ミツバチも腸内細菌を持っているが、非常に特徴的だという。ヒトの腸内細菌叢を構成する腸内細菌は1000種類、100兆個ともいわれているのに対し、ミツバチの腸内細菌叢は、わずか8~10属程度の腸内細菌が全体の95%を占める。例えばミツバチ自身では分解が難しい、いくつかの花粉の成分の分解を腸内細菌がサポートするなど、このわずかな種類の腸内細菌とミツバチは相互に影響し合いながら共生している。また、行動にも腸内細菌が関与している可能性があるという。
特集 ミツバチの世界 行動や食生活にも関与!? ミツバチの特徴的な腸内細菌
構成/茂木登志子
ミツバチの研究をしていると言うと、少し驚かれます。しかし、ミツバチの腸内細菌を研究していると言うと、一様にとても驚かれます。おそらく多くの一般の方々にとっては、私たちヒトと同じように、ミツバチにも消化管があることも、そこに腸内細菌がいることも、想像外のことなのでしょう。
特徴的なミツバチの腸内細菌
実は、腸内細菌を保有するのは、ヒトやマウスのような哺乳類に属する動物だけではありません。昆虫などの幅広い種類の動物にも、腸内細菌は存在しているのです。
現在、国内外で、多くの科学者たちによって、ミツバチの腸内細菌についての研究が進められています。ミツバチの脳と腸内細菌の関係についての研究に取り組んでいる私も、そのうちの一人です。
本稿では、これまでに国内外で発表されたさまざまな研究報告などから得られた知見や私自身の研究について、述べていきます。
なお、多くの場合、研究の対象となっているのはセイヨウミツバチの働きバチであるため、特別に言及しない限り、本稿でのミツバチはそれらを指していることをご承知おきください。
哺乳類の1個体に生息する腸内細菌は膨大な数に上ります。例えば、私たちヒトの腸内には、およそ1000種類、100兆個ともいわれる腸内細菌が生息していて、腸内細菌叢がヒトの健康維持ならびに数多くの病気の発症に関与することが知られています。そして、どのような腸内細菌が生息しているのかは、住んでいる地域や人種によっても異なり、食生活などによる個人差があることもよく知られている通りです。
ところがミツバチの場合は、遺伝子の塩基配列の網羅的解析などの結果から、わずか8〜10属程度の細菌集団がミツバチ1匹の腸内細菌叢全体の95%を占めているということが分かっています。
そして、世界中のどのコロニーからミツバチをサンプリングしても、ほとんどの場合でSnodgrassellaとGilliamella、そしてビフィズス菌に属するBifidobacterium、乳酸菌を含むことでよく知られるラクトバチルス目に属するBombilactobacillus Firm-4とLactobacillus Firm-5の計5属が見られるのです。これらを不動のレギュラーメンバーとすると、いたり、いなかったりするのが、FrischellaとBartonella、Parasaccharibacterの3属です。
なぜ、ミツバチはこのように腸内細菌の構成がシンプルで、世界中で差異がないのでしょうか。実は、この謎はまだ解明されていません。
羽化直後の成虫の腸内はほとんど無菌
ミツバチの腸内細菌には、もう一つ、大きな特徴があります。ほぼ完全に腸内細菌が消える無菌状態の期間があるということです。なぜならミツバチは、幼虫と成虫で姿がガラリと変化する完全変態の昆虫です。仮に幼虫期に腸内細菌叢を構築していたとしても、サナギになる直前にそれらをすべて体外に出してしまい、羽化するまでは摂食もしません。したがって、羽化直後の成虫の腸内はほとんど無菌状態なのです。
このようなミツバチの腸内細菌の特徴が報告され始めたのは、明確な時期は不明ですが、2007年ごろのようです。昆虫学者だけではなく、これに注目したのが、昆虫の腸内細菌を研究している微生物 学者たちでした。
前に述べたようにミツバチは、腸内細菌叢の構成がシンプルで、世界中のどこでサンプリングしても常在菌は不動のレギュラー5属です。また、腸の摘出および腸内細菌の採取が可能です。さらには後述するように、ミツバチの成長の過程で無菌状態の時期があることを利用して、無菌の実験モデルを作製して実験室内で飼育できます。そのため、任意の腸内細菌を単独であるいは組み合わせて導入し、宿主への影響を調べることができます。
