暮らしの科学 第61回 おいしく無駄なく! 干し野菜を食べよう!

文/茂木登志子  イラストレーション/孫 元気

野菜を干して、保存しながらおいしく食べる生活の知恵がある。なんと、これは世界各地で昔から行われてきた加工法なのだという。なぜ、干すと野菜の保存性が増し、独特の風味が生まれるのか? 今回は、そんな疑問の解明を試みた。

〈今月のアドバイザー〉谷口亜樹子(たにぐち・あきこ)。東京農業大学農学部デザイン農学科教授。2018年から現職。専門は食品科学、食品加工学。日本食品保蔵科学会理事、日本食育学会常務理事、海の森づくり推進協会理事。2023年、日本食品保蔵科学会第72回(熊本)大会で学会賞受賞。

少し前に、普段から使っている食料品を、少し多めに買い足して非常時用に備蓄するローリングストックという方法を学んだ。以来、それを実践しているが、同時に我が家では定番食品として切り干し大根が、ローリングストックのアイテムに加わった。

切り干し大根は、生の大根を細く切り、天日に干してカラカラに乾燥させたものだ。煮物などにするのが一般的な利用法だが、ご存じのように生の大根とはまた違う食感と味わいが楽しめる。

生の大根1本を買うと、重いし、かさばるので、保存しながら使い切るのに苦労する。ところが、切り干し大根は軽く、場所もとらないし、常温保存できる。しかも、調べてみると、切り干し大根は生の大根よりも、食物繊維やミネラルなどの栄養価が高い。

生の大根を干すと、なぜ、こんなに軽くて常温で長持ちするようになるのだろうか? なぜ、生の大根が切り干し大根に変身すると、栄養価が増すのだろうか? 野菜を干すことに、どんな科学的な仕組みがあるのだろうか? さまざまな疑問が湧いてくる。

これらの疑問が解ければ、いろいろな野菜を干して、保存しながらおいしく食べる方法を会得することができるかもしれない。

そこで今回は、切り干し大根をきっかけに、干し野菜について科学的にひもとくことにした。

「野菜を干すことにより、乾燥と濃縮が進行し、保存性が増して風味が向上することが知られています。そのため、この干すという加工方法は、古くから世界各地で行われてきました。切り干し大根やドライ・トマトなどはその一例です」

こう教えてくれたのは、干し野菜に詳しい東京農業大学教授の谷口亜樹子さんだ。干すという加工方法は日本だけのものではなく、世界各地で行われている人類の知恵というわけだ。それにしても、なぜ、野菜を干すと保存性が増すのだろうか? どうしてもこの疑問から解き明かしたい。

野菜は水分で劣化する

「その疑問を解くカギは、野菜は水分が90%以上を占めている、というところにあります」

野菜は鮮度が命の生鮮食料品だ。買ってきたら、すぐに冷蔵庫の野菜室や冷暗所などで保存する。だが、使い切れずに腐らせてしまった経験を持つ人は少なくないだろう。

「野菜は収穫後も生きています。呼吸をしています。生きるために、代謝、つまり、自分が持っている栄養を使います。すると、含有成分が分解されて風味が劣化したり、成分の性質が変わってきて甘いものが酸っぱくなったりします。また、野菜に付着した微生物が、野菜に含まれる水分を利用して増殖することで、腐らせてしまうということも起こります」

このように谷口さんは、生野菜がなぜ保存中に劣化していくのかを説明してくれた。そして、水と保存性向上の関係に話が進んだ。谷口さんによると、野菜をはじめとする食品中に含まれる水分には、自由水と結合水があるのだという(図)。

図 食品中に含まれる水分食品に含まれる水分は「自由水」と「結合水」に分けられる。微生物の増殖、さらに酸化や褐変などの化学反応にはもっぱら自由水が利用される。干すと、この自由水が飛ぶので、劣化することなく野菜を保存できる。

「自由水は食品成分と結合していない水で、自由に移動できるために微生物の増殖などに利用されます。一方の結合水は、食品の成分に結合している水です。野菜を干すと、まず、自由水が蒸発します。結合水は成分と結合しているので、飛びにくいからです」

干して水分を飛ばすと、野菜の代謝が抑えられるので、成分の分解も進みにくい。また、微生物が利用する水分もなくなるので、増殖できなくなる。

「その結果、常温においても保存期間が長くなります」

なるほど。干して保存性が増す理由がやっと分かった。では、生の大根よりも、切り干し大根の栄養価が高くなっているのも、干す、つまり水分減少と関係があるのだろうか?

