特集 「人間拡張」技術 〈巻頭インタビュー〉
コンピュータを介して人に寄り添い人を高める技術

構成/飯塚りえ

「人間拡張」という新しい技術が注目されている。この技術は、単に先端技術の機械で行動や生活を補助するのではなく、人が自ら機器・装置を操作しているという実感と、その行為が周囲に影響を与えているという感覚が必要となる。要諦は、人間同士または人間と社会がコンピュータを介して相互作用することであり、このポリシーに基づいて機械を操作する人間の能力が高くなれば、いずれ健康や介護といった分野でも、これまでとは異なる取り組みが可能になるという。

産業技術総合研究所人間拡張研究センター 研究センター長

持丸正明(もちまる・まさあき)

1993年、慶應義塾大学大学院博士課程生体医工学専攻修了(工学博士)。同年、通商産業省(現・経済産業省)工業技術院生命工学工業技術研究所入所。2001年、改組により、産業技術総合研究所デジタルヒューマン研究ラボ副ラボ長。2018年から現職。2023年から同研究所フェロー。専門は人間工学、バイオメカニクス、サービス工学。現在、ISO/TC 324およびPC 329国際議長。消費者安全調査委員会委員長代理。

「人間拡張」とは、英語の“Human Augmentation”を訳した言葉(augmentationは拡張・拡大・増大などの意味)で、ITやセンサー、ロボットなどの技術が寄り添うことで人の心身の機能を高める技術の体系です。始まりは2010年ごろ、人間とコンピュータの相互作用やインターフェースを研究するHCI(Human Computer Interaction)という分野で、“Human Augmentation” “Augmented Human”、「拡張」といった言葉が使われ始めました。

人間拡張技術は多様な技術の集合

人間拡張の領域では、人と社会もしくは人と環境、あるいは人と人の間に何らかの形でコンピュータが介入します。対面で会話をしているときには、コンピュータを介していませんが、スマートフォンで電話をしていれば、ここに第三者としてのコンピュータが介入することになります。2010年は、世界的にそうした技術が広がり、人間拡張が登場する舞台が整った時期だったといえるかもしれません。

しかし当時はまだこの言葉の定義が明確ではなく、個々の研究者が多様な技術を開発していました(図1)。私たちは、自分の体に装着する人工筋肉のスーツやウェアラブルロボットで身体の能力を拡張する「超人スポーツ」といった研究をしていましたし、ロボットのような存在が遠隔地にいて、「私」がそれに乗り移り、遠隔のロボットがあたかも私のように振る舞うといった「テレイグジスタンス」技術の研究者もいました。AR(Augmented Reality:拡張現実)は、実世界にバーチャルな絵を重ねて見せる技術で、ゲームでよく利用されています。ARもまた人間拡張技術の一つです。また脳波や神経細胞を検出してコンピュータがそれを解析し、意思や知覚を読み取らせたり、逆にコンピュータからの信号によって人に働きかけたりするといった「BMI(Brain Machine Interface)」技術も登場しました。

図1 人間拡張技術の例人間の機能を「身体」「感覚」「認知分析」「コミュニケーション」の4つに分類。それらの機能を補強、補完したりする技術と、実際に利用される場面。さまざまな技術が補完し合って、人間拡張という概念が成立している。

人間拡張の個々の要素技術は、その後も継続して開発が進み、研究分野としても広がりを見せ、2018年には産業技術総合研究所内に人間拡張研究センターが設立されて、私がセンター長に就任しました。

この領域には多様な技術が集まっていますが、私たちは、これらの技術をまとめて覆う“網”として「人に寄り添って人を高める技術」と定義しています。さらに個々の技術を、人間の4つの機能、すなわち身体、感覚、認知分析、コミュニケーションに分類して整理するようにしています。これらの技術を組み合わせて活用し社会に資するために、人間拡張という技術分野が定義される必要性が生まれたのだろうと考えています。

先の、人に寄り添って人を高める技術という定義について少し解説を加えましょう。テレイグジスタンス、BMI、ウェアラブルロボティクスといった人間拡張と呼ばれている技術について、中核になる考え方とポリシーとはなんでしょうか。まだすべての研究者が同じ考えを持っているとは言えませんが、私は、“Sense of Agency”と“Sense of Efficacy”の2つだと考えています。

「自己主体感」と「自己効力感」

Sense of Agencyは、「自己主体感」、つまり人機一体感です。遠隔にいるロボットや身に着けるロボット、あるいはBMIのような装置が、いわば私の体の一部だと思えるということです。空を飛びたいと思ったときに、ドラえもんのタケコプターや、リュックサックのように背負ったジェットパックの噴射によって飛ぶのは人間拡張です。一方で飛行機は人間拡張とは言い難いものです。違いは行為主体です。座っていればパイロットが運んでくれて移動ができる飛行機は、「私自身が空を飛んでいる」のではなく、運ばれているという感覚です。こうした基準にのっとれば車の運転は人間拡張になりますが、自動運転では人間拡張とは言えないでしょう。

