暮らしの科学 第56回 園芸初心者でも簡単! 再生栽培に挑戦

文/茂木登志子  イラストレーション/滝沢知美

何か新しいことに挑戦してみたくなる春。園芸に親しむというのはいかがだろうか。初心者でも、過去に園芸失敗体験がある人でも、簡単に挑戦できる野菜の栽培方法があるのだ。

〈今月のアドバイザー〉はた あきひろ。自給自足の園芸研究家。1967年生まれ。兵庫県西宮市出身。奈良市で家族5人分のお米と野菜を作り、20年間自給自足生活を実践している。大手住宅メーカーに23年間勤めた後、園芸研究家として独立。NHK総合『ぐるっと関西おひるまえ』にも講師として出演している。著書に『コップひとつからはじめる自給自足の野菜づくり百科』『ペットボトルからはじめる水耕栽培とプランター菜園』(ともに内外出版社)など。

住宅街を歩いていると、きれいな草花に彩られた庭やベランダ、バルコニーを見かけることがある。このお宅には「グリーン・サムを持った人がいるのだな」と、うらやましく思う。

園芸の才能や植物を上手に育てる力を英語では“Green Thumb”というそうだ。反対にそういう力がなく、世話をしてもうまくいかないで植物を枯らしてしまう残念な人を“Brown Thumb”あるいは“Black Thumb”というらしい。

いくつもの鉢植えや苗を買ってきては枯らしてしまうことを繰り返してきた自分の両手は、間違いなく茶色や黒だろう。かろうじて生き残っていた鉢植えのゼラニウムが枯れたとき、キッパリと植物を育てることをあきらめた。これ以上、殺生してはいけないと思ったからだ。以来、切り花を室内に飾ることだけで、かろうじて草花との縁をつないでいた。

そんなある日、テレビの料理番組で料理講師が「豆苗は切り落とした根に水をやれば再生します。2〜3回は収穫できますよ」と話していた。料理名もレシピも忘れてしまったが、「豆苗」「再生」「収穫」という3語だけはしっかりと記憶に残った。

スーパーの野菜売り場で豆苗を見たときに、それを思い出した。1つ購入し、その晩、ザックリと上半分を切って、サッと油で炒めて食べた。そして、残った茎と種と根の三位一体を容器に入れて窓の外に置き、毎朝、水を取り替える、という日々を過ごした。

ヒョロヒョロと豆苗が伸びてきた

どのくらいの日数が過ぎたか覚えていないが、ふと気がつけば、ヒョロヒョロと豆苗が育っているではないか! びっくりして、そしてうれしくなった。通常は捨ててしまう野菜の根っこでも、園芸の才能がなくても、水を取り替えるだけで、新たに命を再生できたからだ。

豆苗(トウミョウ)とは

エンドウ(英名:pea、学名:Pisum sativum L.)のスプラウト(豆や種から発芽した新芽)。スーパーの野菜売り場などで、100円前後で手に入る。エンドウは品種によって食べ方や名称も変化する。若いさやごと食べる品種はサヤエンドウで、絹さやとも呼ばれる。さやと豆の両方を食べる品種がスナップエンドウだ。完熟前の豆をさやからむいて食べるのがグリーンピースで、完熟した豆が赤エンドウや青エンドウだ。

再生した豆苗も、ザックリと上半分を切って食べた。そして水を取り替えながら、3回目まで再生したような気がする。再生の回数を重ねるごとに、茎は細くなっていったが、ぐんぐん伸びる姿を眺めるのは楽しい。食べられるようになることよりも、育つ姿それ自体を見るのが楽しみになった。

インターネットで検索してみると、このような通常は捨ててしまう野菜のヘタや根元部分などを水に浸け、再収穫を楽しむことを“再生栽培”あるいは“リボーン・ベジタブル”(rebornとvegetableという2つの英単語を組み合わせた和製英語の新造語で、“リボベジ”とも略される)ということを知った。書店に行けば、指南書も並んでいる。どうやら、誰でも気軽に挑戦できることから、近頃とても人気があるらしい。

