暮らしの科学 第58回 “日陰”を持ち歩き 暑い夏を快適に!

文/茂木登志子  イラストレーション/東 早紀

暑い夏がやって来た。外出時の紫外線対策や熱中症対策として「日傘」が注目されている。どのような利点があるのだろうか? 日傘を差す男性もいるが、子どもにも有効なのか? 今回は暑い夏を少しでも快適に過ごすために、日傘について調べてみた。

〈今月のアドバイザー〉渡邊慎一(わたなべ・しんいち)。大同大学学長。日本生気象学会理事、熱中症予防研究委員会委員。静岡県出身。1991年、名古屋工業大学工学部社会開発工学科卒業。民間企業で建築設計の実務に3年間携わり、名古屋工業大学大学院に進む。1999年に「コタツの研究」で博士号取得。2000年に大同大学講師、2004年、デンマーク工科大学留学を経て、2012年に大同大学教授就任。2023年から現職。日本建築学会東海賞、人間‒生活環境系学会論文賞、日本生気象学会論文賞など受賞歴多数。

気温が気になる季節になった。気象庁によると、最高気温が25℃以上の日を夏日、30℃以上の日を真夏日、そして35℃以上の日を猛暑日という。いったい今日の気温は何度まで上昇するのだろうか?

暑さが増すと、街頭ですれ違う人々の姿からも、熱中症対策や猛暑対策を講じる様子がうかがえる。帽子をかぶる。扇子やうちわであおぐ。最近は持ち歩きできるハンディ扇風機や首掛け扇風機で涼む様子もよく見かける。そして、日傘を差す人も。

日傘は日陰をつくり、体感温度を下げることができるという。「無限に日陰を歩けます」「暑い夏の日、日陰で体感温度は7℃下がる」。これは3年前の夏、日本気象協会が発表した、日傘の利用を推奨するポスターに掲げられていた文言だ。

環境省が作成して改訂版を公表している、保健活動に関わる方々向けの保健指導マニュアル「熱中症環境保健マニュアル 2022」にも、暑さを避ける行動として「日向では積極的に日傘を使用する」という項目が挙げられている。どうやら思っていた以上に、暑い夏を健やかに乗り切るツールとして、日傘は有効なようだ。

日傘についてもっと知りたくなり、愛知県名古屋市に向かった。到着したのは、大同大学の学長室。実は、学長の渡邊慎一さんにはもう一つの顔がある。渡邊さんは、室内および屋外における暑さ寒さについての専門家で、コタツや日傘、運動会など、ユニークなテーマに取り組む研究者なのだ。特に近年は、熱中症予防の視点に立った日傘の研究に力を入れている。そこで今回は、渡邊さんに日傘についての解説を仰いだのである。

真夏の日陰が快適な理由

日傘は小さいけれど日陰をつくってくれる。真夏の炎天下で日陰にいると、なぜ、快適と感じるのか? まずはその仕組みが知りたい。すると、渡邊さんの解説はこんな質問から始まった。

「日なたと日陰、どちらが涼しいと感じますか? あるいは暑さが和らぐと思いますか?」

日陰!

「では、日なたと日陰、気温は違いますか? 同じですか?」

違う? 日陰のほうが低いような……。

「ハズレです。気温はどちらも同じです。違うのは、体感温度です」

体感温度というのは、文字どおり、ヒトが感じる温度(暑さ)のこと。そして、体感温度は、気温以外にも日差しや風、湿度、着衣、活動状況、路面の温度など、さまざまな影響を受けて感じ方が変わる。

特に暑さの感じ方に大きく影響するのは日差しだ。太陽からの日差しの強さ(日射量)は、真夏の日中では1000 W/㎡にも達し、直接当たると肌を刺すような刺激を受け、とても暑い。

また、日差しが当たる路面は、その熱を吸収して温度が上昇する。熱を吸収しやすい黒いアスファルトの路面は60℃を超えることもあるという。路面だけではなく、建物の壁面も同様に熱を吸収する。そして、路面や壁面は吸収した熱を放射する。

「ですから、日なたにいると、例えば気温が30℃程度でも、体感温度はもっと高く感じるのです」

逆に日陰では、日差しが遮られるので、直接人体に日差しが当たらず、路面や壁面からの熱放射も減る。その結果、体感温度も低下する。だから、同じ気温でも、日差しがカットされた日陰にいると、日なたにいるときよりも暑さが和らいで感じるというわけだ。前に紹介した「暑い夏の日、日陰で体感温度は7℃下がる」という文言は、そういう科学的な理由に基づいていたのである。

「熱中症対策として炎天下で効果が大きいのは、日差しのカットです。炎天下の街中を歩いて移動する際に、木陰や建物の陰など日陰を探して歩いていても、どうしても日陰が途切れる空間があります。日陰がない! どうしよう? 行き着いたのが、日傘の使用です」