もう一つはSense of Efficacy、「自己効力感」です。そこで起きたことが、自分の行為の結果だと思えることです。自己主体感と似通った概念ですが、例えば、私が文章生成AIを使って何かを書いたとしても、それは、自分が書いたものとは思えません。しかし自分の講演を生成AIがテキストにまとめてくれたとしたら、それは間違いなく自分の話したことで、それを読んだ人たちに働きかけをし、影響を与えたと思えます。これが自己効力感です。

先ほど触れたテレイグジスタンスやウェアラブルロボティクスにしても、BMIにしても、それが私の一部であるように思えて、かつ、それに伴って他者や世界に働きかけた結果が、自分の仕業だと思えること。人間拡張という概念には、コンピュータなどの機器によって操作されるのではなく、人間側の受け止めとして、行為主体感や人機一体感が備わっている必要があるのです。

この考えに至ったのは、人間拡張の研究をスタートした際に行った実験です(図2)。「超人ペナルティキック」と名付けた、人工筋肉を装着してゴールポストに向けてボールを蹴る、という実験です。人工筋肉によって力が増強されているといっても、実際の力の1.2倍程度です。しかし、ゴールポストに蹴り込んだ瞬間に、ものすごい速度でボールが入ったかのように、ズバン!と実際にはあり得ない大きな音が出る仕掛けも加えました。すると、実験を体験した研究者たちが、もう一度やりたいと、この装置に列をつくり始めました。これは、人間拡張の要素技術を用いた装置ですが、ここには、人の力を補強し、アクティブにするとともに、その行動を継続的に行わせるモチベーションを高めることができるという可能性を感じます。

図2 モチベーションを高める仕掛け筋力の増強だけでなく、ボールがゴールポストを揺らす効果音によって、想定外の高揚感が生まれる。

地域住民に向けてセンターで行ったイベントでも、人間拡張の新しい魅力を発見しました。地球に攻めてきた怪獣とアクションヒーローの戦いという設定で、参加者はその戦いに加わり、人間拡張の技術を借りながら怪獣に立ち向かうというものです。

アバターが実空間の行動に影響を与える

モニターには、ヒーローが戦う様子や怪獣が攻めてくる様子が映し出されます。参加者は攻めてきた怪獣のしっぽに付いたロープを引っ張って進行を止めようとします。しかし歯が立ちません。次に、人工筋肉を装着してまたしっぽを引っ張ります。1回目よりは力が出るのですが、やはり力不足です。3回目にヒーローと同じデザインのメガネをかけます。すると今度は、モニターに変身したヒーローが映し出され、あたかもヒーローが自分の分身になったかのように、参加者と動きが同調するようになります。参加者の動きを捉えるモーションキャプチャが機器に装備されているのです。すると、驚いたことに1回目の力を10とすると、2回目は12程度、3回目は18や19といった、前2回に比べてはるかに大きい力が出ていることが計測されました。アバター(仮想空間上の自身の分身)の姿が、実際の空間におけるユーザーの行動にも影響を与えたのです。専門用語ではこれをプロテウス効果といいますが、言ってみれば参加者の気持ちの変化だけで想定以上の力が発揮されたのです。参加者の多くにこのような現象が見られた一方で、実験室では、このような現象は起きません。あくまでもストーリーが練られたイベントにおける現象だったのです。このことはその後、私たちが人間拡張を考える上での大きなポイントにもなっています。

  • モーションキャプチャー:動きを3次元で計測し、動いた位置を数値化する技術。

ヒーローに変身したときに何らかの脳内物質が産生されたのだろうとは想定できますが、人間拡張という領域を考える上でこの現象が興味深いのは、人機一体感、自己効力感を生み出すための仕組みとして、何らかの装置を装着することだけでなく、アバターを引き込むことも有効な手段になり得る点です。

「人間」を人類と考えて、飛べない人類が飛べるようになるといった拡張技術の方向性もありますが、足が不自由な人が歩けるようになったり、何らかの疾患によって失った能力を補完したり、高齢になって衰えてきた能力を補強したりすることも、人間拡張の領域にあります。

さらに私たちのセンターでは、能力を補強する装置を利用し続けることで、自身の能力そのものが増強されたり回復したりして、装置がなくても人が変化することを目指せるのではないか、と考えています。