ヒョロヒョロと育つ再生豆苗を眺めながら、疑問が湧いてくる。なぜ、水だけで複数回の再生が可能なのだろうか? そこで、今回は、園芸下手でも初心者でも可能な再生栽培について学ぶことにした。

指導を仰いだのは、園芸研究家のはたあきひろさんだ。住宅メーカーの管理職だったはたさんは、自宅マンションのベランダでネギのプランター栽培を開始。園芸研究家に転身して10年近くとなる現在は、私鉄沿線の特急が止まる駅の近くのニュータウンで400坪の畑を耕しながら自給自足を実現している。まさに栽培の達人だ。

園芸下手でも豆苗の再生ができた喜びなどの体験談を、はたさんはニコニコと聞いていた。そして、こんな質問を繰り出してきた。

「野菜の苗はどこで手に入れたらいいと思いますか?」

種苗店やホームセンターの園芸コーナーなどの答えが思い浮かんだ。だが、はたさんは、もっと身近で簡単に調達できるところがあるという。え、どこ?

「スーパーマーケットの野菜売り場です」

はたさんによると、売り場には2種類の野菜が並んでいるという。

「根っこが付いていて生きている野菜と、根っこがカットされていてすでにお亡くなりになっている野菜です」

再生栽培の入門編として人気の豆苗は、前者の代表例だという。

「種も根っこも付いている豆苗は、生きている野菜です。スーパーの店内の明かりで光合成もしています」

大根やニンジンなどは根っこそのものを食べる野菜だ。

「買った大根やニンジンを食べないでそのまま土に植えてみてください。葉が伸びてきて、花が咲きますよ」

はたさんはネギも生きている野菜だという。確かに、青い部分を食べる細ネギは根が付いたまま売られている。

「主に関東で食べられている白い長ネギも、かろうじて生きている野菜です。よくお尻のところを見てください。ごくわずかですが、根が付いているのがわかるでしょう。わずかでも根っこを付けておくと、生きているから、鮮度が保てます。ホウレンソウも、ギリギリまでカットして、若干の根っこを残しているものが多いです」

身近なスーパーの野菜売り場で手に入れられるもの。根っこが付いていて生きているもの。この条件にあてはまるものが、園芸初心者が挑戦する再生栽培に適しているという。だから、豆苗とネギはおすすめアイテムなのだ。

実践的再生栽培方法

再生栽培には、土で育てる方法と、水に浸けて栽培する2通りの方法がある。豆苗やネギは後者で、室内でも栽培が可能だ。そのあたりも園芸下手や初心者向きといえる。失敗しても気を取り直してまた野菜売り場で新鮮な豆苗やネギを購入すれば、何回でも育てながら食べる楽しみを味わえる。というわけで、今回は水で育てる再生栽培を取り上げることにした。

〈豆苗の再生は脇芽から〉

ここからは、初心者向けの豆苗とネギの実践的再生栽培方法を紹介することにしよう。

豆苗の再生栽培には、最初にどこでカットするかが大切だ。実は豆苗をよく見ると、茎の下のほうに小さな葉っぱが付いている。“脇芽”だ。植物の茎の一番上にある芽を“頂芽”というのだが、この頂芽がざっくりと包丁で切られると、脇芽が新たな頂芽として伸びていく。これがいわゆる豆苗の再生なのだという。

「ですから、再生栽培をする場合には、食べる野菜としての豆苗は、茎の下のほうにある脇芽を残すようにカットするといいでしょう」

〈ネギの茎と根っこ〉

ネギにはいろいろな種類があるけれど、根があればどれでも大丈夫だという。だが、その根っこを含めて、何㎝くらい切り残せばいいのだろうか。

「最小で1~2㎝。ネギというのは、根っこの上のちょっと硬い部分が茎で、それ以外はすべて葉です。1~2㎝あれば根っこと茎を確保できて、再生栽培で葉が伸びてきます。でも、現実に1~2㎝をコップなどの容器に入れて水を注いだら、ネギは溺れてしまうでしょう。葉が伸びる部分は、呼吸できるように、水の上に出ていないといけません」

というわけで、ネギの場合、種類に関係なく、再生栽培には根っこから上3〜5㎝くらいが必要になる。

はたさんによると、ネギの茎は再生栽培を始めた翌日から成長し始めるという。

「切り口を観察するとその成長が確認できます。カットされた直後は筒状の切り口がポッカリと開いていますが、それが次第にふさがれていきます。茎の成長とともにふさがっていく切り口。これが、ネギの再生なのです」

〈水と根の関係〉

根っこと茎が準備できたら、容器に移し、水を注ぐ。この水が問題なのだ。どのくらいの量が適切なのか? なぜ、水だけで育つのか?

