「2度刺されると危険」ということはあまり知られていないかもしれない。ハチに刺されると、ハチ毒による免疫反応で10~20%が「感作」された状態になる。そして再び刺されると、その約20%がアレルギーを発症し、最悪の場合アナフィラキシーに陥る。最近は、日常生活の中でもハチ刺され被害が増えているという。1度刺され「ハチ毒ハイリスク」とされる人は、「アドレナリン自己注射薬」の携帯が推奨されている。
特集 「ハチ刺され」傾向と対策 「2度目」は要注意! 万一のための「自己注射薬」
構成/渡辺由子
毎年夏から秋にかけて、ハチ刺傷による死亡事故が新聞、テレビ等で報道されています(図1)。厚生労働省の人口動態統計によると、毎年20人前後がハチ刺傷によって亡くなっており、死因の多くは、ハチ毒アレルギーによる、アナフィラキシーだと考えられています(図2)。
心停止までの時間はわずか15分
人を刺すハチの毒液には、アレルギーを招くさまざまなアレルゲン(抗原)が含まれています。私たちの身体は1回ハチに刺されると、ハチ毒の成分に反応して身体を守ろうとする免疫機能によって、「特異的IgE抗体」がつくられ、「感作」された状態になります。初めて刺された人のうち、感作される人は1~2割程度にみられます。
ハチに刺されると、痛み、痒みや発赤といった皮膚症状が現れますが、これら局所症状だけであれば、数日で改善します。しかし、感作された人がハチに再び刺されると約17~20%がハチ毒アレルギーを発症し、全身のじんましん、嘔吐、浮腫、呼吸困難などを起こすアナフィラキシーに陥るとされ、そのうち数%は意識障害、急激な血圧低下といったショック状態が起こって死に至る場合があります。特にハチ毒アレルギーによるアナフィラキシーは、発症するまでの時間が10~15分と短く、さらにアナフィラキシー発症から心停止までの時間は、わずか15分という研究報告もあるため、救急車が間に合わないなど、命を落とすことにつながっていると考えられます。
ハチ毒によるアナフィラキシーの発症機序には、大きく2つあります。一つは、特異的IgE抗体を介した「即時型アレルギー反応(Ⅰ型アレルギー)」です。もう一つが、特異的IgE抗体を介さない、「アナフィラキシー様反応」です。これはハチ毒の成分の中にはヒスタミンなどが含まれており、複数のハチに攻撃されて、何カ所も刺されてしまうと、多量のハチ毒注入によるアナフィラキシー様の反応を起こす危険性があります。この場合は、抗体とは関係なく起こるので、初めてハチに刺されたとしても、多数のハチに刺されるとアナフィラキシー様反応によるショック死に至ることもあります。
ハチに刺されても、すべての人がハチ毒アレルギーになるわけではないと先に述べましたが、特異的IgE抗体は、つくられるまでに早くて1~2週間、だいたい3~4週間程度かかるので、特異的IgE抗体を調べる検査を受けるには1回目の刺傷から1カ月後以降に来院するように勧めています。検査項目としてスズメバチ、アシナガバチ、ミツバチの3種類があり、いずれも保険適用になっており、検査結果は1週間程度でわかります。
1回刺されて2年以内が要注意
ハチ毒アレルギー症状が出現した人は、その後に再びハチに刺されると、アレルギー反応がより強く出る可能性があります。1回刺されて抗体ができると、その後は刺されなくても体内で抗体がしばらくつくられ続けます。そのため、1回刺されてから1、2年以内に再び刺されると、アナフィラキシーの起こるリスクが非常に高いとされています。反対に、抗体ができてから5年、10年経過すると、抗体価が徐々に下がってアレルギー症状が出づらくなっていくこともわかっています。なお、子どもについては、理由はよくわかっていませんが、重症化しづらく、2回目に刺されてもアナフィラキシーが起こる可能性は低いとされています。
ハチ毒アレルギーを起こす因子はよくわかっておらず、ハチ毒によって抗体がつくられやすい人を調べる方法はなく、スギ花粉症やダニアレルギーがあるからといって、ハチ毒アレルギーも発症しやすいとはいえないのが現状です。
ハチ毒の成分についても触れておきましょう。ハチ毒の成分は、ハチの種類によって異なります。スズメバチとアシナガバチは、主にホスホリパーゼA1、アンチゲン5といったアレルゲンを含み、スズメバチとアシナガバチの共通抗原としています。そのため、アシナガバチに刺されてアナフィラキシーを起こすと、次にスズメバチで刺されたときに、同様の症状が現れることがあります。逆のパターンももちろんあるので、注意しなければなりません。アシナガバチはスズメバチ科の一種なので、種として近縁であることが、毒液の成分で一致する部分がある理由とみています。私たちの研究グループは、スズメバチ毒またはアシナガバチ毒アレルギー患者の9割以上で、アンチゲン5に対する特異的IgE抗体が陽性であったことから、極めて重要なアレルゲンであることを見出しました。
一方、ミツバチの主要なアレルゲンは異なり、ホスホリパーゼA2やヒアルロニダーゼなどで、他のハチとの共通抗原は少ないようです。
さて、ハチ毒アレルギーにならないようにするには、とにかく、ハチに刺されないようにすることです。しかし、屋外作業や野山でのレクリエーション、さらには、都市部でもスズメバチの被害があることから、ハチに刺されるリスクは低くはありません。ハチの習性を知り、ハチを刺激しないように行動しましょう。
しかし職業によっては、屋外作業のために避けられないケースがあります。前任地の栃木県下都賀郡壬生町の獨協医科大学病院では、年間数十人のハチ毒アレルギー患者を診ていました。当時、ハチ刺傷と職種の関連を調査した研究では、スズメバチとアシナガバチの刺傷では、林野事業関連と農業で全体の約3割を占め、県内に多数あるゴルフ場管理業や、建設業、造園業などが続きます。また、これらの職種に関連してアナフィラキシーを発症した人は、5割以上存在していることもわかりました。