人間拡張をこのように理解した上で、私たちはいくつかの社会実験を試みています。

一つが、介護支援のための仕組みです。

要介護者が介護機器を使い続けて生活していると、要介護度が悪化する割合は少なく、改善する人の割合が増えることが分かっています(図3)。適切な介護機器の支援によって、日常的な生活行動の中で運動を続けられるようにすることが重要です。私たちは、そのためのロボット型歩行器を開発しました。一般の歩行器にセンサーを付け、上り坂ではユーザーを引っ張るような力が働いたり、下り坂はブレーキがかかったりする仕掛けを加え、転倒しないようにしました。これで、より多く歩いてもらえるようにしました。

図3 要介護者における介護機器の有用性要介護の状態で機器を使用しない場合/使用した場合で、有意に悪化する割合が少なくなることが分かる。誰もが機器を使おうと思える仕掛けが、要介護状態の改善の可能性を示唆する。(2006年から8年間の全国介護保険レセプトの分析)

さらに、使用中のデータを収集して、例えば歩く距離が伸びているなら歩行器を補助する力を抑制するというように、ユーザーの能力の改善に応じて補強の力を変えることで、リハビリにどのように寄与するのかを観察しています。

健康維持のための運動を継続させるという仕組みもいくつか開発しています。

厚生労働省のデータでは、継続的に運動を行うという人は、3割程度となっています。適度な運動を促進するためのアプリや新しい道具などもありますが、なかなか3割を超えることがありません。従って7割の人にとっては、健康に良い、肥満は生活習慣病につながると知っても、運動を始めて継続するという心理に至らないということが分かります。

この7割の人の心理を見てみると、雷同派、同調派、無関心のように分類することができます(図4)。無関心グループにメッセージを届けるのは簡単ではありませんが、例えば雷同派は、誘われたら参加するけれど継続動機がないために習慣として定着しないグループ、同調派は、みんながやっているから始めてみるという動機があっても明確ではなく簡単に習慣から離れてしまうというグループです。どちらも、何回かは参加してみるものの、徐々に、何となく参加しなくなってしまうグループです。

〈左〉年齢調整した運動習慣のある者の年次推移(20歳以上)。 ※「運動習慣のある者」とは、1回30分以上の運動を週2回以上実施し、1年以上継続している者。出典:厚生労働省 令和元年「国民健康・栄養調査」結果の概要

図4 運動を継続できない心理運動が健康に良いことは知識として理解されていても運動習慣が定着するのは3割程度。それ以外の人には別の心理的なアプローチが求められる。

共感という感情を増強させる仕組み

では、気乗りしないものの参加したのはどうしてでしょう。例えば友人など周囲との関係を大切にしたい、という気持ちからかもしれません。そこで仲間との共感という感情を増強するような仕組みをつくってはどうか、と考えました。

心理学の知見ですが、人は他者との共感が高まると、笑顔などの表情が同調することが知られています。同調の度合いが増えれば、共感が高まって運動をしようという動機付けの強化につながるかもしれません。ここから、エクササイズなどを一緒に行う際に、参加者の表情を撮り、同調度を測定します。それをインストラクターに伝えて、表情が同調するように仕向けてもらうという実験を行ったところ、実際に雷同派の継続参加率が上がりました。

得意不得意といった意識が上達を妨げることがありますが、これにも人間拡張の技術が有用です。

東京大学の稲見昌彦教授は、VRを使って仮想空間でけん玉の練習をするという実験を行いました。時間だけが遅くなった仮想空間では、ポンと上げたけん玉が実際よりもゆっくりと落ちてきます。被験者は、当初、けん玉がまったくできません。しかし仮想空間では玉がゆっくりと落ちてくるので、受け止める準備をすることができ、成功が続きます。少しずつ仮想空間の時間を実時間に近づけ、最終的に実時間でも成功するようになったら、今度は実際の空間でけん玉をしてみます。すると被験者はものの数十分でけん玉の技術を獲得していました。体の動かし方などを修正するようなプログラムが組み込まれているわけではないのですが、単に仮想空間で成功体験を重ねるうちに、被験者はだんだんと膝を上手に使うようになるのも興味深い点です。この仕組みの中にも人間拡張の有用性が見えると思います。つまり、地道な努力をしてパフォーマンスを上げることが当たり前でないという人にも、早く成功体験を与えることで能力を獲得できる可能性があるのです。

人間拡張を行う上で、人の感情や動機を後押しするものは、生来の気質や成長の過程で獲得したものもあるでしょう。それらを形成した背景は、体型やそのときの環境や、あるいはテニスをするのかスキーをするのかといった行為の違いなどと、これもまた多様です。今は、人間拡張の技術や装置の目新しさが耳目を集めていますが、今後、技術が社会に浸透し普及する上で、多様なデータを集積・分析して、技術を組み合わせ、トータルに考えることが大切なのではないか、と考えています。一つの技術だけで変わるほど、人は単純ではないからです。“仕掛け”を多く用意し、人間を変えられるようにしていくのが、人間拡張の次の段階ではないでしょうか。

(図版提供:持丸正明)

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2024年3月10日発行
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