特集 微生物とサステイナブル 〈巻頭インタビュー〉
多様で持続可能な世界へ 進化するバイオテクノロジー

構成/飯塚りえ

SDGsとは17項目の持続可能な開発目標のことだが、人類の将来を真に考慮するには、まずはサステイナブルとは何かを考え、原理原則を理解しなければならない。生物学においては、多様な生物が協調して生きていける生態系こそが、サステイナブルな社会の第一義だ。こうした考えに基づき、生物の力、特に微生物を利用するサステイナブル・バイオテクノロジーが、さまざまな分野で注目されているという。

東京薬科大学生命科学部生命エネルギー工学研究室教授

渡邉一哉(わたなべ・かずや)

東京工業大学理学部卒業。同大大学院理工学研究科修士課程修了。金沢大学にて学位(理学博士)取得後、東燃、海洋バイオテクノロジー研究所(微生物利用領域長)、JST ERATO橋本光エネルギー変換システムプロジェクト(微生物グループリーダー)、東京大学先端科学技術研究センター(特任准教授)を経て、2011年5月から現職。

今、“sustainable(サステイナブル)”という言葉は、ともすると、より良いもの、方向を目指すニュアンスが含まれているように思いますが、元来の英語“sustain”は「現状を維持する」という意味です。それに“able”が付いて「維持できる、持続できる」となります。

サステイナブルという言葉が現在のようなニュアンスを帯びる以前から、生物学では「細胞が恒常性を維持して長く生き続けていく」ことを「サステイナブルなシステム」などと呼び、「現状を維持する」という意味で使われていました。

さまざまな生物が協調する生態系

では、何の現状を維持したいのかといえば、結局は豊かな人間社会です。地球環境の変化によって現在の豊かさが失われる事態を何とか避けたいと考えているのは、文明を享受している一部の人類です。一方、飢餓や紛争に苦しむ人たちは現状維持を望むものではないでしょう。このままでは、人類の繁栄は必ずしも地球のサステイナブルにつながらないと思われます。

国連が持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)として今後の目標を提示しましたが、これらのゴールは表面的であり、今、サステイナブルなシステムはどのようなものか、どうしたらそのようなシステムを実現し得るかという原理原則への考えを深めていかなくてはなりません。生物学では、SDGs以前からサステイナブルな生態系とはどういうものかを一つの命題として長く議論してきました。その成果として言えるのは、多様な生物が協調して生きていける生態系がサステイナブルだということです。つまり、単純で単一な生物しかいないような生態系は外界からのかく乱に耐えられず、破滅してしまいますが、多様な生物が存在し、状況が悪化してもお互いに補い合って生き延びることができるシステムがあれば、その生態系はサステイナブルなのです。ですからサステイナブルな社会を築くには、まず多様性を尊重することが大切ではないかと思います。

もう一つ、サステイナブルでないシステムの特徴は循環していない、ということです。例えばCO2を原因とした地球温暖化や最近では廃棄プラスチックが大きな問題になっていますが、どちらも地下資源を掘り出して地上で使い終わったら、どこかに捨ててしまうという、循環していないシステムに根源的な問題があるのです。

従って、サステイナブルの重要なポイントは2つです。一つは多様性を尊重するということ。もう一つは循環しているということ。多様な要素がお互いに協調し、ものが循環するシステムが構築されることがサステイナブルだと考えています。

発電する微生物

こうしたサステイナブルに関する考えをベースに、私たちは、今「サステイナブル・バイオテクノロジー」に取り組んでいます。サステイナブルな社会をつくるために、生物の力を利用する学問や技術のことで、私たちはこれまで環境汚染物質を分解する微生物やバイオマス廃棄物を分解してメタンガスを発生する微生物など、あらゆる微生物を対象にしてきました。

その中の一つが「発電菌」です。発電する微生物というと、「そんな面白い菌がいるの?」と皆さん驚かれますが、化学反応の電位差を利用してエネルギーを獲得するというメカニズムは多くの生物に共通することで、生物の営みとしては、なるほどと思わせる微生物です。