渡邊さんは、日傘の良いところは2つあるという。1つ目は、持ち運べること。

「つまり、自分専用の日陰を持ち運ぶことができるということです」

2つ目は、安価であること。

「大勢の人が利用できるような日陰を樹木や建物でつくろうとすると、設備投資といいますか、経費が相当かかり、実現が難しい。それに比べると、日傘の購入費用は、はるかに安価です」

自分専用の日陰効果

渡邊さんの日傘に関する研究は2009年から始まった。最初は使用実態の調査だ。愛知県と岐阜県の大学6校の女子学生を対象にアンケート調査を実施した。日傘使用者の割合は31.4%。

「注目したのは、使用者のほぼすべてに当たる98.2%が、使用目的として紫外線防止を挙げていたことです。暑さを防ぐため、というのは64.0%でした。それで、日傘の研究項目に紫外線も加えることにしました」

その後、渡邊さんは大学キャンパス内で複数回の実験を行ってきた。素材や加工方法が異なる数種類の日傘を地面から150㎝の高さ(日傘使用時の人体頭部の高さを想定)に水平に設置し、日傘下と日なたでそれぞれ気温、相対湿度、照度、紫外線強度、地表面温度、長短波放射量などを測定する。これら測定値からWBGT(Wet Bulb Globe Temperature:湿球黒球温度〈暑さ指数〉)とUTCI(Universal Thermal Climate Index:体感温度)をそれぞれ算出し、夏場の炎天下における暑さを緩和する日傘の効果を評価するという方法だ。

最初に検証したのは、自分専用の日傘効果(図1)。つまり、日傘を差すと、どのくらい炎天下の暑熱が緩和されるか、ということだった。

図1 日傘の効果実験の結果から、日傘によって自分専用の日陰をつくる効果に違いがあることが分かる。日射を透過させないことと、傘の生地が日射を吸収しにくい白い色を選ぶことが重要だ。

「日射量にかかわらず、それぞれの日傘の日射率は一定でした。最も日差しを遮る効果が大きかったのは、“ラミネート白”(表面が白で裏面にポリウレタンフィルムをラミネート加工したもの)で、99.7%。その次が“ラミネート黒”(表面が黒で裏面にポリウレタンフィルムをラミネート加工したもの)で99.0%。一番効果が小さかったのは、“通常白”(特別な加工をしていない表面が白の日傘)で48.3%でした」

直径100㎝足らずの小さな円だが、日傘がつくり出す日陰は確実に日差しを遮ってくれることが分かる。

さて、ここで忘れてはいけないことがある。日傘の生地が日差しをどのくらい吸収するか、ということだ。日差しが日傘の生地に当たると、その一部が生地に吸収されて日傘自体が熱くなるし、上がった温度に応じて周囲に熱を放出する。傘の内側にも放射熱が出てくるので、傘を差しているヒトもその熱を感じてしまうことになるからだ。

「日射の遮蔽や吸収は、MRT(Mean Radiant Temperature:平均放射温度=周囲の全方向から受ける日射および熱放射を平均化した温度)という指標で評価しました。日傘下のMRTは日なたよりも低温となります」

実験で日なたと日傘下のMRTで最も大きな差が出た、つまり、日なたよりも低温となるのは“ラミネート白”で、−15.0℃。最も差が小さい“通常白”でも、−7.9℃だったという。ここまでのところ、“ラミネート白”が自分専用の日陰としては最適のようだ。

「そうですね。これまでの実験でも、白よりも黒のほうが熱を吸収しますし、放出する熱量も多いことが明らかになっています」

では、体感温度はどのくらい低下するのだろうか?

「体感温度の指標にはいくつかあるのですが、私の研究ではUTCIを用いています。UTCIの低減効果が最も大きいのは“ラミネート白”で、−3.7℃。“ラミネート黒”は、−2.5℃。低減効果が最も小さいのは、“通常白”で−1.8℃でした」

日傘で熱中症予防

熱中症は、気温や湿度が高い環境に長時間いることで体温調節の機能がうまく働かなくなり、体内に熱がこもってしまった状態だ。その結果、さまざまな症状を引き起こす。少しでも日陰に身を置き、直射日光を避けることが大切だ。

環境省は、熱中症予防の指標として「暑さ指数(WBGT)」を用いている(図2)。この指数は暑さが体に与えるストレスを数値化して示したもので、日本では「熱中症指数」とも呼ばれている。

「暑さ指数(WBGT)は、暑熱環境を評価する目的で1954年にアメリカで提案された指標で、国際標準化機構(ISO)等で国際的に規格化されています。単位は摂氏度(℃)で示されますが、気温とは異なる値です」

渡邊さんの研究では、日傘によって暑さ指数が平均で1.8℃(WBGT)、最大で2.9℃(WBGT)低減することが明らかになっている。

「2.9℃(WBGT)低減するということは、例えば、『危険』レベル(31℃〈WBGT〉以上)から、『厳重警戒』(28~31℃〈WBGT〉)に危険度が下がるということです。ぜひ、熱中症対策として自分専用の日陰を持ち歩いてください」

