〈シリーズ〉がんから身をまもる 
第1回 「治療の進化」と「早期発見」 
〈特別インタビュー 1〉
医療機器・薬剤の進歩と多職種チーム医療体制

構成/飯塚りえ  イラストレーション/小湊好治

50年前に3割程度だったがん治癒率は、今では5年生存率が全がん平均で6割以上に達するなど、がん治療は格段の進歩を遂げている。医療機器や薬剤、そして検診や診療、治療技術の進化によるところが大きいが、一方で、医師、看護師の他に、薬剤師などのメディカル・スタッフも参加する多職種チームで診療・ケアに当たるという、医療体制の変化も貢献している。がん治療はこれから、患者や家族の生活や経済、また、心のケアなどを包括的に支える医療へと発展する —— 。

静岡県立静岡がんセンター名誉総長

山口 建(やまぐち・けん)

1950年、三重県生まれ。1974年、慶應義塾大学医学部卒業。同年、国立がんセンター(現・国立がん研究センター)研究所入所。1999年、同副所長。同年、宮内庁御用掛兼務。2002年から静岡県立静岡がんセンター総長。2023年から同名誉総長兼理事、静岡県エグゼクティブアドバイザー。 ゲノム医療協議会構成員、がん対策推進協議会会長、厚生科学審議会科学技術部会委員などを歴任。2000年に高松宮妃癌研究基金学術賞、2014年に国際腫瘍学バイオマーカー学会(ISOBM)ABBOTT賞受賞。

がん医療は、過去半世紀、格段の進化を遂げました。順番に見ていきましょう(図1)。

図1 がん医療の進歩がん医療の対象は、1️⃣病巣2️⃣患者3️⃣患者・家族の暮らしへと広がっていく。20世紀は1️⃣が中心だったが、21世紀に入り2️⃣3️⃣が加わり、全人的な医療を目指す。

がんの可視化が大きな革新をもたらした

最初に、がんの本態解明に基づく予防の進歩が挙げられます。がんは、人体を構成する37兆個の細胞の一つで生じたゲノム・遺伝子変化によって発生することが明らかになっています。その要因は、親からの遺伝、生活環境中の発がん物質や放射線などが代表で、喫煙、大量の飲酒や感染症を避ける予防法が確立されました。また、多くの建材などに使われていたアスベスト、印刷工場で使用する洗剤の成分、1,2-ジクロロプロパンといった新たな発がん物質を特定し、予防に生かす地道な活動も続けられています。

診断技術においてがんを可視化できるようになったことも、治療に大きな革新をもたらしました。私が50年前、国立がんセンターに勤務し始めた頃、主要な診断機器は一般のX線装置や断層撮影などでした。その後、CTスキャン、超音波(エコー)検査、MRI、PETスキャンなどが登場しました。

内視鏡の進歩も著しく、胃カメラと呼ばれていた原始的な内視鏡がファイバースコープに進化し、病変を自由に観察したり、生体組織採取検査したりすることが可能になりました。さらに電子内視鏡によって病変をモニターで観察できるようになり、これが内視鏡治療につながりました。それまで、がんの疑いがあれば手術で確認することもしばしばでしたが、今は画像診断や生体組織採取検査を駆使することで、ほぼ確実にがんの診断ができるようになっています。これはすべてのがんに貢献する普遍的かつ圧倒的な技術進歩だったと思います。

可視化技術はまた、早期発見、早期治療という道筋をつくることにも大きな役割を果たしました。半世紀前、がん治癒率は3割程度でしたが、現在では、6割以上に達しています。一般のがん検診は、胃がんに関してはX線とともに内視鏡でも実施されるようになり、乳がん検診ではマンモグラフィーが加わるなどして、検査の精度は向上しています。

90歳でも早期であれば手術は可能

がん治療に関する大きな出来事としては、2000年代に入って、全国的にがん医療のレベルを向上させるためのがん診療連携拠点病院(以下、がん拠点病院)制度が始まり、その後、政府のがん対策基本法、がん対策推進基本計画が策定されたことが挙げられます。がん治療は、外科手術、放射線治療、薬物療法の3つが柱になっており、がん拠点病院を中心に診療機能の強化が進められました。

外科手術は、体の負担が大きな治療法ですが、がんの種類によっては今や90歳でも、体調が良好で早期であれば手術が可能になりました。これには、患者の体への負担を抑える低侵襲性手術が可能になったことが大きな要因となっています。内視鏡による手術が普及し、早期発見とも相まって、胃がん手術の半数以上は内視鏡手術に替わっています。ふくくうきょう手術や胸腔鏡手術も低侵襲性手術の代表です。また、2010年代に普及した手術支援ロボット「ダヴィンチ」による手術は、静岡がんセンターでは前立腺がん、直腸がん、胃がんに始まり、現在では肺がん、腎臓がん、子宮がん、食道がんなどへの導入が進んでいます。