哺乳類の実験モデルとしてはマウスがよく知られています。しかし、マウスの腸内細菌は数百種に分類されています。ショウジョウバエも用いられることが多い実験生物ですが、腸内細菌叢が変動しやすいことが知られています。そこで新たな実験モデルとして提唱されているのが、ミツバチなのです。
このような事情から、国内外で昆虫の腸内細菌を研究している微生物学者たちが、ミツバチを実験モデルとして用い、腸内細菌の研究に取り組むようになりました。そして、こうした研究を通して、ミツバチに関する新たな知見も蓄積されるようになってきました。
例えば、腸内細菌の分布に関する知見です。昆虫の消化器は、食物の入り口である口側から、前腸、中腸、後腸の3つに分けられます。前腸はさらに、口側から順番に、咽頭、食道、そ嚢、前胃という順で構成されています。ミツバチのそ嚢には食物を蓄える機能があり、ここに花から集めた蜜や花粉をためています。そのため蜜胃ともいいます。中腸は、ヒトの胃に相当する部分であり、ここで食物の消化・分解と栄養の吸収を行っています。後腸は回腸と直腸の2つに分かれていて、ここでは水分の再吸収を行ったり、老廃物を糞として排出したりしています(図1)。
ミツバチの消化管の、どこに、レギュラーメンバーのどの腸内細菌が分布しているのかというと、Snod-grassellaとGilliamellaは、回腸にいます。そして、BifidobacteriumとBombilactobacillus Firm-4とLactobacillus Firm-5は、直腸にいます。ただし、完全にすみ分けられているわけではありません。
では、成虫として生まれ変わったときには無菌状態であるにもかかわらず、不動の常在菌が腸内に生息するようになるのはどうしてなのでしょうか。
細菌が動物体内に入る一般的なルートとして、動物個体同士の接触や生息環境からの摂取、食物からの摂取が挙げられます。その一方、ミツバチの腸内細菌は、ミツバチの個体や巣以外の場所からは、ほとんど検出されません。そこで、ミツバチ同士の個体間相互接触作用や巣材との接触、特にこれら2つのうち、他個体との接触作用により腸内細菌が伝達されるのではないかと考えられています。
野原で花の蜜を集めたミツバチは、巣に戻ると待っていた若いミツバチに蜜を渡します。この蜜の受け渡しの際に、顔を突き合わせ、舌の上に蜜を吐き戻し、それを若いミツバチが舌でなめ取ります。しかし、前に述べたように、腸内細菌は主に回腸や直腸にいます。そのため、この蜜のやりとりが腸内細菌伝達の主要なルートになるのは難しそうです。
ミツバチが腸内細菌を獲得するルートを明らかにするために、ある研究では、図2のような飼育ケージを用いて、(1)ミツバチから取り出した消化管を破砕したものをケージに入れて無菌ミツバチを飼育する、(2)ケージに巣の破片を置いて無菌ミツバチを飼育する、(3)腸内細菌を持つ個体と同じケージで無菌の個体を飼育する、といったいくつかの飼育条件を用いて、無菌ミツバチが最も自然に近い腸内細菌叢を獲得する条件が探されました。
その実験結果から、(1)消化管を破砕したものをケージに入れて飼育した場合が、一番自然に近い腸内細菌叢を持っていたと報告されています。したがって、実験レベルでは、糞便接触により腸内細菌が獲得されるのではないかと考えられています。このことから、野外では若いミツバチが巣内で糞便に接触することで、腸内細菌が伝わるのではないかと考えられます。ただし、ミツバチの巣の中はとてもきれいなので、排泄は巣の外でしている可能性もあります。
腸内細菌が花粉の分解をサポート
腸内細菌の研究では、腸内細菌がその宿主の体内でどのような機能や役割を果たしているのかを調べることも、大きな目的の一つです。
ミツバチの場合、腸内細菌の機能の一つとして報告されているのは、花粉の分解能力です。ミツバチは花の蜜を集めて糖質源とし、花粉からたんぱく質、脂質、ビタミン、その他の主要栄養素を得ています。
しかし、花粉の中にはミツバチ自身では分解するのが難しい成分があり、腸内細菌がそうした成分の分解をサポートしているというわけです(図3)。GilliamellaとBifidobacteriumには、花粉を構成しているペクチンやセルロースを分解する働きがあるという報告もあります。
