生命誕生の鍵となる遺伝物質はどこから来たのか。地球上の生命の遺伝子を構成する核酸塩基5種類が隕石から発見され、最近は「宇宙起源説」が有力になっている。さらに、「はやぶさ2」が小惑星「リュウグウ」から持ち帰った粒子から、RNAを構成する核酸塩基の一つ「ウラシル」が発見された。この事実は、核酸塩基が普遍的に宇宙に存在することを強く示唆し、生命の起源が宇宙にあるという仮説を後押ししている。
「細胞と遺伝子」 第22回 「リュウグウ」の粒子に生命の謎を解く鍵があった!
イラストレーション/北澤平祐
日本の小惑星探査機「はやぶさ2」が小惑星「リュウグウ」へのタッチダウンを成功させ、5.4ɡのサンプルを地球に持ち帰ったのは2020年12月のことだった。
それから約2年がたった今年3月、このサンプルの分析結果が社会に大きな驚きを与えた。
北海道大学などの国際共同研究グループは、リュウグウのかけらに、すべての地球生命の遺伝子のもととなる核酸塩基の一つ「ウラシル」が含まれており、さらに生き物の代謝に不可欠な補酵素でビタミンBの一種である「ナイアシン」も検出したと発表したからである。
「地球外から来たことの有力な証拠になる」
核酸は、遺伝子本体であるデオキシリボ核酸(DNA)と、伝達などの役割を持つリボ核酸(RNA)の総称で、核酸の構成物質である塩基はアデニン(A)、チミン(T)、シトシン(C)、グアニン(G)、そしてウラシル(U)の5種類である。
「私たちの研究グループが分析をしたのは、持ち帰られた5.4ɡのうち76.54㎎(図1)。特殊な白衣を着て、エアシャワーを浴びてからマスクや手袋もする。息をちょっと吹きかけて一部でも失われたら大変ですから、分析の際はとても緊張しました」
核酸塩基の分析を担当した研究代表者で、北海道大学低温科学研究所の大場康弘准教授は、この研究の意義をこう話す。
「生命の構成成分である核酸塩基がリュウグウのサンプルから検出されたことは、『生命の材料』が地球外からやって来たことの有力な証拠になります」
大場准教授の研究グループでは、これまでもアメリカやカナダ、オーストラリアに落下した隕石の分析を行ってきた。その際に彼らがターゲットにしてきたのが、隕石に含まれる有機化合物の中に、遺伝子を構成する核酸塩基が含まれているかどうか、ということだった。
生命の起源にはさまざまな仮説があるが、その一つとして有力なのが、宇宙からの隕石や地球外物質に含まれていた有機化合物が材料となり、何らかの反応によって最初の生命の誕生につながった、というものだ。
この説が唱えられるようになったのは1990年ごろで、きっかけとなったのは1960年代から1970年代にかけて、落下した隕石からタンパク質の成分、アミノ酸が検出されたことだった。およそ46億年前の地球には、今より数千倍の量の地球外物質が降り注いでいた。それだけ有機化合物も多く供給されており、生命の材料の供給源となったと考えられてきたのである。
「地球には大気があるので、地球の岩や砂は風化で当時の組成が失われてしまっています。有機化合物も酸化が進みますから、地球の岩石を調べても当時の有機化合物は検出できません。それが隕石を分析する理由です」
生命の起源と地球外物質の関係をより詳細に理解するためには、隕石からアミノ酸だけではなく、RNAを構成する核酸塩基を検出することが必要だった。大場准教授は独自の分析手法によって、この核酸塩基を隕石から見つけ出す研究を続けてきた。
シトシンとチミンが確かに抽出された
大場准教授によれば、隕石に核酸塩基が含まれているかどうかの研究は、半世紀前から行われてきたという。だが問題は、地球上に落下した隕石からは、DNAやRNAを構成する5種類の核酸塩基ウラシル、アデニン、グアニン、シトシン、チミンのうち、チミンとシトシンが検出されていなかったことだった。
「DNAやRNAは核酸塩基とリン酸と糖がくっついたヌクレオチドという化合物が重合し、二重らせん構造をつくります。その核酸塩基のうち3種類が隕石に含まれていたということは、それらを材料として生命がつくられていてもおかしくない。しかし、その説をさらに進めるためには、残りの2種類の核酸塩基を検出することが必要でした」
そこで大場准教授が注目したのが、隕石を分析する際の条件だった。以前の一般的な分析手法では、石に含まれる有機化合物を取り出すために、100℃以上のお湯や酸性の液体で「煮出す」というやり方がとられていた。だが、大場准教授はこの手法によって、壊れてしまっている成分があるのではないかと考えた。
