特集 血管を知る 〈巻頭インタビュー〉
思いもよらない多様性——謎多き「構造」と「機能」

構成/飯塚りえ

血管は生体にとってとても重要な器官だ。しかし今なお、解明されない構造や機能は多数存在している。臨床現場では、説明のつかない状態の血管を見ることも少なくないという。そんな謎を解くために開発された高解像度3次元イメージング技術は、血管網の精緻な可視化を実現した。その結果、これまで想像でしか描かれてこなかった各臓器の血管網が、思いもよらない多様性を持つことが見えてきた。こうして得た新たな発見はやがて、さまざまな疾病の治療につながるはずだ。

慶應義塾大学医学部解剖学教室教授

久保田義顕(くぼた・よしあき)

1974年、埼玉県大宮市生まれ。2000年、慶應義塾大学医学部卒業後、同学部形成外科学教室在籍。2003年、同大大学院医学研究科博士課程進学。2006年、学位取得(3年次早期学位取得)後、同大医学部坂口光洋記念発生・分化生物学講座特別研究助手。2012年、アメリカ国立衛生研究所にて客員研究員。2013~2014年、慶應義塾大学医学部機能形態学分野主任研究員(准教授)。2015~2017年、同学部坂口光洋記念機能形態学講座教授。2017年から現職。受賞歴に北里賞、慶應義塾医学振興基金医学賞医学研究奨励賞、岡本研究奨励賞、花王研究奨励賞など。

血管は、肺から取り入れた酸素、腸管から取り入れた栄養を全身の細胞に効率よく送り届けるためのパイプラインとして、生命維持に必須の臓器です。

ヒトの体には、ほぼくまなく血管が張り巡らされています。全身の血管をつなげると10万㎞とも6000㎞ともいわれており議論の余地がありますが、いずれにしても、ほとんど個人差はなく、同じようなパターンをつくっています。

栄養や酸素をやりとりする場所が毛細血管

心臓から出た血液は動脈から毛細血管に流れ、静脈から戻ってきます。動脈は、平滑筋細胞が血管を取り巻き、末梢、つまり毛細血管の方向に力強く拍動して、血液をし出すように動いています。静脈にも平滑筋細胞はありますが、動脈と比較すると筋肉の構造は貧弱です。静脈には弁があるので、血液が逆流することはありませんが、体が動くことで流れが起こり、血液は心臓に戻っていきます。

体中の血管を巡る血液は、動静脈から漏れ出すことはほぼなく、毛細血管まで滞りなく送られます。各所の細胞で栄養や酸素をやりとりする場所が毛細血管です。毛細血管には、たくさんの穴が開いていて、血液がにじみ出し、物質を適切にやりとりしています。毛細血管の穴の大きさは臓器によって異なり、例えば腎臓では、常に電解質や老廃物といった物質のやりとりが行われるので、他の臓器に比べて穴が大きめにできていますが、筋肉や皮膚といった、必要なときにだけ物質の受け渡しをする箇所では、毛細血管の穴は比較的小さくなっています。

血管そのものの構造は大動脈から毛細血管に至るまで、ほぼ一様です。内膜、中膜、外膜と3層構造になっており、一番重要なのは内膜、正確には内腔に接している血管内皮細胞です。1層の薄い細胞層ですが、これが血管の本体といっても過言ではありません。

内膜の主要な機能は、血管の境界を定めることです。改めて言うまでもなく、血液は血管をスムーズに流れているのが正常な状態です。血管の中で血液が固まっているのは、異常な状態です。しかし、いざ血管が破れたときには、血液が漏れ出すことを迅速に防がなくてはなりません。つまり、血液の側からすれば、血液を固める血小板を働かせる場所を知る必要があります。その境界線を示しているのが、内皮細胞なのです。

血管は、胎児から大人になるまでぐんぐんと成長します。大人になってからは毛細血管も含めて退縮したり成長したりすることは、ほとんどありません。

しかしケガをしたときの治癒、あるいは心筋梗塞などで血液が流れなくなったときは、その先の臓器に酸素を供給するために、周囲の血管から新しい血管が発生します。こうした既存の血管から新たに血管が形成されることを血管新生と呼びます。

血管新生は主要なテーマの一つ

血管新生は、血管研究の中でも主要なテーマとなっているのですが、一つには、さまざまな疾病の治療に役立つと考えられているからでしょう。例えばがん細胞が周囲の血管を取り込み、どんどん血管を新生させるがん血管は、栄養の補給路になっています。この補給路を断つ、つまりがん血管の伸長を制限することができれば、がんの治療に結びつくと考えられます。そのためには血管新生の仕組みを知らなくてはなりません。

