特集 ゲノム編集の真実 AI & ゲノム編集「微生物」で 生物資源の「ものづくり」

構成/渡辺由子

温室効果ガスの排出量削減に向けてさまざまな試みが進行している。なかでも生物資源を原料に、バイオ技術を活用して化石資源に頼らない「バイオものづくり」が注目を集めて久しい。ただ、活用できる微生物を見つけることが困難で、実用化は遠い道のりだった。現在、AIとゲノム編集という最新テクノロジーがその距離を縮めつつある。ゲノム編集技術を用いてAIによる設計通りに微生物を改変することで、化石資源を用いないさまざまな化学合成品を効率的に生産することが可能だという。

神戸大学先端バイオ工学研究センター長、教授

蓮沼誠久(はすぬま・ともひさ)

1998年、大阪大学工学部卒業。2004年、同大大学院工学研究科博士課程修了。神戸大学自然科学系先端融合研究環重点研究部教授、同大大学院科学技術イノベーション研究科教授を経て、2018年から現職(同大学院科学技術イノベーション研究科教授兼任)。2024年から神戸大学デジタルバイオ・ライフサイエンスリサーチパーク推進機構・バイオものづくり共創研究拠点長。専門は代謝工学、バイオプロセス。

人類は、経済の成長と引き換えに、多くの課題を抱えることになりました。環境汚染、気候変動、食料不足、水不足、人口増加、資源の枯渇……、これら地球規模の課題に対して、早急に何らかの手を打たなければなりません。

動植物から生まれた生物資源のバイオマス

地球規模の課題に対する解決策の土台となるのが、「サーキュラーエコノミー」の考え方です。あらゆる段階で資源の効率的・循環的な利用を図りつつ、付加価値を最大化することを目指す社会経済システムで、私たちバイオテクノロジーの研究者は、ゲノム編集などの最先端のバイオ技術を活用し、微生物など生物の持つ能力を最大限に引き出して物質を生産する「バイオものづくり」を進め、サーキュラーエコノミーの実現に取り組んでいます。

例えば原材料について、石油などの化石資源に頼らず、バイオ技術の力を活用することで、再生可能な生物由来の有機資源はもとより、将来的にはCO2をも原料にした、究極の物質生産が可能になると考えられており、世界各国で研究開発が進み、競争が激化しています。

バイオものづくりは古くから行われ、私たちの生活に根づいてきました。味噌、醬油、酒、漬物、納豆、ヨーグルトなどは、酵母や菌、乳酸菌などの微生物によって原料に含まれる糖などを栄養源にして代謝する分解・発酵のプロセスを経て、新しい物質へと生まれ変わったものです。

現代の最先端のバイオものづくりは、原料は化石資源のような枯渇性資源ではなく、持続可能な存在である動植物から生まれた生物資源のバイオマス(食料と競合しない非可食の資源作物、農業や林地残材などの未利用バイオマス、廃棄紙や家畜排泄物や下水汚泥など)を使い、石油燃料や石油化学製品の代替品を生産する、環境に優しい技術「バイオリファイナリー」がベースにあります。

私たちの研究グループでは、バイオリファイナリーの研究開発に取り組み、バイオマスの前処理、優れた微生物の探索、微生物の育種、発酵(物質生産)、有用物質の分離・回収からなるバリューチェーンの構築に関わってきました。

これら研究開発で重視しているのが、優れた微生物の探索と微生物そのものの能力を高める育種です(図1)。微生物には、産業利用されて食品、化学品、医薬品、化粧品などをつくり出す、酵母、麴菌、乳酸菌、大腸菌、放線菌、微細藻類などさまざまな種類がありますが、どのような微生物でもバイオものづくりに活用できるわけではありません。どの微生物が優れているか、遺伝子組換えやゲノム編集をどのように行えば高性能の微生物を育種できるか、優れた微生物を発見し、開発できたとしても、培養法や商業ベースに乗せるための培養条件などを導き出さねばならず、開発は容易ではありません。

(写真提供:独立行政法人製品評価技術基盤機構)

図1 バイオ技術で用途が広がる微生物(用途例)微生物は、バイオ技術を活用することでサーキュラーエコノミーのキープレーヤーとして、バイオものづくりでの活躍が期待されている。

高機能で大量生産を可能とする微生物

しかし現代は、これまで集積してきた生物学や生化学などの科学と、著しく進化を続けるAI技術やロボティクス技術の工学を融合させて、微生物の探索や開発に応用できる時代です。しかも、それまで長い年月をかけて、人の手で行われてきた微生物の開発は、期間を大幅に短縮することができるようになりました。ゲノム情報は次世代シーケンサーで高速かつ短期間のうちに解読でき、ゲノム編集によって効率よく精密な遺伝子操作が可能になり、ピンポイントで遺伝子を改変できます。

