野本教授の腸内細菌と健康のお話31 プロバイオティクスの菌種と菌株——どちらが大事か

イラストレーション/小波田えま

東京農業大学生命科学部分子微生物学科
客員教授

野本康二

メジャーリーグベースボールの大谷翔平選手や将棋界の藤井聡太棋士など、近年の各界における若者たちの活躍は、頼もしいと感じるばかりである。個の特長が極めて鮮明に表れているといえる。腸内細菌の世界において、同じ菌種でありながら機能的に異なる菌株(strain)が存在することも同様である。腸内フローラの構成菌種は数百にも及ぶが、プロバイオティクスとして用いられている菌種は比較的限られている。乳酸桿菌やビフィズス菌はプロバイオティクスとして多用される菌群(属)であり、製造メーカーは、数ある菌種から特定の菌種を選び、優れた活性や独自の機能を有し安全性の保証された菌株を選抜・育種して製品に適用している。この辺、各社の研究開発部門の切磋琢磨が欠かせない。

これまでに本コラムでたびたび紹介した国際プロバイオティクス-プレバイオティクス学術機関(ISAPP:International Scientific Association for Probiotics and Prebiotics)の2022年の年次総会が、スペイン・バルセロナにおいて久々の対面形式で開催され。本年のトピックとして「プロバイオティクスの有効性は菌種特異的であるべきか、あるいは菌株特異的であるか」というディベート(pros & cons debate)のセッションは興味深いものであっ

まず、Hania Szajewska博士(ポーランド、ワルシャワ医科大学小児科)は、“Debate: All Probiotic Effects Must Be Considered Strain-specific(すべてのプロバイオティクスの効果は菌株特異的でなければならない)”という極めて強い表題にてプロバイオティクスの菌株特異的な活性の重要性を唱えた。すなわち、彼女は臨床医の立場から、抗生物質関連下痢、過敏性腸症候および急性下痢についての複数の異なるプロバイオティクス菌株の症状軽減作用の臨床研究結果を「ネットワークメタアナリシ」という手法により統合解析したところ、限られたプロバイオティクス菌株についてのみ各疾患の症状軽減作用が認められたことから、疾患や症状に応じて、有効性の認められているプロバイオティクス菌株を使用する必要性を強調した。

  • 注) ネットワークメタアナリシス(network meta-analysis):従来のメタアナリシス(meta-analysis)と同様に複数の臨床研究の結果を統計学的に統合する解析方法. 従来のメタアナリシスが2者間の比較に限定されていたのに対して、ネットワークメタアナリシスは3者間以上の比較を行うことができる(参考文献*8より抜粋引用)。

これに対して、Sarah Lebeer博士(ベルギー、アントワープ大学応用微生物・バイオテクノロジー研究室)は、菌種に特異的な活性を重視する立場から、マンガン依存性カタラーゼという酵素(好気条件での酸素の処理過程で働く)の遺伝子が、Lactobacillus caseiLacticaseibacillus casei)という菌種に特異的であることを菌種特異的機能の一例として提示し。広く見渡すと、Lactiplantibacillus plantarumの中にもこの遺伝子を保有する菌株があるので、L. casei特異的と言い切るには少し無理があるが、いずれにしても、この酵素を保有する複数の菌株を特異的な機能を有する集団として捉えることはできる。また、乳酸菌の菌種特異的な機能の別の例として、女性の内の主要な常在菌種であるLactobacillus crispatusは、膣粘膜に存在するグリコーゲンを、アミロプルラナーゼという特有の糖代謝酵素により分解して資化することにより、膣内環境を酸性に保っていることが示され

以上のように、最先端の学術面においてもプロバイオティクスの菌種や菌株の特異性の訴求の是非について結論が出ていない状況である。いずれの立場の議論も正論と考えるが、プロバイオティクスを摂取する一般消費者に正しく理解してもらうことが肝要である。

  • *1 ISAPP HP.
    https://isappscience.org/for-scientists/annual-meeting/2022-annual-meeting/.
  • *2 Report of the 2022 Annual Meeting of the International Scientific Association for
    Probiotics and Prebiotics. Debate: All probiotic effects must be considered strain-specific.
    https://isappscience.org/wp-content/uploads/2022/07/2022-Meeting-Report.pdf.
  • *3 Cai J, Zhao C, Du Y, et al. Comparative efficacy and tolerability of probiotics for antibiotic-associated diarrhea: Systematic review with network meta-analysis. United European Gastroenterol J. 2018 Mar;6(2):169-180. doi: 10.1177/2050640617736987.
  • *4 Zhang T, Zhang C, Zhang J, et al. Efficacy of probiotics for irritable bowel syndrome: A systematic review and network meta-analysis. Front Cell Infect Microbiol, 2022 Apr 1;12:859967. doi: 10.3389/ fcimb.2022.859967.
  • *5 Li Z, Zhu G, Li C, et al. Which probiotic is the most effective for treating acute diarrhea in children? A Bayesian network meta-analysis of randomized controlled trials. Nutrients, 2021 Nov 29;13(12):4319. doi:10.3390/nu13124319.
  • *6 Wuyts S, Wittouck S, De Boeck I, et al. Large-scale phylogenomics of the Lactobacillus casei group highlights taxonomic inconsistencies and reveals novel clade-associated features. mSystems. 2017 Aug 22;2(4):e00061-17. doi: 10.1128/mSystems.00061-17.
  • *7 Hertzberger R, May A, Kramer G, et al. Genetic elements orchestrating Lactobacillus crispatus glycogen metabolism in the vagina. Int J Mol Sci, 2022 May 17;23(10):5590. doi: 10.3390/ijms23105590.
  • *8 神田善伸. ネットワークメタアナリシス. 日本造血細胞移植学会雑誌, 9(3): 72-76, 2020.

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ヘルシスト 276号

2022年11月10日発行
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