「切り干し大根に限らず、野菜を干すと栄養価が高くなる、というわけではありません。栄養価は可食部100g当たりの含有成分なので、生の状態と同じ重量で比べると、水分が抜けた干し野菜のほうが総じて栄養価が高くなります」

ただし、干すことで、減少する栄養もあるのだという。

「水溶性のビタミンCは、干すことで分解されて減少しますし、β-カロテンのようなプロビタミンA(ビタミンAの前駆体)も酸化され、少しは減ってしまうと考えられます」

その一方で、含有量は減少しないが水分が減ることで相対的に濃縮される栄養もある。カリウムやリン、カルシウム、マグネシウムなど、ミネラルが濃縮されるのだ。

それだけではない。

「スクロース、フルクトース、グルコースなどの糖や、アミノ酸、核酸などのうま味成分が濃縮されます。そのため、生野菜のときよりも、甘味とうま味が増すというのが、干し野菜の特長です」

干して増すのは、保存性ばかりではない。濃縮されることで、風味も増すというわけなのだ。

自分で作れるのであれば、ぜひ、干し野菜を作ってみたい。

「干し野菜は、簡単にできます。切った野菜をザルや網に入れて、ベランダや窓の近くで干すだけです。生ゴミ用水切りネットに野菜を入れて、庭やベランダにつるして干すのは簡単で、お勧めです。私もよくやっています。切った野菜が重なって干しにくい場合は、ザルに広げて干したほうがいいでしょう」

大根を細切りにして、カリカリに干せば、自家製切り干し大根ができるというわけだ。

「切り干し大根のように、野菜をカラカラに干すには時間もかかりますし、調理の際には水で戻したりしなければいけないので手間がかかるでしょう。そこで私がお勧めしているのは、半生タイプのセミ・ドライです」

干し野菜の“健康&口福”メリット

1:たくさん食べられる!

水分が減少した干し野菜は、生の状態に比べてかさが減るため、食べられる量が増す。また、皮付きのまま干せば、普段は食べにくい部分も丸ごと食べることができる。

2:食物繊維が摂れる!

不足しがちな食物繊維は、干しても損なわれない。そのため、干し野菜は食物繊維を効率よく摂取することができる。

3:ミネラルが摂れる!

野菜のミネラルは特にカリウムが多く、種類により異なるが、リン、カルシウム、鉄、マグネシウムなども多い。干すと濃縮されるので、これらを効率よく摂取できる

4:干して素揚げがおいしい!

冬に多く出回るカボチャやレンコン、ゴボウなどの炭水化物の多い野菜は、乾燥後、硬くなりにくい。素揚げにすると、消化しやすくなるしおいしく食べられる。

家庭でできるセミ・ドライ

セミ・ドライ(半生)は、生に比べ長持ちする。しかも、干す時間が短いのでビタミンCは損なわれにくい。半生なので、水分を戻しやすいから料理に使いやすい。

「一番の長所は、硬くないので、そのまま食べてもいいという点です。濃縮された野菜のおいしさをしっかり味わえます」

実は谷口さん、セミ・ドライの野菜をつまみながら、ワインなどお酒とのマリアージュを楽しむこともあるのだという。

干し野菜に向いている野菜や、逆に避けたほうがいい野菜というのは、あるのだろうか?

「基本的にはどの野菜でもできます」

谷口さん自身の体験では、セロリの葉は生で食べるとクセがあるけれど、干すと甘くておいしくなるという。モヤシもうま味が増すと聞いて驚いた。

「不思議なのは、キュウリです。古くなって苦味が出たものでも、干すと甘くなります」

避けたほうがいいのは、ホウレンソウやコマツナなどの葉物だという。

「苦くなる場合があるので、あまりお勧めできません」

茎菜類(アスパラガスや長ネギなど)は、繊維が強くなり、硬くなるかもしれないので要注意。また、干すと色が変わるため、見栄えが悪くなる野菜もある。

「カリフラワーやナスは、色が黒っぽくなります。ポリフェノールオキシダーゼという酵素が働き、酸化してしまうからです。他の野菜も黒くなりますが、白い野菜はそれが目立つのでお勧めしません」

気になるのは、保存期間だ。

「セミ・ドライの干し野菜は、冷蔵庫で1週間くらいは保存できます。密閉して、冷凍すれば1カ月は持ちます。しかし、冷凍庫に入れておくと、その存在を忘れがちになるので、なるべく早く食べるように気をつけましょう」

谷口さんのお勧めの味わい方は、まずはそのまま食べて野菜の滋味を味わうこと。また、ピクルスにすると、さらに保存しながらおいしく食べられるという。他にはどんな調理方法があるのだろうか。

「干し野菜は油との相性がいいようです。油で炒めたり揚げたりすると、すぐに火が通りますし、水分が抜けているので水っぽくならずに、シャキッとしたおいしさが楽しめます。健康面では、油を使うことで、β-カロテンなど脂溶性ビタミンの吸収が良くなり、摂取しやすくなるメリットがあります」

谷口さんのお気に入りは、ショウガのセミ・ドライ。独特の辛さがマイルドになるのでそのまま食べてもおいしいし、甘酢に漬けると格別の味わいなのだという。

「使いかけを保存したままダメにしてしまうことってありますよね。まずは、そういう使いかけや余った野菜を干してみてください。野菜を無駄に捨てずに済みますし、思いがけないおいしさを発見できます」

