取り組みを行っている。しかしゼロカーボンに貢献するような生活様式の確立にはまだ時間がかかりそうだ。

北九州市は、1960年代の産業公害と深刻な被害を克服した経験を糧に、環境保護への取り組みを続けてきた。1990年代前後には廃棄物の再利用を軸に最終的に廃棄物をゼロにする「ゼロエミッション」を目指し、資源循環型社会の構築を意図したエコタウン事業をスタート。2004年には、市民、企業、行政が一体となって「世界の環境首都」を目指したグランドデザインを策定。産業公害を克服する過程で培われた環境保全技術等を発展途上国と共有するなど、国際協力も活発に行っている。そうした取り組みが評価され、1990年に国連環境計画(UNEP)グローバル500、1992年に国連地方自治体表彰を受賞した。

環境をテーマにしたこうした都市づくりの延長線上にあったのが、気候変動対策と脱炭素社会の実現だ。地球温暖化の問題についても積極的で、2008年に国から「環境モデル都市」に認定された後、2011年には経済協力開発機構(OECD)から、グリーン成長(環境保護と経済成長を両立させながら発展すること)を成功させ、他の地域の参考となる「グリーン成長モデル都市」として、パリ、シカゴ、ストックホルムとともに世界で4つ目の都市として選定された。

市では早くからCO2排出を市内で2005年度比50%、アジア地域の各国合計で同150%削減するという目標を掲げ、取り組みの一環としてアジア地域の低炭素化を通じて、地域経済の活性化を図るための中核施設「アジア低炭素化センター」を開設。2020年には国の方針に呼応する形で、「2050年までの脱炭素社会の実現」を目指す、ゼロカーボンシティを宣言した。

その主要プロジェクトの一つが、JR城野駅から1分、城野地区(約19ha)の整備事業だ。エコ住宅や創エネ・省エネ設備の導入、エネルギーマネジメントによるエネルギー利用の最適化など、脱炭素を目指したまちづくりが進んでおり、2021年1月現在で個人住宅606戸、法人13社、住民約1300人となっている。

城野地区。駅北側の国有地、UR城野団地などを中心とした約19ha。
案内をしていただいた牛房義明(うしふさ・よしあき)さん。北九州市立大学経済学部教授。中央大学経済学部卒業後、京都大学大学院経済学研究科研究指導認定退学。博士(経済学)。専門は環境経済学、公共経済学、エネルギー経済学。

戸建てでCO2排出量削減100%が目標

城野駅を出てペデストリアンデッキに立つとすぐに目に入るのが北九州総合病院。南向きの屋根にたくさんの太陽光パネルが設置されている。

住民でもある北九州市立大学経済学部の牛房義明教授に街の案内役をお願いした。牛房教授は街の概要をざっと説明してくれた。

「城野地区は、『みんなの未来区 BONJONO ボン・ジョーノ』の名のもとに、CO2の排出量を削減することと同時に、多様な世代が長く住み続けられる持続可能なまちづくりを行っています。

ゼロカーボン街区として、戸建住宅は高断熱・高気密の省エネ住宅で、太陽光パネルが標準装備されています。分譲の集合住宅も低炭素住宅で規模は小さいが太陽光パネルが設置され、また各戸にエネファームが装備されています。また、各家庭にはHEMS(Home Energy Management System)が設置され、その時々の太陽光やエネファームの発電量とエネルギー消費量が常にわかるようになっています。こうした取り組みによって、戸建てはCO2排出量削減を100%、集合住宅では70%を目指しています」

地区の中で、地元の住宅メーカーの「東宝ホーム」が宿泊体験展示場を設置している。開発業者によって住宅の仕様には一部の違いがあるが、一例として紹介したい。

同社では、「外張り断熱」という工法を多くの住宅に採用しているという。家全体を屋根・壁・基礎の断熱材で囲う工法で、気密性はより高くなり、一年を通して外気温の影響を受けにくい住宅だ。また住宅全体の空気の循環を促す「ハイブリッド・エア・コントロールシステム」では、吸気口から計画的に外気を取り込んで、階をまたいで住宅内の空気を循環させ、同時に年中温度変化の少ない地熱を利用することによって、夏は涼しく、冬暖かい部屋を実現する。

城野地区は将来的に、地域で電気を賄い、電力の需要と供給をバランスするCEMS(Community Energy Management System)を視野に入れている(図1)。

図1 CEMSの概念図地域の施設や店舗で使うエネルギーの使用状況、発電状況を収集・分析してエネルギーの利用を最適化する。
(BEMS=Building Energy Management System、MEMS=Mansion Energy Management System)

各住宅には、HEMSの様子を示す端末が標準装備されている(図2)。太陽光発電と、エアコン、給湯、照明器具など室内の設備をつないでエネルギーの使用状況がわかり、各機器のエネルギーの自動制御や快適な節電ができる。ゼロカーボンを目指すうえでは欠かせないシステムだ。

図2 HEMSの様子を示した端末エネルギーの使用量を「見える」化。

さらに、同じ地区で同社が手掛けたマンションは、北九州市で唯一の低炭素住宅として認定されており、ガスに含まれる水素を利用して発電すると同時に、このとき発生するお湯を給湯などに利用できる家庭用燃料電池システム「エネファーム」を全戸に採用。全内窓にLow-Eガラス(ガラスの表面にLow-E膜といわれる特殊な金属膜がコーティングされ、日射による熱や室内の暖房で暖めた熱を吸収・反射することで、温度の変動を減少)を採用するなど断熱性能を高めており、共用部分の照明などは一部、太陽光発電によって賄われる。国土交通省が定めた省エネ基準を、住宅の一次エネルギー(石油、石炭等の化石燃料、原子力の燃料であるウランなど)の消費量でさらに10%削減できるという。