最初にヒトと発電菌、それぞれのエネルギー獲得の方法について説明しましょう。

ヒトの場合、エネルギー獲得に必要なことは、ごはん、つまり有機物を摂取することと、酸素を吸って呼吸することです。ヒトは、有機物を分解してCO2を産生し、その過程で発生した電子を酸素に渡して水にするという反応を行っています。化学的にいえば、有機物の分解と酸素呼吸の間には電位差があるので、その間に電子を流してエネルギーを獲得し、細胞内のエネルギーとされるアデノシン三リン酸(ATP)を合成するのがヒトのシステムです。

ところが微生物の中には、有機物を分解する際に発生する電子を酸素に渡すのではなく、細胞の膜を通して外に出して直接電極に流すことができる種類がいます(図1)。有機物を酸化して発生する電子を電極に放出する「電極呼吸」ができるのが発電菌というわけです。

図1 発電菌シュワネラのエネルギー獲得の仕組み発電菌は、シトクロム(MtrC、OmcA、MtrA、MtrB、CymA)という電子伝達タンパク質が細胞の外に突出している。言ってみれば電極のような役割を担い、その電極を通じて電子をやり取りする。電子伝達タンパク質はヒトも持っている一般的なタンパク質だが、外部に突出して発電するという「使い方」が異なる。アノードは、外部回路から電流が流れ込む電極。

発電菌として有名なのは、アメリカのオナイダ湖で見つかった「シュワネラ菌」、ワシントンD.C.で見つかった「ジオバクター菌」などです(図2)。実は発電してエネルギーを獲得する菌は意外に身近におり、日本の田んぼや動物の腸内など、いろいろなところで見つかっています。

図2 発電菌の一種であるシュワネラ菌(A)やジオバクター菌(B)シュワネラ菌はオナイダ湖底の鉱石表面に張り付き、有機物、例えば落ち葉を分解して鉱石に電子を渡しながら生きている。ジオバクター菌は、日本の田んぼでも見つかっている。

発電菌は、有機物を分解して電子を外部に渡す形で電気エネルギーを得ることができますが、一方で、外部から与えられた電気エネルギーを受け取って代謝反応を促進することもできます。実はこれこそが発電菌の本質であって、単に発電菌と言わずに「電気化学活性菌」と呼んだほうが適当かもしれません。

生物がエネルギーを獲得する手段としては、ヒトのような化学合成、植物のような光合成の2種類が考えられていたわけですが、発電菌の発見によって電気エネルギーを利用した電気合成という考え方が登場したことになるのです。生物学においてこの点は驚くべきことです。

新たな発電菌を見つける

電極との間で電子をやり取りするという発電菌の性質を私たちの生活や産業に活用できないかと考え、いくつかの装置が開発されてきました。

微生物燃料電池(MFC:Microbial Fuel Cell)

微生物を用いて電気エネルギーを作る装置です(図3)。有機物を微生物に食べさせると、電子を放出します。この電子をマイナス極で受け、プラス極に流す際に、モーターを回したり明かりをつけることができます。MFCに適した電極や育種したシュワネラ菌を利用して発電量を上げ、それらを利用して開発されたのが「ブック形微生物燃料電池」です。

図3 MFCの構造(A)とブック形微生物燃料電池(B)このブック形微生物燃料電池は縦横約10㎝、内容積が100㎖ほど。0.3Wほどの出力があり、携帯音楽プレーヤー程度を動かすことができる。

また、装置に廃水を流して微生物に汚濁物質を分解してもらいながら発電することもできます。や牛糞などの雑多な廃棄物を処理しながら発電できるのが微生物を使う大きなメリットです。

微生物電気分解装置(MEC:Microbial Electrolysis Cell)

微生物の発電の仕組みを応用し、その過程でクリーンな燃料とされている水素を作ろうという装置です(図4)。水素エネルギーの利用促進を図るうえでの課題の一つは製造コストですが、廃棄物から効率よく水素が生産できればこの問題が解決できると期待されます。例えば、大型の商業施設等で食品廃棄物を回収してMECに投入することにより水素を発生させ、施設に設置された水素ステーションで販売するというサイクルも考えられます。