谷口さんに干し野菜の魅力を教えてもらい、翌日から実際に何度か野菜を干して食べてみた。

干し野菜の手順

1:野菜を洗ってしっかりと水気を除く。 》 2:細切りや薄切りなど、用途に応じてカット。 》 3:ザルや干し網などに重ならないように風通しの良い所に並べて干す。 》 4:半日を目安に、天候や好みの乾燥具合に応じて取り込む。 》 5:冷蔵は1週間、冷凍は1カ月を目安に、保存しながら使い切る。1:野菜を洗ってしっかりと水気を除く。 》 2:細切りや薄切りなど、用途に応じてカット。 》 3:ザルや干し網などに重ならないように風通しの良い所に並べて干す。 》 4:半日を目安に、天候や好みの乾燥具合に応じて取り込む。 》 5:冷蔵は1週間、冷凍は1カ月を目安に、保存しながら使い切る。

キュウリを干して食べてみた!

最初に試したのは、使い残しのキュウリとニンジンだ。排水口用水切りネットに入れて、軒先に、半日(昼少し前から夕方まで)つるしておいた。野菜が団子状に固まってネット内の風通しが良くなかったせいか、水分多めの仕上がりとなった。だが、食べてみると、ニンジンは甘味が強くなっている! キュウリも味が濃い。通常は、キュウリを食べるとみずみずしさとポリポリした食感が際立つが、水分が抜けるとキュウリ自体の味が個性を主張しているような感じだ。キュウリってこういう味だったのかと、いささか驚いた。

キュウリのセミ・ドライは、サンドイッチの具にして味わった。塩をしなくても水分が抜けているので、塩分摂取を減らせるし、水っぽくならないのがいい。午前中に薄くスライスして干しておけば、昼食のサンドイッチに挟むことができるので使い勝手がいい。

その後、洗濯ネットにセロリの葉先を入れて干したり、ゴボウやピーマン、シイタケ、ショウガなど、冷蔵庫の野菜室で眠っていた使い残しの野菜を、平底のザルや干し網に広げて干してみた。繰り返すうちに、薄く、細く切ると、早く水分が抜けることが分かった。また、長時間(半日以上)干して水分が抜けすぎると、食べるときに少し硬さを感じたので、谷口さんが “そのままでも食べられる半生”を勧めた理由もよく分かった。

薄切りや細切りにして干した野菜は、炒めたり、インスタント・ラーメン(袋麺)にそのまま入れて煮たり、炒め煮にしたりと、さまざまな調理方法で食べてみた。干して冷蔵庫に保存しておくと、さまざまな料理に使えるので便利だし、何よりも手軽にたくさんの野菜を摂取できるのがいい。特においしかったのが、ショウガとキュウリとニンジンを甘酢に漬けた和製ピクルス。調味液の浸透が早く、しっかりと味が付いて、食感も良い。干し野菜を手軽においしく食べられる方法だと実感した。

寒くなると外気は乾燥する。野菜を干すにはもってこいの季節だ。使いかけや余った野菜は少量なので、干すのも手軽にできる。気ぜわしい年末年始だが、ぜひ野菜を干して味わうことを楽しんでいただきたい。干し野菜で新年も健康と口福を!

試してみた!

実験❶
ニンジン(生)44gとキュウリ(生)55gを排水口用水切りネットに入れて、軒下につるして干した。半日干したらニンジンは35gに、キュウリは45gに重量が減った。ネット内の風通しが良くなかったので、あまり水分は飛ばなかった。しかし、そのまま食べるにはちょうどいい具合だ。
コツの科学
重ならないように、平らに並べると、しっかりと水分が飛ぶ。

実験❷
使いかけのキュウリ55g、ショウガ25g、ニンジン57gを、市販の干し網に並べ、軒下で5時間ほど干してみた。重量が、キュウリは27g、ショウガは10g、ニンジンは25gに変化。
コツの科学
薄切りのほうが乾燥しやすい。干し野菜の用途を考慮して、カットすべきだった。

実験❸
シイタケ34g、ピーマン10g、ニンジン35gを、それぞれ細切りにして約7時間干してみた。すると、シイタケとピーマンは5g、ニンジンは6gに、重量が減少。かなり水分が飛んだが、それでも握ると湿っぽい感触で、カリカリではなかった。写真の左と中央は、生の状態と干し上がったところを干し網の下から見た図。右は干し上がった状態。3種合わせて炒めて食した。水分が飛んでいるので、火の通りが早く、水っぽくならないのがいい。

実験❹
ゴボウの切り方を変えて、4時間弱、干してみた。斜め切りは86gから45gに、細切りは84gから27gに変化。斜め切りは牛肉と合わせて炒め煮に。調味料が浸透しやすく、短時間でしっかり味が付いた。

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ヘルシスト 283号

2024年1月10日発行
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