人間活動が温室効果ガス排出を通じて地球温暖化を引き起こした——。今や疑う余地のない事実だ。そして人類は地球温暖化による気候変動という仕返しを受けつつある。温暖化の進みが速い陸域の食料生産が受ける影響は深刻だ。日本は食料の5割以上を輸入している。これはすなわち、生産国が農業に起因する温室効果ガスを日本のために排出していることにほかならない。こうした背景を理解し、暮らしの中の環境負荷を知ることから私たちの気候変動対策は始まる。
特集 気候変動と日本の食 〈巻頭インタビュー〉
「温室効果ガス」の排出削減は「環境負荷」の認識が第一歩
構成/飯塚りえ イラストレーション/小湊好治
2006~2015年の世界平均気温は、産業革命以前の平均値より0.87℃高くなり、陸域の地上気温は平均1.53℃高くなっています。2015年、国連気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)では世界各国が温室効果ガスの排出削減に取り組むことを約束しました。採択された「パリ協定」では、世界共通の長期目標として、産業革命以前に比べて世界の平均気温上昇を2℃より十分低く保ち、1.5℃に抑える努力をする(1.5℃目標)ことを掲げています。しかし、それから10年近くを経て、厳しい現状を迎えています。
アフリカや近東の干ばつ被害が深刻
海域では水の熱容量が大きいため気温上昇がゆっくりと進みますが、陸域では海よりも速く温暖化が進んでいます(図1)。近年、世界のほとんどの地域で50年に一度しか起こらないレベルの「極端な高温」が観測される頻度が上がっています。日本でも、長引く猛暑や大型の台風、線状降水帯による大雨被害が頻繁に報道されています。こうした陸域に現れる気候変動の影響は、地球上の広範囲にわたり食料生産や人々の生活にリスクをもたらしています。
もともと雨が多いアジア圏では、河川の氾濫や洪水など大雨の被害が増加していますが、世界的に見るとアフリカや近東における干ばつ被害のほうが、より深刻です(図2)。日本でも、かつては日照りで作物が枯れることはありましたが、ため池やダムなど治水の工夫を重ねてきた歴史があり、干ばつの対策は比較的普及しています。しかし、世界的にはインフラ整備の進まない地域が多くあり、特にアフリカなどでは畑が干上がり、草も枯れて放牧できなくなり、住む場所を追われる人々——「気候難民」が急増しています。
気候変動による高温、干ばつ、洪水が増えたことで、食料供給にも変化が起きています。例えば、アフリカの半乾燥地域では繰り返す干ばつで穀物や家畜の生産性が低下し、アジアでは大規模な洪水で農地も甚大な被害を受けています。こうした状況から、2050年までに穀物価格は1~23%(中央値で7.6%)上昇するという試算データがあり、温暖化を抑制しなければ食料供給も大きなダメージを受けることが分かります。
日本は、食料の多くを輸入しているため、緊急性を感じにくいかもしれませんが、食料生産の一次産業に従事する人が多く、気候変動に伴う災害に遭いやすい国や地域では、食料不足による飢餓や貧困、気候難民の増加が深刻化しているのです。
「人間活動が地球温暖化の原因」
気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が2021年に公表した第6次評価報告書第1作業部会報告書では、「人間活動が主に温室効果ガスの排出を通して地球温暖化を引き起こしてきたことには疑う余地はない」と強い表現が使われました。観測データやシミュレーションモデルで分析した結果、人為起源の温室効果ガスが大きく影響していることが分かったのです。パリ協定に合意した世界各国では、さまざまな方法で温室効果ガスの排出削減に取り組んでいますが、単純に自国からの排出量を減らせばいいというわけではありません。グローバルな世界においては、エネルギー資源や食料の問題も地球規模で複合的に考える必要があります。
