ワクチンなど、決め手となる予防法が確立されていない以上、マスクの着用やソーシャルディスタンスといった「新しい生活様式」が、今のところ身を守る適切な手段だ。しかし、もし感染が疑われたら、その後どのような経緯をたどるのか、また、これからの時季、もしインフルエンザと感染が重なったらどうなるのか─このような現実を具体的に知ることもまた、身を守る大切な手段の一つではないか。
特集 新型コロナウイルスの現実 もし感染が疑われたら —— 知っておきたい大切なこと
文/渡辺由子
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のワクチン、治療薬の開発は進められているが、まだこれだというものは完成していない(2020年8月25日現在)。だが、検査により、COVID-19が疑われる患者を見つけ出し、隔離して、感染拡大を防ぐことは可能である。検査にはいくつか種類があり、今感染しているかどうかを調べる「PCR検査」と「抗原検査」、過去に感染していたかを調べる「抗体検査」が代表的で(図1)、COVID-19の診断に使われるのはPCR検査と抗原検査になる。
COVID-19の検査と診断
PCR検査は、鼻や喉の粘膜や唾液を採取し、その検体から新型コロナウイルス特有の遺伝子を検出する高感度の検査法である(写真1)。医療機関で採取した検体を検査機関に運び、専用装置で分析する。要する時間は試薬や装置によるが、約75分から6時間。さらに、結果が医療機関に届くまでに、1~2日間かかることもある。
抗原検査は、鼻や喉の粘膜を採取し、新型コロナウイルスの表面タンパク質を検出する方法。5月に承認され、検体をインフルエンザ迅速検査に似た簡易キットで調べる。医療機関に抗原検査キットがあれば、約30分で感染の有無、陽性か陰性かの判定をすることができる。6月には、大型の専用検査装置を利用することで精度を高めた抗原検査が実用化され、こちらも約30分で判定することができる。だが、これは現在、一部の病院でしか実施できない。
では、自分や家族が、「もしや、COVID-19に感染したかも⁉」と思ったとき、どうすれば検査を受けられるのか。いきなりかかりつけ医などを受診するのは、周囲の人や医療者への感染リスクがあるため禁物。まずは、地域のかかりつけ医や、保健所の帰国者・接触者相談センター、あるいは地域の相談窓口へ電話して相談するようにしたい(図2)。
厚生労働省は、COVID-19の感染の目安となる症状を挙げ、該当すれば、速やかな相談を促している。
●息苦しさ(呼吸困難)、強いだるさ(倦怠感)、高熱等の強い症状のいずれかがある場合。
●COVID-19に感染すると重症化しやすい方で、発熱や咳などの比較的軽い風邪の症状がある場合。
●上記以外の方で、発熱や咳など比較的軽い風邪の症状が続く場合で、症状が4日以上続く、解熱剤などを飲み続けている、症状には個人差があるが強い症状と思われる、といった場合も該当。
これらの症状は、一般的な風邪やインフルエンザの症状と似ている。インフルエンザの専門家である菅谷憲夫医師は、「重要なことは、症状でCOVID-19と診断することができない点にあります。特にインフルエンザとCOVID-19との鑑別は困難です。重症になりやすい高齢者や、肺や心臓などに慢性の病気を持つハイリスク患者は、少しでも心配なことがある場合は、かかりつけの医師などに相談して、早急にPCR検査を受けることが大切になります」と話す。
そして、PCR検査の重要性を次のように語る。
「抗原検査の感度はPCR検査の100分の1程度ですが、抗原検査で『陽性』と判定されれば、鼻や喉にウイルスがたくさんいることを示しているので、PCR検査をしても陽性と判定されます。一方、抗原検査で『陰性』と判定された場合、厚生労働省の通達では発症後2~9日目までならばPCR検査の『陰性』と同等でありPCR検査の追加は必要ない、としています。ただし、抗原検査キットのメーカーは判定が陰性でも、COVID-19の感染を否定するものではないと注意を促しています。抗原検査は、感度が低いので、あくまでもPCR検査の補助的なものと、私は考えています。今、日本で問題となっているのは、PCR検査の普及が遅れている点です。先進国の中では最低レベルといわれています。日本では、PCR検査の拡充が最も重要な課題となっています」
抗原検査で「陰性」であったとしても、発症後10日目以降などの場合は、より感度の高いPCR検査が追加で行われる。また、濃厚接触者に該当するが無症状のケースや、指定された医療機関に抗原検査がないケースでは、PCR検査で診断を確定することになる。
重症度分類の指標とは
検査で新型コロナウイルスの存在が認められて「陽性」と判定され、医師の問診や身体所見から「COVID-19である」と診断されると、重症度によって治療方針が決まり、療養する場所として病院、宿泊施設での隔離、自宅での待機のいずれかが指定される。
重症度を分類するのにポイントとなるのが、肺炎の有無を示す「胸部のX線画像とCT画像」、動脈血中の酸素がどのくらいあるのかを示す「経皮的動脈血酸素飽和度(SpO2、正常値は96~100%)」だ。SpO2は、指先にパルスオキシメーターを装着して測定する。
