洗髪をしたら、ごっそり毛が抜けた。なんとなく髪の毛が薄くなってきた —— 。年齢や性別を問わず、抜け毛や薄毛に悩む人は多い。頭頂部から薄くなる男性型脱毛症にホルモンが関与することが判明している一方、若い女性に増えている女性型脱毛症は解明に至っていない。最近は、治療の選択肢の幅も広がっている。病気による脱毛も少なからずあるため、気になる人は早めに皮膚科専門医を受診することが賢明だ。
特集 肌と髪の正しいケア 抜け毛や薄毛の心配は「専門医」にまず相談!
構成/渡辺由子 イラストレーション/青木宣人
日本人の頭髪の本数は、平均約10万本とされ、発毛→成長→脱毛の「毛周期(ヘアサイクル)」を繰り返し、常に一定量を保っています。毛周期は、毛根の毛母細胞が細胞分裂して毛に成長し(図1)、上へ上へと伸びていく「成長期」が2~6年、毛が成長を止めて抜ける準備に入る「退行期」が2~3週間、活動を休止して成長しなくなる「休止期」が3~6カ月続き、毛が自然に抜けていく「脱毛」となります(図2)。このサイクルを一生の間、平均で15回ほど繰り返すとされています。
頭髪の約10万本のうち、約85%が成長期、約10%が休止期、数%が退行期で、成長期とひと口にいっても、成長期に入りたての毛があれば、そろそろ退行期に入る毛もあります。自然に抜けている1日50~100本程度の毛は休止期毛であって、他で100本くらいが生える時期に入っているので、バランス良く一定量を保っていられるのです。抜け毛が正常範囲を超えて100本以上の場合、毛髪周辺の病気や体内に隠れている病気による脱毛として、その原因を探り、治療につなげています。
男性ホルモンが関与
男性に多い脱毛が、額の生え際が後退したり、頭頂部から薄くなる男性型脱毛症(AGA)です(図3)。日本人男性の30%に発症し、50代以降では半数を占めています。成長期が短くなるために毛が十分に成長せず休止期に入り、産毛のように細く短くなる軟毛化が起こります。徐々に進行するのが特徴で、重症化するとすべての頭髪が失われます。
遺伝的要因が原因の第一に思われているようですが、それだけではAGAを発症しないケースもあります。研究によって、発症には男性ホルモンの関与が判明し、治療薬の開発にもつながっています。男性ホルモンのテストステロンは、酵素の働きでジヒドロテストステロン(DHT)に変換され、毛根にある毛乳頭細胞の受容体に結合すると、毛母細胞の増殖を抑制し、成長期を短くします。さらにDHTと毛乳頭細胞の受容体の相性も関係し、DHTが結合しやすい受容体が、男性の前頭部や頭頂部に多く存在することが分かっています。そのために、前髪の生え際に剃り込みが入ったように薄毛になるM型、頭頂部から薄くなるO型などの、発症のタイプを区別することができます。
この発症メカニズムを利用して開発されたのが、AGAの内服治療薬の「フィナステリド」と「デュタステリド」で、両剤は発毛や増毛の効果はありませんが、抜け毛の進行を止めて毛の一本一本を太くする効果が確認されています。私が携わった日本皮膚科学会の「男性型および女性型脱毛症診療ガイドライン」(2017年改訂)では、AGAの治療薬として、「A=行うよう強く勧める」と、最も高い評価になっています。
硬貨のように丸く脱毛する円形脱毛症(図4)は、脱毛の自覚が少なく、鏡に映る脱毛部分に気づくことや、家族や理美容師に指摘されることが多いようです。脱毛部分が1カ所(単発型)のこともあれば、頭部全体や全身の体毛にまで及ぶなど、脱毛の広がりや範囲には個人差があり、子どもから高齢者まで、男女差もなく発症しています。単発型は自然に治ることもありますが、脱毛の箇所が増えたり、広がったりする場合は治りにくく、早期の皮膚科専門医受診を勧めています。
円形脱毛症=ストレスが引き金、と思われがちです。確かに一部の患者にはストレスの関与が認められますが、現在では自己免疫疾患の一つという考え方が主流です。毛根は1本ずつ毛包という鞘状の組織に包まれ、皮下組織に埋もれた状態になっています。脱毛部分に皮膚炎や炎症がないにもかかわらず、毛包の周りに免疫細胞のリンパ球が集まっているので、毛を異物として攻撃していると考えられます。また、アトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患を持っている人の合併症として現れることが多いのも特徴です。
複雑な若い女性の薄毛の原因