日本における温室効果ガス排出量のうち約9割がCO2で、その多くが産業起源です。稲作や畜産、肥料の投入によりメタン(CH4)やCO2、一酸化二窒素(N2O)などの温室効果ガスが排出されますが、国内の農業部門から排出される温室効果ガスの量は、日本の1年間の総排出量のうち約4%に過ぎません。ですから日本の温室効果ガス排出削減は産業部門の取り組みに注力しているのですが、日本は食料の5割以上を他国から輸入していることを忘れてはいけません。つまり、日本人が食べている食料の半分以上は他国で生産され、他国においてその生産のために農業起源の温室効果ガスが排出されているのです(図3)。
例えば、オーストラリアから牛肉を輸入するとします。牛を育てる牧場で排出された温室効果ガスは、オーストラリアの農業部門からの排出量としてカウントされます。あるいは、その牛の飼料となる穀物を別の地域から輸送していた場合は、その穀物を生産した畑から排出されたCO2や、肥料から出る温室効果ガスは飼料生産地の排出量としてカウントされます。温暖化についてより深く考えるためにも、輸入した食べ物の生産地で温室効果ガスが排出されているという背景は知っておいてほしいと思います。
さらに、2010~2016年に世界で生産された食料の25~30%は廃棄され、その量は世界全体の人為起源温室効果ガス総排出量の8~10%に相当すると推定されています。それはどういうことかというと、私たちの食卓に食品が並ぶまでには、食料を生産し、それを冷蔵したり工場で加工したりして消費者の元へ運ぶといった過程を経ています。約3割の食料を廃棄するということは、このすべての過程で排出された温室効果ガスの約3割は無駄に排出されているということになります。極端なことを言うと、廃棄される食料を生産するために利用された土地に植林すれば、CO2の吸収源にすることもできるのです。
私たちが暮らしの中で、温室効果ガス排出削減のためにできる確実性の高い対策の一つは、食品の廃棄を減らすことです。そして、必要な量だけを輸入し、できるだけ地産地消で食料を賄うようにすることが望ましいのです。
ヨーロッパなどでは、温暖化対策の観点から食肉の消費を減らそうという動きがあります。個人的には、日本は世界の中で食肉消費量が特に多いわけではないので、健康的で持続的な食を目指すという方向で抑えていくのがよいのではないかと思っています。その土地の気候や風土を生かして、土地にも人間社会にも持続可能な方法で生産されてきた農畜産物は、地域社会に根づいています。そこを訪れた旅行者も、ともに地元の食を楽しむことは良いものです。
食べることは人生の楽しみの一つですから、厳しい制限を課すよりも、買い物をするときに「これはどこで作られたものだろう?」と産地を見るだけでも、温暖化対策の一歩になります。その食品が私たちの手元に届くまで、どういうルートをたどって、土地や環境にどれだけの負担をかけてきたのか、どれだけの温室効果ガスを排出せざるを得なかったのか、と想像することが、温室効果ガス排出削減に寄与するはずです。
各国の森林減少防止に向けた取り組み
今は世界各国でCO2排出削減に取り組んでいることもあり、店頭に並んだ食品が、その生産、加工、輸送、廃棄などの過程でどの程度のCO2排出を伴うものか、可視化する工夫も望まれます。木材製品には、適切な森林管理によって生産されたものであることを認証する、国際ラベルの「FSC認証マーク」がありますが、食品にも同じような仕組みがあると、温暖化対策を意識しながら消費活動ができると思います。
地産地消という観点は、エネルギー資源でも同じことが言えます。
再生可能エネルギーの一つにバイオマス発電があります。バイオ燃料作物や木質バイオマスなどの原料は大気中のCO2を光合成により吸収して成長したものなので、バイオマス燃料を燃やしてエネルギーを作るとCO2が発生しますが、持続可能な方法で作物や樹木を育成することにより再生可能という考え方です。
適切に利用すれば確かに化石燃料の抑制に役立ちますが、大々的に活用するとなると安価に入手できる熱帯や亜熱帯から大量の木質バイオマスを輸入することになりかねません。そうなるとエネルギー資源を生産するために、生物多様性の高い自然の森林が失われる可能性があります。これは、温暖化対策と生物多様性の保全が厳しい競合を起こす可能性があるという一つの例です。現在は木質バイオマスの生産・輸出・輸入には持続可能性が担保されるよう、各国で詳細な基準や制度、法律を定め、森林減少の防止に向けて取り組みが進みつつあります。