優れた微生物の探索や開発においては、「DBTLサイクル」が重要となります。DBTLサイクルでは、微生物が目的の物質生産に適したゲノムや遺伝子を持つように代謝経路の改変計画をAIで設計(Design)し、ロボットを利用して多様な微生物株を構築(Build)します。その後、ロボットによる実験でデータを収集し、そのデザインが正しいかどうかの評価(Test)を含めて、データを処理し、AIで改良点を導き出して(Learn)、さらにより良い設計に基づいた物質生産につなげていきます。このワークフロー全体をDBTLサイクルといいます。そこで新たに生み出される、高機能かつ大量生産を可能とする優れた微生物は「スマートセル」と呼ばれます。また、DBTLサイクルに基づいて、効率よくスマートセルを生み出す整備されたプラットフォームは、半導体製造工場のファウンドリーになぞらえて、「バイオファウンドリー」と呼ばれています。

スマートセルの開発は世界各国で行われ、研究開発拠点となるバイオファウンドリーが次々と開設されています。日本ではスマートセル開発を国家戦略に位置づけ、神戸大学先端バイオ工学研究センターが新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の支援を受けて、2020年にアジア初のバイオファンドリー実験室を神戸市のポートアイランドに開設しました(図2)。既存の手法で数年かかっていたスマートセルの開発を、独自に開発した技術を駆使することで、従来の5分の1以下の期間に大幅に短縮できることから、さまざまな企業と共同開発を行い、高機能な化学品や医薬品などを効率よく生産する、次世代産業「スマートセルインダストリー」の創出を目指しています。

図2 スマートセル創出プラットフォーム神戸大学先端バイオ工学研究センターが、新エネルギー・産業技術総合開発機構の支援を受け、2020年にバイオファウンドリー実験室を開設。DBTLサイクルに基づいたアジア初のスマートセル創出プラットフォームで、優れた微生物「スマートセル」開発を目指す。

さらに本学では、京都市の島津製作所と共同で、AIとロボットとクラウドをバイオものづくりに結びつけた自律型実験システム「AutonomusLab」を開発し、プロトタイプの有用性の検証を3年間にわたって行ってきました。ロボットアームがさまざまなモジュールにサンプルを運び、必要な実験を必要な場所で行えるよう、順番に実験を進めていきます。クラウドには、大量のデータを自動的に送り、研究者はどこにいても確認できるようにしています。さらに、実験結果をAIが評価し、次に行うべき実験をデザインしてくれるので、人間はそれをチェックするだけで、ロボットが繰り返し実験を行います。

また、バイオものづくりにおいて、AIによる設計通りに微生物を改変できるかは非常に重要であり、欠かせないツールがゲノム編集技術です。私たちはゲノム編集技術を駆使してさまざまな実験を行っていますが、実験操作の自動化が進めば、研究がいっそう進展するのは間違いありません。世界中の研究室も積極的に取り組んでおり、1、2年後には実現するとみられています。

1回の操作で複数の遺伝子を操作できる「マルチプレックスゲノム編集」という技術にも注目しています。1回の遺伝子操作で複数の遺伝子の発現量を上げたり下げたりすることができます。これにロボティクスを組み合わせると、1回の実験でさまざまな組み合わせを試すことができ、短時間で最良の組み合わせを導き出せると考えています。

このようなシステムの登場により、バイオ専門家ではない、さまざまな分野の人たちが実験できるようになり、バイオものづくりの業界全体が盛り上がり、各国間の激しい競争において、日本がリードできると期待しています。

微細藻類や酵母に大きな期待

ここまで、主にバイオものづくりに結びつく技術開発やシステム開発について述べてきましたが、私たちの研究グループによる、実際のバイオものづくりの研究成果をご紹介しましょう。バイオものづくりのキープレーヤーである微生物の中でも、微細藻類や酵母には大きな期待を寄せて研究を続けています(図3)。

図3 将来のバイオものづくりの主役微細藻類の一種であるラン藻は、生分解性プラスチックの原料などに活用できることから、究極の物質生産微生物として脚光を浴びている。蓮沼教授らの研究グループでは、バイオ編集技術により、ラン藻のバイオ生産微生物としてのポテンシャルを上げる研究を進めている。

