暮らしの科学 第52回 おいしく食べきる冷凍上手になりたい!

文/茂木登志子  イラストレーション/山崎瑶実

食品を保存して、おいしく食べる方法の一つが冷凍保存といわれている。だが、市販の冷凍食品も自分で冷凍した食材も、保管中に霜が付いたり、食味が劣化したりという失敗が多い。おいしく無駄なく食べきるためにはどうしたらいいのか? 冷凍の専門家に学んだ。

〈今月のアドバイザー〉鈴木 徹(すずき・とおる)。東京海洋大学産学・地域連携推進機構特任教授。東京水産大学(現・東京海洋大学)大学院水産学研究科食品工学専攻修士課程修了。日本酸素(現・大陽日酸)で冷凍食品研究開発および低温利用機器・システムの研究開発に従事。2004年、東京海洋大学海洋科学部教授。2019年から現職。

市販の冷凍食品には「何ワットの電子レンジで何分」とか「オーブントースターで何分」あるいは「熱湯に入れて何分」などと、パッケージに解凍・調理方法が記載されている。だから、その指示に従えばいい。解凍方法に悩むのは、ホームフリージングの場合だ。おいしく無駄なく食べきるというゴールに達するには、どのように解凍すればいいのだろうか。

前号の「冷凍」に続き、東京海洋大学の鈴木徹特任教授に指導を仰いだ。「解凍」の研究にも従事している鈴木さんは、にぎりずしの冷凍・解凍技術を開発したことでも知られている。解凍したすしを口に入れると「ネタはひんやり、シャリは人肌」で、まるでカウンターで職人が握ったようなおいしさを再現できるというから驚きだ。

「解凍方法はいろいろありますが、解凍で一番重要なのは、温度管理です」

2つの“魔の温度帯”

開口一番、解凍のスペシャリストでもある鈴木さんはキッパリと言う。そして、解凍の過程では、食品を劣化させる“魔の温度帯”が2つあるということを教えてくれた。

「1つ目は、−5℃から−1℃にかけての“最大氷結晶生成帯”です。凍った食品がこの温度帯に長時間さらされると、食品の内部にできた氷結晶が大きくなってしまいます。すると、大きくなった氷結晶が食品の組織を傷つけて、食感が悪くなったり、肉や魚の場合にはドリップ(うま味なども含む食品の水分)が流出してしまったりします」

2つ目は、10℃から40℃のいわゆる“常温帯”だという。

「食品を常温の環境に置くと、食品の酵素反応が活発になってしまい、食味や色などの変質や劣化につながります。それだけではありません。腐敗したり菌が増殖したりして、食中毒を誘発する恐れもあります」(図1)

図1 “魔の温度帯”を避けた解凍方法2つの“魔の温度帯”を通過する時間をできる限り短くし、食べ方に合わせた解凍方法を選択する。これがおいしく食べきる解凍の鉄則だ。

市販の冷凍食品の中には、お弁当のおかず用として自然解凍(常温解凍)を推奨しているものがある。これらは製造過程での衛生管理を徹底し、常温の環境下で菌が増殖しても食中毒を起こさない菌数で商品設計され、加工製造されているのだという。

「市販品をまねて、自家製冷凍おかずをお弁当に詰めて自然解凍させるのは避けてください。一手間かかっても、加熱して冷ましてから詰めたほうがいいでしょう」

さて、2つの魔の温度帯が、おいしいゴールへの障害になることはわかった。また、衛生面の視点での助言からも、解凍方法には適否があることもわかった。だが、おいしく解凍するための温度管理とは、具体的にどういうことだろうか。

「食品ごとに適切な解凍方法を選択し、魔の温度帯を通過する時間をできるだけ短くするということです」

ここで、読者の皆さんに問題を出そう。雪がやんで太陽が照りつけても、雪だるまはすぐには解けてなくならない。なぜだろうか? 

考えるヒントは、熱の伝わりやすさだ。答えとその理由を、鈴木さんが次のように説明してくれた。

「雪だるまの外側に熱が伝わり、解け始めます。そして解けたところを通って、さらに内側へと熱が伝わり、内部が徐々に解けていくわけです。ところが、表面近くの融解した層の熱伝導率が低いので、熱は内部に伝わりにくい。だから雪だるまはすぐに解けて消えないのです」

実は、解凍の仕組みもこの雪だるまと同じだという。外側が溶けているのに、中心部はカチカチに凍ったまま、というのはよくある失敗例ではないだろうか。冷凍する際に、なるべく厚みを薄くするのは、こうした失敗を回避するためでもある。

代表的な解凍方法

おいしく食べるには、中心部にまで熱が伝わらないといけない。なおかつ、2つの魔の温度帯をスピーディーに通過しなくてはならない。鈴木さんに代表的な解凍方法を教えてもらった。

加熱調理

凍った状態のまま、いきなり鍋やフライパンに入れて、加熱調理する解凍方法だ。解凍と調理を同時に行う効率的な方法でもある。しかも、2つの魔の温度帯を一気に通過できるのがいい。市販の冷凍餃子や冷凍フライなどの解凍調理がこれに該当する。ホームフリージングでも、汁物、ステーキ、炒め物など用途が広い。

氷水解凍

ボウルなどの容器に0℃前後の温度を保つよう氷水を張り、冷凍した食品を袋ごと沈めて解凍する方法。氷を入れて水温を0℃前後で維持すると、解凍した部分の温度が上がらない。その一方で、水が最大氷結晶生成帯にとどまる時間が短くて済み、酵素反応が活発になる常温の温度帯には達することなく解凍できる。刺し身など生食用の食品に最適だ。