図2 日常生活における熱中症予防指針

WBGTによる
温度基準域
注意すべき生活活動の目安 注意事項
危 険(31℃以上) すべての生活活動で 高齢者においては安静状態でも発生する危険性が大きい。外出はなるべく避け、涼しい室内に移動する。
厳重警戒(28℃以上31℃未満) おこる危険性 外出時は炎天下を避け、室内では室温の上昇に注意する。
警 戒(25℃以上28℃未満) 中等度以上の生活活動で
おこる危険性
運動や激しい作業をする際は定期的に充分に休息を取り入れる。
注 意(25℃未満) 強い生活活動で
おこる危険性
一般に危険性は少ないが激しい運動や重労働時には発生する危険性がある。
(日本生気象学会「日常生活における熱中症予防 第3版〈2023〉」より改編)

日傘の選び方と使い方

これから日傘を購入する場合には、次の2項目を満たしたものを選ぶと、科学的に見ても自分専用の日陰効果が得られる。

・日傘の外側は、黒よりも白や淡い色などの明るい色。

・生地が透けないもの。

渡邊さんは、簡単な確認方法を教えてくれた。

「傘を差して、光にかざしてみてください。太陽でも室内の照明でもかまいません。光が透けて見えるのであれば、光が生地を透過しています。光が見えなければ、光を完全にカットしているということです」

つい、聞きたくなってしまった。雨傘を日傘として使ってもいい?

「それも実験しました。日傘と雨傘、それぞれ白と黒を日なたで各種項目を測定し、評価しました。結論から言うと、白い雨傘は暑熱緩和効果を期待できないです。雨傘で代用するしかないときは黒い雨傘をお勧めします。しかし、やはり暑熱を避けたい場合は日傘をお勧めします」

実は、大学の所在地である愛知県内では、コロナ対策でソーシャルディスタンス確保と熱中症対策を兼ねて、傘を差しての通学を実施した小学校があった。その際に、子ども用日傘の代わりとして使用されたのが雨傘だった。

「一般に地面に近いほど温度は高くなるといわれているので、大人よりも身長が低い子どものほうが暑く感じているでしょう。子ども用の日傘はまだそれほど普及していませんし、雨傘でどのくらいその暑さが緩和できるのか調べたいと思いました」

実験では日傘の白が99.3%、黒が98.9%、雨傘の黒が95.1%の日射遮蔽率を示した。雨傘の白は日射の約半分が透過していたという。どうしても1本の傘で兼用したいなら、雨傘としても使えるタイプの日傘を携行するといいだろう。

渡邊さんの研究は、日傘の差し方と紫外線カットの関係にも及んでいる。

「雨傘を差すときには雨が降り注ぐ方向に傘を向けますよね。日傘の場合は、太陽の方向に向けて差すと、紫外線カットに効果があります」

これまでの実験では日傘を水平にしていた。そこで、水平パターンと太陽の傾きに合わせて日傘の向きも変化させるパターンで、紫外線遮蔽率を測定し、比較する実験を行った結果だという。

「紫外線の過度な照射は健康被害をもたらすことが指摘されています。そこで、日傘と衣服、帽子、アームカバーを組み合わせた場合、どの組み合わせパターンが全身の紫外線防御に効果があるのかを調べる実験にも取り組みました」(図3)

図3 紫外線防御アイテム条件衣服で覆われている部分は紫外線を防御できる。帽子の防御効果は局所的であり、蒸れるので時々風を通す必要がある。アームカバーも局所的だが、日傘との相互補完で、紫外線防御が最強になる。

キャンパス内のグラウンドに、マネキン2体を設置。1体に紫外線防御アイテムを着装し、もう1体は比較のため裸体でマネキン各部位の紫外線量を測定した。アイテムは、衣服のみ、衣服+帽子、衣服+帽子+アームカバー、衣服+アームカバー、衣服+アームカバー+日傘、衣服+日傘という6パターン。

「全身の紫外線防御率が最も高かったのは、衣服+アームカバー+日傘の組み合わせでした」

どうしてこの組み合わせが紫外線防御に最強なのだろうか?

「帽子やアームカバーで覆われた部分は、ほぼ完全に紫外線を遮ることができます。言い換えると、局所的な防御アイテムです。日傘のほうは、頭、顔、肩、胸など、局所アイテムよりも広範囲にカバーできます。しかし、朝夕の太陽の高さが低くなるにつれて、日傘のカバー範囲が狭くなります。衣服+アームカバー+日傘の組み合わせは、相互に補完して紫外線を防御しているといえます」

女性が美白の敵としての紫外線対策で使用するものと思われがちだった日傘。科学的に検証していくと、猛暑続きの夏を快適に乗り切るアイテムだということが分かる。暑い日が続きそうだ。この夏は、ぜひ男性も、日傘を使って暑さ対策をしていこう!

(図版提供:渡邊慎一)

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