まず、微細藻類は太陽光とCO2から、オイルや色素などのさまざまな有用物質を生産することが知られています。ラン藻(シアノバクテリア)は、増殖力が旺盛で、遺伝子改変が容易なため、代表的な光合成微生物です。ラン藻は、光合成でCO2を糖の一種のグリコーゲンに変換し、細胞内にグリコーゲンを蓄えた状態で、暗黒で酸素がない環境に移すと、グリコーゲンを代謝してコハク酸やD-乳酸などの有機酸を培地中に放出します。

代謝物質であるD-乳酸は、生分解性プラスチックという、分子レベルまで分解されて最後は水とCO2となって自然界へ循環するバイオプラスチックの「ステレオコンプレックス型ポリ乳酸」の原料です。D-乳酸の生産には、大腸菌などの微生物を物質生産に用いる手法がありますが、トウモロコシやサトウキビなどの糖(グルコース)を原料として発酵により生産するため、耕作地や淡水資源の問題や、食料との競合などがあります。一方のラン藻は、培養に陸地は必要とせず、海水を利用できる種が多く、さまざまな有用物質を生産できることから、究極の物質生産微生物として期待されています。

私たちの研究グループは、ラン藻のD-乳酸を生産するメカニズムや、代謝に影響を与える酵素の働きについて、動的メタボローム解析で明らかにしました。メタボローム解析とは、細胞内に1000種類以上含まれているとされている低分子化合物の種類や量の情報(メタボローム)を明らかにする手法です。さらに私たちの研究グループでは、この技術を発展させて、代謝物質量の時間変化(ターンオーバー)を観測できる動的メタボローム解析技術を開発し、この研究に活用しました。解析結果を受け、設計した代謝改変を遺伝子工学により施し、ラン藻のバイオ生産微生物としてのポテンシャルを最大限に引き出したのです。この研究成果は、生分解性プラスチックの原料であるD-乳酸製造プロセスの構築に向けて重要な技術となり、持続可能な低炭素社会の構築に貢献すると期待されます。

もう一つが酵母についての研究です。フェノールは、フェノール樹脂、合成香料、農薬、洗剤など、さまざまな製品を合成するうえで、重要なハブ化合物です。しかし、工業的に生産されているフェノールのほとんどは、化石資源からの生産に依存しており、バイオものづくりによる代替品が待たれています。

私たちの研究グループでは、これまでの研究でフェノール生産における前駆体化合物「チロシン」を効率よく生産できる「ピキア酵母株(チロシンシャーシ株)」に、フェノール生合成経路の遺伝子を導入し、フェノール産生酵母株を作りました。そして、培養液中に栄養素を継続的に添加する流加培養を行い、フェノールを生産することに成功。これは、酵母を宿主とするバイオフェノールの生産において、世界初です。

また、フェノールなどの疎水性化合物が培養液中に高濃度で蓄積すると、微生物に対して有毒であり、微生物の生育阻害や物質生産性の低下を引き起こします。そこで、微生物が発酵し生産したフェノールを、培養液から抽出するために、中空糸膜を用いたフェノール膜抽出システムを開発し、微生物培養システムと膜抽出システムを組み合わせることで、バイオフェノール生産性を約3倍向上させることに成功しました。この研究成果により、連続的なバイオフェノール発酵生産システムの確立を目指すことができると考えています。この研究で開発した技術は、微生物にとって毒性の高いさまざまな化合物の発酵生産や、発酵生産物の分離にも応用できると見ています。

腸内フローラを整える微生物の代謝物

腸内フローラの研究も行っており、腸内細菌の代謝物に着目した研究です。腸内フローラの環境を良くするために、特定の微生物がいるだろう、というのは皆さんも想像するところですが、私たちの研究グループでは、腸内フローラを整えるのに寄与する微生物の代謝物を探索しています。具体的には、ヒトの糞便を培養し、培養液の中に確認できるメタボロームを分析します。健常人の糞便を含めた多様なサンプルを分析することで、腸内フローラをコントロールするための有用な代謝物質を探索しており、現時点でかなり有望な物質が見つかりつつあります。

バイオものづくりの最先端の研究は、1つの微生物、1つの物質生産に限定せず、あらゆる方向から可能性を探っています。今後は、代謝改変を利用した生産経路の最適化による目的物質の生産性の向上を目指し、実験データの集積と分析を進め、大量生産のための培養条件等の検討などを行いたいと考えています。まだまだ越えなければならないハードルは無数にありますが、地道に大胆に乗り越えていきたいと考えています。

(図版提供:蓮沼誠久)

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2025年1月10日発行
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