流水解凍

蛇口の下にボウルやバットなどを置き、水を張った容器に袋ごと凍った食品を沈め、水を流し入れながら解凍する方法。流し込んだ水が容器内の水を動かすことで、熱が伝わりやすくなる。ただし、夏季は水温が高くなるので、氷が必要になる場合もある。食品の大きさや厚さにもよるが、包丁で切れる程度になれば解凍完了だ。調理済みカレーなどは、流水解凍で緩めてから鍋で加熱してもいい。

冷蔵庫解凍

冷凍した食品を冷蔵庫に移し、5〜10℃の温度帯に向かってゆっくり解凍する方法。時間はかかるが、冷凍庫から冷蔵室に食品を移すだけで手間がかからない。ただし、最大氷結晶生成帯をゆっくり通過するので、食感に影響の少ないスポンジケーキのような冷凍スイーツなどで、この方法が記載されていることが多い。

電子レンジ加熱

電子レンジは水分子を振動させて熱エネルギーを生成する仕組みなので、溶けた部分に振動が集中し、解凍むらができやすくなる。そのため解凍モードではなく“加熱モード”で一気に2つの魔の温度帯を通過させるのがコツだ。冷凍ごはんの解凍では、2段階加熱も有効だ。カチカチのごはんが軟らかくなる前に一度止めてほぐす。その後、もう一度加熱するとあったかフワフワごはんとなる。

いろいろな解凍方法がある。どのように食べるかで、解凍方法も自ずと決まると鈴木さんは言う。いくつかの具体例を教えてもらった(図2)。

図2 食材に合わせた解凍法の一例調理して食べるものなら“いきなりクッキング”の加熱調理がおすすめだ。高温かつ短時間で調理するのがコツ。食品を冷凍前の状態に戻す氷水解凍と流水解凍の場合、夏場は水道の水温も高くなるので、適切な解凍温度になるように注意が必要だ。厚みのあるブロック肉などは冷蔵庫でゆっくり解凍を。

「果物などは冷凍した状態で牛乳を加え、ミキサーにかけると簡単にスムージーが作れます。氷水解凍でスプーンが入るくらいの半解凍にして、シャーベットみたいに味わうのもいいでしょう」

ちょうど冷凍しておいたイチゴとメロンの食べ方で悩んでいた。鈴木さんの助言を聞いてイチゴのスムージーとメロンのシャーベットを試したところ、いずれも猛暑の夏にはまさに涼を呼ぶ口福の味わいだった。

「刺し身など生の状態で、冷たい温度で味わうものには、氷水解凍が最適です。流水解凍に比べて時間はかかりますが、色は変わらずドリップも出ません。失敗が少ない解凍方法です」

氷水解凍は、冷凍マグロをおいしく解凍する方法として、鈴木さんが開発した方法だ。

水は空気よりも熱伝導率が高いので、常温解凍や冷蔵庫解凍よりも早く解凍できる。中心部が解けるまで先に解凍した部分の温度上昇が続き、それが劣化を招く。だが、氷を入れて水温を低く維持することで、解凍後の温度上昇を防げる点が、この方法の長所だ。刺し身のサクの場合、芯が残る程度になれば解凍終了だ。芯まで解凍してしまうと、食卓に並ぶ頃には温度が上がりすぎてしまうので注意しよう。

前号で小さな魚を丸ごと氷漬けにする冷凍方法を紹介したが、この場合は魚が氷に覆われているので水を加えるだけで氷水解凍となる。

氷漬けしておいたメヒカリでこの方法を試してみた。見事に解凍成功! 唐揚げにしておいしく味わうことができた。冷凍肉も氷水解凍を用い、生の状態に戻すことは可能だ。

解凍しないでいきなりクッキング

「でも、加熱調理して食べるものなら、解凍という手間をかけず、“いきなりクッキング”がいいでしょう」

ビーフステーキがその代表例だ。鈴木さんがレシピを紹介してくれたので、後述する。ブランチング(加熱処理)していない生の野菜を冷凍した場合も、直接フライパンや鍋に投入して加熱調理すれば食感が生かせるという。

塩こうじを塗って冷凍した豚肉で、いきなりクッキングを試してみた。熱したフライパンに豚肉を置き、その上に冷凍キャベツをのせ、フタをして加熱した。よくある失敗が、火加減。弱火で調理に時間がかかると、肉のドリップが出てしまうと鈴木さんから聞いていた。そこで、強火に。フタをしたことで肉や野菜の水分が蒸気となり、蒸し焼き効果をもたらしたのだろうか。心配していた焦げつきもなく、肉は程よい色に焼け、野菜も良い食感だった。

なお、味噌汁の具にするなら、シジミや砂抜きしたアサリの氷漬けを、そのまま鍋に入れてもいいと鈴木さんは言う。もちろん、冷凍前にきれいに殻を洗うなどの下処理をしておくことが必要だ。今度、ぜひ試してみたい。

鈴木さんの解説を聞き、いくつか試してみたが、どうやら、冷凍と解凍はセットで考える必要があるようだ。言い換えると、どのようにおいしく食べたいのかというゴールを設定し、ふさわしい解凍方法を念頭に置きながら冷凍するということだ。

「その通り。冷凍段階で、サイズを小さくして、熱が伝わる距離を短くすることが基本です。つまり、薄く広げて細くするということです。なぜなら、厚みが2倍になると、解凍にかかる時間はその2乗で4倍になります。3倍の厚さでは9倍になるのです」

科学的根拠に基づいて賢く冷凍し、おいしく解凍して食べきろう!

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ヘルシスト 274号

2022年7月10日発行
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