特集 血管を知る 生活習慣病と大きく関わる毛細血管の「ゴースト血管化」

構成/河﨑貴一

内径5μmほどの極細の毛細血管が、酸素や栄養などを細胞や組織に供給する重要な役割を果たすことはよく知られているが、加齢とともにさらに細くなり、まばらになる。このような毛細血管いわゆる「ゴースト血管」は、血流が低下し、酸素や栄養を運べなくなる。その結果、ゴースト血管周辺の細胞や組織はしだいにダメージを受け、機能が低下する。最新の研究では、ゴースト血管が糖尿病や高血圧といった生活習慣病をはじめ、さまざまな病気と関連していることが判明している。

大阪大学微生物病研究所情報伝達分野教授

髙倉伸幸(たかくら・のぶゆき)

1988年、三重大学医学部を卒業し、血液内科医として臨床に従事。その後、画期的ながん治療薬および組織再生療法の開発を目指して基礎研究に入る。1997年、京都大学大学院医学研究科博士課程修了、医学博士。同年、熊本大学医学部および発生医学研究センターで助手。1999年、同学部講師。2000年、同大発生医学研究センター助教授。2001年、金沢大学がん研究所教授。2006年から現職。

毛細血管の機能が低下すると、糖尿病や高血圧などの生活習慣病を悪化させ、認知症、骨粗しょう症、肝障害、腎疾患の引き金にもなり、がんや老化にも大きく関係することがわかってきました。

血管のメインの機能は、37兆個(60兆個という説も)あるヒトの細胞に、瞬時に酸素と栄養を送ることです。そのために、体内の血管は極めて密集しています。1人の血管をすべてつなぐと、コンピュータの計算では約10万㎞と、地球約2周半分の長さになります。そのうち95%以上を占めるのが毛細血管です。

血液は、動脈→細動脈→毛細血管→細静脈→静脈へと流れます。血管を機能と構造の面から分類すると、「動脈、細動脈、静脈」と「細静脈」、「毛細血管」の3つに分けられます。

二酸化炭素を回収して栄養を供給する

動脈、細動脈、静脈は、管腔内の血管内皮細胞の周りを血管平滑筋細胞が覆っていて、ある程度、収縮弛緩(血圧の調節など)ができるという特徴があります。

細静脈は、血管内皮細胞の周りにペリサイト(周皮細胞)が高い密度で接着しています。細静脈は、白血球の出口となって、組織に細菌感染などが起きると、真っ先に好中球(白血球の一種)を送り込み、細菌感染した細胞を殺して感染の拡大を防ぐ作用があります。

毛細血管は、血管内皮細胞の周りをペリサイトが覆っていますが、細静脈よりも密度はまばらです。毛細血管は、酸素を組織に運搬して二酸化炭素を回収し、栄養を供給して老廃物を回収する役目を担っています。血液に含まれる栄養などの分子を組織に運ぶときには、血液中の液体成分も血管から一緒に出ますが、毛細血管が間質圧を維持して余分な液体成分を回収することにより、浮腫を防ぐことができます。

毛細血管は内径が5μm(1000分の5㎜)と、とても細い血管です。ここを通る赤血球は、直径が8μmあるので、そのままではつかえてしまいます。赤血球は、中央部分がくぼんだ円盤状をしているので、円盤を折るように変形させて、赤血球の表面と毛細血管の内側を擦り合わせて通ります。血管の中の圧力は、周辺組織の圧力よりも少し高くなっています。毛細血管の細胞と細胞の間にはわずかな隙間があるので、赤血球が通るときに、そこから酸素や栄養、病気の治療に使う薬などをちょろちょろ漏らすように供給しているのです(図1)。

図1 酸素や栄養、薬剤の運ばれ方毛細血管の内径より直径が大きい赤血球は、円盤状の形を折り曲げて、血管を通過する。そのとき、血管内から押し出された酸素や栄養、薬剤は組織圧の低い方に向かって送達される。

もう一つ重要なのが、毛細血管の間隔です。毛細血管はほぼ一定の間隔を保って、きれいに並走しています。酸素や栄養などは浸透圧の差によって運ばれますが、毛細血管から届く距離は50μmほどです。そこで、毛細血管は、組織に酸素や栄養を供給するために、100μm(50μm+50μm)の間隔で並んでいます。ただし、酸素要求度の高い骨格筋では、毛細血管の間隔がそれより狭くなっています。