ゼロカーボンは設備だけでは実現しない

このメーカーに限らず、ボン・ジョーノ内の住宅は、各家庭の負担を配慮しつつゼロカーボンを実現するために可能な限りの設備を整えている。

この他、脱炭素だけでなく、多様な世代による上質な住環境を保つべく、住民なら誰でも使えるスタディルームは、Wi-Fiも整っていて子どもたちが自習をする場所としても活用されている。2020年には、生活支援サービス付きの高齢者住宅もオープンした。

住宅だけでなく、街そのものの様子も開放感があり穏やかな印象だ。

「塀をなくし植栽をすることで、緑が豊富な街になっていますし、CO2の吸収にも貢献しています」(牛房教授)

戸建住宅で構成されている一部の街区では、高さ2.5m以上の中高木を1戸あたり2本以上、集合住宅の場合、敷地面積から建築物の建築面積を除外した面積に対して、165㎡あたり高さ2.5m以上の中高木を2本以上植栽することなどが決められている。区域によっては電柱をなくし電線類の地中化も実現していて、道路も広々としている。

地区内は、路面に遮熱性舗装を施して赤外線を反射することで、熱の吸収を抑制し、路面も、また周囲の空気も暖まりにくい仕様となっている。この日の城野地区は気温26.5℃と暑い日で、この舗装が施されていない地点は触ると「熱い」と感じるほど。一方、遮熱性舗装の道路は熱いという感触はなく、違いは顕著だった。

快適な住環境をつくることも「ゼロカーボンシティ」につながっている。

ゼロカーボンは設備だけを整えても実現しない。先述したように城野地区の住宅は太陽光パネルの設置が開発の条件になっているのだが、これはある意味、画期的な試みといっていいだろう。というのも、太陽光パネルを導入することで、その分、建設コストが高くなって住宅の価格にも反映してしまうからだ。それでもこの地域に住もうと思われているのは、そうした先進的な取り組みに対する住民の理解があるということだろうか。

「北九州市の中心地、小倉とも近く、住環境が良いこともあって人気のあるエリアですので、多少高めの価格でも受け入れられているのではないかと思います。ただ、ゼロカーボンというコンセプトに共感して購入を決めた、という住民がどれくらいいるか、率直なところ、わかりません」

牛房教授はこう応じる。

各家庭ではHEMSで自宅の発電量や現在の使用量等、エネルギー消費の様子が細かくわかり、晴れた日と曇りの日、日射のあるなしでどの程度発電量が変わるのか、あるいは、こまめに電気を消したり、お風呂の使い方を工夫したり、生活の仕方によって電気の使用量がどの程度違うのか、最初は関心を持つという。

しかし——

「残念ながら、わが家でも入居当初は、物珍しさもあってよく見ていたのですが、慣れてくると徐々に気にしなくなっていきますね」

思うように減らないCO2の排出量

2019年4月から2020年3月にかけての電気・ガス併用世帯のゼロカーボン達成度を見てみると、思うようにCO2の排出量が減っていない(表)。

(単位:㎏-CO2
①創エネによる
CO2削減量
②エネルギー使用による
CO2排出量
①-②
太陽光 エネファーム 買電量 ガス消費 実際の
CO2削減量
2019年4月 164.48 78.11 91.61 278.46 −127.48
2019年5月 194.32 48.16 52.74 234.26 −44.52
2019年6月 175.24 45.84 23.60 170.17 27.31
2019年7月 149.21 41.74 33.66 137.02 20.28
2019年8月 112.43 28.07 54.13 90.61 −4.24
2019年9月 98.90 34.91 74.95 110.50 −51.65
2019年10月 108.26 46.60 46.15 170.17 −61.45
2019年11月 120.06 73.36 48.58 223.21 −78.37
2019年12月 57.95 107.78 99.94 262.99 −197.20
2020年1月 52.40 117.84 156.50 395.59 −381.85
2020年2月 36.09 108.09 161.01 346.97 −363.80
2020年3月 78.77 116.14 127.70 353.60 −286.39
合計 1348.10 846.65 970.56 2773.55 −1549.37

表 電気・ガス併用世帯のゼロカーボン達成度CO2の排出量は削減しているものの、達成までの課題も少なくない。
(提供:牛房義明)

「ここに課題があるように思う」と牛房教授は言う。

「これからHEMSのデータを詳しく解析していくのですが、2019年の数値をざっと見る限り、発電の設備があることで、住民がエネルギーの使い方に配慮しなくなっているのかもしれません。同時に、城野地区の住民は、ゼロカーボンのコンセプトに触れる機会は他の地域に比べて高いとは思いますが、それだけで積極的な取り組みに結びつけるのは難しいのではないか、とも思います。

例えば、地域のこども食堂などで、ゼロカーボンで作った食事を提供するなど、視点を変えて訴えることで、住民の行動変容につながればと思います」

今後、CEMSを活用して電力の自給自足を推進することなどでゼロカーボンを達成するには、電力利用の様子を「見える化」したり、意義を明確にしたりして目的に向かおうとする意識を熟成させること、そしてコストが下がるなど具体的なメリットがあることの両輪が必要なようだ。

この記事をシェアSHARE

  • facebook

掲載号
THIS ISSUE

ヘルシスト 268号

2021年7月10日発行
隔月刊

特集
SPECIAL FEATURE

もっと見る