また、花粉に含まれるフラボノイドなども、ミツバチ自身は分解することが難しいのですが、腸内細菌がそうした花粉由来の成分の分解に関わるので、栄養として利用できる可能性も指摘されています。
近年は、腸内細菌がミツバチの行動にも関わっているという研究報告が見られるようになってきました。
こうした研究では、無菌ミツバチに腸内細菌を持つ個体の腸管を破砕して浸出させた液体を与え、通常のミツバチの腸内細菌叢を持った個体を作製します。この個体と無菌の個体の間で、行動を比較したり、脳における遺伝子の発現プロファイルや脳の構成物質のプロファイルを比較したりします。すると腸内細菌の有無で、脳における遺伝子の発現レベルや脳に存在する物質の存在量も異なるという結果が報告されています。また、腸内細菌叢を持った個体を作製し、無菌の個体と学習能力を比べた研究では、腸内細菌を持つ個体のほうが、学習能力が向上したという報告があります。
さらに、ミツバチは社会性のある動物なので、お互いに触角を触れ合わせてコミュニケーションをとるのですが、腸内細菌がいないとその回数が減るという報告があります。こうした結果と関連して無菌のミツバチでは、体重が減少する、腸が軽くなる、ショ糖への感受性が低下するなどの、体への影響も出てくることが分かっています。
最初に述べたように、私自身はミツバチの脳と腸内細菌の関係についての研究に取り組んでいます。もともとはミツバチの行動と脳の機能に関する研究をしていたのですが、縁あって微生物学の見地からミツバチの腸内細菌の研究に取り組むチームの一員となりました。腸内細菌という視点からミツバチを見るのはまた新鮮な驚きと発見がありました。そのような中で、ミツバチの行動を脳腸相関から解明したいと思うようになった次第です。
ミツバチと腸内細菌の共生関係の解明
私が、最初に取り組んだのは、社会性昆虫の一つであるスズメバチを対象に、腸内細菌叢が彼らの社会生活や食生活にどのように関係しているのかを調べることでした。それまでは、社会性昆虫といえばミツバチやアリ、シロアリ が主に研究されていました。しかし、これら3つの昆虫には花粉や木材などの特徴的な食物を利用する昆虫がおり、腸内細菌叢が社会生活と食生活のどちらとより強く関係しているのかよく分からないと感じたのが、この研究のきっかけです。独特ですが、個体間で安定した腸内細菌叢を保有している社会性昆虫をより広く研究することで、宿主集団内で腸内細菌叢がどのように構築され、安定的に維持されているかを理解するためのさらなる手がかりが得られるのではないかと考えたからです。
それ以降は、ミツバチと腸内細菌の共生関係が、どのような仕組みで制御されているのかを調べています。例えば、特定の腸内細菌だけを持たせたミツバチを作製し、その細菌が定着できるのか、消化管のどの部位に定着するのか、などを調べました。その後、腸内細菌の有無でミツバチの行動がどのように変化するのか、という研究に取り組んでいます。
ご存じのように、ミツバチは1匹の女王バチと数万匹の働きバチ(いずれも雌)、そして数百〜数千匹の雄バチで社会を形成している特殊な昆虫です。雄と女王バチは子孫を増やすことに専心し、働きバチが食料の確保や育児などを担当するというように、社会での役割分担も明確です。しかし、花粉媒介者であるミツバチの個体数は世界的に減少しており、これが農業に影響を及ぼし、将来的な食料生産を減少させるのではないかとの懸念を呼んでいます。腸内細菌がミツバチの食事や行動に関係することを考えると、ミツバチと腸内細菌の共生関係の仕組みの解明は意義のある研究といえます。ちなみに、女王バチも腸内細菌を持っています。ただし、働きバチとは違いがあり、Parasaccharibacterが多く、SnodgrassellaとGilliamellaはほとんどいません。なぜ違いがあるのかは未解明です。また、雄の腸内細菌にはLactobacillusが多いですが、その理由もまだ分かっていません。
ミツバチを実験モデルとして行われている腸内細菌の研究は、最終的にはヒトの健康にも貢献できる可能性があります。ミツバチに腸内細菌がいるというのは、意外かもしれません。しかし、ミツバチの腸内細菌によって、ヒトと地球の健康にも役立つ研究が推進されていることを、本稿ではミツバチに代わって少しだけ声を大にしてお伝えしたいです。