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SPECIAL FEATURE

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「脱炭素」現実

268号(2021年7月10日発行)

今の自然に夢中になる

年齢を重ねることは、何人にとっても初めての経験であるのは、言うまでもありません。自らの老いをどう受け止めればよいのか戸惑う人も多い中、昨今は100歳前後の著者の本を度々目にするようになりました。

一昨年、100歳で世を去った日本画家の堀文子(1918~2019年)は晩年、「群れない、慣れない、頼らない」をモットーとした生き方を、画文集、自伝、エッセイ等に次々と著し、反響を呼びました。

東京の麹町で学者を父に持ち生まれた文子は、終生自分流の生き方を求めて歩んでいます。女子美術専門学校在学中に新美術人協会展に入選するも、卒業後は有名画家の門に入らず、雑誌の挿絵や表紙、絵本などに作品を提供し暮らしを立てながら絵を描き続けました。

42歳で夫と死別すると、エジプト、ギリシャ、イタリア、フランス、アメリカ、メキシコを3年にわたって巡り、帰国後に画家として再出発します。49歳のときに東京の青山から大磯に移住。60歳で軽井沢にもアトリエを構え、68歳から5年間は、バブルに沸く日本を脱出してイタリアに拠点を移し、日伊を往復する生活を送りました。

その後も77歳で南米のアマゾンやマヤ遺跡、インカ文明を取材。81歳のときには念願だった青いを求めてヒマラヤに出かけています。常に一つのところに安住せず、鮮烈な感動を求め、自然を師として向き合うのが信条だったと伝えられています。画風はその時々で変化し、鮮やかに新境地を開いた作品は多くの人の心を捉えました。

97歳の日々の暮らしを、「~過去のことは全部忘れつつあります。私はある意味、幼児に返っているのかもしれません。それを悲観しないで、そのことを恥じないで、今のわたくしに夢中になるべきだと思っております」と、文子は綴っています。


国立感染症研究所によると、科学的に証明されているインフルエンザ・パンデミックはスペイン・インフルエンザ(風邪)など3回。ただ、どれも確かな起源は不明で、スペイン・インフルエンザは家畜のブタからの人獣共通感染とされていますが、確証には至っていません。一方、WHOは、新型コロナウイルスの起源はコウモリの可能性が高いと発表していて、事実、数種の新たなコロナウイルスがコウモリから見つかっています。

感染経路は判明していませんが、本来ヒトと接触することのない野生動物のコウモリが感染源で、背景に気候変動による生息域の変化があるのだとしたら、今回のパンデミックは、温暖化によってもたらされたヒトの健康と生命を脅かす災害にほかなりません。これからも、さらなる未知の病原体によるパンデミックが繰り返される恐れは十分にあるのです。

4月、アメリカ大統領主催の気候サミットがオンライン形式で開催され、日本や英国、EU、カナダ、そして中国が温室効果ガスの具体的な削減目標を表明しました。パンデミックの最中の開催は、気候変動の深刻さを暗示しています。

たしかに文明の発展は、私たちの生活を豊かにし、健康、寿命に恩恵をもたらしました。一方、大量のエネルギーを消費することがいつのまにか「常識」になってしまい、結果、自然環境は破壊され、地球温暖化は引き返せないポイントに到達しつつあります。このままでは近い将来、人類はとてつもない代償を払うことになる─各国がさまざまな取り組みを加速させている理由がそこにあります。しかし、技術や設備などハードの進化だけでは、現実的に目標達成は不可能といいます。これまでの「常識」にとらわれていた生活様式を変え、社会経済のパラダイムシフトを実現することは必要条件です。

自然を師とした堀文子は、「今のわたくしに夢中になるべき」と綴っています。私たちは、「今の自然に夢中になるべき」なのかもしれません。

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ヘルシスト 268号

2021年7月10日発行

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