ミツバチでは、栃木県は全国有数のイチゴの産地で、ハウス栽培の際にミツバチを放ち、受粉に活用しているため、ミツバチによる刺傷事故が多く、98%がイチゴ農家でした。
また、刺傷時におけるハチの種類は、前任地での調査でアシナガバチが71%、スズメバチが18%、ミツバチが8%という結果になりました。スズメバチ刺傷による死亡が大々的に報道され、ハチ毒アレルギーというとスズメバチにばかり注目が集まりますが、どのハチに刺されても、アレルギーを起こす可能性はありますし、重篤化してアナフィラキシーを発症し、命が危険にさらされることもあります。
「アドレナリン自己注射薬」携帯を推奨
ハチ毒アレルギーと判定された患者に対して、ハチ刺傷に対する対策や予防法として、「生活指導」「アドレナリン自己注射薬(図3)の携帯の指導」を行っています。「生活指導」では、ハチ毒アレルギーのある人はハチと生活環境を共にしないことに限ります。そうはいっても、ハチに遭遇する可能性は、どこにでもあります。巣に近づかない、ハチを刺激しない、黒い服を避けるなどの一般的なハチ刺傷回避の方法を実行しましょう。
「アドレナリン自己注射薬」は、アナフィラキシーが起きたときに、医師の治療を受けるまでに、ショックを防ぐ補助治療剤で、屋外での作業などの際に携帯します。アドレナリンは血圧を正常に保つ働きがあり、アドレナリン自己注射薬を打つことでアナフィラキシーによって急激に低下した血圧を保つことを目的としています。
アドレナリン自己注射薬は、ハチに刺されてアナフィラキシーを起こした経験のある人は必携で、アナフィラキシーを経験していないハチ毒に感作されている人にも、携帯を勧めています。野山での仕事など、ハチに遭遇する可能性の高い環境では、ぜひとも携帯してほしいと考えています。国や自治体の森林組合などは、毎年血液検査を行ってハチ毒アレルギーの抗体の有無を調べ、陽性の人には作業中の携帯を義務付けています。
レクリエーションで野山に行く機会のある一般の方には、アドレナリン自己注射薬について説明し、本人が希望する場合は処方しています。ハチ毒アレルギーでなくても、刺されることでアナフィラキシーの症状の出るリスクが高い人は処方できるようになっており、保険も適用されます。
アドレナリン自己注射薬の副作用を心配されますが、諸外国において、重篤な報告はこれまでありません。アドレナリンは注射してから30分程度で代謝され、効果がなくなります。アナフィラキシーによる命の危険性を考えると、注射することが重要かと考えます。
アドレナリン自己注射薬は、医療機関に到着するまで時間がかかる場合などには、複数本を処方することが可能です。例えば登山や山中でのキャンプなど、人里から離れた場所で刺されてアナフィラキシーを発症しても、救急車が到着する場所までの移動に時間がかかってしまいます。1回打っても30分後に再びアナフィラキシーを発症する可能性があるため、複数本の処方が認められているのです。
ハチが活性化する10月いっぱいは要注意
近年まで、ハチ毒に対するアレルギー体質を減弱させる、非常に有効な「アレルゲン免疫療法」が行われていました。「減感作療法」と呼ばれていた治療法で、スギ花粉症などの治療で知られています。ハチ毒アレルギーでも採用され、欧米の先進国では保険適用の治療法として効果を上げていました。日本では保険適用外のため自由診療で、1980年代後半に日本で初めて獨協医科大学病院が行いました。
この治療は、ハチ毒アレルゲンエキスの皮下注射を薄い濃度から一日4回のペースで始めて、最終的には1回でハチ毒2匹分の量に到達するまで行います。アナフィラキシー発症の危険性があるので、入院で経過観察を厳重に行い、10日から2週間かけて行われる治療です。その後は、ハチ毒2匹分を維持量とし、4~6週間おきに外来で注射し、最低5年以上継続します。治療効果を示すバイオマーカーは明らかではありませんが、その後ハチに刺された患者さんの96%以上は全身症状がありませんでした。
しかし、日本でも保険適用を働きかけている最中に、問題が起こりました。ハチ毒アレルゲンエキスを製造する企業がアメリカとヨーロッパの2カ所にあるのですが、1カ所が製造中止になり、入手できなくなりました。製造中止の理由は不明です。これは日本だけでなく、世界各国でも同様で、アレルゲン免疫療法ができなくなっているのです。日本の製薬会社で製造できればよいのですが、患者数が少なく、経済的な問題で取り組む会社は、今のところありません。アレルゲン免疫療法に替わる治療法もないため、現在はアナフィラキシーが起こったときに備えて、アドレナリン自己注射薬の携帯が、いっそう重視されています(図4)。
ハチに刺されないことが第一ですが、もしもハチに刺されたら、静かに後ずさりするようにその場から離れて、集団で攻撃されないように身を守ります。ハチに刺されると、まずは痛みを感じますが、アナフィラキシーの場合は、局所が腫れる、痛む以前にショック状態に陥ります。以前にアナフィラキシーの経験がある場合も含め、救急車を呼ぶなど、早急に医療機関を受診します。全身症状がなく、痛みや腫れただけであれば、毒針が刺さっていたら抜き取り、冷水で冷やします。毒液を吸引する器具を使用すると、局所の症状(痛みや痒み、発赤など)が軽減し、毒針が抜けやすくもなります。
10月末までは、ハチは活発に活動し、ハチ刺傷患者も多く来院しています。ハチ刺されには、十分に注意しましょう。