血管新生における基本的なプレーヤーは、酸素とVEGF(Vascular Endothelial Growth Factor:血管内皮細胞増殖因子)です。何らかの理由で低酸素状態になった組織は、HIF(Hypoxia Inducible Factor:低酸素誘導因子)のシグナルによってVEGFを産生します。するとVEGFに血管が誘導されて新しい枝がつくられる―これが血管新生の大きな流れと考えられます。

しかし、私は、臨床の現場にあって、これだけでは説明のつかない状態の血管を見ることが多くあり、改めて血管を精緻に観察する必要性を強く感じるようになりました。生物学は見ることから始まります。「血管を知る」には、実際の様子をできる限り、生体内の状態で観察することが大切なのです。ただ、これまでの方法では血管の横断面を見ることしかできず、結果的に血管の本当の姿を捉えられていなかったのです。

私たちはまず、血管網の全体像を一目で把握すべく、高解像度3次元イメージング技術を開発しました。するとこれまで「こうなっているだろう」と、想像して描かれていた各臓器の血管網が思いもよらなかった多様性を持っていることが見えてきました(図1)。これまでは肝臓や筋肉で観察された新しい血管新生メカニズムが他の臓器に見られない場合、例外と見なされる傾向がありました。しかしつぶさに観察すると、細胞が臓器によって異なるのと同様、血管にも豊かな多様性があるのです。

図1 血管網の多様性従来の方法では、「皮膚切片」のように断片的にしか観察できなかったが、高解像度の3次元イメージングによって、同様と考えられていた血管網は、臓器ごとにかなり異なる様相を示していることがわかった。

今ではむしろ、血管新生のメカニズムは多様性を持つ、という地点からスタートして、共通点、相反する点を見いだすことが、より深く血管形成を理解することになると考えています。

最近、私たちは、世界で初めて、歯の高精度なイメージング技術を確立し、その技術を用いて歯が硬くなるメカニズムを解明しました。

これまで歯の血管の様子として図示されたものを見ると、歯の断面図中央部に歯髄という軟らかい組織があり、その中に神経、血管が通って、ループしている図が描かれていました。しかし実際の歯の血管を観察すると、歯髄から先のほうに血管が伸び、歯を硬く形成するために中心的な働きをする象牙芽細胞という細胞の中に、毛細血管が割って入っていくような様相を示していました(図2)。

白:血管、:象牙芽細胞の核、:象牙芽細胞の突起

象牙芽細胞の周辺に血管がまとわりつき、象牙芽細胞の成熟を促すとともに、リンなどの硬化に必要なミネラルを供給している。

図2 歯の中の血管の様子

歯は、萌出といって歯肉の中から出てくる頃に一気に硬くなりますが、私たちが観察したのは、この萌出のときに、象牙芽細胞は血管に成長を促し、毛細血管からはリンやカルシウムといった歯を硬化させる成分を象牙芽細胞に供給するという、2人の役者が密にコンタクトを取って歯を硬くする、インタラクションの現場だったのです。

実際、歯の中心部の毛細血管細胞群が除去されたマウスは、歯が硬くなりません。つまり、これらの血管細胞群と象牙芽細胞とのインタラクションは歯を硬くする過程で必須のプロセスだと考えられます。

これまで、骨の骨芽細胞と毛細血管もインタラクションしているとされ、歯のメカニズムも同様だろうとされていましたが、骨の毛細血管から供給され、骨の産生に中心的な役割を果たす分子は、歯の成長、硬化ではまったく登場しません。しかも歯では象牙芽細胞がVEGFを直接、産生しますが、骨の場合、骨芽細胞ではなく軟骨細胞がVEGFを出すなど、歯と骨では、登場する分子とそのインタラクションが微妙に異なることがわかりました。歯と骨のように、似たように思える組織でも、血管が形成されるメカニズムや血管が分子の発生に働きかける方法が異なるのです。

網膜と脳の血管では機構も構造も異なる

私たちはまた、網膜と脳についても、「似ているようで違う」ことを報告しています。というのも、網膜は脳の一部、脳の別動隊のようにいわれています。脳と同じく、網膜も神経の固まりのような部分で、脳が成長する過程で飛び出た、脳の一部とされているのです。また脳の血管には、物質の出入りを厳しく制限する血液脳関門という仕組みがありますが、網膜の血管にも血液網膜関門という同様の仕組みがあります。このように網膜と脳は、発生学的にも解剖学的にも近いものがあり、網膜の血管の発生のメカニズムは、すなわち脳の血管の発生のメカニズムである、とされていました。したがって、眼球後部にあって観察が可能な網膜の研究をすれば脳の研究になるともいわれてきました。しかし、私たちのチームは、精緻なイメージングによって、網膜が脳と異なる機構を持ち、それによって血管の構造も異なることを報告したのです。