植物は光合成により大気中のCO2を吸収しています(図4)。世界の陸域の、主に森林は、人為的に排出されるCO2の約3割を吸収しているという調査結果があります。それでは森林は常に同じ速度でCO2を吸収しているのでしょうか。そうではありません。森林は昼間に光合成をしてCO2を吸収し、夜は呼吸によりCO2を放出します。つまり、森林は温室効果ガスの吸収源であり、排出源でもあるわけです。落葉樹を1年間観察すると、新緑が芽吹き葉を増やす季節は光合成が盛んになりCO2吸収量が多く、葉が落ちた冬の間はCO2を放出していることが分かります。
木を伐採して、植林した直後から数年は、まだ十分に葉が育たないため、CO2吸収より放出のほうが多くなりますが、日本付近では樹種によっては10年ほどでCO2の吸収量が回復し、20~30年くらいで1ha当たりのCO2吸収量がピークに達します。樹齢を重ねると成長した幹の部分は呼吸をするだけになり、吸収効率が落ちてきますが、その後も長期間、森林はCO2を吸収し、炭素ストックとしての役目も果たします。
20世紀以降、世界では森林減少が続いています。日本と関係の深い所では、マレーシアやインドネシアの熱帯林の減少があります。どちらの国もオイルパーム(アブラヤシ)の代表的な輸出国で、熱帯林を伐採してオイルパームを植林し、パーム油を輸出しています。このように土地利用を変化させることで、森林の土壌や樹木に蓄えられていた炭素が放出され、炭素ストックが大幅に減少します。植林しても、元の炭素ストックを回復するまでには何十年もかかります。
パーム油は食品や洗剤、化粧品、シャンプー、歯磨き粉など、身近な日用品に使われていて、日本でも年々、輸入量が増えています。日本の消費のために伐採された土地もあるということを、私たちは知っておくべきだと思います。温室効果ガスの排出削減や生物多様性の保全を考慮して、自然に近い熱帯林を残す面積とオイルパームを栽培する面積を調整しながら、持続可能な方法で森林計画を行っていくことが望まれます。
日本で何ができるか
パリ協定では、2050年までに、人間活動による温室効果ガス排出量と同じ量を、吸収または除去することでバランスさせること(カーボンニュートラル)を目標にしています。しかし、これまでの観測データやシミュレーションモデルから、人為的な吸収量の強化や除去はまったく間に合っていないことが分かります。温室効果ガス排出の大規模な削減を進めると同時に、急速な吸収源開発を行わなければ、温暖化を抑制できません。
日本で何ができるかというと、第一に化石燃料起源の温室効果ガスの排出を大幅に削減すること、再生可能エネルギーを普及させること、そして農業を含むあらゆる産業活動のプロセスを低炭素化すること、その中には食品廃棄を減らすことも含まれます。
加えて、気候変動の影響に適応するという考え方に基づいて、農林水産業や防災を含む現行のシステムを将来の気候変動に合わせて調整し、予想される悪影響を軽減することです。例えば、大雨や渇水に備えて農地や都市の水管理システムを再構築したり、栽培や養殖の品種を再検討するなど、気候変動とともに、うまく生活していく工夫が必要になるでしょう。
気候変動対策で最も大切なのは、私たちが毎日の生活の中で生み出している環境負荷を知ることです。2023年からEUに輸出する製品にはカーボンフットプリントの表示が義務付けられることになりました。国内では、農林水産省が温室効果ガス排出削減を「見える化」して、トマト、キュウリなど23品目の農作物にラベル表示する取り組みを行っています。加工食品も対応を進めているようなので、消費者が環境負荷の少ないものを選べるようになれば、温暖化対策をしている商品のシェアが高くなり、産業起源の温室効果ガス排出が徐々に削減されているのではないかと思います。
- * カーボンフットプリント:原材料の調達から製造、廃棄、リサイクルまでのライフサイクル全体で排出される温室効果ガスをCO2に換算した数値。