女性の薄毛や脱毛は、男性ホルモンや女性ホルモンの働きだけは説明できない何かがあり、解明が進まないのが現状です。近年注目されているのが、20代から30代の若い女性で頭頂部を主体に薄毛になる女性型脱毛症(FAGA)です。以前、FAGAは更年期以降の中高年女性に多発するとされてきましたが、この多くは後述する加齢に伴う脱毛症だとみています。若い女性のFAGAにおいて疑問なのが、発毛・育毛に働く女性ホルモンが大量に分泌する年代なのに発症することで、不明な点が多く、研究が続けられています。治療薬についても、AGAの治療薬使用は胎児の奇形を誘発する可能性があるとして、前述した診療ガイドラインでは、「D=行うべきではない」と評価しています。一方、発毛効果が立証されている「ミノキシジル」は、AGAやFAGAに対してA評価になっています。
中高年女性の薄毛や抜け毛は、加齢が原因の一つです。閉経を迎えると、髪の発毛・育毛に作用する女性ホルモンの分泌が抑えられます。毛の伸びる速度が遅くなり、細くて頼りない毛が多くなり、さらに休止期毛の割合が増えるため、頭部全体が薄毛になるのです。
身体の病気が原因と考えられる薄毛や脱毛は、男女を問わず数多あります。女性に多い膠原病や甲状腺の疾患、鉄欠乏性貧血などでは、症状の一つとして現れます。腎臓の障害による人工透析治療で肌が荒れることは知られていますが、頭皮や髪も同様に乾燥してもろくなり脱毛を招くことがあります。水虫の真菌が頭皮に感染して局所的な脱毛ができるなど、脱毛を招く病気の種類は、実にさまざまです。
脱毛の後遺症が報告されている
現在、感染が拡大している新型コロナウイルス感染症では、後遺症に深刻な脱毛があることが報告されています。ウイルスや細菌などの異物が体内に侵入すると、身体を守る免疫機能が働き、ウイルスや細菌を攻撃して死滅させます。この免疫機能が新型コロナウイルスの感染をきっかけに活性化し、自分の身体の一部である毛根を異物と勘違いして攻撃するために脱毛が起きるとみています。前述した円形脱毛症は、インフルエンザの感染をきっかけに発症することも知られており、これと同様のメカニズムが働いていると考えられます。もう一つの可能性として、私は高熱を出すことで体力を消耗した後、頭髪全体が休止期に入り薄毛になる、消耗性の脱毛(休止期脱毛)も考えており、この場合は体調が戻れば生えてくるとみています。
また、病気の治療薬でも、脱毛が起こります。抗うつ剤や抗てんかん薬、生理痛などで使用する鎮痛剤、降圧剤などで現れることがあります。
薄毛や脱毛の治療は、研究の進展によって、選択肢が広がっています。先の診療ガイドラインで採用された新しい治療法の一つに、AGAやFAGAに対する、赤色LEDの照射治療がトピックスになりました。作物の栽培などで使われてきた赤色LEDは、波長が長く、頭皮の深部の毛根まで到達し、血流の改善や発毛増殖因子の分泌を促進させる働きがあります。海外ではすでに治療に用いられており、日本でも「B=行うよう勧める」の評価を受けています。
円形脱毛症とAGAでは、脱毛の仕組みの解明が進み、治療薬の開発が進んでいます。円形脱毛症では、関節リウマチの治療薬として用いられているJAK阻害剤の効果を実証する治験が行われています。JAK阻害剤は、免疫反応を活性化するヤヌスキナーゼ(JAK:Janus Kinase)という酵素の働きを阻害する薬剤で、その作用機序から円形脱毛症にも適応になるとして、国内外で研究が進められています。海外ではすでに円形脱毛症の治療薬として使われており、日本でも治験が終了して承認されれば、数年後には治療の選択肢の一つになるでしょう。
AGAでは、男性ホルモンの影響を受けにくい後頭部の頭皮の毛を含めて採取し、毛を元気に育てる毛球部毛根鞘細胞を培養して薄毛部分に注射する治療薬の研究が始まりました。
再生医療による毛の再生については、毛は一つの臓器と称されるほどさまざまな組織で構成されているため、バランス良く行うのは困難だとされています。人の毛の細胞をマウスの皮膚に埋め込むと、マウスの皮膚が持っている力で毛を生やせますが、身体の外で、例えばシャーレの中でゼロから作ろうとすると、いまだ“毛らしきもの”しかできていません。でも、国内の研究チームがチャレンジしているので期待しています。
若い女性に多いのが、洗髪のしすぎ、パーマのしすぎ、染めすぎ、ドライヤーの当てすぎなど、頭髪をかまいすぎて、頭髪や頭皮がカサカサ、ボロボロになる原因をつくっていることです。ダイエットのしすぎも、毛髪を養う栄養が不足して脱毛を招いてしまいます。