「陽性と判定されても、咳や喉の痛みなど普通の風邪症状と同じで、X線画像やCT画像で肺炎像が認められず、SpO2が下がっていなければ軽症と考えられます。ここで大事なのは、肺炎が認められて呼吸困難で苦しんでいる中等症や重症の患者と、陽性者の約80%を占める軽症者や無症状者の周囲への感染力は、同等であるということです。これが、COVID-19の最大の特徴であり、感染が広がり、なかなか収束しない原因となっています。そのため、症状のある患者さんだけではなく、無症状の人も、できるだけPCR検査をして、見つけ出す検査体制が必要になります。
陽性者の約15%を占める中等症では、低酸素血症が認められ、入院しての治療が必要となります。中等症は、SpO2が93~96%の低酸素血症でも呼吸困難を伴わない中等症Ⅰと、呼吸困難を訴えSpO2が93%以下の中等症Ⅱに分けられ、後者では酸素投与が必要となります。
残りの約5%に当たるのが重症患者で、一般的に集中治療室で人工呼吸器を装着しての治療が行われ、そのうち半数近くが亡くなるといわれています(図3)。多くが高齢者ですが、COVID-19は死亡率が2~3%はある重い病気なのです。インフルエンザとよく比較されますが、こちらの死亡率は0.1%以下です」
COVID-19では、抗インフルエンザ薬の「オセルタミビルリン酸塩(総称:タミフル)」のように、外来で使用できる治療薬(抗ウイルス薬)が現時点ではない。そのため、咳止め、解熱剤など、症状に応じた対症療法が行われている。既存の薬の中で有効な薬を発見しようという研究も進められている。
「軽症者の風邪症状には、解熱剤や咳を抑える薬が処方されるだけで、入院した方でも基本的にベッドで安静にして、自分の力で自然治癒するのを待つのです。しかし、重症化しないかどうかの観察が必要となります。肺炎が認められる中等症以上では、発症1週間から10日間くらいで、急激に症状が悪化する場合があります。重症化は、自分の免疫がウイルスと闘うはずなのに暴れ出して、コントロールできずに正常な細胞まで傷めてしまう『サイトカインストーム』が原因とみられています」
重症の治療には、日本では5月にウイルスの増殖を抑える抗ウイルス薬「レムデシビル(商品名:ベクルリー)」が特例承認されて、一部の病院で使われている。また、サイトカインストームに対しては、炎症反応や免疫反応を強力に抑制するステロイド薬の「デキサメタゾン」が、COVID-19の標準的治療薬として加えられた。デキサメタゾンは、日本でも、ステロイドホルモンとして広く使われていて、新薬ではない。
気になるのが、COVID-19感染者で治療を終えてPCR検査で陰性になったものの、呼吸困難や倦怠感が残る「後遺症」。これについて菅谷医師は、「インフルエンザでも重い肺炎になると回復が遅れることがあります。ガス交換が行われる肺胞が傷むと、回復に時間がかかります。COVID-19感染者は、肺だけではなく、腎臓などさまざまな臓器で、後遺症が報告されていて、この解明は、今後の課題と考えています」
インフルエンザとの同時流行を警戒
さて、COVID-19の感染拡大がいまだ収まらない状況下で、いよいよインフルエンザが流行する季節が近づいている。インフルエンザは毎年11月末ごろから流行が始まり、翌年1月から3月ごろまで、流行が続き、毎年、600万~1200万人の患者が発生する。
「インフルエンザウイルスは、気温が低く乾燥した環境で活発化し、高温多湿の環境では不活発になって感染が抑制されることから、北半球では秋から翌春に流行する季節性の感染症です。COVID-19も、世界的な感染拡大が始まった当初は、インフルエンザと同様に夏になれば流行が収まると考えられていました。ところが現在でも、感染力が衰えないまま、拡大を続けています。そこで懸念されているのが、インフルエンザとCOVID-19の流行が重なった場合、人的な被害とともに医療体制が危機的な状況に陥る可能性が高くなることです」
菅谷医師によると、2019~2020年シーズンの日本のインフルエンザ流行は、例年よりも数週間早く始まり、11月中に各地で注意報が出て、大流行が懸念されたが、結局はA型のH1N1pdm09による流行のみで、2020年2~3月には収束。患者数は約700万人の小規模の流行だったという。
「2020~2021年シーズンは、A香港型(H3N2)とB型インフルエンザによる1000万人規模の大きな流行になる可能性が高く、2000~3000例のインフルエンザによる死亡も発生すると考えられます。日本では、インフルエンザの迅速診断と抗インフルエンザ薬による早期診療体制が確立しているので、インフルエンザの流行に対しては、それほどの危機感は抱いていません。ところが欧米では、迅速診断は普及しておらず、抗インフルエンザ薬の早期投与も実施されていないので、インフルエンザの流行が起こった場合、COVID-19の多数の入院患者と重なれば、最悪の医療崩壊の事態が予想されるため、日本以上に警戒しています」
日本でもCOVID-19とインフルエンザの同時流行に備えて、インフルエンザ予防としてワクチン接種が強く推奨される。
「インフルエンザもCOVID-19も、特に重症化しやすい高齢者や、肺や心臓などに持病がある方は、ぜひともインフルエンザワクチンを接種してください」と菅谷医師は語る。ワクチンの効果は、3~4カ月くらいで、長いと半年くらい持つといわれており、接種するならば10~11月ごろが良いという(写真2)。
「今シーズンのインフルエンザ対策は、COVID-19対策の一環と考えるべきです。インフルエンザワクチン接種を広範に実施し、迅速診断と早期治療でインフルエンザによる被害を最小にすることが、結果的にCOVID-19に対する医療体制を維持し、COVID-19の感染拡大をさせないことにつながると考えています」