指先の爪の部分を血流スコープで見ると、正常な組織の人は、毛細血管がきれいに並走しているのが観察できます。ところが老化した組織では、まばらになっています。毛細血管が細くなり、血流も低下していくため血管がまばらに見えるのです。細くなった毛細血管を、私は「ゴースト血管」と名づけました。ゴースト血管は、周りの組織に酸素も栄養も運べません。そして、組織はしだいにダメージを受けて、機能も低下していきます。

私がこのゴースト血管について研究するようになったのは、血液・腫瘍内科で臨床医をしているときでした。優れた抗がん剤でもあまり効果がない状況を見て、「抗がん剤を届ける環境に問題があるのではないか」と疑問に思ったのがきっかけでした。投与された抗がん剤は、毛細血管を経由してがん細胞に届けられます。がんの毛細血管を調べると、がん組織内は未成熟で本来の機能を果たさず、酸素も抗がん剤も届けられない状態の血管が多くなっていました。

酸素が運ばれていない状態

図2の写真は大腸がんの組織で、赤色が毛細血管、緑色が低酸素状態、青色が薬剤(この場合DNA色素)の浸透しているがん細胞を表しています。この写真から、がんの組織には毛細血管は数多くあるものの、酸素が運ばれていない状態になっていることがわかります。

図2 大腸がん組織の写真がんの組織には、毛細血管はあっても、酸素や薬剤の送達が不十分である。低酸素のため、免疫細胞も役目を果たせない。

このがん組織に、がん細胞を死滅させる白血球(免疫細胞)がやってきても、免疫細胞は低酸素に非常に弱く、免疫の役目を果たせません。

その一方で、がん細胞は比較的低酸素でも生き続けることができます。嫌気的解糖系といって、酸素を使わずにATP(アデノシン三リン酸)というエネルギー物質を作り出す機能を獲得しているので、リンパ球の攻撃を回避しさえすれば、結構自由に生きていけます。換言すれば、がん細胞は、リンパ球の攻撃を避けるためにわざと低酸素にしているともいえます。

では、抗がん剤を使えばがん細胞を殺せるかというと、薬はがん細胞の一部にしか入っていきません。つまり、抗がん剤を打っても効かないのです。なぜ薬が入っていかないのか。私たちは、20年ぐらい解析を続けました。

毛細血管の内皮細胞の周りを、ペリサイトという壁細胞が一定の間隔で並んでいます。がん組織の中の毛細血管をよく観察すると、この壁細胞の数が異常に少なく、毛細血管を外から縛りつけている細胞がないことがわかります。そうなると、拡張して構造がいびつになった血管が出てきます。さらに血管内皮細胞同士の間も開いて漏れやすい状態となり、毛細血管の先は細くなる―これが、ゴースト血管化です(図3)。

図3 ゴースト血管化の仕組み血管内皮細胞の周りに接着しているペリサイトが離脱すると、血管が拡張して構造がいびつになり、その先端で毛細血管が狭小化し、血清が滞り、組織に酸素や養分、薬などが届かなくなる。

このようなゴースト血管化が、正常な人の体の中で起きると、生活習慣病をはじめとするさまざまな病気を引き起こすきっかけになることがわかってきました。

まばらな高齢者の毛細血管

「皮膚の老化」はその一つです。6歳と75歳の人の皮膚を比べると、6歳の毛細血管は100μmに1本ずつあるのに、高齢者の毛細血管は数百μmに1本と、まばらです。すると酸素・栄養が行き届かなくなって表皮はだんだん薄くなり、真皮ではコラーゲン産生が抑制されて、しわなど皮膚の老化が起きます。この皮膚の老化については、40年ほど前に報告されています。

「骨粗しょう症」は、高齢者を中心に1000万人以上の患者がいるといわれています。骨の内部には、体重の重力を逃がすためにスポンジ状になった海綿骨という部分があります。このスポンジ状の骨が、だんだんもろくなっていくのが骨粗しょう症です。

骨は、海綿骨の細い骨に通っている毛細血管によって栄養が届けられて新陳代謝が可能になっています。ところが年齢とともに、この毛細血管の数がしだいに減っていきます。ドイツの研究グループは、海綿骨の毛細血管が年齢とともに減っていくことが、骨粗しょう症の原因の一つだろうと、2014年に報告しています。

「認知症」も、ゴースト血管化が一つの原因であることが、最近、明らかにされつつあります。脳は、毛細血管が発達していますが、マウスの実験では、週齢(年齢)とともに、脳の実質の毛細血管が減ることが判明しています。

アルツハイマー病の患者と健常者の脳の毛細血管を観察すると、アルツハイマー病の患者ではアミロイドというタンパク質が蓄積するとともに、毛細血管の数が3分の2から半分ぐらいまで減っているのがわかります。毛細血管が少なくなると、老廃物のアミロイドが回収されずに蓄積することが、認知症の原因になるのではないかということが、最近のホットな話題です。