放射線治療では、陽子線治療や重粒子線治療がかなり広がり、また、がん拠点病院では高精度照射治療が一般化しました。いずれも病巣にピンポイントで粒子線、放射線を照射する技術で、正常組織のダメージを抑えることができます。

薬物療法では、細胞がん化の原因分子を攻撃する分子標的薬や患者の免疫の力でがん細胞を排除する免疫チェックポイント阻害剤が登場して治療の幅を広げています。現在、既存の薬剤と新薬との併用療法がさまざまな分野で検討されています。がんの薬剤に関しては、かつて「魔法の弾丸」というコンセプトが流行したことがあります。がんは薬で全部治せる時代がもうすぐ来るという意味です。それに近い状況が、例えば血液の悪性腫瘍など一部のがんでは起きています。しかし現在の薬物療法は、特定の性質を持った、ある種のがんにのみ有効というのが一般的で、たとえ有効であっても、がんの進行を抑える程度で、治癒に至ることはまだ、まれな状況です。将来においては、こうした一歩一歩を重ねて、より有効な薬物療法が確立されていくでしょう。

がん治療の個々の技術の進歩とともに、一人ひとりの患者の治療方針決定にも大きな変化が生まれました。半世紀前には、患者が最初にどの診療科を訪ねるかによって、治療方針が決まってしまっていました。最初に外科の扉をたたいたら手術が原則で、放射線治療や薬物療法という選択肢は考慮されないことが多かったのです。もちろん、自身の診療科での治療が難しいとなれば他の診療科と相談はしていましたが、少なくとも最初の段階での治療方針は、それぞれの診療科が独自に判断していた時代がありました。しかし、より良い治療のためにはそれではいけないという振り返りから、1980年代に各科の専門医が集まってさまざまな視点から治療を検討し最善の方法を決定するという「集学的治療」、さらにこれを病院内の仕組みとする「カンファレンス」や「キャンサーボード」などが行われるようになりました。こうした流れの先に現在の標準治療があるのです。前立腺がんと診断された患者を例に取ると、現在、病状によって、未治療での経過観察、手術療法、放射線療法、ホルモン療法を中心とした薬物療法、さらにさまざまな組み合わせなど、今では多数の選択肢があります。静岡がんセンターでは、泌尿器科が中心となり、患者の希望を聞き、全身状態を検討して治療方針を提示しています。しかし、泌尿器科と放射線科の協力体制が整備されていない医療機関や一般のクリニックでは、実施可能な治療のみを勧めることがあり、改善の余地を残しています。

各科のさまざまな視点で最善の方法を決定

こうして20世紀の後半に、チーム医療という概念が生まれましたが、初期の集学的治療やキャンサーボードは、それでも専門医の領域でした。それを拡大したのが多職種チーム医療です。

2002年、静岡がんセンターを創設した際、私たちは、専門医だけではなく、看護師やメディカル・スタッフ(薬剤師、検査技師、栄養士、心理療法士、ソーシャルワーカーなどの医療従事者)を含めた多様な職種の専門職が集合する多職種チーム医療を始めました。カンファレンスには、専門医のほか、歯科医師、リハビリテーション科医師、言語聴覚士なども適宜加わっています。

がんの専門医以外の医療従事者が加わることで治療に大きく貢献している一つの例が歯科診療です。がんの治療では、副作用によって口腔内のトラブルが頻発するのですが、それまでは「我慢して」と放置され、重篤な副作用にまで至ることもしばしばでした。たとえ重くなくても、口腔内のトラブルは痛みもあって不快ですから生活の質も下がりますし、口から栄養を摂れなくてはがんと闘えません。静岡がんセンターでは設立当初から歯科口腔外科を立ち上げ、歯科医師や歯科衛生士が口腔内トラブルの防止、軽減に取り組み、退院後も地域の歯科医師との連携を強化しました。今ではこうした口腔ケアの取り組みは全国に広がり、診療報酬として認められるようにもなっています。

多職種チーム医療は、医師、看護師、メディカル・スタッフが対等な立場で患者に対応するのが基本です。診療に関しては医師が責任者、ケアに関しては看護師、メディカル・スタッフが責任者という体制です。時に医師は看護師の指示に従わなくてはなりません。従来の病院の組織体制から考えるとかなり斬新ですから、関係者には意識改革が求められます。しかし実施してみると、医師は診療に集中でき、患者のケアは看護師やメディカル・スタッフが担当します。その結果、より深く厚みのある医療が実践されるようになり、患者からは「この病院ではすべてのスタッフが自分のためにベストを尽くしてくれる」と高い評価を受けました。