洗髪の回数、特にシャンプーの使用は、年齢、汗や皮脂の出方、肌の質は個人差が大きく、季節にも影響されるため、一概に推奨する回数はありません。かといって、「お湯だけでも汚れが落ちる。毎日のシャンプーは頭皮や髪にダメージを与える」という意見に対して、便利な洗浄液がない時代は、お湯だけ、あるいは水だけで洗髪していたと思いますが、清潔志向の現代では髪がべたつき、においが気になり、耐えられないでしょう。一方で、テレビCMなどで、頭皮の毛穴を拡大すると皮脂で詰まっているからシャンプーで取り除かねばならない、と宣伝していますが、皮脂は頭皮を守る脂でもあり、必要以上に取り除くのは、かえって頭皮や頭髪を傷める原因になります。心の問題で、毎日2回、3回の洗髪をしなければならないという強迫神経症の方は、頭皮も髪も荒れていました。その患者には、「少し回数を減らすか、シャンプーを使わずお湯で洗い流してみませんか」とアドバイスしました。シャンプー使用の洗髪の頻度は、頭皮を含め肌の荒れがない、40代くらいまでであれば、毎日行うのは問題ないと考えます。
最近は、パサつきを抑えて髪をしっとりさせるコーティング成分のシリコーン(ジメチコン、ジメチコノールなど)を含まない、ノンシリコーンシャンプーが髪に優しいと人気のようです。皮膚科医としては、「ノンシリコーンだから髪に優しい」という根拠が見当たらないと考えています。男性用シャンプーの中には、皮脂を落とす成分を多く含んでいたり、洗髪後にスーッとした清涼感があるようにアルコール成分を配合しているタイプがあります。シリコーンもアルコールも、自分の肌や髪の性質、使用感の好みを考えながら選べばよく、使いすぎに気をつけ、爪を立てずに指の腹で頭皮をいたわるように洗ってください。
洗髪後のドライヤー使用は、当てる時間が長すぎると、気になっています。ドライヤーの熱は髪そのものを傷める原因でもあるので、ほどほどにしてください。シャンプーの回数やヘアケアも、何事もやりすぎは禁物で、薄毛や脱毛が気になるのであれば、なおさら、節度ある使い方をして、頭皮や髪を大事にしましょう。
アレルギー反応を招く毛染めには要注意
毛染めは、今や子どもからお年寄りまで身近になりました。しかし中には、毛染めをした後に頭皮の痒みや顔の赤い腫れ、首筋の発疹などのかぶれ(皮膚炎)が現れる方もいます。これは、ヘアカラー、ヘアダイ、おしゃれ染め、白髪染めと呼ばれる、永久染毛剤に含まれる酸化染料(パラフェニレンジアミン、メタアミノフェノール、パラアミノフェノールなど)によるアレルギー反応が起きるためで、美容院などの専門店での毛染めでも、市販の永久染毛剤で自ら染めても起こりうることです。しかも初回からかぶれる方は、まずいません。繰り返し使っているうちに、ある日突然、身体が酸化染料を異物と認識し、そのサインとしてかぶれを発症させるのです。かぶれが治まった、軽症だったと繰り返し使用していると、次第に症状が悪化し、さらに重篤なアレルギー反応のアナフィラキシーを発症して、皮膚症状とともに息切れ、せき、血圧低下などが起こる場合があります。
かぶれが発生するまでの回数は個人差があり、かぶれがまったく現れない方がいれば、5回目に現れる方、30回目の方などさまざまです。例えば、30回でかぶれが発生するとして、年1回の毛染めならば30年先ですが、月1回なら2年半で、月に2回なら1年3カ月でかぶれが現れるかもしれません。元々肌の弱い人、肌荒れしやすい人はかぶれやすいのですが、肌荒れがなくてもかぶれるため、注意が必要です。
植物由来の染毛剤はかぶれないと思われていますが、かぶれの発生頻度が低くなるだけで、決してかぶれないわけではありません。植物の漆や銀杏でかぶれるのと同じように、植物由来であってもかぶれのリスクはあると考えてください。
頭髪の育毛や発毛に役立つ日常生活は、食事と睡眠がポイントになります。食事では、「海藻が髪の毛に良い」などといわれますが、科学的根拠はなく、他の食品と頭髪との関係についても、研究報告はほとんどありません。毛髪の主成分はケラチン=タンパク質で、たんぱく質やビタミン類、亜鉛や鉄分の摂取が少ないと抜け毛が増えたり、毛が折れやすくなって切れてしまいます。そこでたんぱく質を大量に摂取するのではなく、一般的な病気予防でよくいわれていることですが、偏りなくバランス良く食べることが大切です。
頭髪は、日常生活の状態を映し出しているのかもしれません。日常生活を見直して、それでも薄毛や脱毛があるようなら、早めに皮膚科専門医を受診することをお勧めします。