「加齢黄斑変性」は、眼の網膜の中心にある黄斑が、加齢とともに出血や浮腫を起こして傷害され、視力が低下する病気です。これも、未成熟な毛細血管が増えてしまうのが原因ということが、明らかになりつつあります。

これらの病気や生活習慣病が、なぜ老化とともに起こるのかというと、生活習慣に問題があるからです。脂質や塩分の摂りすぎや高血圧によって壁細胞は変性しますが、特に高血糖値との関連が大きいといわれています。

血糖値が高いと、血管内皮細胞や壁細胞に活性酸素を誘導します。この活性酸素によって壁細胞が変性すると壁細胞が障害を受け、血管内皮細胞同士の隙間が開きます。すると酸素や栄養はどんどん漏れ出てしまうのです。組織がむくんでいる人は、このような状態にあるといえます。これが進行すると、ゴースト血管化するのです。

また、血糖値が高くなると、余った糖分はタンパク質と結合して、糖の終末糖化産物であるAGEという“お焦げ”のようなものができます。すると、毛細血管の壁細胞がしだいに変性して離脱していきます。その結果、臓器は機能低下を起こし、それが全身で発生することが老化につながる―ということがわかってきました。

これまで、血管の老化というと、動脈硬化の研究が盛んに行われてきましたが、毛細血管がゴースト血管化して減少することが、実際の組織や臓器の老化とかなり密接に関係していると考えられます。実は、この糖尿病と壁細胞の関係については、1963年に、アメリカの研究グループによってすでに報告されています。

ゴースト血管予備軍を改善するには

では、毛細血管のゴースト血管化をどうやったら防ぐことができるのでしょうか。

まず大切なのは、血糖値に注意することです。通常時や空腹時血糖値は正常でも、炭水化物のご飯、甘いものを一気に食べたり、糖分の多い飲料を多量に飲んだりすると、血糖値は跳ね上がります。この一過性の血糖値の急上昇を血糖値スパイクと呼び、これはゴースト血管予備軍をつくることになりかねません。栄養はバランスよく、腹八分目を心がけましょう。

ゴースト血管予備軍を改善するには、適度な運動が効果的です。適度な運動をすると、血液の流れが良くなって、血管内皮細胞同士の接着因子の発現を誘導します。20~30分程度のうっすら汗をかくぐらいのウォーキングなどは良いでしょう。

日常生活で血管にとって良くない状態として、緊張状態や睡眠不足などがあります。緊張すると交感神経が優位になり、毛細血管の手前の細動脈が締め付けられるので、血流が減少します。血流を良くするには、リラックスして副交感神経を優位にして、睡眠をたくさん取ること。質の良い睡眠は、血管を修復するホルモンを夜中に分泌します。また、40℃ぐらいのぬるめのお湯もリラックスできます。

壁細胞が、アンジオポエチン-1という物質を産生すると、Tie2という血管内皮細胞が活性化されて血管の比較的安定した状態が保てます(図4)。実際に、2022年3月、Tie2を活性化する治療薬が、加齢黄斑変性症や糖尿病性網膜症への適応を承認され、投与が開始されました。

図4 Tie2活性化の誘導による血管構造安定化Tie2という受容体が、血管内皮細胞と壁細胞の接着に関係する。壁細胞が、アンジオポエチン-1という物質を産生すると、Tie2が活性化されて血管の比較的安定した状態を保つことができる。

しかし、ゴースト血管予備軍の方に対しては、治療薬は用いることができません。そこで、私たちが注目しているのが、Tie2と壁細胞の接着に関係する受容体の制御です。食材の中にTie2受容体を活性化できるものがないかと調べると、シナモン(桂皮)に含まれるβシリンガレシノールや、ルイボス(ティー)に含まれるポリフェノールの一種のフラボノイド、それに沖縄でよく使われる香辛料のヒハツ(ロングペッパー)に含まれるピペリンに、効果が認められました(図5)。

図5 Tie2 受容体を活性化できるものシナモンやルイボス、ヒハツに含まれる物質には、Tie2受容体を活性化する効果が認められた。

現在は、医療関係の多くの施設では、運動療法と抗がん剤療法が行われています。海外では、ヨガと抗がん剤療法を併せる療法も行われています。リラックスした状態で、軽いストレッチをすると、血管がきれいになって抗がん剤の効果が上がったというデータも報告されています。

私は、がんの治療には、毛細血管の機能を正常化させることが重要であると思っています。

(図版提供:髙倉伸幸)

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ヘルシスト 276号

2022年11月10日発行
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