こうしたチーム医療は、症状の緩和や治療に伴う副作用、合併症、後遺症などをケアする支持療法、そして終末期における痛みの緩和や心のケア、生活支援のための緩和ケア、患者が抱える精神的な悩みに応える腫瘍精神科といった包括的な患者・家族支援などに広がっています。

今、がんとの闘いは、予防に始まり、いざがんにかかったら切れば終わり、ではありません。予防、診断から治療、緩和ケアまで、あらゆる場面で医療と同時に、患者の暮らしや心を支えるケアが必要となっています。つまり、この「患者・家族を支える」という仕組みは、どんながんの患者にも適用される事柄なのです。私は常日頃から、患者・家族支援への取り組みは、21世紀に入って大きく進歩した、すべてのがん患者が恩恵を受ける最先端がん医療技術の一つだと申し上げています。この支援体制によって患者の満足度も高くなっているという事実がその証しでしょう。

このような患者・家族支援体制の充実を目指したきっかけは、「患者と医療スタッフとの心通う対話」でした。静岡がんセンターでは、オープンの3カ月ほど前から「よろず相談」というがんの医療相談室を設置しました。オープン当初から想定を超える人数の方が相談に訪れ、「心通う対話」が進み、すぐにスタッフを増やしました。同時に、患者・家族の悩みや負担に関する全国調査を実施し、計3万件ほどの声を集めました。この調査から見えてきたのは、患者の抱えるさまざまな不安、悩み、困り事。単なる診療上の悩みではなくて、さまざまな社会的課題が含まれていました(表)。そこで「がんの社会学」を立ち上げました。

表 患者・家族の苦痛、悩み、負担全国調査で集めた計3万件ほどの声から浮き彫りになった、患者とその家族が抱える不安や悩み。

がんの社会学で理論的な裏付けを図り、よろず相談で実践経験を積み、がん患者・家族支援の第一歩が始まりました。現在、このよろず相談の活動がモデルになって、全国のがん拠点病院450施設余りには「がん相談支援センター」の設置が義務づけられています。

静岡がんセンターでは、よろず相談の経験を基に、患者・家族へのアプローチを強化し、数年前に包括的患者・家族支援体制を完成させました。よろず相談や患者図書館など初期の部門に加えて、患者家族支援センター、支持療法センター、緩和ケアセンターなどの新しい部門を設置し、診療上の悩み、体の苦痛、心の苦悩、暮らしの負担といった問題に応えています。

がん治療は家族の生活までをも含める

静岡がんセンターの包括的患者・家族支援体制や多職種チーム医療を存分に活用する基盤となっている活動の一つを、初診時に看護師がすべての患者に行う次の6つの質問に見ることができます。

1)体のつらさ。2)不安や気持ちのつらさ。3)治療や療養場所、通院などの悩み。4)経済面や仕事の気がかり。5)日常生活(食事やトイレなど)の悩み。6)家族の介護、子ども・ペットの悩み。

がんだ、と言われて病院を訪れた患者は最初、とにかく治したい、という気持ちが強く働くのですが、治療が進むにつれ、治療前には想定できなかった体の不調や経済的な不安といった問題が浮上してきます。看護師は、最初の質問表を見つつ、治療の過程でも患者とのやりとりから気になったことをカルテに細かく記録していますから、治療の要所要所で声をかけ、その悩みに応じて適切な部門に誘導するといったケアができるのです。

また、より良い治療のためには患者自身が参加する気持ちが大切です。そのためには正確な情報提供が重要だということも見えてきました。静岡がんセンターでは、司書のいる患者図書館を設置し、がん関連の書籍のほか、医療スタッフが作成した療養生活のための小冊子や薬剤の副作用対策などをまとめた処方別がん薬物療法説明書を置いて、自身の治療を理解する手助けをしています。看護師もまたこの資料を使って勉強しています(図2)。

図2 静岡がんセンター院内〈上〉よろず相談は、静岡がんセンターが最初に取り組んだもの。玄関を入ってすぐ右に位置する、同センターの象徴的施設。〈下〉患者図書館には、一般の書籍とともに、各種小冊子や処方別がん薬物療法説明書などが置かれ、自身の病気、治療に対する知識を深めることができる。

治療手技や薬剤の進歩が耳目を集めますが、これらはがん病巣を対象にしています。がんの治療は患者・家族の心や生活などを含めて捉えるべきものです。1980年代に「インフォームドコンセント」という言葉が聞かれるようになり、患者への情報提供と意思の尊重という概念が生まれ、同時にがんを治療するうえではがんの専門医だけでなく、他科の専門医や暮らしを支える専門職が必要だという理解が進んできました。静岡がんセンターで実践してきた全人的医療は、未来のがん医療のあり方を世に問う試みです。今後、広く日本のがん医療の充実につながればと思っています。

(写真を除く図版提供:静岡県立静岡がんセンター)

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ヘルシスト 281号

2023年9月10日発行
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