「有機化合物というものは、条件によってはとてももろく、分解されてしまう。昔の煮出す手法では効率よく成分を抽出できますが、その操作によってシトシンやチミンが壊れてしまっているのではないか、と考えました。そこで我々が行ったのが、高温や強酸性の液体を使わずに低温でじわじわと検出するやり方でした。いわばコーヒーの水出し抽出のようなものです。そして、温める代わりに超音波洗浄装置を使い、温度を低く保ったまま有機化合物を抽出してみたわけです」(図2)
驚いたことに、そこにはこれまで抽出されていなかったシトシンとチミンが、確かに抽出されていたのである。分析に用いたのは、太陽系物質として最古の「炭素質隕石」。隕石と一言で言っても多くのものには有機化合物が含まれていないが、全体の2~5%に当たる炭素質隕石にはそれが豊富に含まれている。研究では、これまでとは異なる新たな核酸塩基分析手法を用い、1969年にオーストラリア大陸に落下したマーチソン隕石なども調べた。
すると世界で初めて、現在の生物の遺伝子に含まれる5種類の核酸塩基が同時に検出されたのだった。
「地球上に落ちた隕石には、土や泥が付着しています。その中には微生物が含まれるので、我々は細心の注意を払って隕石から検出した核酸塩基が、地球由来のものではないという結論を得ました」
2022年に大場准教授はこの成果を科学誌Nature Communicationsに発表。この発見により、宇宙空間には地球が誕生する以前から、DNA、RNAの生成に必須の5種類の核酸塩基が確かに存在していたことが分かった。同様にリュウグウの粒子にウラシルが含まれていたという発見は、地球外にDNAやRNAを構成するすべての核酸塩基が存在していること、つまりは生命の起源が宇宙にあるという仮説をさらに支持する意味を持つことを示したのだ。
「リュウグウの粒子に核酸塩基が含まれていたことで、生命は地球外からやって来たという仮説はさらに有力になっていくでしょう。隕石は火星にも月にも落ちてくるわけですから、生命を構成する材料が同じだとすれば、他の星にも生命があってもいいということです。地球上の生命が隕石の核酸塩基を材料として生まれたのであれば、温度や水などの条件さえそろえば生命誕生という現象は地球だけに限らないでしょう。少なくとも、5種類の材料は宇宙に存在していることが分かったわけですからね。銀河系には『この温度なら水が存在していてもおかしくない』という星はありますし、宇宙に生命の材料は普遍的にあるわけですから、環境さえ整えば、地球外生命体がいつ見つかってもおかしくはないと思います」
宇宙で核酸塩基はどのように創られたのか
生命の誕生を実験によって再現できていないため、これはまだ仮説の一つに過ぎない。だが、宇宙空間に生命の「材料」があるという事実は、今後の実験環境をつくるうえで大いに役立つことになるはずだ、と大場准教授は考えている。
ところで、地球上のすべての生物のDNAは前述の核酸塩基のうち4種類(アデニン、グアニン、シトシン、チミン)だけで成り立ち、その並び方が違うだけだ。大場准教授は自身の研究について語るとき、「それは本当に不思議なことですよね」と言う。
「その4種類の核酸塩基が、DNAの二重らせんをつくるうえでちょうど良いバランスだったのか、あるいは、それが複製能力の高い組み合わせだったのか —— 。今のところその理由は分かっていないわけです。隕石を調べることによって、ひょっとすると別の核酸塩基候補も見つかるかもしれません」
だからこそ、アデニンなど5種類の核酸塩基が隕石から見つかったことは大きな発見だった。
「生物は自分の体の中で核酸塩基を構成していきますが、隕石は生物がいない環境でできていくものです。それがどうやってつくり出されていくかにも諸説あり、我々はその謎を解き明かすために合成実験も行ってきたんです」
太陽系について考えてみると、太陽は表面温度が約6000℃、中心部は約1600万℃という熱を持っている。一方で太陽ができる以前の宇宙空間は、最も低温の場所では-260℃の環境だったという。