網膜も脳も周囲を多くの血管が取り巻いているのですが、網膜の最も内側の神経線維層にしか太い血管は形成されず、視細胞にはほとんど入っていかないという特徴的な構造があります。私も含め、多くの研究者が「そういうもの」と考えていたのですが、あるとき、網膜のVEGF受容体発現を可視化したところ、血管にのみ発現するとされるこの受容体が、網膜では神経でも多く発現していることが観察されたのです。

私たちは、ここにエンドサイトーシスのシステムが働いているのではないか、と考えました。エンドサイトーシスとは、細胞が細胞外の物質を小胞内に取り込み、病原体などを分解・消化する働きをもつ機構で、私たちのイメージング技術を用いて観察したところ、やはり網膜の神経がVEGFをどんどん取り込んでいく様子が確認できました(図3)。VEGFは血管新生に必要な分子ですから、取り込まれてしまってはVEGFが発現せず、毛細血管が形成されることもありません。

図3 網膜の神経で発現するVEGF受容体VEGFが神経に取り込まれ、消化される(エンドサイトーシス)ことで、血管の進入が制限される。

この仕組みは、胎児期からの網膜の発生と成熟に関わりがあると考えられます。

網膜に硝子体血管という胎児期特有の血管がありますが、あるときから硝子体血管は退縮し始めます。そして網膜の血管は中央部から放射状に伸びていくのですが、神経によるVEGFの取り込みは、硝子体血管退縮のタイミングを規定すると考えられます。

「血管排除」のシステムを持つ臓器

硝子体腔はレンズの入っている中央の空間で、胎児期は、神経から血管形成を促すVEGFがにじみ出て、それによって硝子体血管が養われています。しかし出生後、目が開いた後はその血管が視野に映り込んでは都合が悪いので、この血管を一気に退縮させる必要があります。そこで今度は、神経によるVEGFの取り込みが行われるのです。

これは網膜に特異的な現象です。脳など中枢神経系では、神経活動を妨げないように太い血管が内部に入らないという仕組みを持っているので、脳でも同様の仕組みがあれば興味深いと思い実験を繰り返したのですが、神経がVEGFを取り込むような現象は、脳では見つかりませんでした。

血管は、体全体に張り巡らされていると前述しましたが、実は網膜に見られる血管新生ならぬ「血管排除」のシステムを持つ臓器がいくつか知られています。ヒトの3大無血管組織は、角膜、軟骨、椎間板です。角膜の場合、血管があると血液の赤色が視野に映り込んでしまうので不都合です。そこで血液ではなく角膜の裏に透明な眼房水が流れ、そこから酸素、栄養を受け取る仕組みがあります。軟骨、椎間板については、血管排除の仕組みが何を意味するのかわかっていません。しかし、私たちは、こうした局所的に「血管が伸びない」機構こそ、血管網の多様性の本質であり、そのメカニズムを知ることが血管への理解を深めると考えています。

私は臨床の経験から、血管で重要なことは、動脈、毛細血管、静脈というヒエラルキーがきちんと保たれ、酸素や栄養を運搬する血流が効率よく運べるパイプラインの質の良さだと知りました。しかし、しっかりと機能する血管を人為的に形成するのはかなり難しいとも感じています。褥瘡(床ずれ)の治療では、血管を増やすことを目指して行われるものがありますが、たとえ毛細血管が増えても、酸素運搬能力のない貧弱な血管では残念ながら効果がないのです。褥瘡であれば、結局、定期的に体位を変えたり、栄養状態を良好に保つなどして、体の中から良い血管をつくっていくことが治療につながっていました。

周囲の血管を取り込んでどんどん増殖するがん細胞ですら、正常な血管はつくれません。がんの中には確かに血管が取り込まれていくのですが、つくられる血管はぐちゃぐちゃとしていて、私たちの体にもともとある、発生期に形成されたような血管は、がん細胞の中では形成されないのです。

よく知られた話ですが、閉塞性動脈硬化症に対してVEGFの遺伝子治療の臨床試験が行われたことがありました。閉塞性動脈硬化症とは、足の血管の動脈硬化が進んで血管が細くなったり詰まったりして血流が十分に保てなくなり、最後には足がしてしまうという疾病です。VEGFの遺伝子導入はその治療として検討されたのですが、血管新生はあるものの、正常な血管は形成されないため、治療としてはまったく良い成績が得られず、結局、この治療は立ち消えになってしまいました。

人体の組織の精巧さには感服します。血量を増やすことはできても、機能する血管を増やすのは人知の及ばぬところだと感じています。だからこそ、血管の何たるかを知る基礎的な研究が面白いのです。

(図版提供:久保田義顕)

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2022年11月10日発行
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