「使用する水は、水道水がいいです。塩素が含まれているので、根の消毒にもなります」

切り花の場合もそうだが、植物の茎が水に浸かっていると、ヌメリが生じてくる。そのまま放置すると野菜が弱って雑菌に抵抗できず、カビや腐敗を招く。

「あまり水に浸かる部分が大きいと、ヌメリが生じます。理想は、乾かない程度に根っこがちょっと浸っているくらい。これを目安にしましょう」

さて、再生栽培する野菜は生きている。生きていれば、動物と同じように植物も老廃物を排出する。これもヌメリを招く一因だ。

「よく鉢植えやプランター栽培の水やりで、『底から流れ出すまで水を与えて』と指導されることがあります。これは、水分を補給するとともに老廃物を流し出してください、という意味なのです」

再生栽培の場合には、毎朝、容器の水を取り替える際に、根を洗浄するといいそうだ。

「ボウルなどに張ったため水でいいので、優しくシャブシャブと根を洗うといいでしょう」

さらに、栽培容器の内側も、水を替えるたびに流水ですすぎ洗いすることも忘れずに。

〈温度(気温)と光〉

はたさんに指導を仰いだのは年初。寒さが一段と厳しさを増してきた頃だ。豆苗を外に置いたままでいいのか悩んでいた。

「室内で栽培しましょう。あまり寒いと外気温に耐えられず枯れてしまいます」

光合成する植物には陽光が欠かせない。だから外に置く、というのは短絡思考だった。

「成長には光も必要ですが、冬の場合は寒さ対策を優先させてください。家の中で豆苗などの植物を育てる際の最低の明るさの目安は、読書ができるくらいの明るさと覚えておくといいでしょう。可能であれば、明るい窓辺で育ててください」

〈再生回数〉

豆苗は2回程度が再生の目安とされている。上手に管理すれば3回目もいける。

「発芽や茎の成長には、種の中の栄養分が使われます。豆苗には種と根が付いています。おそらく発芽に使った残りの栄養分が種にあって、それが再生栽培での栄養分になっているのではないかと思います。栄養が枯渇したときが、再生の限度です」

ネギの場合は、ある程度の長さに戻ったら収穫して食卓へ。この繰り返しで長持ちする。ネギが疲れて成長が悪くなったら、液肥を週に1回ほんの1滴くらい入れると元気になるという。

「ただし、液肥を入れすぎると、水が腐ったり、病害虫が発生したりして枯れる原因になります。無理をしないで、寿命が来たと思ったら、またスーパーで新しいネギを仕入れてください。切り花のように、枯れたら新しく購入するというやり方でもいいと思います」

再生栽培は楽しい!

今回は水耕栽培による再生栽培方法を学んだ。しかし、土に植えるとまた違う再生の楽しさを体験できるという。

「栽培できる野菜の種類が増えます」

そろそろ春のジャガイモを植え付ける時季だ。

「種イモを購入しなくても、保存中に芽が出てしまったジャガイモを種イモにして栽培することができます。芽が出てしまって食べられないジャガイモも、こういう形で再生栽培することができるのです」

食用のジャガイモは芽が出にくい処理をしているから種イモとしては使えないという説がある。だが、はたさんによると、芽が出にくいだけで、実際に芽が出てきたら種イモとして使えるのだという。他にも、芽が出てしまったニンニクなども同様に再生栽培できるそうだ。

「私は今、コメや野菜については自給自足をしているのですが、その始まりはネギのプランター栽培でした。室内での水耕栽培による再生栽培に慣れたら、土で育てる再生栽培にも挑戦してみてください」

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ヘルシスト 278号

2023年3月10日発行
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