図4 水素を作るMEC微生物が有機物を分解する際に発生する電子の電位をポテンショスタット(電極電位を制御する装置)により制御し、水中のプロトン(水素陽イオン)を還元して水素を発生させる。

微生物電気合成(MES:Microbial Electrosynthesis)

これまでとは逆に、微生物に電気エネルギーを与えて有用物質を合成してもらおうというのがこの装置です。例えば空気中の窒素からアンモニアを合成することなどが考えられます(図5)。

図5 空気中の窒素からアンモニアを作るMESアシディチオバチルスに電気を与え、空気中の窒素からアンモニアを合成する装置。必要な電子を電極から提供する。アンモニアは、肥料だけでなく、水素よりも製造コストが低い燃料になるとして注目が集まる。

発電菌を利用する装置の改良や利用の道筋を考察するとともに、現在は新たな発電菌を見つけるべく、日本科学未来館とともに市民とのコラボレーション企画を進めています。全国の人たちに泥で発電する「泥電池キット」を配布し、各地で泥などを採取して発電実験をしてもらいます。シュワネラ菌やジオバクター菌はアメリカで最初に見つかったものですが、後に日本にもいることがわかってきました。このプロジェクトにおいて、皆さんが集めた土や泥から日本固有の菌種が見つかれば興味深いと思います。その中から良い土、良い泥を見つけるための実験を一緒にしたり、報告会を行ったりしながら、全国に泥電池ネットワークのようなものを構築して、新しい発電菌を日本発で見つけられればと考えています。

同時に発電菌の分子メカニズムに関する理解を深めることも課題です。例に挙げたシュワネラ菌とジオバクター菌では、“電極”や“電線”を構成するシトクロムの種類が異なります。例えばシュワネラ菌はシトクロムの遺伝子を30~50種ほど持っているのに対し、ジオバクター菌は100種以上持っており、それぞれを使い分けているのだろうと思われます。

また、シュワネラ菌は塩分があっても生息でき、酸素のある場所では酸素呼吸も行う菌ですが、ジオバクター菌は田んぼなどの淡水系に生息し、嫌気条件のみで増殖します。先に触れた発電する腸内細菌は、上記の2種とは電位伝達の仕方が違うなど、同じ発電でも菌によって仕組みが異なるようです。これらを解明していくことで、発電効率の良い菌の育種にもつながると思います。

多様な選択肢がサステイナブルへの近道

このようにして現在、発電菌の利用法を模索しているのですが、これらがさまざまな形で社会に実装され、サステイナブルな社会の形成に貢献できるようになってほしいと思います。微生物を使うことのメリットは、それらが持つ多様な代謝能力にあります。プロセス全体としての反応効率は、現在、化学プロセスにかないませんが、同時に無数の反応が進行し、それらがお互いを補完し合うプロセスが魅力的です。その結果、複雑な組成のバイオマス廃棄物などを原料に電気や水素などを作り出せるのです。先述のMFCを使って廃棄物などから電気を作り、その電気を使ってMESにより有用物質を作る。その後、生産された有用物質が人間社会で使われて、廃棄物になって戻ってくるという新しい循環系を構築できます(図6)。

図6 発電菌を利用した循環型社会

私は、サステイナブル・バイオテクノロジーは、多様な選択肢の一つであるべきと考えています。今、石油や石炭など従来の化石燃料の使用を止めようという方向に向かっていますが、適切な量を本当に必要なところで利用すれば、本来それらは優れた資源です。石油などの化石資源を全く利用しないというのは極端な方向で、過度に依存しすぎないという心がけが大切と思います。

ある方法に問題が起きた際に、代わって利用できるエネルギーのレパートリーを提供すること―今回でいえば発電菌を利用するエネルギー生産の手法―は、科学技術の重要な役割です。適した手法を適したタイミングで機能させる仕組みを社会に取り入れる、選択肢の多様性を増すことが、サステイナブルな社会に近づくための道筋と思います。

(図版提供:渡邉一哉)

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ヘルシスト 271号

2022年1月10日発行
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