「ちりやガスで満たされたその冷たい空間に、あるきっかけで最初の星ができた。その周りから太陽系が徐々に構成されていったわけです。宇宙線という高エネルギーの粒子や紫外線をエネルギー源にしてさまざまな物質が構成される中で、核酸塩基が生成されていったプロセスについての研究も、我々は2019年に発表しています」
しかし、大場准教授は「それはあくまでも実験室内で行った模擬実験です」と話す。
「宇宙に近い環境を再現した実験と、実際に宇宙のサンプルを分析して核酸塩基を発見したこととの間には大きな違いがあるでしょう。とはいえ、模擬実験によって、星ができる前の環境で核酸塩基が生成され、それらが最終的に小惑星になって隕石として我々の手元に届いた、という仮説の提唱につながったことは、大きな意義があると考えます」
興味深いことに、このような大発見をした大場准教授の研究グループが使った低温と超音波洗浄装置での抽出手法は、もともと隕石の分析のために開発されたものではなかった。壊れやすい物質を分析する際に使われる分析機器を、隕石にも応用したことが大きな発見につながったのだ。
「過去の研究では3種類の核酸塩基が検出されていたので、改めてそれを研究しようという機運が少なかったこともあるでしょう。一方で多くの研究者はタンパク質のもとであるアミノ酸を探す研究に力を入れていました。それもまた、核酸塩基が注目されてこなかった理由の一つかもしれません。ですから、最初の分析結果でこれまで未検出の2種類を含む5種類の核酸塩基が検出されたのを見たときは、『信じられない』『何かミスをしたのではないか』と、私自身思ったほどです。これまで多くの論文で何十年も見つかっていなかった有機化合物が、すでに分析されていた隕石の中に、想像以上に多く含まれていたわけですから」
彼がこれほどまでに驚いたのは、分析結果のデータが試薬を分析したかのような美しいものだったからだ。
「間違って試薬を分析してしまったのだろうか」
初めはそう思ったが、さらに分析を進めると試薬では検出されない物質も数多く含まれており、「これは本当なんだ」と納得したという。もとは隕石を分析する機器ではないものを隕石に当てはめてみたことが、過去の研究を覆すような結果につながった。まさに研究の醍醐味がそこにはあった。
生命の材料は宇宙からやって来た
大場准教授が隕石に含まれる有機化合物の研究を始めたのは学生時代だった。「生命の起源には興味がありました」と言う。
「宇宙の隕石の分析をやりたいと思ったのは、大学4年生くらいのことです。人から『どんな研究をしているの?』と聞かれたとき、誰もが理解できるような研究をしたいと思っていたんです。その意味で宇宙や生命の起源や隕石は、説明をすれば必ず分かってもらえる。そんな思いは今なお、自分の研究のモチベーションであり続けています」
また、大場准教授を隕石の研究に駆り立てたのは、「考える自由度の高さ」がそこにあったからだった。生命のまったく存在していない環境から、エネルギー源と材料がそろうことによって化学反応が起き、生命というものに変わっていく —— 。このストーリーには何より引きつけられた。
「生物というものが非生物からできたとすると、では、どのようにそれが起こったのか。生物の起源の研究は分からないことだらけですが、核酸塩基などの材料が合成されて生命らしい機能が生まれ、ついに生命が生まれるというギリギリのところを考えることには、やはり面白さがあります」
大場准教授には、市民向けの講演会などで、冗談を交えてよく語る言葉がある。
「僕たちは広い宇宙の中の地球という星に住んでいます。その意味では僕たちは宇宙人といえるでしょう。元をたどれば生命の材料は宇宙からやって来たのだから。また、『人は死んだらお星さまになる』と幼い子どもに説明することがあるかもしれませんが、それはあながち間違いではないと、私は思っています。というのも、人が死んで星になるということが正しいとすると、すでに亡くなったご先祖さまが星だということになります。そして、ご先祖さまの子孫である私たちのルーツは星にある、というロジックが成り立つからです」
宇宙に存在していた核酸塩基が46億年前に地球に降り注ぎ、そこから生命が生み出される —— そのイメージにはなんとも言えないロマンがある。
「今後は小惑星サンプルリターン計画への応用、さらには火星など他の星から回収されたサンプルでも分析をしていこうと考えています。その中で、生命の起源が地球外からやって来たという仮説を、さらに証明するレベルに研究を進めていきたいと思っています」